プロローグ
深夜明かりの消えた病室のベッドから、わずかに欠けた蒼銀の月を見上げる少女がいた。
未だ春の訪れは遠い二月の寒空の下、病室の窓は開け放たれ、凍てつく風に流れる吐息も白い。
パジャマの上にグレーのカーディガンを羽織っただけでベッドの背もたれに体を預けている。
少女は祈るように両手を胸の前で組み合わせたまま身じろぎもしない。
今にも零れ落ちそうな涙に潤んだ瞳は蒼銀の月を映し、水晶のように煌いていた。
一心に祈りをささげる少女は、清らかな巫女のように、あるいは慈愛に満ちた女神のようにもみえた。
彼女の名前は楢崎雪子。
昨年末の全日本フィギュアスケート大会で金メダルを獲得し、オリンピック代表の最有力候補として日本中の脚光を集めていた十六歳の少女である。
彼女は、右足の不調から全日本選手権の後に軽い気持ちで受けた診察で、いきなり右大腿骨骨肉腫と診断されたのである。
軽い捻挫程度に考えていた右足は、かなり症状が進行していたらしく、抗癌剤の投与と放射線治療、そして右膝に人工膝関節置換の手術が必要だと告知されていた。
ユキコは自分の身に降りかかった突然の出来事を受け入れる事ができなかった。
様々な病院で検査を受け、医学書を読み、スケートを続ける事ができる可能性を模索した。
このS大学病院は、癌や骨肉腫において高い治療実績を誇り、患者のQOLを尊重するとの評判も高いことから、十日前に転院してきた。
彼女がかかった骨内通常型骨肉腫は未成年がかかった場合、極めて進行が早い場合も多く、一ヶ月で腫瘍の大きさが倍になることさえある。
治癒率は七十パーセント近くまで上がっているが、症状が進行している場合は人工関節への置換もしくは足の切断が必要となる。
また人工関節の移植もしくは切断が遅れた場合は、肺に転移する事も多く、その場合は治療が手遅れになる場合も多い。
今日は腫瘍の遺伝子検査を踏まえた分子標的薬の細胞サンプルへの投与結果と抗癌剤・放射線の治療結果を比較検討し、彼女の運命を左右する治療方針が決定される大切な診察を受けた日であった。
ユキコはあまりにも多くのことがあった今日の出来事を思い起こす。
蒼銀の月の光を映した雫が少女の頬より一筋流れ落ち、震える唇がかすかな言葉を紡ぎ出す。
「どうか……。どうか皆が幸せに暮らせる世界が訪れますように……」
「最近の調子はいかがかね。右足以外でどこか痛むところはありませんか?」
S大学病院の診察室で、ユキコは母親と共に、主治医の西崎医師から先日受けた検査結果の説明を受けていた。
「痛むところは特にありませんが、体がだるく呼吸が苦しくなることも増えてきました」
抗癌剤の影響で、ユキコの顔には、やつれが出ていた。
抜け毛の量も増え、ちょっとした事でもすぐに鼻血が出る。
もっとも右足の人工膝関節置換を拒絶し、投薬と放射線のみでの治療を希望したのは他ならぬ彼女自身である。
――長い沈黙が続いていた。
西崎医師は視線を伏せ、きつく拳を握り締めている。額には冷や汗を浮かべていた。
「センセ?」
西崎医師は意を決しようで、顔を上げると冷然と言い放った。
「先日の検査で右肺の二箇所に悪性腫瘍の転移が見つかりました。
右足を切断すれば助かる可能性はまだ残っていますが、悪性腫瘍の進行が通常よりもかなり早い。抗癌剤の効果も今ひとつ上っていません。
今回の検査で、効果の高い分子標的薬を発見することもできませんでした。
五年後の生存率は十パーセントを下回ります」
「――!」
ユキコの世界が静寂に包まれる。
目の前の景色が色彩を失い、時間が凍りついたように引き延ばされた世界で心臓の鼓動だけがやけに煩い。
(聞き間違いに決まっている……。なにか勘違いをしてるんだ……。
いくらなんでも進行が早すぎる。
骨肉腫と診断されてからまだ二ヶ月しか経っていない。
