一章 一三話 異世界騎士と銀色の悪魔
王国側のストーリーです。
帝国の地下で「粛清」の嵐が吹き荒れている、まさにその夜。 王国の聖域である王都・中央教会にも、重苦しい沈黙と死臭が漂っていた。
「……準備はいいか、スズキ将軍」
豪奢な法衣を纏った神官長が、試すような視線を向けてくる。 教会は王権からも独立した「第三勢力」だ。本来、血生臭い軍人がこの地下安置所に立ち入ることは嫌われるが、今回は私のコネと多額の寄付金で無理を通してもらった。
「ああ。部下の準備も終わっている」
私は後ろに控えていた小柄な人物に声をかけた。
「頼むぞ、ノエル」
「はいはい、分かってるって。……ったく、人使いが荒い男だねえ」
フードを脱ぎながら前に出たのは、透き通るような白い肌と、長く尖った耳を持つエルフの女性――ノエルだ。 彼女は我が諜報騎士団の古参メンバーであり、稀有な「読心族」の生き残りだ。 見た目は若いが、言葉の端々に隠しきれない「年寄り臭さ」がある。 時折、酒に酔うと「分裂する前の『大国』だった頃は……」などと、数百年前の昔話をさも見てきたかのように語ることがある謎多き女性だが、腕は確かだ。 ……それに、私にとっては部下以上の「貸し借り」がある相手でもある。互いに深入りはしないが、私の背中を預けられる数少ない理解者だ。
「……じゃ、始めるよ」
ノエルが、石台に横たわる遺体の額にそっと手を触れる。 ナチャーロ基地を襲撃した本隊――その「後方支援」を担当していた騎士のなれの果てだ。 本隊が全滅する様を目撃し、辛うじて国境付近まで逃げ延びたが、そこで力尽き回収されたらしい。 紫色の魔法陣が浮かび上がり、薄暗い地下室の空気がビリビリと震え始めた。
「再生」
その言葉と共に、虚空にモヤのような映像が浮かび上がる。 それは、死んだ騎士の視界そのものだ。
――映像の中は、快晴だった。 眼下には帝国の荒涼とした大地。 この騎士は後方から戦況を見ていたようだが、視界の中心には先行した味方の姿がはっきりと映っていた。
中心にいるのは、金銀の装飾が施された鎧を纏う一人の「上級騎士」。 彼が跨る巨大な純血種のドラゴンが、前足で抱えているのは巨大な魔導銃。 機関部には大きなループ状のレバー……間違いない、王国の伝統的な「レバーアクション式ライフル」だ。
(……ライフルか。やはり舐めてかかっていたな)
私は心の中で舌打ちした。 竜装魔導銃には、大きく分けて二種類ある。 一点集中で威力の高い「ライフル(単発弾)」と、広範囲に魔弾をばら撒く「ショットガン(散弾)」だ。 本来、空対空の戦闘なら命中率の高いショットガンを選ぶべきだが、事前の情報で「帝国には航空戦力がいない」と聞いていたため、地上の施設を破壊しやすいライフルを選んだのだろう。
『閣下! 高度を下げすぎです!』
従者の一人が警告を発した。 子爵は不快そうにするでもなく、愛竜の手綱を握り直して答える。
『心配するなトマス! 我が愛竜「ヴリトラ」の射撃を見せてやるのだ! 行けッ!』
部下を名前で呼ぶその口調には、確かな信頼が滲んでいた。 彼らはただの主従ではない。生死を共にするチームなのだ。
主人の号令に応え、ドラゴンが咆哮を上げる。 器用に前足で巨大なライフルを構え、地上の基地施設へと狙いを定める。
ズドンッ!!
大気を震わす轟音と共に、極大の火球が地上の倉庫を吹き飛ばした。 直後、爆煙の中に「鮮やかな紫色の煙」が立ち上った。
『ハハハ! 見たか! あの高貴な紫こそ我が家門の色よ! ジャン、今の戦果をしっかり記録しておけよ!』
(着色弾か……。相変わらずだな)
戦場で自分の位置を晒す行為は、現代戦の視点で見れば自殺行為に等しい。 だが、我々騎士にとって「名誉」は命よりも重い。誰の手柄かを明確にすることは、部隊の結束と士気を維持するために必要な儀式でもある。 これまでは、それでよかった。 今、この瞬間までは。
映像の中で、ドラゴンが前足の爪でレバーをガシャァァン! と豪快に押し下げた。 巨大な空薬莢が宙を舞い、次弾が装填される。 流れるようなアクション。そこに油断はない。洗練された武人の動きだ。
だが――。
――バラバラバラバラバラ……!!
私がその音を聞き取ったのは、まさにその「洗練された一瞬」の隙間だった。 背筋が凍るような、乾いた連続音。
――ズダダダダダダッ!!
『グオォォッ!?』
突然、右翼を守っていた従者――トマスが血飛沫を上げて墜落した。 紫色の煙など出ない。見えない鉛の弾丸が、正確に急所を食い破っている。
『なっ……!? トマス!?』 『敵襲! 上です! 太陽の方角!』
逆光の中、黒い点だった「それ」が急速に拡大してくる。 子爵は即座に反応し、上空へ向けて魔導銃を放った。
ズドンッ!!
