一章 七話 異世界騎士と国王
王国側から見た物語になります。
~王国軍の竜騎士の襲撃から1ヶ月後~ 王国 王都 スズキ・ハルト 35歳
私は、久しぶりの王都の景色を騎乗しながら眺めていた。 市場は人々で賑わいを見せ、朝から酒を飲み交わし馬鹿騒ぎしている者もいる。各々が自由な楽しみ方をしており、活気に満ちているのがここ王都だ。
4日前。 私は2年前から活発な活動が目立つ、南方の王国領ビアル砂漠にて、旧ビアル公国残党勢力の掃討指揮を執っていた。 そんな汚れ仕事をしていた私のもとに、砂漠には似合わない小綺麗な格好をした近衛竜騎士団が舞い降り、「王都へ帰還せよ」との勅命を伝えてきたのだ。
私は騎士団に護衛をされながら、王都の中心部から少し外れた丘にそびえ立つ城に入り、王の間へ向かった。 王の間の玉座には、見慣れた人物が座っている。私はその人物に報告を行った。
「王陛下。王国軍諜報騎士団 団長 スズキ・ハルト、只今戻りました」
「うむ、ご苦労である」
「皆のもの、下がれ。スズキとワシだけで話したい」
王の一言で、側近やヤツの息子、王妃たちが王の間から出ていく。全員居なくなった瞬間、王の威厳が消え失せた。
「ハハハ、お前が陛下と俺を呼ぶと笑いそうになる」
「はぁ? こっちも立場ってもんがあるのだ! それより俺を呼び出したからには、それなりの理由があるのだろうな。砂漠の掃討任務はまだ終わっていないのだぞ」
「大丈夫だ、代わりにギル将軍を派遣したからな」
あのギル将軍であれば大丈夫だろう。彼は武装貴族の中でもやり手だ。 そして、こちらの国王様もとい、ユースとは、私がこの世界に転生した時に初めてパーティを組んだギルド仲間だ。ちなみにコイツは槍使いで、私は弓兵であった。
「帝国と戦争状態に戻ってしまった……私の力不足だ」
「ああ……近衛騎士団から聞いている」
私が砂漠で掃討作戦中に戦争が勃発した。小規模な残党狩りと違い、国と国の戦争ではわけが違う。私は落胆するしかなかった。
元々、帝国と王国は太古より一つの大国だった。 しかし、拡大しすぎた領土の維持は困難になり、大国は現在のように王国と帝国に分割された。この経緯から、両国は「どちらが大国の正当な継承者か」で度々戦争を起こしていたが、13年前に帝国と休戦協定を結び、長きに続いた戦争を終わらせることができたはずだった……。
「お前の次男坊がやってくれたようだな」
「うむ……次男のイズダムは、長男のアルバードと常に比較されていたのが不憫でな……」
ユースの息子は二人おり、長男のアルバードはコイツの息子とは思えないぐらい優秀で謙虚だった。常に王国民のことを考えていて、異世界から来た俺の意見も偏見なしに聞いてくれる、先見の明がある人物だった。 しかし、彼は数年前に不慮の事故で亡くなってしまった。
「いくら不憫でも、好戦的なイズダムを陸海総統騎士団長にする親はいない」
王国民の生活向上に尽力した王子の死は、王国全体を悲しみに包み、次の王子イズダムに対する不満が王国民の総意であった。 イズダムは女好きと喧嘩好きであるが、兄が偉大過ぎただけであって、決して愚鈍な王子ではない。しかし、偉大な兄と比べると、どうしても力不足に見えてしまう。
「俺も第三継承者として生まれて、常に優秀な兄達と比較されるのが嫌だったからな……」
それで王家を抜け出して冒険者をやっている時点で、お前も十分すぎるほど凄いが。 私は話が脱線しかけたので、強引に戻すことにした。
「それで、イズダムが事実上軍隊のトップになって、開戦を議会で提案したのか」
「そうだ……もちろん俺は断固反対したが、武装貴族の半数が……」
「開戦をしなければ、防衛義務を放棄すると言ってきたのか……」
我が王国の軍隊は、私がいた元の世界の軍隊とは違う。 「国軍」という概念は王国にはない。辺境や王都にいる武装貴族が実費で雇っている「私兵」の集まりに過ぎず、我が王国の防衛は極めて不安定である。 王は貴族に領地と忠誠を誓わせ、その対価として貴族の地位と軍事力を保証する。高校の日本史や世界史で習う「封建制度」というやつだ。
王国の防衛を担う貴族には、いくつかの種類がある。 王一族以外の親族である「王室貴族」。 建国時代より王国の防衛を担う一族の総称である「武装貴族」。 そして、財政難の際に貴族の位を買ったり、功績により位を与えられた元商人たちの「商人貴族」。
「ここ数十年活躍できない武装貴族が、武功のために無知な王子をお神輿にしたのか……」
「そうだろう……彼らは、商人貴族のように商売で成功している一族が少なく、平和の時代になった結果、商人貴族たちが自分たちよりもいい生活をしているのが許せなかったのだろう……」
あれほど、こいつと私で戦争を終わらせる為に多くの犠牲を払ったというのに……。
「ハルト、頼みがある」
私は彼の頼みが何であるのかすぐに分かったし、それが困難で、達成できるか分からないというのが本心だ。しかし……
「この戦争を終わらせてくれ、ってことだろう?」
