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森の中。寄り添う二人。

作者: 突発的書き殴り症候群

異性恋愛の良さを思い出しました(百合作品読者)


山も谷もありません。ただただ主人公二人が幸せなだけです。


****


 私–––ミレーア・カタルトには婚約者がいる。

 ガルドア・フルドディーア。三つ年上の次期フルドディーア伯爵家当主であり、幼馴染の青年。

 彼はとても素敵な男性に育った。

 藍色の少し目にかかるような長めの髪。野生的な雰囲気と同時、どこか作り物めいた美しさも併せ持つ。

 高い身長は小柄な私には不釣合いで、見ている世界も違うんだろうなとすぐに悪く考えてしまうけれど、それを言うたび彼は大胆に私を抱き上げて言うのだ。


『ほれ。こうすればおんなじとこ、見えるだろ。お前と俺が違うところにいるなんてあり得ないよ』

 

 そんな優しい言葉を四六時中聞かされて育ったせいで、私は気づけば一日中頭を離れないくらいガルドアを好きになっていた。

 既に領民たちから一定の支持を受けており、気まぐれとはいえ、職務をひと段落させてふらりと畑仕事を手伝いに行ったりする独特な価値観を持つガルドア。幼い頃は嬉々として自分が手伝って作った作物を私に見せてきたものだった。泥んこで。

 そんな姿をキラキラ目を輝かせて見ていた私も、相当な変人だった。

 

「久々に、森に行かないか」


 ガルドアはある日、話があると言って私の生家を訪れた。

 カタルト子爵家。フルドディーア家とは身分も何もが不釣合いなのに、何で彼の家は婚約を許したのか、未だに謎だ。


「親父を脅したからな」


 そう、彼は聞くたび繰り返す。何をどう脅したら身分違いの婚約が許されるのか、教えてほしい。


「また侯爵様のことそんな呼び方して……ボロ出たりしない? 辺境の美男子ガルドア様っ」


「ちょ、その二つ名で呼ぶな! 誰が美男子だっ、俺はミレーア以外に評価されても嬉しかないんだよ」


「……すぐそんなこと言って」


 見ての通り素のガルドアの口調は少し粗暴だ。でも、今では私一人に見せてくれる本当の彼の姿であり、いくらでも聞いていたい憎まれ口だと思う。

 数ヶ月ぶりに歩く深緑の空間は、葉に遮られて日の光の暖かみを感じられず少し涼しくはあるが、それ以上に先導して歩いているガルドアの手が暖かくて、心がぽかぽかする。


「……ガルの手、あったかいね」


「あんまそういうこと言うな。抱きしめたくなる」


「ふぇ……ご、ごめん」


 そっちこそ、あんまりそういうこと言わないで。びっくりする。

 ズカズカと手を引いて進んでいく彼は、いくつになっても変わらない。

 粗暴で荒々しいところもあるけど、何より優しい彼が大好きだ。


****



 俺は女が嫌いだった。

 幼い頃、今よりやんちゃな性格をしていた俺は、領地のガキどもと毎日外遊びに勤しんでいた。

 ある日は泥んこになるまで遊び、ある日は森を駆け、木の枝で切り傷だらけになったり。またある日は虫取りに時間を費やしたりした。

 そのどれもが同性の悪友たちとのことで、そこに異性の影はなく。

 むしろ、女は弱い生き物で、すぐヘトヘトになって遊べなくなるから、疎ましく思っていた。

 