見事な反応速度だ。並のワイバーンなら今のカウンターで落ちていただろう。 だが、相手はあまりにも速い。 火球は空しい紫色の煙を空に残しただけだった。
子爵が焦ってレバーを操作しようとする。 ガシャッ…… そのコンマ数秒のアクション。 レバーアクションに必ず生じる、構造上のタイムラグ。
(ダメだ、相性が悪すぎる――!)
――ズガガガガガッ!!
すれ違いざま、敵機の機銃が火を噴いた。 ドラゴンの分厚い鱗も、自慢のレバーアクション機関部も、全てが等しく粉砕される。 子爵はドラゴンの頭ごと穴だらけの肉塊となり、地上へ落ちていった。
プツン、と映像が途切れ、地下室に再び静寂が戻る。
「……ふぅ。これが限界だね。……どうだい団長、何か分かったかい?」
ノエルが額の汗を拭いながら魔法を解く。 周囲の神官たちは「銀色の怪鳥だ!」と騒いでいるが、私の心臓は早鐘を打っていた。
震える手で、懐から安葉巻を取り出す。 火をつけ、紫煙を深く吸い込む。 肺に広がる苦味が、少しだけ現実感を戻してくれた。
「……ハルト? 顔色が悪いよ」
ノエルが心配そうに覗き込んでくる。 公の場では階級で呼ぶ彼女が、咄嗟に名前で呼ぶほど、私の顔は酷いものだったらしい。 私は短く息を吐き出すと、静かに首を振った。
「ああ、大丈夫だ。……いい仕事だったぞ、ノエル」
大丈夫なわけがない。 私には、あの「銀色の悪魔」の正体が分かってしまったのだから。
木と帆布、そして金属で補強された機体。 上下に二枚重なった主翼――「複葉」。
「……複葉機だと?」
日本語が、口から漏れた。 プロペラで飛ぶ航空機。それ自体には驚かない。私がいた元の世界にもあったものだ。 だが、これは……第一次世界大戦時代の代物だ。
(第一次大戦レベルの技術力……。だが、実際にドラゴンを圧倒している)
骨董品などではない。これは紛れもない「殺戮兵器」だ。 単発高威力のライフルに拘る騎士道と、手数で圧倒する近代戦術。 そのルールの違いが、残酷なまでの結果を生んでいた。
私は努めて冷静な声色を保ち、シモンに向き直った。
「シモン、見た通りだ。敵は『新型の飛行兵器』を開発した」 「飛行兵器、ですか? あれが……」 「ああ。魔力反応がないからといって油断するな。あれは純粋な『機械』だ。だからこそ厄介なんだ」
私の淡々とした口調に、シモンがゴクリと喉を鳴らす。 私は彼に、具体的な対抗策を授けた。私の持つ「こちらの知識」に基づく、唯一の解決策だ。
「直ちに全軍に通達! 今後、帝国上空での単独行動および低速飛行を禁ずる! 敵は『上』から来るぞ! 常に高度優位を保て!」 「は、はいッ!」
「それと、装備を変更させろ! 次回の出撃から、全騎『散弾銃』を携行させろ!」
「えっ……? 散弾、ですか? しかしあれは射程が短く、対地攻撃には……」
「対地攻撃用じゃない、『対空用』だ! いいか、敵は速い! 単発のライフルで狙っても当たらんぞ! 散弾で弾幕を張って、面で叩き落とすんだ!」
シモンは一瞬戸惑ったが、私の剣幕に押されて敬礼した。
「り、了解しました! 全軍に『散弾銃』への換装を通達します!」
「急げ! それと帝国の密偵への連絡もだ。現在連絡がつかない者が多いが、まだ繋がるルートがあるはずだ。何でもいい……情報をかき集めるんだ!」
シモンたちが慌ただしく走り去っていく。 地下室には、私と神官長、そしてノエルだけが残された。
「……間に合わなかったか」
私は天井――その遥か上にある空を睨みつけた。
「おいおい、冗談じゃないぞ……。レバーアクションの時代に、機関銃付きの戦闘機を持ち出すなんてな」
私は頭を抱えたくなった。 王国の騎士たちは弱くない。彼らが散弾銃を持ち、組織的な対空戦闘を行えば、複葉機程度なら撃墜できるはずだ。 だが、それに対応されるまでの間、どれだけの騎士が「カモ撃ち」のように狩られることになるのか。
『大砲を持った侍』が、『マシンガンを持った兵士(戦闘機)』に蜂の巣にされる。 かつて私の知る歴史で起きたパラダイムシフトが、この世界でも起ころうとしている。
「……勝てるわけがない。美学で戦争をする時代は終わったんだ」
私は吸い殻を携帯灰皿に押し込んだ。 この戦争は、私が考えていたよりずっと厄介なものになる。 泥沼の殺し合いの幕が、切って落とされたのだ。




