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世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
七章 世界支部編 ニューヨーク/アメイジング
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02話 ベン叔父さんの贈り物

 天岩戸移転工事中という体で日本での活動を休止している間に秘密結社海外支部設立に尽力する事になったのだが、まずは天照の支部からやる。

 というのも、月夜見の密貿易は近場の中華圏で行われているらしく、ババァが提出したリストの候補者もそのあたりに集中しているのだが、俺は中国語を話せない。


 超能力者を増やすだけなら超能力原基を引き千切って貼り付けるだけで済むのだが、もちろんそんな訳にはいかない。人柄を見極め、能力的にも精神的にも安定するまで見守る必要がある。言葉も分からないのに見守るのは無理だ。月夜見新人は二ヵ月以内で良いと言っていたババァの言葉に甘えまずは中国語を勉強する事にする。

 天照の支部を設立しつつ、同時並行で中国語を勉強し、簡単な会話ができる程度になったら月夜見支部を設立する、という形になる。


 天照の候補者と支部の拠点については二ヵ月の休みの間に栞が作成済みだった。ババァの資料ほどの量と詳細さはなかったが、十分だ。ただダラダラしているだけでなく片手間だが仕事(?)もやっていたらしい。

 ババァは働いていて、栞も働いていた。この二ヵ月ガチ休みして何もしていなかったの俺だけなのでは……? ちくしょう、働かずに食う飯は旨かった。嫁の手作りで二倍旨い。


 そしてセルフ精神ダメージに追い打ちをかけたのが海外出張前に親分から贈られてきた結婚祝いだった。高そうな桐箱に収められていたのは俺の欠損した右腕を補う義手だった。

 しかも『家族を抱きしめるために。親愛を込めて』というメッセージカード付きだ。


 俺だったらこんな恥ずかしいメッセージカード書けないぞ。いや良い事言ってるけどね? 普通照れ臭くて書けなくない? 俺の感性がおかしいのか?

 家族意識、仲間意識の強い親分の事だ。俺が所帯を持った事で、隻腕を見過ごせなくなったのだろう。


 そりゃ、現実的に考えて腕が無いよりあった方がいい。念力で補えるとかそういう問題ではない。目立つし、良からぬ噂も立つ。純粋に不便でもある。結婚前は困るのは俺だけ(父母には少し申し訳ないが)だったが、所帯を持った今は俺だけでなく栞が「旦那さん、片腕無いんですって? 何をしてそうなったのかしら、怖いわねえ」などと不愉快な噂の的となる事だってある。というかあった。朝、旧鏑木邸最寄りのゴミ捨て場にゴミ袋を持って行くといつも近所の奥方集団が俺の方を見てひそひそ話す。


 今まで気にしていなかった。人の目を気にするより自分のやりたい事を優先してきた。

 隻腕はカッコイイし謎めいているし不便は不便だが楽しかった。

 無くした右腕は親分の贈り物、俺が全力を捧げた最初で最後の超能力バトルの思い出でもある。が、その親分から義手を贈られて窘められてしまったらこれはもう改める他ない。すまねぇ、すまねぇ……


 かくして俺の右腕は義手になった。パッと見は義手と分からないハイクオリティの一品で、生体電流を読み取り本物の腕と変わりない動きができる。月夜見から贈られてきた高品質義手となれば製作者は明らかである。ロケットパンチシステムとか組み込まれてそう。


 さて。

 申し訳なくもありがたく義手を装着させてもらい、海外支部設立を開始する。

 最初はニューヨーク支部からだ。


 設定上は既に海外支部は世界各地に存在する事になっている。しかし世界の闇の跳梁跋扈は著しく、設立したそばから構成員が殉職していって全滅。ふりだしに戻る、を繰り返している。殉職者を出さず安定して活動できているのはボスのお膝元である日本のみ、という訳だ。

 そこで今回は現状を憂うボスが世界各地の支部の活動を安定化するために長期海外出張をする。副官同伴で。


 海外支部は複数の国に設立するから手分けした方が早いと言ったのだが、栞は最初の一つは二人でやると言って聞かない。それも一緒に居たいからとかそういう理由ではなく、俺の手腕を信用していないかららしい。

