13話 最強系超能力Lv100
天照のフルメンバーがさあ行くぞと気合を入れ天岩戸を出る直前、翔太くんがチョコシガレットを口に咥え手慣れた動きで火を付けながら聞いてきた。
「マスターさあ、あの車椅子のヤクザと知り合いなんだろ?」
「まあな」
「話し合いで何とかなんねぇの? 貸してっつったら貸してくれたりしねぇ?」
「…………」
俺は栞と顔を見合わせた。
れ、冷静―ッ!
完全に戦う流れだったじゃん。
遺跡イベントからの因縁もあるし、タイムマシンを奪って奪われて、襲撃かけられて逆襲して、戦う流れだっただろ。
気付いてしまったか。話し合いに気付いてしまったか。
いや良いんだけどね? 良いんだけど! 気付くとしたらクマさんか燈華ちゃんだと思ってた。
未来人イベントでは遺跡イベントの時と違い、必ずしも月夜見と戦わなくて良い。凛ちゃんの帰還とタイムマシンを巡る決戦が発生するように誘導はしたが、正に翔太くんが言った通り戦わない選択肢もある。
選択肢はあるが、十中八九バトルルートに進むと思っていた。完全にそのつもりで月守邸が戦闘の余波で更地になった場合の住人の一時滞在先確保とか建て替え費用見積もりとか避難誘導経路確認とか色々やってたのに。付近一帯に撮影用カメラ仕掛け終わってるのに……
いや良いんだよ。良い事なんだ。
殴り合いではなく話し合いで済むなら断然その方がいい。敵対関係にあるいけ好かない月夜見が相手でも、安易に暴力を選択せず平和的解決を一番に考えられるのは素晴らしい事だ。
強大な超能力を意のままに操り、法の穴をすり抜けてアレコレできてしまえても、力に酔う事なく非暴力を選択する。溢れ出る善性が俺の汚れちまった心には眩し過ぎるほどだ。
でも正直、月夜見VS天照は見たかった。だって絶対楽しいじゃん……
これが法治国家にあるまじきバイオレンスアクションを仕組もうとした罪の報いか……
黙り込んだ俺に、翔太くんがチョコ臭い煙を吐き出しながらせっついてくる。
「どうなんだよマスター。俺百合オークのために切った張った燃えたすんのは嫌だぜ」
あ、そういう感じ? 正義感とか倫理観が理由で戦いたくないとかそういう方向ではないのか。翔太くんらしいっちゃらしい。まあ、
「そうだな。やってみよう」
前向きに考えればこれで月夜見にテコ入れして戦力比を揃える時間的余裕ができた。
今回は翔太くんの提案を採用し、戦闘回避の努力をしてみよう。
俺達はシゲじいの車と栞の車に分乗して月守邸近くまで行き、コインパーキングに車を停めた。
「行って来る。合図があるまで待て」
「マスター、気を付けろよ」
翔太くんに軽く手を振り、俺だけで月守邸に向かった。交渉が決裂したら合図を送り殴り込む手筈だ。
月守邸の庭には以前のような仮設テントの群れは無く、綺麗な庭園が復活している。老若男女人種も雑多な不法滞在外国人の代わりには、刺青をした人相の悪い黒服の男たちが取り巻きを引き連れしきりに出入りして、俺に胡散臭そうな目を向けてくる。前々からそれっぽいとは思っていたがもう完全にヤクザの大親分の本宅だこれ。
月守邸のガードマン達とは顔見知りだったので、顔パスで家の中に入れてもらえた。
「アンタどこの組のモンだ?」
「…………」
面会待ちの順番を抜かされたスジ者が好奇と疑惑を帯びた目で尋ねてきたが、肩をすくめて答えずにおく。正体を告げてビビらせてみたい気もするがまたそれは別の機会にとっておこう。
そして何の障害もなくあっさり親分の前に到着する。親分は渋面を作り、番茶を啜って言った。
「よく来た……と言いたいところだが。お前はケジメを付けて月夜見を去った。もう無関係の一般人だ、あまり贔屓はできんぞ。何の用だ?」
「タイムマシンを借りたい。一度だけ使えればいい、使用料も払う」
「ふむ。良いだろう」
「あ、良いんすか?」
秒で交渉成立しちゃったよ。
即断即決! 早過ぎでは? もっと考えなくて大丈夫?
