04話 ニューヨークの人々~暗黒メガコーポを添えて~
ポーラ・ポートの視察を終えホテルに向かう前にふと思い立ってポートさん……もうベンジャミンでいいか、ベンジャミンの様子を見に病院に寄ったのだが、早々に愛想が尽きて見舞いを切り上げた。
ベンジャミンは、ヤバい。
もうあと余命四日、病状が急変すれば今日中にも死にかねない瀕死状態だというのに、ベッドの上で半身を起こして姪の新しい通学鞄を縫っていたのだ。しかも午前中には近所の少年に預けられていた壊れた宇宙船のおもちゃの修理を終わらせていて、その配達を頼まれた。
絶対形見になるやつだろ俺は詳しいんだ。着々と死ぬ準備してる感が半端ではない。
もうすぐ死ぬってのに正気じゃねぇよ。良い意味で。良すぎる意味で。
俺だったらもうすぐ死ぬってなったら肉屋で一番高い肉買い占めて贅沢焼肉したり、ゲーム屋からまだ店頭に並べられない発売日前のゲームパクってきてやっちゃうね。栞と一緒に。
それに比べてベンジャミンは無私が過ぎる。
まあベンジャミンの事はいいんだ。奴はもう知らん。奴は好きに生きて好きに死ぬ。
精々ガチ奇跡が起きて病が自然治癒して自己犠牲に失敗して生きながらえ今までのキメ台詞を全部盛大な空振りに変えてクソ恥ずかしい思いをしながら生きていけばいいんだよ。
ペッ!!!
ホテルのツインルームに戻ると、栞が山積みの段ボールの端に背筋を伸ばし綺麗な姿勢で腰かけ、どう見ても女児向け魔女っ子絵本を優雅に読んでいた。
ベッドの上には綺麗に包装を解かれたタペストリーやアメリカ的な発色が目に痛い色合いのハートステッキが並べられている。
ここぞとばかりにアメリカ産魔法少女グッズを買い占めてらっしゃる。ほんと趣味に生きてんなあ。俺もだが。
「お楽しみのとこ邪魔して悪いが、少しいいか?」
俺がベッドの上に転がっていたどことなく燈華ちゃんの面影がある魔法少女人形を摘まみ上げながら聞くと、栞は絵本に熱視線を注いだまま俺に手の平を突き出し少し待てのポーズを取る。
二分後、栞は満足気に絵本を閉じて丁寧にダンボール箱に戻した。
「お待たせ。何かしら?」
「今日一日ポーラを追ったんだが――――」
俺が学校で見聞きした事とついでにベンジャミンを訪ねた事を話すと、栞は少し考えた。それからタブレット端末を手に取り、少し操作して写真がズラズラ並んだ画面を見せてくる。
「その学生秘密結社を教導していた男はこの中にいる?」
「ちょっと待ってくれ…………あー……………ああ? こいつ? こいつか? ……こいつだ。これなんのリスト?」
「ニューヨークの秘密結社幹部リストよ」
「秘密結社!?」
「載っているのは公式ホームページが開設されているものだけだけれど」
「秘密結社……?」
本物か偽物か以前に公式ホームページがあったら秘密ではなくないか?
栞と一緒に画面をのぞき込みリンクを辿ったところ、男の名前はジェイソン・スミスで、月の智慧派(Lunar wisdom)と呼ばれるニューヨーク最大規模の秘密結社の構成員であると分かった。
月の智慧派は医療系大企業『レインコート社』と提携し、『超能力開発による明るい未来』をスローガンに掲げ超水球事件以降急速に勢力を伸ばしている。腕利きの弁護士を何人も抱え込み、ウォール街の金勘定に長けた連中も引き込んでいるようだ。上院議員を輩出してすらいるのだからそりゃ学校にまで侵食しているわけである。
アメリカ怖い。
……いや、日本も谷岡組を野放しにしていたら同じような事になっていたのか。危なかった。
少し調べただけで出るわ出るわ、怪しい噂の数々。
医療企業レインコート社は超能力覚醒の臨床試験と称し、莫大な検体を確保。おぞましい人体実験を行っているらしい。
月の智慧派の集会に出席した学生が、特例として麻薬検査を免除されたらしい。
ニューヨーク市長の妻が月の智慧派のメンバーらしい。
月の智慧派所有ビルでは警察の立ち入りを激しく拒否しているらしい。
秘密結社構成員からの莫大な寄付金の使途が分からないらしい。
この全てが噂の域に留まっているのは腕利き弁護士団による法的武装と証拠が見つからないのが理由だ。大企業パワーつよいです。
情報が辿れたのはそこまでで、公式HPがある残念な秘密結社とはいっても本当に秘密を握っていそうな上級幹部の情報は出てこなかった。
ちゃんと隠さないといけないところは隠しているらしい。偉いぞ。秘密結社っぽい。