二ヶ月前には多少の痛みこそあれ、全日本選手権でスケートを滑っていたのだ)
蒼白になったまま震えるユキコの全身は冷たい汗に包まれていた。
「ユキコはまだ十六歳なんです。
スケートの才能があって、病気のことが無ければ、オリンピックにだって行けたはずなんです。
それが……。それが……。
お願いです…先生。
どうか――、なんとかユキコを助けてください」
母親の涙ながらに詰め寄る言葉が、ユキコを現実に連れ戻す。
ここ連日感じていた死の恐怖が、改めて現実感を帯びてきた。
ユキコは先生の顔を見続けることができず、無言でうなだれてしまった。
握り締めた両手が今も冷たく震えている。
今何かを喋ろうとすると涙が溢れ出しそうだった。
「決断は早い方がいい。
投薬と放射線治療で治る可能性はもはや無いと思って下さい。
手術を受けるつもりが無いならホスピスへの転院をお奨めします」
西崎医師の言葉が重くのしかかる。
状況は一刻の猶予も無いのだろう。
ユキコが人工膝関節置換術を奨められたのは、およそ二ヶ月前である。
骨肉腫は痛みが少ない事も多く、筋肉痛や捻挫と勘違いをされ発見が手遅れになる場合が少なくない。
ユキコの場合もそうだった。
本来なら一刻も早い手術を決断するべき段階に達していたのに、夢や将来について思い巡らせるうちに、決断を先送りにしてしまった。
今回の結果は、そのツケが回って来たに過ぎない。
「お母さんが泣いてどうするのよ。
覚悟はとうの昔に済ませたわ。
今は残された時間で出来ることを考えたいの」
全くの大嘘である――。
スケートをあきらめる事が出来なかったから、こんな最悪の事態を招いてしまったのである。
それでも彼女は一縷の希望に縋らずにはいられなかった。
「ホスピスに移って、後どの位生きられるのでしょうか?」
ユキコは平静を装い、先生に尋ねた。
ユキコの強情で意地っ張りな性格は筋金入りだ。
その意固地な性格ゆえに、彼女は世界でもトップクラスのスケーターとしての座を勝ち取った。
しかし、平静を装ったはずの彼女の声は、微かに震えていた。
診察室の前で待っていた父親が、医師と母親に大事な話しがあったらしく、ユキコは一人車椅子で病室に戻ることになった。
ユキコは気が緩むと零れ落ちそうになる涙を懸命に堪えていた。
(いったいどうしてここまで悲惨な目にあわなければならないのだろうか。
私はこれまで真面目に努力を積み重ねてきたはずだ。何だって……。
神様は意地悪だ。それとも私は前世でとんでもない罪でも犯していたのだろうか)
理由に全く心当たりが無いわけではない。――ユキコは無理をしすぎたのだ。
癌や骨肉腫は過度なストレスが原因になることが多い。
ユキコの容姿はただ立っているだけで人目を引く。
フィギュアスケートを始めてから、彼女の演技は常に実力以上に注目されてきた。
そして勝気なユキコはそのような多くの注視の中でみっともない演技をすることなど出来なかった。
常に人の何倍も努力をし、その期待に、注目に応えようとして来た。
それでも試合前にはいつもプレッシャーに晒され続け、食事を全く取れなくなってしまったり、緊張のあまり胃液まで戻してしまったことが何度もあった。
世間では天才少女と騒がれ続けてきたユキコだが、自分が天才でないことは彼女自身が一番わかっている。
ユキコはこの年になるまで、男の子とデートをしたことはおろか、ディズニーランドに行った事すらない。
頑張って。頑張って。頑張り続けた結果がこれである。
こんな時ですら思ってしまう。
もっと年頃の女の子らしく楽しく生きればよかったではなく、せめて一年半発病が遅れていればオリンピックに行けたのにと。
それほどまでにスケートが好きだった。
「お帰り。ユキねえ」
病室に戻ると弟の孝幸が見舞いに来ていた。
