第17話
「いないね」
「いないな」
トロルが生息しているという地域に来てみたんだけど、全然いない。
1時間ほどウロウロしてみたけど、ゴブリン4体と、ヘビみたいな魔物としか遭遇しない。
あの本、間違えてるんじゃないの。
「木に登って見てみるね」
元々、高い所が好きで、小さい頃よく木登りしてたのが、こんなところで役に立つとは。
転生して体力アップしたので、子どもの時よりもスルスル登れる。楽しい。
ちなみに、小さい時、大きな栗の木から落ちたんだけど、怪我ひとつしなかったし。
上の方は、枝が細くなるのでギリギリの所で登るのをやめておく。
一応、少し小高くなっている場所の高めの木を選んだつもりなんだけど、木が密集している所は何がいるのか見えない。でも同じ地面にいても、嗅覚や聴覚が人間よりも優れている魔物の優位には立てない。
ギリギリの戦いなんて自殺行為と同意語だ。
こんな所で野垂れ死にしたくない。もちろんレオンも殺したくないよ。
登り切ったら身動きせず、目だけ動かして探す。耳を澄ます。気配を探る。
レオンもこういう時は身動きしないで気配を消してくれている。
自分たちが動かなければ、木々や草が風でこすれる音しかしない。その中でわずかに聴こえてくる動物の移動音。
時折り、鳥がバサバサと飛び立つ音に、心臓が飛び出るかと思うほどビックリしてしまう。
ほんのわずかに、視界の端で何かが動いた。
背の低い木よりも大きな、魔物。
「レオン、北西方向500m先に、大型の魔物、トロルっぽい。たぶんこっちに気づいて向かって来てる」
平地だと500mでも察知されちゃうんだ。怖い。あ、こっち風上か。
「了解。もう少し広い場所で迎え撃とう。お前はそこから先制攻撃で雷魔法を撃て」
「わかった」
トロル歩いてるのに速い。木が動いているので、そこにいることは分かるんだけど、ちゃんと見えるまで待つ。
残り200mくらいで頭が見えるようになった。
雷の魔法を撃つ。ゴブリンより魔力多めで。
狙いはオッケー。トロルが倒れた。
立ち上がらない?あれ?
「倒しちゃったかも?それか瀕死?」
「魔法で倒れるなら、もう少し引きつけてからでも良かったかもな」
待っててもトロルが向かってこないので、様子を見に行く。直線距離約100m。森の中だと、まっすぐ歩くの難しいんだけど、頑張る。常に目印を探して方向を把握する。
太陽が見つけやすいんだけど、動くから出来れば太陽以外の目印が良い。
前世の山だと、鉄塔とかがおススメ。あれ数字書いてあるから同じものでも間違えないし。この世界にはないけれども。
無線機とかあれば、私が木の上で指示だして誘導しても良いんだけど、ないからね。
「わー、焦げてるね」
「死んでるな。トロルは皮も肉もとらないから良いが、とるときはもう少し加減した方が良いかもな」
「ゴブリンより少し魔力多めにしてみたんだけど、同じくらいで良かったのかな」
「試してみればいい」
ですよね。
再び、獲物を探す。
いない…。
「ゴブリン並にわらわら沸かれても困るけど、この低エンカウント率はいただけないね」
「たしかにこれでは集中力の維持が難しいな」
「魔法とかで、広範囲の魔物察知とか出来ないの?」
「俺は出来ないが、そんな感じのことやってる奴はいた」
「それってどんな魔法なの?」
「わからないが、小さいものも同じように察知するから不評だったぞ」
「でも今みたいな状況なら、それあるだけでも便利だよね」
「そうだな・・リリは無理なのか」
うーむ。察知能力というと、潜水艦のソナーみたいな感じかな?
たしかあれは、超音波みたいなのを飛ばして、その反響で大きさとか距離とかを割り出すみたいな。
音波を飛ばすことは出来ても、そこから推察するのは職人技な気がする。
あと、水の中と地上では、音波の伝わりやすさが違うから、難しそう。
さっきの木登りの時のは、自分の耳で聞いて、目で見た。これは前世でも出来たことだ。
500mがやっとだけれども。
でもこれだと、魔物を捜し回るのに時間がかかり過ぎて効率的ではない。
ゲーマーには耐えられない非効率さだ。 ここはゲームじゃないけれども。
私が魔法で出来ることは、今のところ、物質的に実際にあり得る現象を発現させてコントロールすること。
魔法による事象に干渉する力をMとすると、化学式的なものが書けると思う。
少なくても私の脳内で、ふわっとでもそれが出来れば、魔法という現象に出来そうな気がする。
自分にきこえない範囲の音の波長で何かを推察とか、出来る気がしないから、音波のかわりに魔法的な何かを飛ばして、気配を察知するとか?
魔力を薄く広げるイメージで。ピザをくるくるして伸ばすみたいな。
全部知る必要はないから、生き物だけ。虫とか小さいものも認識しなくていい。
犬くらいの大きさ以上の生き物。動いているもの、敵意を向けてくるもの。
広く、広く。
「うわ!」
「どうした」
「いた。大きい感じ。北東2kmくらい先に」
「トロルか?」
「わからない」
「北東2kmというと、あの山の麓くらいだな。あまり視界が良くないから注意しよう」
「あ、でもその間には、大きめの魔物はいないと思うよ」
「そうなのか。でも注意は怠らずに」
「了解」
さくさくさくと歩く。
木々が密集している地帯は、視界はあまり良くないが、短い草しか生えていないため歩きやすい。
「魔物が見えないと魔法打ちづらいから、雷は使えないかも」
森の中での視界は、100mくらい。これだとこちらより先に魔物に察知されてしまう。
逃げられることはまずないと思うので、襲ってくるはず。
「わかった」
「いた。トロルかな」
足はやっ!魔法を撃つ間もなく、襲いかかってきた。レオンが攻撃を受ける。
こうなると攻撃魔法が撃ちにくくなる。
こんな至近距離で雷の範囲魔法使ったら、レオンも焦げちゃう。
襲ってきたトロルは背の高さが3m以上あるだけに、動作が大振りで、私でも避けられないこともなさそう。
けれど、一発くらったら即死しそうなパワー。
レオンはトロルからの攻撃を巧みに剣で受け払いながら、着実にダメージを与えている。
ちなみに、今日の討伐前に念願の両手剣をゲットしたレオンはわりとご機嫌だ。
レオンの痛恨の一撃により、トロルがノックバックした。その隙に、氷の魔法を撃つ。
足元と、頭に一発ずつ。
トロルは、足をつき、そして頭の上半分がぶっ飛んで、絶命したようだった。
うは、これトドメ泥棒だ。つい悪いことをしたような気がするけど、ゲームではないこの世界では怒られることはない。
「走るのすごく速かったね」
早速、左胸から魔石を取り出す作業を始めたレオンに話しかける。
「ああ。事前にいると分かっていたから助かったようなもんだ。あれは魔物の種類はわからないのか」
魔石をあっという間にとり出すと、私の前に差し出す。
ピュリファイを掛けてから、受け取り、鞄に入れる。
「たぶんだけど、データ集まればある程度は推測出来ると思う」
「すごいな。また攫われる理由が増えたな」
なんだそれ。
「レオンが守ってくれるから大丈夫」
「命にかえても」
「レオンが死んだら意味ないから、命懸け禁止で」
ほんと、命懸けとか無駄だからやめて。




