01話 天岩戸、消滅!?
東京オリンピックに合わせた区画整理のお知らせの封筒が天岩戸のポストに入っていた時、最初は詐欺だと思った。中身はザックリ「東京オリンピックを円滑に進めるためにはお前の店邪魔になるから立ち退け、金は払う、移転先は業者紹介するからそこで勝手に探せ」というものである。
正直、胡散臭い。
東京オリンピックに絡めた詐欺は山ほどあって、これもオリンピックに乗じた地上げだと思った。しかしお知らせ封筒の見た目と内容があまりに本格的だったため念のためインターネットで検索してみたところ、組織委員会の公式ページがヒット。どうやら本物らしい。
更に念には念を入れ組織委員会の専用窓口に電話で問い合わせてもお宅に送った封筒は本物だという回答が得られ、詐欺ではないと確信するに至った。
そっかあ……
天岩戸、消滅かあ……
悲しい……
秘密結社天照は数年の暗躍により日本の政界に密通していて、そのラインから圧力をかければ区画整理を拒否し天岩戸を存続する事もできるだろう。
天岩戸には思い入れがある。できれば今の場所でずっと経営を続けたい。
しかしここは区画整理を受け入れておきたい。
理由は三つある。
一つ目は、超能力バレしていて後ろ暗い事が多いため日本政府に良いように使われがちな月守組≒月夜見が区画整理交渉担当業を請け負っている事。名前は品行方正だが実質地上げ屋である。
こんな世知辛く生々しい大人の事情で二つの秘密結社を衝突させたくない。
二つ目は、天岩戸の南極地下移転の丁度良い機会だから。
南極地下秘密基地は前々からの目標だった。秘密結社発足当初は実現できなかったが、今はシゲじいのワープゲートがあるし、魔法城があるし、南極地下大空洞もある。
大空洞に魔法城を入れて、ワープゲートで日本と繋げば南極地下秘密基地の完成である。足立区の一代目天岩戸は消滅するが、南極地下大空洞内魔法城に二代目天岩戸として復活するのだ。
それに雲迷彩をかけているとはいえ魔法城の位置を各国の調査組織の不断の努力によって特定されつつある。魔法城くんもふわふわ浮いた不安定な生活をやめ、腰を落ち着ける時が来た。
三つ目は、オリンピックを成功させたいからだ。
店が一件立ち退き拒否しただけで潰れるオリンピックなんて潰れちまえという気もするが、日本国民としてここは一歩譲っておきたい。
ただし区画整理に伴う立ち退きで支払われる補償金額がどう考えても少ないので、そこは栞に言いつけて正当な額をむしり取るなり交換条件を引き出すなりしてもらう。
ウチのママは怒らせたら怖いぞお……?(他力本願)
とは言っても天岩戸のオーナーは栞である。結婚の時に共同名義になっているとしても、栞の物は栞の物だ。天岩戸をどうするかは栞の一存で決まる。
区画整理のお知らせと封筒、それに対する俺の意見を栞に伝えると、概ねの同意が得られた。
「せっかくだしこの機会に少しゆっくりしましょうか?」
栞は寝室の椅子に優雅に腰かけ、区画整理のお知らせに目を通しながら言った。
「結婚してからすぐ未来人イベントでのんびりできなかったもの」
「それはいいんだがちゃんと服を着てくれ」
「着てるわ」
「下着じゃん……」
それも俺の好みのど真ん中を撃ち抜いて理性を殺す煽情的なヤツだ。目のやり場に困るだろ。
挑発やめて? 買うよ? 言い値で買うよ? 喜んで買うよ?
「良いのよ。杵光さんのための下着なんだから」
はい買った!
その挑発買った!
値札なんて見る必要ねぇ!
……そして秘密結社の運営談合は中断し。俺はすやすや眠る栞を抱きしめながらこいつぁ確かにしばらくゆっくりする必要があるな、と思った。
まあね、何もしないと凛ちゃんも生まれないからね。
新婚夫婦として当然の権利だと思います。
という訳で、秘密結社イベントはしばらくお休みになった。
秘密結社の構成員向けの説明としては、オリンピック区画整理に伴う移転につき天岩戸はしばらくの休業に入る、という事にしてあった。皆残念がったり寂しがったりしたが、渋々受け入れた。精神防護アーティファクトの影響で世界の闇の発生も一時的に抑制されているという設定になっているため、俺と栞は何も気にせず心ゆくまで新婚生活を楽しんだ。
秘密結社活動は楽しませ、楽しむためにある。人生を豊かにするためのものだ。優先すべきは人生の充実で、人生を秘密結社に捧げては本末転倒というもの。
とはいえ二ヵ月は流石に休み過ぎだったかも知れない。翔太くんと燈華ちゃん、クリスが高校三年生の始業式に出る日、イベントに餓えたババァが旧鏑木邸に襲撃をかけてきた。
ババァはヒョウ柄のシャツに黒のジャケットを重ね、ダメージジーンズを履き、サイズの合っていないデカ過ぎる黒いサングラスをかけていた。四つ編みに挿さった枝も季節外れの椿の赤い花付きの小枝になっている。
なんつーか随分オラついてるな。幼女ヤクザって感じだ。月夜見の影響を受けすぎでは?