やってる事は偉さと正反対だけどな。
「やばそう。消すか? ……消していいのか?」
社会の闇系秘密結社が生まれてしまった責任は俺にある。
だが、ここまで育ててしまったのはニューヨーク市民の責任だ。誰にも止められなかったとは言わせない。なんなら今からでも市民が一斉に月の智慧派活動への参加を辞めればそれだけで瓦解する。
ここで俺が月の智慧派を潰しても、第二第三の月の智慧派が現れて同じ事をするのは目に見えている。
俺が首を傾げると、栞は思慮深く言った。
「その前に証拠は押さえておきたいわね。噂だけでは判断できないわ」
「じゃ、俺が月の智慧派のアジトを念力で片っ端から調べ上げて――――」
「いいえ、CIAのデータベースにアクセスした方が早いわね」
「マ? そんな事できるのか」
「コネがあるのよ」
俺の嫁が優秀で困る。
マッチポンプ計画に俺要る? 超能力移植マシーンになって観戦してるだけで良い気がしてきた。
栞は秘匿回線でCIAデータベースにアクセスし、月の智慧派の情報を引き出した。
月の智慧派トップは『大導師 ジョン・サンジェルマン』。
死ぬほど偽名臭いが本名だ。元々は学会でも指折りの生命工学教授だったが、超水球事件を期に教職を辞し、医療企業レインコート社に招かれる。あっと言う間に頭角を現しレインコート社の重鎮に収まり、巧みな人心掌握術で多数の部下を意のままに操り、なだめ、時に脅し、秘密結社月の智慧派を組織してニューヨーク中心に展開。
今や月の智慧派は全米に約六十万人の一般構成員と三百人の幹部を持ち、なおも拡大中。
当然CIAからもマークされているが、ジョン・サンジェルマンは熱烈な愛国者でもあり、CIAに自身の超能力研究の実験成果情報を思いっきり流している。これによりCIAは月の智慧派を見逃している。
もし医療方向からのアプローチで人間の超能力発現が成功すればそれはアメリカの国益にダイレクトに反映されるからだ。一種の裏取引である。
めちゃくちゃドス黒い大人の事情でつらい。
大人って……汚い……
CIAデータによると月の智慧派の中心人物はジョン・サンジェルマンのようだ。彼を取り除けば月の智慧派は大幅に弱体化する。
栞との話し合いの結果、彼をマッチポンプに組み込む事にした。ニューヨーク支部設立イベントのボスにしてしまうのだ。
たとえイベントマッチポンプが無くても、ジョン・サンジェルマンはニューヨーク市民にとって知覚できない猛毒である。ニューヨーク市民が彼の所業を認識し、裁くチャンスはあって然るべきだろう。
法的・公的に裁ければいいのだが、有能大導師ジョン・サンジェルマンは当然それを警戒しているからこそ大企業やCIA、弁護士とずぶずぶの関係を作っているのだ。正攻法では手に負えない。
つまり超能力に目覚めたポーラが月の智慧派――――ジョン・サンジェルマンを打倒する舞台を用意するわけだ。
冴えない奴が覚醒したスーパーパワーで悪人を倒すというのはいかにもアメリカ的だ。そういう光景を現実に見てみたいという不謹慎な野次馬根性があるのは否定しない。
俺達の野次馬根性が理由だろうと明らかな危険組織を掃討するチャンスが生まれるなら悪い話ではあるまい。
とはいえマッチポンプはマッチポンプ。これは現実であって、フィクションではない。麻薬常習者と警察の争いですら銃撃が発生し殉職者が出るお国柄だというのに、暗黒メガコーポ秘密結社の黒幕とインビジブル・タイタンのバックアップを受けた若き超能力者が正面衝突したら死人が出ない訳が無い。
だから死人が出ないように仕込みが必要だ。
栞曰く「前もって心を折っておけばいいのよ」。
俺達であらかじめジョン・サンジェルマンを精神的にへし折り、死者・犠牲者を出さないようにしておくのだ。ポーラを殺さず撃退できれば以後手出ししない、とでも約束しておけば大筋は上手くいく。細かい部分の交渉(調教?)は俺が口出しする領域ではない。栞に任せる。
ボスをあらかじめ倒しておく事でボスをボスとして成立させる……自分でも何がなんだか分からなくなりそうだ。
調査と相談をしている内に夜遅くになってしまったため、栞は美容のためさっさと寝た。
俺としては計画を立てている内にテンションが上がってきたため今すぐにでもジョン・サンジェルマンを襲撃しに行きたかったが、栞がおねむなら仕方がない。明日に回す事にした。
明けて、翌日。
