一章 四話 魔性の女
俺は、珍しく休日の朝から外出をして、いつも見慣れた居酒屋の路地裏で待っていた。 手持ち無沙汰と緊張で、何度も制服のネクタイを締め直したりしている。
「ごめんね、おまたせ!」
そう言って路地から出てきた彼女は、普段は見ない水色のワンピース姿だった。 酒場の煤けたエプロン姿とは違う、清楚な雰囲気にドギマギしてしまう。
「大丈夫だよ、待つことには慣れている」
そうだ、ドムが言っていた。「まず女の子には容姿を褒めまくれ」と。
「そのワンピース、似合っている…」
「あ、うん……ありがとう」
いつも居酒屋にいるおっさんたちのセクハラにも強気な態度の彼女が、わかりやすく照れているのがわかる。 今日のために精一杯おしゃれしてきてくれた、その好意に自惚れてしまいそうだ。 彼女の動作一つ一つから、目が離せない。
俺たちは、街に唯一ある映画館へ向かった。 この映画館は、中世の頃には貴族の嗜みの一つである「劇場」として使われていた建物だ。 そんな経緯があるため、中にはレストランがあったりして、若者のデートスポットとして有名だ。 元劇場というだけあり、建物の外見と内装は豪華で、中世貴族達の栄華が見てとれる。 そんな歴史ある建物の中で俺は彼女と席に着き、映画が始まるのを待っていた。
「ねぇ、この映画の主人公って、ミハイルさんと服が違うね」
「ああ。この主人公は近衛省の軍人だから、軍服が赤なんだよ」
「ああ! 皇帝陛下をお守りする騎士団だよね、すごくかっこいいね」
「うん、そうそう」
「騎士団」という言葉を聞いて、少し心がズキズキする。 こんな楽しいときでも、俺のコンプレックスはナイフのように心臓を切りつけてくる。 いつの時代も、女の子は「王子様」や「騎士」って単語に弱いみたいだ。
俺は、居たたまれなくなって話を変えようとした。 その瞬間だった。
「でも、ミハイルさんの軍服姿もかっこいいよ」
普段は聞かない小さな声で、彼女は言ってくれた。 照れくさそうに下を向いた彼女の耳は、紅色に染まっていた。
映画の内容はいつもの王道ストーリー。悪い奴らに囚われたヒロインが空挺竜騎士に助けられるシーンで締めくくられていた。 だが、今では珍しいエルフの魔術師が、実演で魔法の炎や水しぶきを演出していて、とても楽しめた。
映画を見終わった俺とレットちゃんは、居酒屋へと向かう道すがら会話をしていた。
「あの魔法すごい…まさか、今日は本物の魔法使いが居たなんて思わなかったよ」
「そうだね、最近はめっきり見なくなったからラッキーだったよ」
先程から、見た映画の感想を言い合っている。 確実ではないが、彼女も俺に少なからず、いや、ほぼ好意を持っているようだ。 ここは男を見せるべきかもしれない……。
「ミハイルさん、最近雰囲気変わったよね」
「え? そうかい?」
「初めて私の店に来てくれた時は、一人でお酒を寂しそうに呑んでいたのを覚えているよ」
「ああ、そんな時、俺にいろいろ話しかけてくれたのが君だったね」
「ふふ、私……あなたが好きよ」
「え?」
いきなり彼女が抱きついてきた。 彼女の柔らかい部分が自分の体に当たる感覚が、ダイレクトに伝わる。 そして俺の耳元に彼女の吐息がかかり、ちゅ、という濡れた音が聞こえた。
「あなたの匂い、声、心を……私の物にしたわ」
「え、レットちゃん?」
聞いたことのない、彼女の低い声のトーンと口調。 なんだか、ひどく妖艶で色っぽい。 それに……だんだん、猛烈に眠くなってきた。 意識が、泥の中に沈んでいくようだ……。
(起きろ)
知らない声が、脳内に直接響いた。
ハッと目が覚める。 すると、街中にサイレンが鳴り響いていた。 このサイレンは、軍人になって叩き込まれる音だ。 「敵襲あり。直ちに戦闘配置につけ」という警報。
「ごめん、レットちゃん! 基地に戻らないと!」
「え、ちょっと」
「君も地下避難場所に退避して!」
俺は近くに停まっていた蒸気タクシーを止め、基地に向かった。
恋愛を書くのは向いてないです。
訂正 四話なのに三話になってました。