「すまない、ハルト……お前にしかこの戦争を止めさせる事ができないのだ」
「いいさ。俺も結構歳をとったが、まだまだ戦える。今回もこちらに有利な条件で休戦になるように、うまくやるさ」
「ほんとに申し訳がない、私の責任だ……」
一度始まってしまった戦争を終わらせる事は難しい。まして若い時と違い、体のあちこちにガタがきている……この任務が非常に困難なのは百も承知だ。 しかし、妻や子供たちがいるこの王国を守ってやるという、気高い騎士としての使命感が私の心を支配していた。
王との話を終えた後、城内にある私の直属の部下たちの仕事場へ向かう。 私は「王国軍諜報騎士団」に所属しており、この部隊は私が王に頼んで作ってもらった組織だ。 主な仕事は国内の反乱分子の取締や外国の情勢監視。完全な裏方だが、王国を愛する商人貴族出身者や平民で編成されており、士気は高い。 プライドが高い武装貴族たちからは、正々堂々と戦わない我々のことを良く思っていない者が多く、敵も多いが、私は「情報」こそが最も重要な武器になると考えている。
「みんな、元気そうだな」
私が諜報騎士団室に入ると、
「「「「団長! お疲れさまです!」」」」
元気のいい挨拶が返ってくる。常に武装貴族たちから陰湿な対応をされているだけに、ここの奴らの雰囲気は安心する。 私はすぐさま現状を詳しく知るために、自分の席に山積みになっている書類に目を通した。
「これは……」
私は思わず声が漏れてしまった。 報告書の内容は、主に帝国の軍備や組織について、潜伏している密偵からの情報をまとめたものだ。
「シモン副団長」
「はい、ご用件は?」
私は、金髪のディカプリオ似の男、シモン副団長を自分の席に呼んだ。
「まずは、私の不在の際の指揮、おつかれ様」
「は! ありがとうございます! 大変勉強になりました」
まずは、労いの言葉をかける。風通しの良い職場にしたいのが私の信条だ。
「それで、質問があるのだが……王国軍が帝国に攻める際、我が団の情報を提供したか?」
「はい! イズダム王子が直々にこちらに参られて、帝国の情報が欲しいと……」
「我が団の情報は、王と団員以外に漏洩してはならない決まりだぞ……」
「申し訳ございません!! 我々もそう王子に伝えたのですが……命令状を出されまして……」
「そうか……」
王子は陸海総統騎士団長になったのを忘れていた。陸海総統騎士団長は軍のトップであり、軍のありとあらゆる権限を持っている。 しかし、この情報を鵜呑みにして開戦を決断したのであれば、これは非常にまずいことになった。
私の机には、魔導カメラを使用した写真付きの報告書が山積みになっている。 その書類を一通り確認した私は、ポツリと呟いてしまった。
「この戦……我が王国の負けだ……」
そこには、帝国に潜伏している密偵からの情報をまとめた、軍事・政治の現状が記載されていた。
【軍事関係】
帝国軍は、武装貴族の採用を近衛省のみとし、陸海空省の空挺竜騎士は平民から選出している。
近衛省以外の兵士は、軍服の上から鎧を付けておらず、装備の軽量化(あるいは不足)が見られる。
サーベルの携帯も近衛省のみ。陸海軍省の兵士は装備していない。
陸海軍省の装備は、幹部クラスは拳銃、兵卒クラスはライフルで統一されている。
帝国軍の空挺竜、及び陸戦竜の数が年々減っており、竜の飼育が難航している模様。
組織は事細かく階級に分けられており、厳格な指揮系統がある。
陸海軍省の幹部クラスには、武装貴族はほぼ見受けられなくなった。
兵士になった平民は「専業軍人」となり、農業や商業には従事しない。給与は帝国から支給され、軍服や装備品はすべて帝国からの貸与(官給品)となっている。
【政治関係】
先の大戦の敗戦による休戦の結果、皇帝の権威が低迷。
平民のみで憲法を決定する平民議会の設立運動。
貴族制の廃止運動等が始まり、情勢が不安定である。
帝国人の魔力平均が低下しており、魔力が無い者が増加。
平民は魔力を必要としない「からくり(科学技術)」を多く使用している。
上記が主な報告内容である。この世界の人間が見たら、「竜も減り、貴族もいない弱体化した帝国を攻めるには絶好の時期だ」と思うだろう。 しかし、私にはそんな無粋な考えは浮かばなかった。
私が7年も王国を離れて、砂漠で残党狩りをしていた間に、帝国は何をしていたのか。 帝国の改革……それは「魔力の低下」や「竜の減少」という弱点を補うために行われた、徹底的な**「軍の近代化」と「産業革命」**だ。
専業化された国民軍。 統一された銃火器。 そして、魔力に頼らない「からくり」技術。
私の脳裏に、ある歴史的な戦いがよぎった。 イングランド軍とフランス軍との間で起こった、「クレシーの戦い」だ。 重装甲の騎士たちが、平民のロングボウ部隊に一方的に虐殺された、あの戦い。
帝国には確実に、私と同じ「異世界人」が居る。 しかも一人や二人ではない。組織的に近代化を進める知識集団がいるはずだ。
冷や汗が、私の額から顎へと落ちた。