「こ、ここ……どこかわかりませんか」


 その日その日を遊びに費やして、親父の話にも耳を傾けず、俺はだらけていた。


「あ、あのっ、ここっ……」


「知らねえよ。てか誰だよお前」


 家を継がずに農家でもやろうかと適当に考えていた節、そのチビはやって来た。

 人形めいた整った顔立ちの少女だった。

 ミレーア・カタルト。現在の俺の婚約者で、最愛の女性で、今も続く初恋の相手だ。

 今でこそミレーアが可愛くて仕方なくて乱暴に扱うことはしないが、当時の俺はそれはもう悪ガキで。

 茶色の手入れが行き届いた髪の上に黒いリボンを付けたストローハットを被る彼女は、おおよそ外を出歩くことに慣れた格好をしていなかった。

 小枝のように細い四肢。きめ細やかで白い肌とそれに合わせたような淡い白のワンピース。小さな脚に見合うサンダル。どこかからの旅行客か何かかと思った。

 穢れを知らない真っ白な花。それが第一印象であり。

 ––––何となく、そんな繊細な存在を汚してやりたくなった。


「わたしは、ミレーアともうします。父が侯爵様に用事と言って、わたしも連れてこのちに……」


「あー、そういうのいいから。とりあえずこっち来いよ」


「みちがわかるんですかっ」


 ぱあっとミレーアが花咲いたように笑った。

 どこへ行きたいかも聞いてないのに、道も何もあるかよと、俺は内心純粋な彼女を嗤った。


****


 何も知らないやつだと思った。


「あれが畑ですね、はじめてみました……」


 そういって感嘆するミレーアの周囲の風景は、決して珍しいものではない。どれだけ箱入りなのだと俺は呆れた。

 そして同時に、イイ思い出(・・・・・)を植え付けてやれそうだとワクワクした。どうしようもない悪ガキだ。


「おやしきはこっちなんですか?」


「んー? 違えけど」


「へ」


 ミレーアはぽけーっと間抜けそうな顔をして固まってしまった。なんだ、屋敷に行きたかったのかこいつ。


「残念ながら屋敷とは逆方向だ」


「ふぇ……では、わたしはどこにいくんですか」


「いいもん見せてやるよ」


 そう言って、俺は近くの畑へ入り込んだ。

 他の貴族どもが見たら卒倒しそうな光景だ。ぜひ見て見たい。

 少し掘り返しても大丈夫そうな場所を入念に吟味し––––だって毎日汗水垂らして畑仕事してる皆に悪いだろ––––俺はやがて地面を掘り、そいつを見つけた。

 まぁ、言ってしまえばミミズだ。これをアイツの顔の真ん前に突きつけて、汚れた手もワンピースの裾で拭いてやる。

 両手で大切に包んで、ミレーアの元へ持っていく。


「? なにかもってるんですか」


「いいものだぞ」


「わぁっ、みてみたいです!」


 まぁ見たくないって言っても見せるつもりだったので、俺は愉悦した。


「ほれ」


 俺は右手に被せていた左手を取った。

 はてさてどんな反応を見せる? 気持ち悪いと泣くか? 近づかないでと軽蔑するか? こんなものを見せた俺を恨むか?

 残念ながら、幼き俺のどの期待とも違った反応をミレーアは見せた。


「わぁっ、かわいいです! これがイモムシさんですか?」


 興奮から頰を朱に染め、彼女は自らミミズに顔を近づけたのだ。


「は……? い、いや。こいつはミミズ……」


「ミミズさん! この子もはじめてみました。さわらせてもらってもよろしいでしょうか?」


「べ、別にいいけど。なんなら持ってみる?」


「はいっ。いろいろなものをみせてくれて、あなたは優しいひとですね!」


 そう言って、ミレーアはこれまでで一番の屈託無い笑みを見せた。慎重にミミズを手のひらに乗せて観察し、「ふわぁぁっ」っと目を輝かせていた。そして最後には俺に断りを入れ、きちんと畑の方へ逃がしてやっていた。


「とっても良いたいけんをしました!」


 外遊びに付き合わせて、挙句こんな嬉しそうな顔をする女は初めてだった。

 ––––可愛い。

 生まれて初めて抱いた奇妙な感慨だ。目の前の女の子がどうしようもなく愛らしく見えてくる。

 冷めた目で『人形みてぇに整った見た目してんな』と思ったその顔は、気付けば『人形に例えるのも烏滸がましいくらい綺麗な端正な顔立ち』へと脳内でチェンジし。

 次の瞬間、俺は、名乗りを上げていた。


「……俺は、ガルドアって名前だ」


「へ? ……あ、はいっ! ガルドアさん。わたしはミレーアです!」


「さっき聞いた。後、敬語とかいいわ。タメ口にしろ」


「わかりま……ん、わかった。ガル!」


 早速愛称で呼んできやがった。最初の箱入りな印象からどんどんかけ離れていく。

 でも、そのギャップに尚更惹かれる自分がいて。

 

「な、なんならもっと色々見せてやるよ! 例えば俺が作るの手伝った作物とか!」


「さくもつ! おやさいだよね。でも、わたしなんかがかってに畑の中へ入ってもいいのかな……?」


「は? お前そのカッコで畑の中入るつもりなの?」


「ワンピースのことなら、少しすそをもちあげれば大丈夫だと思うの……!」


 存外、見た目に似合わずパワフルなことを言う少女だ。

 そうして、彼女の従者が真っ青な顔で探しに来るまで、俺たちは色々なところを見て、遊んで、笑いあった。

 何でもない日常の風景でも、彼女が隣にいるだけで褪せていたものに色が付いて、煌めくようだった。


「またね、ガル」


「ああ! 絶対また会おうな!」


 別れの時がやってきて、心が苦しくなる程度には、もう俺はミレーアに夢中になっていた。好きになっていた。

 当時の彼女にしてみれば、俺のことなど友達か親切なお兄さん程度にしか思っていなかったろうが。

 その日から俺は、恋の執着力というべきか、早速ミレーアの実家を突き止め、幸い近場だったので頻繁に彼女の元へ遊びに行くようになった。

 