孝幸は、ベッド脇の収納庫に山のように積み上げられているファンからの励ましの手紙を整理している。
たった今、『死の宣告』を受けたばかりのユキコにはその光景が無性に腹立たしく思えた。
「さっさと持って帰ってって言った筈よね。
なに、瞳をうるうる滲ませて人の手紙読んでいるのよ。
目障りよ! さっさとそれもって消え失せて!」
頭に血が上ったユキコは止まらない。
「人の心配してる間があったら、まず自分のことをしっかりするのね。
そんなことだから未だに地区予選すら勝ち上がれないのよ」
一気にまくし立てた後で猛烈な後悔がユキコの頭をよぎる。
どう見ても完全な八つ当たりだ。
弟の孝之にはついつい乱暴な言葉遣いで言いたい放題のユキコだが、普段のユキコは何よりもこの弟や両親を大切にしている。
(近頃の私は私じゃない。私はこんなヒステリーを起こすみっともない女じゃなかったはず……)
「……ごめんね、孝幸。みっともないところ見せちゃって――。あはは――このユキコ様が、落ちぶれたものよね……」
孝幸は優しい子だ。小さい頃はよく喧嘩もしたが、姉弟の仲は極めてよい。
二つ年下の弟はシスコンを疑われるほど姉思いで素直だ。
ユキコより少し栗色がかった髪でなかなかの二枚目。そして、ユキコ同様、運動神経は抜群。
中学ではアイドル的存在のようだ。
テニス部のエースでありながらも、なぜか本番で実力が発揮できない小心者でもある。
「ユキねえはみっともなくなんか無い。ユキねえみたいな立場になったら誰だって取り乱すよ。
今みたいに冷静でいられるほうが変なんだよ。
わめき散らしたっていい。物ぶつけたっていい。ユキねえの気持ちが少しでも楽になるんだったらオレ全然平気だから」
孝幸は性格、外見ともに母さん似だ。
ユキコの外見は母親に似ているようだが、性格は完全に父親似だ。
この親にしてこの子あり。無口で強情な父親は、頑固親父の代名詞のような性格だ。
ちなみにユキコは父親ほど無口ではないし、性格は少々派手だ。
「あはは。この前は本当に母さんに枕ぶつけちゃったけどね」
「母さんだってそんなこと気にしちゃいないさ。
ユキねえが早く元気になってくれれば時計だろうと本だろうと―― テーブルで殴られたって全然平気さ」
孝幸は轟然とまくしたてる。
「男がうるうるしてんじゃないわよ。
あんたって本当に母さんそっくりね――」
(私の命は残り半年。ごめんね孝幸。――あたし、もうあんたとテニスできないよ)
「あんたは楢崎家の長男なんだから――。しっかりしてよね。
これからは、あんたがお父さんとお母さんのこと……」
ユキコはベッドに転がり込むと布団を頭の上まで引っ張り上げもぐりこんだ。
「ユキねえ……。何か先生に言われたの?」
ユキコの様子がおかしい事に気づいたのだろう。孝之は心配そうに声をかけてくる。
けれども口を開くと涙があふれてきそうで、ユキコは何も孝之に応えてあげることが出来なかった。
――重い沈黙が病室にのしかかる。
ユキコも孝幸も、それ以上言葉をつづける心のゆとりはどこにも無かった。
『コン、コン』
ノックの音と共に父と母、そして見知らぬ銀髪の女性がユキコの病室に訪れた。
ようやく涙の止まったユキコは布団から顔を出す。
「ユキコ、大丈夫?」
先ほど診察室でユキコと共に告知を受けた母親が、心配気に声をかける。
(不覚――。まだ眼が赤いかもしれない)
ユキコは無言でそっぽ向く。
「こちらはティーシス・アルターシアさんだ。
そして、この娘がユキコ。骨肉腫に侵された私たちの娘です」
父親の紹介に応じ、ユキコとティーシスは挨拶を交わす。
ティーシスは不思議な女性だった。一言で表すなら『絶世の美女』。
ただ立っているだけでも目を離せなくなる圧倒的な存在感がある。
つややかな銀髪は腰まで届き、大理石のような白い肌は輝くような潤いを保っていた。
