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星界の門《ヘブンズゲート》  作者: Nanashi
三百年後に冷凍睡眠から目覚めた少女が体験する電脳社会
8/19

第7話 氷上の衝撃

今回はフィギュアスケートの話です。

楽しそうなラブコメの雰囲気がうまく書けたか心配です。

楽しいスケートで終わらせてあげたかったんですけど(^_-)-☆

 その日ユキコはハルに連れられるまま、近くにある森を訪れていた。午前十時――太陽の光がもっとも美しい時間帯だ。

 このあたりは気温が低いらしく吐く息が白く凍えている。歩くたびに霜柱を踏みしめる音が美しい林道に響く。

 雪の積もった樹木が立ち並ぶ林道を抜けると、やがて氷結した湖が眼前に広がった。


「そろそろ、滑りたくてうずうずしてるんじゃないかと思って――」

 ハルはそう言って手にしたバックから二足のスケート靴を取り出した。


「君が目覚めた日、気象管理センターに、この湖を凍結させるように依頼しておいたんだ」


 ユキコは大急ぎでスケート靴に履き替えると、夢見るような表情のまま天然のリンクへと駆け出した。


 おそるおそる氷面に足を踏み出す。

 そして氷の感触を確かめるように一歩づつスケート靴を踏み出した。

 まるで念願のお人形を買ってもらった少女のように瞳を生き生きと輝かせ、ゆるやかに滑る。


 スパイラル――上体を前に傾け、右足を真っ直ぐ後ろに上げてゆく。バレエのアラベスクと同じ姿勢だ。体重をアウトサイドエッジへ移し、緩やかな弧を描く。


 七歳のときから、ほとんど毎日スケートの練習を続けてきたユキコの滑りは、無駄が無く洗練されている。氷を斬るエッジからは、ほとんど音がしない。


 氷上を舞う風がユキコ長い栗色の髪をたなびかせると、幻想的な雰囲気が氷上を包む。


 イーグル――左右の足を反対方向に大きく開き、体重をアウトサイドエッジに乗せカーブを描く。手は祈りをささげるように胸の前で組み、弧の中心に向け背中側へと体を傾ける。


(気持ちいい――)


 骨肉腫と診断されて以降、彼女は一度も氷上に立っていなかった。

 久しぶりに味わうエッジで氷を斬る感触は、頭の奥が痺れるほど心地好い。


 前に出した右足を両手で掴み、左足を曲げ、限界まで上体を倒したてスピンを舞う――シットスピン。

 それから、上体を起こし、掴んだ右足を高く上げた形でのアップライトスピンに移行する。

 そして最後に、前に上げた右足を右手で掴んだまま後ろに回し、背中を限界まで反らして、高々と後ろ足を上げるビールマンスピン。

 ユキコは最高級の難易度を誇るコンビネーションスピンを披露した。


 足の調子はすっかり回復している。しかし、三ヶ月の闘病生活は彼女の体力をすっかり衰えさせている。早くも息が乱れ始めた――。


 コンビネーションスピンを終えたユキコはクロスオーバーで加速し片足のターンを二つ入れた後、宙に舞った。

 トリプルフリップ――左足でバックに滑りながら後ろに伸ばした右足のトウで踏み切りジャンプする。

 着氷を決めたユキコは満面の笑顔に白い歯を覗かせる。

 ユキコはハルを振り返り、ウインクをした。

 そしてガッツポーズ!

 そこからストレートラインステップに入る。

 時に大きく時に細かく自在なターンとステップを刻み、銀盤上を渡ってゆく。


 息が燃えるように熱い。体が、胸がはじけ飛びそうになる。

 ダブルアクセル――助走から、左足を前に向けたまま右足を前に振り上げ、空高く飛び出してゆく。

 戻ってきたのだ――! 銀盤の舞台ステージに――!

