06話 実質バーチャル美少女受肉
色々な汁を垂れ流しながら気絶したポーラはすぐに目を覚まし、救急車を呼ぼうとしたメイジー叔母さんをなんとか誤魔化した。「滑って転んだ」という言い訳は相当無理があったが、滑って転んだんじゃあなければ一体何なんだ? という理屈のゴリ押しで突破していた。つよい。
ポーラは翌朝真っ先に病院に行ったのだが、病室の前で長時間悩ましそうにうろついた後何もせずに学校へ行った。
栞曰く、叔父が何か知っているのか知らないのか図りかねたのだろうとの事だ。
確かにベンジャミンは思わせぶりにポーラに目覚めた力について何か知っているともとれる事を言っていたが、「自分だけの力、才能がある」とか「自分を信じろ」というのは非常にありふれた激励の台詞でもある。深い意味など何もなく単なる応援として言っていた可能性は捨てきれない。
ベンジャミンはポーラに超能力が目覚めつつある事を知った上で言ったのだが、ポーラにはそんな事は分からない。もし単なる応援で言っていた場合、「不思議な力に目覚めて泡吹いて倒れたんだけど何か知っている?」と告白した時、何も知らないベンジャミンにものすごい心配をかける事になる。
死にかけで身辺整理を進めているところに新しい厄介な問題をぶち込んだら心労で死期が早まりかねない。
学校での様子を見るに、ポーラは抱え込むタイプのようだ。自分の疑問や不安を解消するために叔父に負担をかけるのは避けるだろう。
あとは単純にベンジャミン叔父さんの書斎を埋め尽くすアメコミを読み過ぎて『スーパーパワーは隠すもの』という無意識化の刷り込みが発動しているのもありそうだ。
恒例のパターンで行けば超能力に目覚める前か目覚めると同時に秘密結社に勧誘するところだが、今回は少し放置して様子を見る事にした。ポーラは口止めしなくても超能力について触れ回るタイプではない。
秘密結社に勧誘しなくても困ったらベンジャミンが導くだろうし、ベンジャミン曰くキッカケがあればポーラは善い事を成し遂げる人間になれるらしい。既に超能力というキッカケは与えたが、翔太くんのように調子に乗ってイキりはじめても何もおかしくない。本当にプラス方向に変われるのか興味があった。
興味があると言えばポーラに目覚めた能力も興味深い。今までにない、超能力原基そのものに関わる超能力だ。
超能力原基というのは超能力の源で、超常的な筋肉のようなものだ。酷使してから休息する事で成長し、より強くなっていく。普通は見えないし触れない。
ところがポーラはその超能力原基を体外に放出して実体化させる事ができる。自分の筋肉を体から剥がして独立させて動かしているようなものだ。にわかに信じがたい。気絶したら体内に戻っていたので、出し入れ自由なのだろう。
俺も超能力原基の扱いには一家言あるが、千切り取る事はできても放出するのは無理だし、実体化なんてどうやればいいのか想像もできない。
ポーラが気絶した理由もここにある。ポーラは超能力原基を放出したが、それは剥き出しの筋肉を出したようなものだ。皮膚で保護もされていない筋肉の塊で床を擦ったらそりゃもうとんでもない激痛が走る。拷問だ。気絶だってするだろう。
ポーラの異質な能力がどうやって成長していくのか想像もつかない。今のところ能力を使っても役に立たないどころか、的のデカい弱点をさらけ出しているだけだ。むしろ弱くなっている。ひどい話だ。
覚醒直後に能力で自滅したポーラだったが、翌日から好奇心旺盛に自分の能力を試しはじめた。新しいパソコンを買ってもらった少年のように暇な時間を全て費やしあれやこれやとやっている。
ポーラは几帳面に研究ノートを作るような性格では無かったが、様子を見ていれば大体何が起き何をやっているか分かった。
まず、覚醒翌日の朝はポーラは酷くダルそうだった。学校に行くのも億劫そうでメイジー叔母さんに心配され、内なる魂と渾沌がドロドロのシチューになってる感じで辛い、などと供述していた。超能力使用後の成長痛の症状だ。
メイジー叔母さんは学校を休むよう勧めたが、ポーラは大丈夫だと言い張って登校していった。
食堂の隅の日当たりの悪いガタついたテーブル席で一人孤独に昼食をとり、先生に指名された時だけ口を開き後はずっと俯いているだけの苦行を終え、帰宅。自室に鍵をかけて超能力を発動した。
これはちょっとした驚きだった。普通なら成長痛は丸一日続き、その間まともに超能力は行使できない。しかしポーラは朝から昼にかけてどんどん気怠さが抜けていっていて、夕方帰宅後に普通に超能力を発動した。
ポーラは燈華ちゃんと同じ、珍しい一日一回成長タイプなのだ。通常の二日に一回成長タイプと比べ単純に倍速で成長できる。能力のレア度と言いこれと言い素晴らしい素質だ。
ポーラの体からにじみ出た形容し難いふわふわは前日と同じように肌色のぐんにゃりした人型を形作った。足先が床に接触した瞬間にポーラの口から屠殺される豚のような悲鳴が漏れたが、ブランケットで口を押えていたため音が響き渡る事はなかった。