そして瞳の色。見る角度によって金色の混じる紫の瞳は、かつて見たどんな宝石よりも美しい。
(…負けたかもしれない)
容姿を鼻にかけるような真似をしたことは無いが、ユキコは密かに自分の容貌には絶対の自信を持っていた。
不治の病に侵され、やつれ果てた今でさえ、儚げな薄幸の美少女として、週刊誌の表紙を飾っている。
ユキコが表紙を飾った号は売れ行きが倍増するという話だ。
「ユキコの治療方針に関して、ティーシスさんが興味深い話を教えてくれた。
最終的な決断をするのはおまえだが、おまえが望むのであれば私は全面的な支援をするつもりだ」
……人生ではじめての敗北感に打ちひしがれていたユキコに、父親が言葉を続けた。
(右足と右肺を切除して尚、助かる可能性は十パーセントも無いと宣告されたばかりだ。
今更どんな可能性が残されているというのだろう?
いや、父さんは私の病状を事前に聞いていたのかもしれない。その上で、西崎医師に真実を告知させた?
私には、まだ可能性が残っている?
かすかな期待に鼓動が早まり、手のひらが汗ばむのを感じた。)
ティーシスの話を要約すれば、ユキコには三つ目の選択肢が残されているということだ。
冷凍冬眠という技術が、現在T大学で研究されているらしい。
液体窒素を用い、可能な限り損傷が少ない状態で肉体を凍結する技術である。
蘇生技術は現時点では開発されていない。
凍結された肉体を蘇生させる技術の開発は極めて困難で、これから開発に何十年、何百年かかるか判らない。
しかし、蘇生技術と骨肉腫の治療法が確立される時代まで眠り続ければ、助かる可能性は高いという。
アメリカでは冷凍冬眠で治療を待つ人が何百人といるらしい。
ユキコの父親はいつもこうだ。冷然と真実を突きつけ選択を迫る。
二ヶ月前、右足の切断を医師から進められた際も厳然と言い放った。『スケートはあきらめて人工膝関節置換手術を受けろと』
あの時、ユキコはお見舞いにもらったフルーツセットを投げつけた。
グレープルーツ、そしてリンゴ、バナナをたたきつけて泣き喚いた。
スケートを諦める位なら死んだ方がましだと――。
夢にまで見たオリンピックへの切符を手に入れたのに。四年後があるのならまだ我慢も出来る。
しかし、それを受け入れたユキコには、普通の女の子として当たり前の幸せを求めることすら難しい。
医師には抗癌剤のみで治癒する可能性は五パーセントもないと告げられていた。
しかし、それでもユキコは諦め切れなかった。
父さんは無口だ。けれども私の事をどれだけ心配してくれているかは分かっている。
四年前、長野への旅行で私が大怪我をしたときは、十キロも離れたふもとの病院まで私を背負って連れて行ってくれた。
私の誕生日のプレゼントを選ぶため、三時間もデパートを探し回ったという話を母から聞いた。
大会前のストレスで眠れない私に、ブランデー入りのホットミルクを作ってくれた。
不器用で、真っ直ぐで、優しいパパだ。
「行って来なさいユキコ。未来にだってオリンピックはある筈だ。
私たちが生きているうちに再び逢える可能性は少ないが、生きてさえいれば夢をつかめる可能性はある。
おまえは、おまえには、まだまだやりたいことがいっぱい残っているはずだ――」
(父さんが泣いている。私は物心付いてから、父さんが泣いているところはただの一度も見たことが無かった。
母さんや孝之の目にも涙が浮かんでいる。その顔には連日の心労から来るやつれが色濃く残っていた。
悩み苦しんでいたのは私一人ではない。
一縷の希望を求め、文字通り父さんは東奔西走していたに違いない)
「少し一人で考えさせてもらえない?」
家族とティーシスに病室からの退室をお願いして、ユキコはベッドに突っ伏した。
(私は一体どうすれば良いだろうか?