屋敷の窓から外を覗いていると、黒塗りの高級車で正門に乗り付けてきたババァは後ろからぞろぞろついてきた屈強な黒スーツの護衛達に手で合図して待機させ、悠々と門扉を開け放とうとする。
しかし門扉に手をかけても動かない。困り顔で防犯カメラに目線を送ってくるが、ロックは解除してあるぞ。自動開閉システムが故障中なので開かないが、手で押せば開くはず。開かないのはババァの見た目相応のよわよわ腕力では門が重すぎて動かないだけですね。弱い。
なんとか開けようと門扉をガシャガシャ揺するババァはもう本当ただの幼女にしか見えない。後ろで待機している黒服の護衛達もニコニコしてしまっている。それでいいのか。
念力で門扉を開けてやると、ババァは勝手知ったる家の中とばかりに迷いなく屋敷に入ってきた。一応敵対組織の幹部・ボス格同士だから気軽に会うのは良くないのだが、敵対組織のトップに因縁があり時々意味深な会談をしているというのもアツいからまあいいや。
丁度栞が鍋を作っていたので、一緒に食べながら話を聞く事にする。
鍋を囲んで席につき、いただきますをしたババァはさっそく野菜だけよそいながら用件を切り出した。
「前に月夜見の人員が天照と比較して少なすぎるという話があったじゃろう。二人がホニャホニャしとる間に候補をリストアップしておいた。勧誘と超能力原基の移植を頼みたい」
「ああ、まあ、そうだな。時間ができたらやっとく」
「それはやらんヤツであろう、ワシもそれぐらい知っておるぞ。子供の時間が過ぎるのは早い、悠長に構えておるとすぐに翔太達は卒業して大人になってしまうぞ。イベントの用意と新人勧誘は怠ってはならぬ。新芽を出さぬ木は枯れるのみ、じゃ」
なにやら故郷の格言を言っているようだが、凄いスピードで鍋の中から野菜だけ消えて行くのに気を取られて話に集中できない。この草食ババァ、まだ生煮えでもガンガン喰いやがる。
火の勢いの管理と具材投入係になっていた栞が餅をババァの器によそう。
「お餅も食べなさい。私がよそってあげるから。お肉はダメでも炭水化物なら食べられるでしょう?」
「嫌じゃ」
「こらっ、好き嫌いすると大きくなれないわよ!」
「餅を喰ってまで大きくならんでも良い。嫌と言ったら嫌じゃ」
「まったくこの子は。お父さんも何か言ってあげて」
え、この茶番俺も参加する流れ?
「あー、まあなんだ、お母さんの言う事を聞きなさい」
「……お小遣い上げてくれたら聞く」
「ダメよ」
バッサリ却下されたババァは食器を置いて床に転がりじたばたして喚きだした。
「やだーっ! お餅やだーっ! 超能力者増やしてくれなきゃやだーっ! やだやだやだーっ!」
ああっ!
これは俺が小学校低学年の頃、スーパーで母さんにお菓子ねだる時にやった懐かしきダダっ子モード!
このロリババァ! 恥ずかしい記憶を思い出させるんじゃねぇ! 演技上手過ぎなんだよ!
「超能力者増やして! 増やしてー! 増やしてくれなきゃやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ真面目な話最低二人の増員は頼みたい。半年以内で」
「お、おう」
ダダっ子から急に正気に戻って見上げてくるババァの落差に押されてつい頷いてしまった。まあ二人ぐらいなら。
約束を取り付けたババァは、鍋の野菜を食い荒らし、勧誘候補者リストを置いて満足気に去って行った。
リストをパラパラ捲ると、候補者の住所が海外に集中している。注意書きによれば月夜見は現在海外との密貿易に手を出していて、そのために海外支部の設立が提案されているそうだ。海外に超能力者を生やして幹部に据えるのが都合が良いらしい。
フム。
天照の日本展開も順調で、そろそろワールドワイドに行きたいと思っていたところだ。
十分英気も養い、機は熟した。
秘密結社の世界進出をはじめよう。
7章はこれまでの長編1本形式ではなく、中編3本形式です。
【7章 世界支部編(上) ニューヨーク/アメイジング】
【7章 世界支部編(中) 中東紛争地帯/エスパー解放戦線】
【7章 世界支部編(下) 中華湾岸経済特区/にゃんにゃん三合会】
の各7~10話を予定しています。
そして半ギレ二巻は本日発売です。裏切り編+特別編収録の他、本編に数話の加筆もアリ。TSUTAYAやとらのあななどの書店店頭販売、Amazonなどの通販で買えます。買って枕の下に敷いて寝ると幸せになれるので買う事をおすすめします。