 着氷を決めたユキコはハルへと向き直り、その胸に飛び込んでいく。穏やかな表情でユキコを眺めていたハルは、突然の成り行きに動揺しながらもしっかりと受け止めた。


「ハ――、ハ――、ハ――!」


 ユキコの息は熱かった。心臓が早鐘のように鳴り響く。瞳は熱にうかされた様に潤んでいる。


 ハルもまた困惑と動揺の嵐に硬直していた。

 静寂の中、ユキコの呼吸する音だけがハルの耳に届く。

 時間と共にユキコの呼吸も静まってくる。


「ありがとう……、ハル」

 ユキコのつぶやきと共に二人の視線がぶつかる。


 とちらともなく微笑みあう。――照れくささから視線を伏せながらも、互いの視線が引き寄せられるように絡み合う。


「一緒に滑らないか?」


 ハルの言葉を受け、ユキコはおずおずと手を差し出す。

 どうしようもなく恥ずかしい。

 ハルは視線を明後日の方向にそらしたまま、ユキコは下を向いたままゆっくりと滑り始めた。

 湖の岸に沿ってクロスオーバーで加速する。


 ハルのリードでターンを決める。

ユキコはかつてのコーチからペアの技術は教わり、一通りマスターしている。

あとはハルの技術と彼とのコンビネーションだ。

わずかな時間の滑走だが、ハルの技術も素人ではないと判った。


 デススパイラル―ユキコはハルを中心に大きな円を描くようターンする。

 ハルはピボットの位置で体を支え、ユキコを廻す。

 ユキコは体を真っ直ぐ伸ばしたまま、背中向きにほとんど水平になるまで傾いてゆく。


「――――!」


 ユキコの髪が雪面に触れる。

 背中越しにハルが見える。

 背筋も凍るようなスリルを味わいながら、ハルを中心に大きく三回円を描いた。


(ペアの技ってスリル満点!)


 ハルの手に引かれ、氷上を駆ける――。


「今度は、僕の右肩に乗ってみないか?」

 ハルの問いかけにユキコは頷く。


 ハルはユキコの背中越しに右手と右手、体の前方で左手と左手を繋ぎ、体重を腕にかけ、ジャンプするよう催す。

 ユキコは緊張に汗ばみながらも、一挙に跳躍し、ハルの右肩に乗った。

 ハルはユキコの両腿を右手で支え左手で足首を支える。

 ハルの肩から眺める景色は素晴らしかった。

 ユキコは瞳を輝かせ、雪を頂く樹木と陽光に輝く凍てついた湖が織り成す風景に酔いしれた。

 上気した頬を優しくなでる風が心地よい。


 ユキコは両手を水平に広げてみる。

 タイタニックの映画を見て以来、一度やってみたかったポーズだ。

 気分は最高。まるで空を飛んでいるようだ。


 ふと下を見るとハルがユキコを見上げ、左手を差し出していた。

 少し未練は残るが、ハルのリードに従い着氷する。


 次はシットスピン。

 お互いが触れ合うような距離でスピンを舞う。

 右足の足先を掴んで前に出し水平にしたうえで、左足を軸しゃがみこんだ姿勢で回転する。

 ペアでのスピンはユニゾンが命と言ってよい。

 初めての挑戦にもかかわらず、二人のコンビネーションは驚くほどよい。


 ハルのリードは巧みだった。

 二人のユニゾンは見えない糸で繋がっているかのように重なり合い、技術は目に見えて上達してゆく。


「今度はオーバーヘッドリフト!」

 ハルの支えで飛び上がろうとしたとき、ほんの一瞬、空中でのバランスを崩す。


「――――!」


 ユキコは頭から氷に突っ込んでゆく。


 ハルは抱きかかえるようにユキコを庇い、重なり合って転倒した。


「大丈夫? ユキコ!」


「ハルが庇ってくれたから私は平気。それより私の方こそごめん! 大丈夫?」


 ハルはユキコの下敷きになり、彼女を抱きしめていた。

 上下がさかさまになっており、ユキコの太股ふとももの間に顔を突っ込むような形でだ。

ユキコはバネに弾かれたように飛び退く――!