ホスピスに入れば半年後、遅くとも一年後には確実に死んでいるだろう。
その間、明るく振舞い続ける事ができれば両親や孝幸の心の負担は多少なりとも軽減できるかもしれない。
一年もすれば普通に笑って過ごせる日が来るかもしれない)
手術を受ければどうだろうか?
五年後の生存率が十パーセントでは、たとえ手術が成功しても家族に負担をかけるだけで終わってしまう可能性が高い。
そして困るのが抗癌剤だ。たった二ヶ月服用しただけで、抜け毛は増える、鼻血は出るの凄惨な状況である。
抗がん剤を投与し続けた人に、どういう副作用が伴うかを私は知っている。
片足と片肺を失い、なお且つ自慢の髪まで失い、抗癌剤の激痛に耐え痩せ衰える日々。
年頃の女の子として、これだけは避けたい――。
私が永い永い眠りにつくと、両親は、そして孝幸は、その後の日々を心安らかに送ることが出来るだろうか?
何百年もの未来に元気になって目を覚ますなど、正直なところ、今の私には雲をつかむような話だ。
仮に元気になったとしても、両親も孝幸も友達も、見知った人は誰一人いない。その不安は死への恐怖と大差は無い)
カチカチと音がする。気がつくとユキコの体はどうしようもないほどに震えていた。歯の根がまるでかみ合わない。
恐怖心を押しとどめるように自分で両肩を抱きしめる。
けれども抑えても抑えても体の震えは収まらない。
いつの間に流れ出したのかユキコの顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。
――まるで出口の無い迷宮のようだ。
瞳を閉じれば暗闇に引きずり込まれそうな恐怖が押し寄せてくる。
「お母さん……」
生気を失った唇が蚊の鳴くような呟きをもらす。
(そうだ……。これ以上、母さんたちに心配をかけることは出来ない。
細やかな神経の母さんや孝之はこのまま潰れてしまってもおかしくないほどに疲れ果てている)
結局ユキコは父親の奨めに従い、冷凍冬眠処置を受けることにした。
ある決意を胸に……。
冷凍冬眠処置を受けることになったユキコは、抗癌剤の投与を中止してもらった。
おかげで見た目だけは、かつての健康なユキコに近づいている。
無理をすれば自力で立つことも可能だが、相変わらずの車椅子だ。
右足の激痛は処方されたモルヒネだけでは抑えきれない。
ここはT大学第三実験棟。本日午後三時、ユキコはここで冷凍冬眠処置を受ける。
彼女に残された時間は、あと残り五分をきっていた。
部屋には両親と孝幸、ティーシス、そして四人の医療スタッフがいた。
(これから私は眠りにつく。永い永い、……おそらくは二度と目覚めることの無い眠りに)
今一度、決意を思い出す。
――笑顔で別れを告げよう。
思いっきり迷惑をかけてしまった家族に、せめてこれからの人生は幸せに生きてもらいたい。
「ねえ孝幸、最後に私と競争をしない?」
きょとんとする孝幸に言葉を続ける。
「私、絶対に幸せになるわ。
だからあんたも約束しなさい。私よりも幸せになるって――。
アルバム残してよ。あんたが幸せな人生を送ったって証拠を。
どんな女の子と結婚して、どんな仕事をするのか――? 私に教えて――。
お父さんとお母さんがどんな人生を送ったか――アルバムに残してよ。
あたし、頑張るから。どんなことがあっても絶対にあきらめない。
幸せになってみせるから。
――だから、みんなも幸せを捕まえて――」
冷凍冬眠処置の準備が完了し、家族に退室の要請がかかる。
「孝幸。お父さんとお母さんをお願い――絶対に幸せになってね!」
涙は決して見せない。そう決めた。
ユキコは食い入るような視線を家族たちに向け、精一杯の笑顔を浮かべた。
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