「何を驚いている? 金を払うなら貸し出しぐらいはする。お前なら悪用しないだろうしな。ただしお前の娘が盗んでいった分の賠償金も乗せるぞ。親の責任だ」
「アッハイそれはもう」
それから金額交渉が始まったが、タイムマシン一回分の使用料金は高いのか安いのかよく分からない値段に落ち着いた。タイムマシン使用料の相場なんて分かるわけねーだろ! 栞と銀行口座を共用にしていなかったら払おうとは絶対思わなかった値段だから大金なのは間違いない。
嫁の稼ぎにおんぶに抱っこの旦那で本当に申し訳ない。いや俺も鐘山テックへの資源提供とかで稼いでるから完全にプー太郎でも無いんだけどね。
交渉がまとまったため、月守邸を出て皆が待つコインパーキングまで戻る。あとは凛を月守邸にあるタイムマシンの前まで連れて行き、未来に返せばいい。
このまま何事もなければ穏便なハッピーエンドで未来人イベントは終わるのだが―――
「凛はどうした?」
「え? ……あれ? さっきまではいたはずなんだけど……鏑木さんもいない……?」
凛の姿が消えていた。三景ちゃんが周りを見回し、他の面々もざわつきはじめる。
俺は車のボンネットに貼り付けられた一枚のメモ書きに気付いた。見慣れない字だが、凛の署名がしてある。
「あー……」
三回通り読んでから、頭を掻いて皆に見せる。代表して翔太くんが読み上げた。
「あー、『お母さんは預かった。三食昼寝暖房付きで監禁している。返してほしければ月夜見の忍者とババァのカップリングを成立』……あ? 忍者って女? ……『カップリングを成立させる事。佐護凛』。アイツマジ全然反省してねえなぶち殺されてーのか?」
「殺したらダメ。生きてても地獄は見れるんだから」
翔太くんが紙を破り捨て、それを燃やしながら燈華ちゃんが能面のような無表情で淡々と言った。他の面々は絶句している。
いやあこれは酷い。追放がダメなら監禁ってそういう問題じゃないんだよなあ。待遇が良ければ監禁OKという問題でもない。こう……根本的な部分でまるで反省できていない……
凛ちゃん、これはお父さん弁護できないぞ。キッツいお仕置きが必要だ。
というわけで。
「カヤ、やれ」
「りょ」
俺が車の後部座席で窓に息を吹きかけ白く曇らせ落書きをしていたカヤちゃんに言うと、カヤちゃんは朗らかに答
俺達はシゲじいの車と栞の車に分乗して月守邸近くまで行き、コインパーキングに車を停めた。
「行って来る。合図があるまで待て」
「マスター、気を付けろよ」
翔太くんに軽く手を振り、俺だけで……うん?
「カヤ、何をやっているんだ」
「ん。おかーさんにこうしてって言われたから」
「もがーっ!」
月守邸に行こうとしたら、カヤちゃんが凛ちゃんを縛り上げ猿轡を噛ませて地面に転がしその上に座っていた。その横では栞が深々とため息を吐いている。
「凛が本当にここまでやるなんて。茅ちゃん、ありがとうね。おばーちゃんがいい子いい子してあげる」
「おばーちゃん!」
カヤちゃんは栞に抱き着いてナデナデしてもらい、不可解な事をしている三人に皆困惑顔だ。
「これ何?」
「はて……?」
三景ちゃんに聞かれたシゲじいも咄嗟にもっともらしい嘘八百が出てきていない。
だが俺は何が起きたか分かっている。佐護茅が時間を巻き戻した――――つまり、凛は凛の手紙にあった通り再び暴走してしまったのだ。
「おいカヤ、お前何やってんだ?」
「おかーさんにお願いされた」
翔太くんがイモムシのようにもがく凛ちゃんとカヤちゃんを交互に見ながら困惑しきって尋ねると、カヤちゃんは何でもない事のように答える。
「最悪の黒歴史を無かった事にしたいんだって」
「は?」
「未来おかーさんにおつかい頼まれて、若いおかーさんを止めに来た」
「……は???」
「おじーちゃん、血ちょうだい。五滴か六滴ぐらい」
「ああ、ほら」
俺が常時展開バリアを部分解除して親指を噛み切り血を滲ませると、カヤちゃんは指に吸い付いて血を舐め取った。
「じゃ、帰る。みんなばいばい!」
「んぐー!」
時間移動のためのエネルギーを補給したカヤちゃんは唇を舐め、元気に手を振る。凛ちゃんはなんとか脱出しようともがき地面を這いずる。次の瞬間二人の姿は忽然と消えた。
佐護凛は佐護茅に連行され、未来に帰ったのだ。
「ちょっと待ってくれマジで訳わかんねぇ。どうなったんだ?」
翔太くんが頭を抱えてしまっている。
取り残された超能力者の半数は何かに思い至ったように頷いているが、もう半分は完全に置いてけぼりを喰らっている。
栞が目くばせしてきたが、俺は首を横に振った。説明役は譲る。俺では上手く説明できる気がしない。
俺はコートの襟を立て車のドアに背を預け、滔々と語られる栞の説明に耳を澄ませる。
何にせよタイムマシンも未来人も元通りの場所に戻った。
未来人イベント、これにて終幕。