 確かに栞やババァと比べて計画性は無いが、これでも何年も秘密結社活動をして色々学んだのだ。用心深くもなっている。もう少し信じてくれても良いと思うのだが。


 飛行機で渡米し、ニューヨークの街並みを歩きながらそのへんについて文句を言うと、黒と赤の豪華なドレスで注目を集める栞は地図と看板を見比べながら返した。


「杵光さんっていつも目覚まし二つかけて寝るでしょう?」

「頭いいだろ」


 二度寝予防だ。一つ目のアラームで半覚醒し、二つ目のアラームで完全覚醒が実現する。


「でも時々目覚まし二つともかけ忘れて寝るわよね」

「いや忘れてないぞ。特に最近は絶対忘れない」

「でしょうね。私が代わりにセットしてるもの」

「あっ……」


 なるほどね? 最近記憶力上がったかなーと思っていたが全然そんな事無かった。そうか、そういうカラクリだったのか。

 これはちょっと反論できない。やっぱり俺には内助の功が無いとダメみたいですね。秘密結社発足当初、副官探しから始めた自分の英断を褒めてやりたい。


 話している内に栞の先導でニューヨーク市クイーンズ区にある中規模病院に到着した。時刻は夜。大都市ニューヨークとはいえ夜中で、それも大通りから離れていれば人気も無い。病院の裏口のドアの内鍵を念力で弄って開け、栞の時間停止中にドアを潜る事で警報を鳴らさず侵入を果たした。

 侵入の目的は入院中の男性の勧誘だ。


 男性の名はベンジャミン・ポート。イタリア系移民とアイルランド系移民の間に生まれ、今年で52歳になる。妻のメイジーと姪のポーラを合わせた三人でここクイーンズで暮らしているのだが、治療法が確立していない致死性の病に侵され先月から入院している。医師の診断によると余命はあと五日だとか。


 ポートさんは大学に行っておらず、配管工として長年現場で勤めあげてきた中流階級の男だ。配管工としての腕前と知識以外に特別な特技はない。だが、栞の推薦枠なだけあった特異な点はやはりある。

 彼の書斎は丸々アメコミ雑誌&文庫コレクションで埋まっていて、DVDとBlu-rayディスクが居間に侵食している。フィギュアやポスターなどのグッズは妻のメイジーに遠慮して蒐集していないらしいが、コミックだけでも十分熱烈なアメコミファンである。

 また彼は読むだけでなく実践する男だ。

 彼はヒーローだ。スーパーヒーローではないが、間違いなくヒーローである。18歳になってから一日も休む事なく33年間も夜間パトロールを続け、十四回強盗を取り押さえ、七回強姦魔を警察に突き出し、二回火事の初期消火を行い、その他治安維持への貢献は数知れず。市から二度の表彰を受けている。警察組織の不自由さを嫌い自警団的活動に終始していて、近所では有名な男だ。毎年母校に招かれ講演を行っている。


 そんな彼も天命尽き息絶えようとしている。彼を慕う人々がSNSで噂しているのを栞が嗅ぎ付け、調査し、秘密結社の一員として相応しいと判断した。

 ニューヨーク支部というからには支部としてきちんと機能させたい。まずは大人で人格者で実績あるポートさんを勧誘して支部長に据え、その下に数人の青春真っ盛りの子供達を置くのが理想である。余命5日も問題にならない。イグの治癒で一発だ。

 超能力を使った自警活動はポートさんの嗜好に合致するはず。


 ベンジャミン・ポート氏は病室のベッドで点滴を受けながら寝ていたが、俺達が入室すると目を覚ました。


『誰かな?』


 ポートさんはゆっくり半身を起こしながら極めて冷静に尋ねてきた。33年もニューヨークの夜の街を警邏していれば、大抵の不審者には慣れっこだろう。ドレス姿の日本人ともっさりしたコートの男よりも奇妙なものをいくらでも見てきたに違いない。


『はじめまして、ベンジャミン・ポートさん。私はタイム・レディと呼ばれています。彼はインビジブル・タイタン』


 栞の台詞に合わせ、俺はポケットから念力で懐中時計を出してポートさんの目の前に浮かせた。栞は小刻みに時間停止を繰り返して針をミリ刻みでちょこちょこ逆進させ、時間が巻き戻っているかのように演出する。

 論より証拠。名刺より強力な自己紹介だ。


『………………………………若いな』


 ポートさんは目を見開き、少しの沈黙の後驚きを滲ませ呟いた。久しぶりに若いって言われた気がする。まだ二十代なのに翔太くんや三景ちゃんはおっさん扱いしてくるもんな。

 栞が優雅に一礼して話し出す。


『用件を話す前に私達が貴方を訪ねるに至った経緯を説明しましょう。質問はその後で。よろしいですか?』

『……ああ』

『では。地球には世界の闇と呼ばれる黒いスライム状の怪物が存在します。そして我々は超能力を使い世界の闇と戦っている。超水球事件は御存知でしょう? アレ(、、)も世界の闇です。最大級ではありますが。世界の闇の正体は人々の暴力的欲求が具現化したもので――――』


 栞の英語はネイティブレベルに滑らかで淀みなく聞き取りやすい。俺の英語力は準一級。普通の会話には困らないが、複雑で込み入った話をしようとするとたどたどしくなってしまう。ここは栞に全部任せる。


『――――ですので、ニューヨークに出現する世界の闇との戦いを貴方にお任せしたいと考えたのです。多額ではありませんが金銭も支払えますし、病気の治療もできます。受けて頂けますか?』