文句を言うわけには行かない。あの時ハルが庇ってくれなければ大怪我をしていたのだから――。


「……ごめんユキコ。……ワザとじゃないんだ――」


 しばらくの間、二人は赤くなったまま言葉もなく固まっていた。


「こういう危険な技の練習は仮想空間サイバースペースでやった方がいい。

怪我をすることもないし、疲れることもない。

仮想人格サーヴァントに演技をさせて、その感覚を掴んでおけば、練習の成果も格段に違ってくるんだ」


 ユキコと密着してしまったハルは顔を真っ赤に上気させたまま、脈絡の無い事を喋りだす。


 ユキコ自身も動揺はあるが、目に見えて動揺するハルが微笑ましい。

 二人は立ち上がり、再び滑り出す。

 ハルは左手でユキコの左手をとり、右手を腰に手を回す。


「ハルのエッチ!」

 いたずらっぽい目でハルを見上げ、呟くユキコの言葉に、ハルはいきなり転倒した。


「い――――!」


 尾てい骨を打ち付けたハルは声も出ない。


 くすくすと笑うユキコはバックスケーティングでひらひらと舞う。


「いや~ん。ハルったらエッチな目してる!」


 ハルは一瞬憮然とするが、ユキコにつられ苦笑する。


 ハルが立ち上がるのを待ち、ユキコはきゃあきゃとはしゃぎまわって逃げる。

 今度は、軽口を叩くユキコが、余所見をしていた為、雪の吹き溜まりに足をとられ転倒した。


「いったーい!」


 ユキコはにやにや笑うハルを恨めしそうに見上げる。

 差し出されたハルの手をとりユキコは立ち上がった。

 お互いの笑みは止まり、静かに見つめ合う。


「な~に恥ずかしいことやってんだか――?」


 計った様なタイミングでレイコが登場する。つい先日も非常に恥ずかしい場面で水を差された。


(――わざとやっているのかもしれない!)


 ハルは明後日の方向を向きすっとぼけ、ユキコはじっとりとレイコを睨む。


「選手交代! あたしがペアのお手本を見せてあげるわ」


 流れるように近づいてきたレイコは、ユキコを押しのけハルの手をとる。


『いくわよ! 昨年の地区大会でやったやつ』

 レイコはコンタクトでハルにメッセージを送る。


『いきなり来て何を言い出すんだ! 今日はお呼びじゃない。さっさと帰れよ!』


『ふーん。アニオタだってユキコにばらされてもいいんだ! サイトのことも喋っちゃお~かな?』


 レイコのいたずらっぽい視線にハルが固まる。


「…………」


 情報の漏洩源はティーシスに違いない。

 ハルは蛇に睨まれた蛙のごとく黙り込む。


 今度は、レイコからハルとユキコへのコンタクト!

 三人にネットからの拡張現実《AR》を通し、レクオーナのマラゲーニャが流れ出す。

 その瞬間、リンクを取り巻く空気が厳粛なものへと変化する。


 二人は優雅に立ち、差し出されたレイコの手をハルがうやうやしくとる。

 流れるように滑り出した二人は――!

 四回転クアッドアクセル!


 ユキコは眼前の光景に息を呑む。

 三回転トリプルアクセルですら驚異的な技術だ。

 ユキコの時代、日本の公式戦で成功させた女子は彼女一人だった。

 世界ですら五人しかいない。


 二人の演技はペアスピンへと移っている。

 ユニゾン、表現力とも完璧だ。


 ユキコの全身は冷たい汗で濡れていた。


 四回転クアッドトウループと三回転トリプルサルコウのコンビネーションジャンプ!


 見間違いではない――。

 オリンピック金メダリストですら遠く及ばない超絶的な技巧が目の前で披露されている。


 サーキュラーステップで見せる鮮やかなターンとステップは至高の芸術にさえ見える。


(次元が違う――)


 ユキコの頬に一筋の涙が流れた。


「――――!」

 ユキコは気がつくとスケートリンクから逃げ出していた。


(何を得意になって滑っていたのだろう?

 ハルには私のスケートなど子供のお遊びに見えていたに違いない!)


 四回転クアッドアクセル――逆立ちしてもユキコにはできない。


 三百年の歳月はスポーツの世界でも劇的な進化を成し遂げたのであろう。

 ハルやレイコにすら遠く及ばない。アスリートとしてスケートを続けることはもうできない。


 ――いや違う。ハルとレイコの完璧な演技を見せつけられ、理解してしまった!


(私ではハルと共に肩を並べて生きることはできないと――!

 この世界での私は生きた化石、時代遅れの『北京原人』にすぎない――!)


 ユキコは樹に寄りかかり涙に暮れた。






「ユキコ……」

 後を追ってきたハルが心配そうに声をかける。


(誰にも見られたくなかった。こんな情けない姿は――。

よりにもよってハルとレイコに見られた!)


「見ないでよ! お願いだから見ないでよ――!」


 悲痛な叫びを洩らすユキコに、ハルはかける言葉もない。


 レイコはハルの肩に手を置くと立ち去るように催す。


 ――静寂の時が流れた。


「言ったでしょー! あんたがここで生きていくのは簡単なことじゃないって!」


「――――!」

 レイコの言葉に、ユキコは殺意にも近い敵意を覚える。

 涙の跡も消えぬまま、怒りの視線をレイコに向ける。


四回転クアッドアクセル位、そのうちあんたも出来るようになるわ――」


「…………」


「だけど、オリンピックは無理。……絶対に無理なのよ……」


「…………」

 ユキコは無言のまま俯いた。


 レイコはその事実を教えるため、敢えて憎まれ役を買って出たのであろう。


(私は何を目的に生きればよいのか……? どんなに努力をしても『北京原人』は所詮『北京原人』に過ぎないのだろうか……?)






