一章 三話 嵐の前の静けさ
~半年後~
この基地に着任してから、半年が経っていた。 着任当初は、空挺竜騎士団に入れなかった悔しさや、騎士になった同期の事を風の便りに聞くたびに言葉では表せない怒り、やるせなさと葛藤していた。 だが今は、目の前の任務に誇りを持てるようになっていた……違う。無理やり納得させようと言い聞かせている自分がいる。要はまだ納得していないのだ。
その怒りとも言えぬエネルギーをすべて進級試験にぶつけたかいがあったのか、半年で一等陸兵に進級した。 そして気球を使っての巡回任務にも慣れ、俺は週末と休日のみ許される外出を基地の近くの街で謳歌している。
「ドム、あの居酒屋にいこう」
「ミハイル、本当にあの居酒屋すきだな」
ドムは、同じ空挺気球隊の仲間で軍歴も同じ。一番馬が合うヤツだ。同じ気球に乗る操縦者なので、よく一緒に休日を楽しんだりしている。 そして最近は、行きつけになった居酒屋に二人でよく足を運んでは、賭け事や猥談を酒のつまみにしている。
俺たちが居酒屋に入ると、赤髪の娘である女店主が、笑顔で俺たちを席へ誘ってくれる。
「兵隊さん達また来てくれたの? うれしいな」
「おうよ! 俺はレットちゃんのナイスな乳を見にきたんだぜ!」
「兵隊さんは、相変わらずデリカシーのデの字もありませんね」
「俺は違うぞ」
彼女の笑顔を前にして俺は恥ずかしくなって小声で答えたが、そこにすかさずドムがカットインする。
「コイツは、レットちゃんがタイプで通ってんだ」
コイツの「本音トークで友情を深めよう」という言葉は、二度と信用しない。
「おい! ドムこの野郎! それは言わない約束だろ?! あっ……」
「そうなの?」
彼女は小首を傾けてはにかんでいる。かわいいな。 彼女を初めて知ったのはつい先月の事だが、彼女の話す声色や甘い匂い、何も着飾ったりはしておらず、いつも汗をかきながら仕事をしている姿に心を奪われている……などと、口が裂けても言えない。
「お、いや、しょんな」
「ほら、顔が赤くなっただろう?」
「これは、酒のせいだ!」
「まだ、酒飲んでないだろ」
コイツ、あとで絶対に許さない。 俺とドムは、軍服を汚さぬように出された「豆を塩で味付けしたつまみ」を食べながら、他愛もない会話をしていた。そこに仕事が暇になったのか、彼女が来てくれた。
「兵隊さんに聞きたいことがあるんだけど」
ドムが豆を食べるのをやめて返事をした。
「なに?」
「ねえ……街中のみんなが噂してるんだけど、近々帝国と王国が戦争するってほんと?」
「全面戦争まではいかないが、小規模な小競り合いが起きているのはたしかだね…」
ドムは歯に衣着せぬ物言いで、また豆を食べ始めた。
「ふーん、戦争になっても二人は死なないでね」
俺はその約束は守れないと思いながらも、 「ああ、生き延びるよ」 と小さく呟いた。ドムも同じ気持ちだったのか、静かに頷く。
その雰囲気を察してか、彼女が場の空気を変える提案をしてきた。
「あのさ、お客さんから映画館のチケットを2枚もらったから……よかったら二人に上げるよ」
そう言って『愛する人は軍人さん』のチケットを2つ差し出してきた。 すると、ドムの糞野郎が素敵な提案をしてくれた。
「いや、男二人で恋愛映画は無理だわ。そうだ! 俺とミハイルがポーカーで勝負するから、それで勝った方がレットちゃんと映画館に行くのはどう?」
「それは彼女が困るだろ」
「うーん……ちょっとお母さんに聞いてみるね」
そういって彼女は店主の元へ歩いていった。彼女が離れたのを確認して、ドムが一言。
「お前が勝つようにしてやるから、レットちゃんと映画行って来い」
今日コイツに抱かれてもいいと思った。 彼女が戻ってきて、笑顔のまま右手でOKサイン。 その後、ドムと俺はポーカーをした。
俺とドムは居酒屋を出て、基地に戻る道を歩いていた。