『拒否すれば?』

『脅迫はしませんよ。受けても断っても貴方は病床から出られます。何も危害は加えません』

『そうではなく、それは私にしかできない役目なのか? 私が拒否した場合、誰がニューヨークを守る?』

『貴方以外の候補者が。ただ、私達は貴方が適任と考えています』

『フーム……』


 ポートさんはまた考え込んでしまった。手を口に当て、俺と栞を見るともなく見ながらじっくり考えている様子だ。


 話を受ければ超能力者になれるが、世界の闇との危険な戦いに身を投じる事になる。

 話を拒否すれば超能力者になれないが、世界の闇との戦いを回避できる。

 危険を山ほど経験しても33年間夜回りを続けたポートさんなのだから即答するものだと思っていたのだが、予想より長考している。

 怪しまれているのだろうか? 頭のおかしな狂人の妄言だと思われたか? でも超能力実演したしなあ。


 やがてポートさんは口を開き、確認してきた。


『超能力者となる道を選んでも永遠に世界の闇と戦い続けるわけではない、そうだな?』

『ええ。数年の間には必ず決着をつけます』

『私の姪に、あー、その、超能力の素質? はあるのか?』


 栞が目線で問いかけてきたので、頷いておく。あるという事にしておこう。念力使いなら素質を剥奪できる……眠っている超能力原基を抹消できるという設定なのだ。無いよりはあるという事にしておいた方がいい。


『あります』


 ポートさんは一つ頷いて答えた。


『それなら私は姪を推薦しよう。私よりも良い支部長になれる』


 誰だよ姪。知らねーよ。いや知ってはいるか。

 ポートさんの姪、ポーラは高校生である。成績はまあまあ良いが、肥満体型で運動は苦手。ニキビが浮いた顔は決して整っているとは言えない。性格は内向的。それ以上は調べていないので分からない。犯罪歴は無いようだが。


『何故彼女が貴方より適任だと?』

『姪には未来と素質がある』


 ええ……答えになってなくない? 未来と素質なんてほとんど誰にでも当てはまるような事だろ。血液型占いより信用できない。

 身内の贔屓目で適任だと思っているだけでは?


『君達には分からないだろう。しかし私は弟夫婦が死んだ夜、あの子を引き取ってからずっと間近で見てきた。キッカケさえあれば必ず善い事を成し遂げる人間になれる』

『キッカケがあっても悪い方向に進む人間もいる』


 我慢できなくなって俺が口を挟むと、ポートさんは痩せこけた頬にえくぼを作って微笑んだ。なんだよその笑みは。翔太くんだって超能力を得て調子付いて悪い方向に行きそうになったんだ。ポートさんの姪っ子だってそうなるかも知れないだろ。


『勘違いをしているようだな。キッカケとは超能力を得る事ではない。私の死だ』

『死んだフリをして発破をかけるつもりか?』

『いや、私は死ぬ』

『……俺のリスニングがおかしいのか?』

『君は正常だよ。単に私が死神に命を預けるというだけの事だ』

『なぜ?』


 分からない。マジで分からない。ポートさんが何を考えているのか分からない。

 交換条件じゃないって分かってるよな? 超能力者にならなくても病気の治療はするって言ったよな? なんで拒否するんだ?

 超能力者になれば病気を治す、という条件にすると、病気を治したい一心で世界の闇と戦うのは嫌なのに支部長になってしまうかも知れない。それを避けるために断っても置き土産に病気は治していく、という条件にしたのに。

 なんで死のうとするの?


『姪は引っ込み思案でね。善い事をしたいという意思はあるが、行動ができない。私の死ならば姪を変える十分なキッカケになる』

『死ぬのが怖くないのか?』

『もちろん恐ろしいが、姪のためになるなら受け入れられる』


 ええ……


『貴方が死んだら困る人がいるだろう』

『妻と姪がこれから暮らしていくために十分なだけの保険金は出る。生活には困らない』

『あー、まあ、それはいいとしよう。困る人はいなくても、悲しむ人はいるんじゃないか』

『それは心苦しく思うが、私には私の死を自由に使う権利がある』


 こわあ……

 この人考え方ぶっ飛んでる。

 俺も大概自分の信念のために無茶苦茶やるタイプだが、命は賭けられんぞ。


 ポートさんは俺の目を真っすぐ見て言った。


『私はスーパーヒーローになれなかった。もう心が『無理だ』と認めてしまっている。三十三年は長い、長すぎた。しかし姪はなれる、そう望むなら。どうか姪に人生を変えるチャンスを与えてやってくれないか』

『……分かった』


 男の命懸けの頼みは断れない。

 良かろう! ポートさんの自慢の姪っ子、ポーラ・ポートに人生を変えるチャンスを与えようじゃないか。


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[一言] んん! クモ男と同じ匂いがする! すき! 「大いなる力には大いなる責任が伴う」って言って欲しい!
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