 ユキコは仮想空間サイバースペースにある自分の部屋で、昔のテレビ番組を見ていた。

 冷凍冬眠で見られなくなった連載ドラマの続きである。

 同調率を高めるためアクセスを使い拡張現実《AR》はオフにしている。

 あれほど続きを見たかったドラマにもかかわらず、今のユキコの頭にはまるで入ってこない。

 ユキコは生気の感じられない目で、ベッドに横たわっていた。


『サクラ! 地球のことで調べて欲しいことがあるの』


 ユキコの呼びかけに応じて、サクラが目の前に実体化する。


 相変わらず無表情のままだ。


「お父さんとお母さん、それに孝幸のお墓がどこにあるか調べて欲しいの。

 他にその周辺にある町や村の情報も教えて頂戴。

 そして、そこに行くまでの手順を調べて!

  食料調達や危険回避の方法等、旅に必要な情報も集めておいて――」


 サクラの調べた情報がブレインサーキットを通しユキコに伝わる。


 ――日本へのシャトルは一ヶ月に一便。次回出航は三月二十日。

 成田にある宇宙港からは歩いていく必要がありそうだ。

 お墓の場所は旧東京都小金井市の多磨霊園。

 以前ユキコも祖父母の墓参りに訪れた事もある墓地である。

 成田宇宙港からの所要日数は十日。

 近隣にある村は小金井村。所要日数は更に半日。


 この季節だと食料調達には、十日分の米をバックパックに詰め携行。

 不足分は野うさぎやタヌキを捕獲し調理。

 熊や狼から身を守る手段としてはナイフの携行が推奨される。


(サクラの情報収集はまだ頼りにならない。……命にかかわることだ。ここはカスミの手を借りるべきだろう)


「カスミに連絡を取って調査を手伝ってもらって頂戴」


 ほどなく、カスミが虚空より現れ、片ひざをついて口上を述べる。

「お呼びに応じ、風魔忍軍カスミ! 只今参上致しました!」


「…………」

(レイコはカスミにどういう性格設定をしたのだろうか?)


「あはは――。冗談ですよ! ユキコ様。――そこで固まらないでください」

 カスミが緩んだ顔で笑いかける。


仮想人格サーヴァントって冗談も口にするんだ……」


「勿論です! 人間の心の機微を理解してこその仮想人格サーヴァント

 伊達に十五年もレイコ様にお仕えしてきた訳ではございません」


(カスミはレイコの見聞きした情報をすべて知っている。

 私が落ち込んでいるのを知っていて、おどけて励まそうとしているのかも知れない)