****


「ガル、どうしたの……?」


 バスケットの中のサンドイッチを頬張って、急に動きを止めてしまったガルドアへ、私は心配になって声をかけた。もしかして変なもの入ってたかな?


「……ぁ? あっ、いや、別に。ちょっと昔を思い出してたんだ」


 瞳を覗き込むと照れたように咳払いし、彼は少し赤くなった。


「あ、もしかしてガルと初めて会った時のこととかかな? あの時から、もうガルは優しかったよね……」


 最初はただ親切で世話好きなお兄さんかと思っていたが、彼の行動全てが私への好意から来るものだと知ってからは、まともに顔を見られない時期もあった。


「俺はお前を揶揄うために最初連れ回したんだけどな」


「えぇっ!? そんな聞いてない! ひどいよぅ……」


「なのにお前は、ミミズ見せた途端に『イモムシさんですか』とか言い出してさ!」


「声マネぜんっぜんにてなーいー!! 私そんな声じゃないよ!」


「気にするとこそこかよ……やっぱりお前ズレてるな」


 まあ本人が無自覚なところもまた好きなんだけどな、なんて、ガルドアは意味のわからないことを呟いた。

 彼は私のどんなところだろうと好きだと言ってくれる。嬉しいけど、こそばゆくもあるのが本音。


「––––なぁ、ミレーア」


 不意に森に風が吹いた。

 包み込むような優しい風、それはまるで、ガルドアの心みたいな暖かさで。

 緩んでいた美貌を引き締め、ガルドアは真面目な雰囲気で口を開いた。


「––––結婚しよう」


 この手のことで、ガルドアは決して冗談を言わない。

 一定の地位も美貌も性格も。全て併せ持った彼は、もう昔の泥んこ少年じゃない。

 私なんかをずっと見ていなくても、よりどりみどりでもっといい人だって見つけられただろうに。

 彼は誠実で、一途で。今も彼の心の中には、きっと私しかいない。

 縛りつけているようだ。彼は私以外の人と結ばれる方が幸せなのではないか。

 そこまで考えても、彼が他の女の人へ走る姿はまるで想像つかない。一途なガルドアしか見てこなかったからだ。そして、それがまぎれもない私の婚約者の本質。

 私以外は絶対に、何があろうと見ない。眼中にない。考えもしない。

 そのことが、たまらなく嬉しくて。

 どこにも行って欲しくない。私だけを見てくれる、私だけのガル……。


「……うん。しよ、結婚しよ。……ずっと隣にいてね……ずっと好きだよ……」


「……そこも俺が言いたかったんだけど」


「うぇっ!? ご、ごめ……んりゅっ!」


「お前一回喋るのやめて」


 謝ろうとした矢先、抱きしめられて喋れなくされてしまう。

 ガルの匂いがする。大好きな大好きな、私の初恋の人の匂い。

 気付けばうっとりとガルドアの匂いに鼻をすんすん揺らしていた私へ、焼き直しだと前置きして彼は言った。


「お前とずっと一緒にいたい。これまでもこれからもお前のことだけをずっと見続ける。何回も何回も伝えて、やっと好きになってもらえたんだ、絶対手放さない。一生大事にする」


「……」


 鼻につきそうな台詞でも、相手を本気で想っていれば、心を掴んで離さない愛の言葉に変わる。

 そうして私は、彼を好きになって、そしてこれからも彼を好きになり続けるのだろう。

 それは中々、幸せな未来設計で。


「不束者だけど、よろしく頼む」


 そこまで言って、ガルドアは私を抱きしめていた腕を緩めた。


「ぷはっ……それ私の台詞だよ、ガル」


 口では鋭く突っ込みを入れながら、抱擁を解かれた私は大きく手を広げて、彼の腕を今一度求めた。


「でも……だいすき、ガル。もう一回抱きしめて……」


「キスは駄目か」


「結婚するまで我慢だよ」


「じゃあもうちょっとの辛抱だな」


「……ばーか」

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