一章 六話 騎士殺しの誕生
「ここは……病院?」
俺は個室のベッドに寝ていた。どうやら生き延びたらしいが、体は鉛のように重く、まるでいうことを聞かない。 すると、個室のドアが開いた。
「やっと目が覚めたか。軍医を呼んでくる」
黒色の長髪がドアの向こうに消えてしまった。 その後、軍服の上に白衣を着た軍医とナースが俺の状態を確認しに個室に入ってきた。 軍医の話によると、左腕を骨折しているだけで、奇跡的に助かったとの事。
「まあ、骨折といっても複雑骨折じゃないから、安静にしていれば後遺症もなく軍務に復帰できるぞ」
「ありがとうございます」
「次は他の患者が待っているので、私はこれで失礼する」
そういって、軍医は俺の個室から颯爽と出ていった。
「大尉、聞きたいことがあります」
「うん?」
「今の状況は……どうなっているのですか?」
俺は、目が覚めた時から思っていた事をニシミヤ大尉に質問した。
「まず、戦闘結果だが……我が軍の気球部隊は壊滅状態だ。戦闘で生き残ったのは君一人だけ。だが、敵の竜騎士はすべて撃破でき、街にも被害はない」
「軍曹は……どうなりましたか?」
「気球の中で頭を潰され、即死だったようだ。直後に少尉に任命した為、二階級特進で私と同じ階級になったのが、せめてもの救いだがな」
「そうですか…」
軍曹が死んだと聞いた時、不思議と悲しくなかった。涙も出ないし、そんな感情すら湧いてこなかった。 そんな自分が怖い。
「帝国は今回の襲撃を王国からの宣戦布告とみなし、帝国に駐在していた王国武官と外交官をその場で殺害。報復として王国もこちらの武官を殺害し……泥沼の戦争になってしまった」
大尉は淡々と話を続ける。
「君だけでも、生きてくれてよかった」
「ありがとうございます…」
大尉の優しい言葉にも、何も感じない。俺だけ生きていても意味がない。 それに、俺は戦場で仲間を手にかけてしまったという、許されざる罪を犯している。
「大尉、戦闘中に不思議な物体を目撃したのですが」
俺は戦闘中に見た「竜もどき」のことを大尉に聞いてみた。きっと大尉なら知っているはずだ。
「ああ、以前話していた試作品だ……今回の戦闘で実力が認められ、正式に配備される事になった」
「……」
「それと、今後はその試作品に君に乗ってもらいたい」
話が飛躍しすぎてついていけない。
「しかし、私は…少し考えさせてください」
「もちろん、その体が治ってからでいい」
「いや、そうではなく…」
「うん、なんだ?」
俺は、思い切って大尉に告白した。戦闘中に俺が犯した罪を。
「私は……同じ気球に乗っていた操縦者のドム一等陸兵を……」
「ああ、知っている」
「俺は、自分の拳銃で…え?」
「試作品を操縦していた者から戦闘地域を聞き出し、現場に一番乗りしたのは私だ。君のリボルバーの残弾数、ドムの遺体の状況……それを見て把握はできた」
すごいな…この人は。
「ならば……大尉は俺を軍法会議にかけるべきです…」
大尉は、まっすぐな瞳で俺を見つめている。
「俺は…俺は…仲間を…」
大尉は俺のベッドに腰を下ろし、震える俺の左手に両手を添えた。 海軍省の真っ白な軍服の袖が、下を向いていた俺の視界に入る。
「君の判断は間違ってはいない。激痛の中、じわじわ死んでいくのは酷な事だ」
「……」
「その時に自分が最善の策だと思ったのなら、その時の自分を信じるべきだ」
口調はいつもどおりだが、声色はまるで子供をなだめる母親のように聞こえた。
「自分の行為に後悔し、心が気持ち悪い状態なら、君は立派な人間になった証拠だ」
「……」
「その気持ち悪い状態は死ぬまで続く。それと付き合いながら生きていかなければならない…」
「大尉は何故、そこまで俺を気にかけてくれるのですか…」
大尉は少し考えて、口を開いた。
「私は、世界の常識を変えたいのだ。その計画のために、君にはやって欲しいことがある…」
「俺にやってほしい事とは…」
「君に『騎士』を殺して欲しい」
顔を上げると大尉の険しい顔が見え、俺は言葉の意図がわからなかった。
「騎士を殺すとは…?」
「言葉が悪かったな。特権階級の象徴である、騎士という概念の破壊だ」
「特権階級?」
大尉はとても、難しい言葉を使う…
「戦争を起こして一番得をするのは、常に権力者や特権階級の連中だ」
「……」
「武装貴族は戦争により地位確立や領地拡大を狙い、商人貴族は戦争による経済効果を狙う。常に犠牲になるのは弱者だ。そんな腐った世界を私は変えたい」
大尉は俺の手を強く握った。
「共に変えてくれるか?」
大尉の言葉を聞いて、俺が憧れていた騎士の姿ではない、敵の空挺竜騎士の姿を思い出した。彼らが笑いながら、残酷に仲間を殺していた姿を…。 その瞬間、自分が抱いていた騎士道は粉砕された。 代わりに、「空挺竜騎士の奴らを見返したい」という負の感情が、自分の中からドロドロと湧き出ていくのがわかった。
それが、ただの妬みであることもわかっていた。 だが、この思いをぶつけなければ、自分自身が許せなくなる。
「はい。……『騎士殺し』は、俺に任せてください」