涙をボロボロ流していたが気絶はしていない。超能力原基を引き千切ったり痛めつけたりする痛みは覚悟を決めただけで耐えられるものではない。たぶん、ポーラの超能力原基が成長して強靭になったのだ。剥き出しの筋肉に薄い膜が張っているようなものだろうか。
肌色のぐんにゃり人形はポーラの動きと完全に連動していた。右手を挙げれば全く同じ動作で右手を上げ、一歩踏み出せば一歩踏み出す。ポーラの右前方1メートル、手を伸ばしても届かない程度の位置を常に保っている。
ひとしきり動作チェックをしたところで、青い顔で脂汗を垂らすポーラは超能力を解除し人形を体内に戻した。疲れたらしい。
ポーラは自らの能力をドッペルゲンガーと呼んだ。まあ安直に名付けるならそっち系だろう。分身とか。超能力は筋肉系の名前で統一したかったが本人が名付けたのならそれも良し。
ドッペルゲンガーの成長率はよく分からなかった。毎日自室で出現&操作訓練をするたびに人形の輪郭がはっきりしてきて、目や鼻が分かるようになり、物体との接触による痛みも軽減されていっているらしい。数値にして一日何倍成長、というのはちょっと分からない。
ただ、ポーラはたった一週間の訓練でドッペルゲンガーを全く自分と同じ見た目、能力で連動させて動かす事に成功した。双子が合成映像ばりのシンクロ率で全く同じ動作をしているように見える。
ずば抜けた成長だ。相変わらず右前方一メートルの位置で固定されていて、遠くに行かせたりはできないのだが、成長限界次第ではトップクラスの超能力者になり得る素質を感じる。
ポーラの訓練を観察していて一番面白かったのは、メイジー叔母さんが最初ポーラが麻薬をやりはじめたと勘違いし、翌日には野良猫か野良犬を連れ込んでいると勘違いし、最終的には一人ですけべな事をするのに夢中になっているという勘違いに落ち着いてしまった事で、二番目に面白かったのはポーラがドッペルゲンガーとのシンクロ率100%に到達しただけで満足しなかった事だ。
応用訓練の一種だと思うのだが、ポーラは去年ベンジャミン叔父さんにプレゼントされたVR機器を使い、訓練に仮想空間を利用しはじめた。
ドッペルゲンガーに服を着せ、販売されている美少女アバターを購入。トラッカーをドッペルゲンガーに付け、VRゴーグルを自分につけて操る。
これにより、ポーラは自分の動きに連動して動く美少女の姿をリアリティをもって見る事になる。現代において『自分ではない自分』を動かすのは超能力の専売特許ではない。
ポーラは睡眠時間を削ってVR空間に入り浸り、ログイン時間が増えるほどにドッペルゲンガーの姿はVR空間のアバターの物に近づいていった。
超能力訓練では認識と感覚の刷り込みが重要だ。
燈華ちゃんは高温を体感する事で高温を出せるようになった。
三景ちゃんは影を伸ばす感覚を光の動きを感じて掴んだ。
自分でありながら自分でないアバターの存在をVR空間で認識する事は、ドッペルゲンガー能力の成長に大きく貢献した。
超能力覚醒から二週間後、ポーラはドッペルゲンガーを自分とは似ても似つかない美少女の姿にする事に成功した。
ピンクの長い巻き毛に、アニメに登場するような出るとこ出ていて引っ込むところは引っ込んだ抜群のプロポーション。紫色のぱっちりした目には星が入っている。どう見ても日本製のセーラー服を着ているのは単純に購入したアバターがそれを着ていたからだ。
アニメから抜け出してきたような容姿をしているクセに実在する人間にしか見えない。
超能力覚醒からたった二週間でここまで巧妙な使い方をできた者はいない。
俺が目覚めて二週間の頃はまだペットボトル一本すら動かせなかったし、ポーラと同じ一日一回成長の燈華ちゃんでも41℃の炎を手から55秒出すのが限度だった。
ポーラは間違いなく超能力に関して最高峰の才能がある。恐ろしいスピードで確実に成長している。
順調過ぎるほどに順調だ。
ニューヨークの暗部を牛耳る暗黒メガコーポの黒幕、大導師ジョン・サンジェルマンの討伐イベントを三ヵ月以内に成し遂げられるかどうかを見る予定だった。
たった一人でサンジェルマンに立ち向かい討ち果たせるかどうかは、超能力という強力な切り札を使いこなし努力し機転を利かせてやっと五分だと思っていた。
しかし順調過ぎる。二週間でコレでは、三ヵ月後にはサンジェルマンを余裕で圧倒できるぐらいにまで成長していてもおかしくない。
自らの死をもって姪に人生の教訓を与えるはずだったベンジャミンもしぶとくまだ生きていて、医者が告げた余命の枠を超えつつある。一応病状はじわじわ悪化し面会謝絶にはなっているのだが、このままなんやかんや生き延びないとも限らない。
ポーラが急成長するならこちらもイベント進行を早めるまで。
そろそろ自室に引きこもってひたすら超能力訓練をしているだけの毎日に終止符を打つ時だ。
タダで超能力を手に入れて平和な毎日を過ごせると思うなよ。強制イベントの時間だ!