「よく判ったから、早く調査結果を教えて!」


 ――最初に、現在の日本では野犬や狼が徘徊している事、そしてそれらに狂犬病が蔓延している事を警告される。

 本来野生の狼や熊はむやみに人間を襲ったりはしない。

 被害が出る場合は、よほど空腹のときか、不用意に子供に近づいたり、背中を見せて逃げ出したりした場合がほとんどだ。

 しかし、狂犬病にかかった野生動物は違う。

 狂躁状態にあり、目の前にいる生き物に無差別で襲いかかる。

 感染した場合、人間は百パーセント死亡するが、この時代の野生動物は抵抗力が高まり死ななくったそうだ。

 この距離の陸路を徒歩で旅するなど地球に住む人達は決してしないとただされた。


 それでもユキコは話を続けるよう催す。


 ――旅の経路は、成田から一度海岸に出てから海沿いに向かうよう提案される。

 そして、直接多磨霊園へ向かうのではなく、習志野村を訪ねるよう奨められる。

 習志野村は、海沿いの町で、交通の便が良く、人や情報が格段に多く集まっているらしい。

 途中村に立ち寄り食料を購入するようにすれば荷物は格段に減らせる。

 現在の地球では陸上交通は危険も多い為、帆船による海上交通が主流らしい。

 船旅のほうが、距離的には遠回りになるが、疲労、危険とも少なくなるそうだ。

 もっとも、習志野から川崎までの船旅は便数が少なく運行スケジュールも現地に行かなければ分からないので今回利用できるかどうかはわからない。

 村で馬を借り、多磨霊園に立ち寄るようにすれば危険は格段に引き下げられる。


 携行する保存食糧は米のまま現地で飯盒はんごうを炊くようにすれば五日分は携行できる。

 肉と野菜は現地調達が必要になる。

 食料調達には、海で釣りをすることを奨められる。

 かつての埠頭に出てサビキ釣りをすれば、今の時期ならアジが釣れるという。

 関東地方に自生する食用可能な山菜と薬草は暗記しておくようリストを送信された。


 熊や狼に対する危険回避の手段としては、護身術を習得するよう奨められた。

 出発の期日は一ヶ月遅らせ、四月二十日にするべきだと。

 狼の群れは通常数匹以内、多くとも十匹を超えることはないらしい。

 今の私が襲われれば助かる可能性はほとんど無いという。

 しかし、十日の訓練で六割、一ヶ月の訓練を積めば九割方切り抜けられるという。

 また、村に立ち寄るのであれば対人用の護身術も覚える必要があるとも指摘された。


 その他にもいくつかの注意事項として、夜間は決して出歩かぬこと。

 日の高いうちから、ビル跡等壁に囲まれたところを見つけ夜営すること。

 狂犬病にかかった動物は極端に水を怖がるため、出来る限り川や海岸からは離れないことも警告された。

 水は必ず沸かしてから飲む。そして、事前にサバイバル訓練を体験するべきだとも。


 一ヶ月の訓練を積んだ上でも、私が無事生還できる可能性は五十パーセントだという。


「…………」

 当初考えていた以上に危険な道のりだと思い知らされた。


(これほどの危険を冒してまで、本当に東京へ行く必要があるのだろうか?)


 ――ユキコは自分の生きる目的を見失っていた。

 考えれば考えるほど自分が無意味な存在に思えてくる。

 周囲の人達に抑えようのないコンプレックスを感じる。

 プライドの高いユキコは、ハルやレイコに面倒な女の子と思われるぐらいなら、いっそどれだけ苦しくても離れて一人で暮らしたいと考えていた。

 そして、地球で育ったユキコにとって、大地に足をつけていない暮らしは常に心の底では不安を伴った。


(自分が生きることに意味を見出せるなら、例えどれほど苦しい生活であろうと地球で、日本で暮らしたい――!)


 その為には、地球の人々の暮らしを自分の目で確かめる必要があった。


「護身術の修得訓練って具体的には何をするの?」


「まずは基本的な体術と武器を使った戦い方、動物を相手にしたときの戦い方を覚えて頂きます。

 その上で仮想空間サイバースペースでのシミュレーションを積重ねればそれなりの危険には対処できるようになります。

 残った期間は乗馬とサバイバル訓練に当ててください。


 現地で必要になるかもしれない、サバイバル知識、応急手当等医療知識、山菜、薬草等の知識はファイリングしておきますので、すべて完全に修得してください」


 ――経験を積重ねたカスミと生まれたばかりのサクラ。その能力の差は一目瞭然。

 そしてそれはレイコとユキコの能力差に良く似ていた。






「地球に、東京に行きたいの」

 夕食の後、ユキコはハルにそう切り出した。


「…………無茶だよユキコ。この前も話したはずだ。今の地球がどれだけの危険に満ちているか!」


「サクラとカスミに調べてもらったから一通りの状況は承知してるわ。

 ――それでも、どうしても行きたいの!」


「…………頼むよユキコ。無茶なことは言わないでくれ」

 無駄とは知りつつもハルは説得を試みる。


「…………」


「さっきレイコから連絡があったよ。ユキコが地球に行くための準備をしてるって」


「…………」

 ユキコは無言で黙り込む。

 しかしその目は決死の覚悟を伝えていた。

 彼女が一度心に決めたことは梃子でも曲げない性格であること。そしていつかこの言葉を口にするであろう事はハルもうすうす感づいていた。


「…………ふ~、分かったよ。

しかし、地球には僕も同行する。これだけは絶対に譲らないよ!」

 ハルは渋々といった表情で承諾する。


「ハルは地球に降りられないって……」


「ティーシスにお願いして地球統合政府に手を回してもらった。

 ――まったく、困ったお姫様だ」


「……ごめんなさい」

 ハルはおおよその事情を理解しているようだ。

 ユキコが悩み苦しんでいたことに。

 もしかすると戻って来ないかも知れないという事に……。


ユキコの受難はまだまだ続く( ;∀;)

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