「ドム」
「んだ?」
「今日は……借りができたな」
「ああ、今度高級ワインをおごれよな」
「流石に、あれは勘弁してくれ。給料が一気に飛ぶ」
基地に戻ると守衛から「大尉より話があるから部屋に来てくれ」との旨を聞いて、俺はすぐに将校室に向かった。 また恒例の話だと思うが、今度はどんな話なのだろうか。
「ミハイルです」
「鍵はかかってないぞ」
「失礼します。大尉、お話とは?」
「まぁ、座ってくれ。こんな遅くに悪かったな」
「いえ、大丈夫です」
「ちょっとこの資料を見てくれないか?」
渡された資料には、投影魔法機で撮られた王国の空挺竜騎士が写っていた。
「これは…王国の空挺竜騎士団ですよね?」
「流石だね。空挺竜騎士試験で上位の成績を収めただけはあるね」
「はは…」
大尉の言葉のチョイスはずれている。多分大尉は天然のドSなんじゃないのか。
「君から見て、この空挺竜騎士達をどう思う?」
そこには、王国の空挺竜騎士3騎が写っていた。
「装備等を見ると、偵察部隊かと…竜がスピード重視のワイバーンも居ますし」
「ワイバーン? 竜に種類があるのか?」
大尉と空挺竜騎士について話して分かってきたのだが、海軍省の軍人は竜に疎いらしい。もともと戦艦同士で大砲を使ってドンパチしているだけだからなのか分からないが…。
「はい。ワイバーンは他のドラゴンと違い小柄ですが、スピードと運動性はピカイチですので、偵察、観測に向いていることで有名です。ちなみに海軍省所属の空挺竜のほとんどがワイバーンです」
「言われてみれば、着弾観測要員の竜も近衛省の竜より小さかったな」
「近衛省の竜は伝統的に重装備重視ですからね…」
「そうか。あとこの3騎の装備にずいぶんと差があるのだが、これはどうしてなのだ?」
「多分、この3騎のうちの先頭にいるのが騎士で、あとの2騎は従者だからだと思います」
「あー、王国はまだ封建制度をとっていたな」
「ええ。王国は広大な領土を守るために各地域に諸侯を置いていますので、その諸侯の騎士と、騎士に従う従者ではないでしょうか」
「なるほど、騎士は常に重装備か。伝統ばかりを守っているのは時代遅れなことだ…」
「今日もありがとう。こういった事は軍曹などに立場上聞けなくて、いろいろ助かる」
大尉はそう言ってタバコ一箱を俺に渡したあと、自分の長い黒髪をかきあげて軍服の上着を脱ぎ始めた。 色っぽい……落ち着け、俺にはあの子がいるのだ。
「それと、君の私生活にガヤガヤ言いたくないのだが、休日を飲みばかりにするのは控えた方がいい」
「そうですよね、すいません」
ど正論だ。あの子に会うためとはいえ毎回居酒屋ばかりだ…すこし控えよう。
「あと、一つ話があるのだが。君を私と同じ共同戦略科で仕事をしてもらいたいと思っているのだが、どうだろう?」
「ありがとうございます。しかし共同戦略科とはどのような事をするのでしょうか? 詳しく知らなくて…」
共同戦略科といったら、陸海近軍省から出向してきた者たちが集められている参謀本部の部署だよな。あそこにいるのって俺と違ってキャリア組じゃないのか。
「そうだな。陸海近省共同で軍事研究をしている。詳しく言えば、新しい組織や軍備を開発している感じだ」
「大尉、私は近所にいたドワーフのじいさんからナイフの作り方を教わったぐらいしか技術はありませんが…」
これは本当の話だ。開発とかやったことないぞ。
「心配ないぞ。開発といっても、君には開発した試作品を使用してもらいたいのだ」
「それならいいですが…試作品とは新しい気球ですか?」
「それは、まだ詳しくは言えないがいずれ説明する」
試作品? なんだろうか。 新しい気球なんかだろうか。どちらにしても空挺竜騎士になれない俺は、若干投げやりにもなっていたので、
「わかりました、その任務受けさせてください」
二つ返事でOKした。