月の智慧派大導師ジョン・サンジェルマンは多忙を極め、面会予定は先の先まで埋まっている。正攻法で会談の機会を設けるのは難しい。
という訳で、朝早くに月の智慧派所有の高層ビル最上階にあるジョン・サンジェルマンの部屋にお邪魔した。時間停止&念力でビルの外からあらゆる監視を無視して一気に最上階まで移動し、窓を念力で内側から開け、厚さ60cm鋼鉄製の隔壁をぺりっと破って侵入完了である。栞も俺もフードを目深に被っている。俺は栞のように声を自在に変えられないためボイスチェンジャー付きだ。
オシャレで広々としたいかにも金持ち風の部屋だった。ソファに座って歯を磨きながら新聞を読んでいたジョン・サンジェルマンは、隔壁に風穴を開けて出現した俺達を見た瞬間、躊躇なく拳銃を抜き撃ち連射してきた。
「おっわ!?」
びっくりして軽く飛び上がってしまったがダメージは無い。張っててよかった、常時展開念力バリア。
銃で撃たれるなんて久しぶりだ。アメリカの銃は口径がデカいな。使い手の腕もいい。バリアの感触が確かなら、五発全弾命中でその内二発は眉間を貫く弾道だ。
なんだこいつ。ここまでハイスペックなのに射撃の腕まで良いのか? つよい。
全弾撃ちきる前に栞が動いた。ジョン・サンジェルマンの手から突然拳銃が消え、テーブルの上に分解され綺麗に並んだ状態で出現する。
びっくりして自分の手を見るジョン・サンジェルマンを俺は念力で無理やりソファに座らせた。
さてどうしてくれようか。まずは心を折るところから――――
『抵抗はしない。従おう』
『!?』
俺が第一声を発する前に、ジョン・サンジェルマンは淡々と言って頭を下げた。
いや早いよ。話が早い。
もうちょっとこう、動揺するとか混乱するとか抵抗するとか無いんです?
栞が一拍置いて短く問いかける。
『……私は誰?』
『タイム・レディだ。そちらの彼はインビジブル・タイタン』
『私達がどのように侵入したのか答えなさい』
『時間停止中にビル外部から念力で飛行し最上階に到達。隔壁を時間加速による風化あるいは念力で……ふむ、痕跡から察するに念力か。念力で破壊し、侵入した。質問をしても?』
『ダメ。私達の目的を考察しなさい』
『もちろん交渉だ。殺害ではない。それだけの力があれば既に私は死んでいる。私怨ではない。あまりに穏便だ。更に短期的な目的を述べるならば、君は今緊急時における私の思考能力を試し、脅威度を測定している』
『95点』
何? 何が起きてるんだ?
話が早過ぎる。ついていけない。
『過分な評価痛み入る、タイム・レディ』
『要求を伝えましょう。三ヵ月以内に一人の超能力者が貴方を打倒するためにやってきます。これを撃退しなさい。殺害及び精神的・肉体的後遺症が残る方法は禁じます』
『理解した』
『私達の情報の口外を一切禁じます。破った時はあなたの記憶を消去した上で然るべき処理を取ります』
『理解した』
『追加の指示はそれと分かる形で送ります』
『理解した』
『…………』
ジョン・サンジェルマンは全ての言葉に即答を返した。なんとなく何が起きているのか察する。
本当になんなんだこいつ。物分かりが良すぎる。いや、理解力が高いのか? やりとりがスムーズ過ぎて異常な速さで話が進んでしまった。
いや、まあ、たぶん、これだけの速さでもちゃんと理解できているとは思うのだが、何かの罠に思えてならない。栞主導の会話だし、時間稼ぎとは正反対だし、大丈夫、だよな?
栞からも僅かな困惑の気配を感じる。俺にフードの下から目線を送って「どうする?」と無言で語りかけてくるが、わかんねぇよ。俺にはついていけない。こわい。任せる。
俺が肩を竦めてみせると、栞はまた一拍間を置いて言った。
『……物分かりの良さに免じ、一つ質問を許します』
『ありがたい。では……超能力者は人間か?』
『イエス。拘束を解いて。自由にして良いわ』
栞に言われて念力拘束を解くと、ジョン・サンジェルマンは俊敏に机に飛びついた。あまりに急で素早い動きだったので身構えたが、ジョン・サンジェルマンが手に取ったのは武器ではなく紙とペンだった。頬を紅潮させ、息を荒げ、目を血走らせながらめちゃくちゃに数式や走り書きを書き殴っている。
こ、こわい。もうニューヨークが怖い。やべー奴しかいないじゃんこの街!
帰ろう。とりあえずもうホテルに帰ろう。ホテルに帰ってせっかく用意したのに出番が無かったボイスチェンジャーをしまって寝よう。疲れた。




