10話 目には目を、追放には追放を
一体未来の俺と栞は凛ちゃんにどういう教育をしたのか。
百合好きなのはいい。性癖は変えられない。性癖を否定されても辛いだけで何も変わらない事を俺と栞はよく知っている。他ならぬ親が全力で肯定してあげなければならない。百合好きが行き過ぎて百合豚と化してもまあいいだろう。
しかし今回のコレはやり過ぎだ。
自分好みの百合カップリングを作るために邪魔な二人の男を死にかねない辺境の地に追放するのは百合豚を超えて百合オークの所業である。
栞が額を押さえ、ため息を吐いて言った。
「凛。自分の心に素直なのは良い事だけど、人を苦しめる素直さは横暴と言うのよ。二人を殺すつもり?」
「ええっ!? まさか! 殺したら死んじゃうじゃん! 大丈夫だって、高橋さんにはコンパスと食料とサバイバル教本入れたリュック持たせてあるし、狭間さんは現地で三日暮らせるぐらいのお金持たせたもん」
「どうやって? それだけの準備をする時間は無かったはずよ」
「知らない。サウンド・オン・リーに未来の情報ちょっと売って……情報屋とはもう知り合ってるよね? そのお金で信用できる闇業者の情報買ってお金叩きつけて全部任せたんだから」
う、うーん……!
効率良く稼いで人を上手く使い、ぶっ飛んだ事をする割に細かい所に気を回す。これは間違いなく俺と栞の教育の成果だ。違う時代に跳んだ女子高生がたった一人で親の目を盗み数日の内にこれだけの事を成し遂げたのは驚嘆に値する。親の欲目を抜きにしても素晴らしく有能だ。
有能だが、やはり百合オークだ。
俺や栞はマッチポンプを仕掛ける時は必ず本人の同意を取るか、希望に沿うようにしている。日常大好き平穏無事愛好家に非日常を押し付けたりはしないし、世界の闇との戦いに嫌気がさしやめたくなったら超能力を失う代わりに一般人に戻れる、という退路を常に用意している。
凛にはそれが無い。邪魔者をいきなり辺境の地にぶち込んだだけ。不測の事態に備えた綿密な計画があるようでもなく、緊急事態への備えも無さそうだ。
すぐに救助を呼び帰国できるほどではないが手の打ちようが無いほどでもなくなる程度の装備を持たせている事から、殺意が無くただ遠ざけておきたいだけというのは本当だろう。しかしあまりに一方的な危険の押し付けを行ったというのもまた紛れもない事実。
ふむ。
俺は佐護家家庭内裁判所裁判長に意見を申し上げた。
「問題行動ではあるが、凛なりに考えてはいる。情状酌量の余地があると思う」
凛ちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。
「お父さん大好き!」
「ぐぁっ」
や、やめろ! 俺の心を惑わすんじゃない! 無罪にしたくなるだろ!
「お母さんも大好き!」
「知ってるわ。では諸々の事情を鑑み判決を述べます」
栞は眉一つ動かさず、いつの間にか手に持っていた木槌でテーブルをカンカンと叩いた。
「凛の罪は重いけれど、早期の自白と弁護人の主張により減刑を行います。目には目を、歯には歯を。水と緊急医療品を持たせた上で三日間サハラ砂漠に追放します」
「さ、砂漠!?」
「あら、宇宙に追放する方が良かった?」
「砂漠がいいです!!!」
半泣き凛ちゃんは砂漠追放刑を下される事になった。ハンムラビ法典ってこわいね。
佐護家家庭裁判所は刑の確定から執行までが素早い。
水と緊急医療品、バイタル測定機能付きビーコン、日焼け止め(お母さんにナイショのお父さんギフト)を持たせ、凛ちゃんは念力直送便でサハラ砂漠のド真ん中に高速配達されていった。さらば凛ちゃん、また会う日まで。
死なないようにバイタルチェックは欠かさないが、砂漠に放り出されるのは死ぬほどキツいぞ。身をもって自分がやった事を味わうのだ。
因果応報とはいえ娘にこんな事をしてあまり心が痛まないのは親として大丈夫なんだろうか。いや、でも、俺も小学生の頃に怪獣ごっこして居間の窓ガラスをぶち破った時は夕方から翌日の朝まで家の外に締め出された事がある。躾として追放刑を使うのは結構ポピュラーなのかも知れない。
さて、凛ちゃんが流浪の身になっても事態は全く解決していない。相変わらず翔太くんはアマゾンのどこかにいるし、シゲじいは中東のどこかにいる。まずは二人を救出しなければ。
翔太くんは親がそろそろ捜索届けを出しかねないし、老いぼれシゲじいは体力がない。現地の水が合わず腹を下すだけでかなりヤバい事になる。
二人をどう探すかだが、念力で探そうにも手がかりが少なく難しい。念力はあくまでも俺の視覚を遠方に伸ばすだけだ。空を飛び物体をすり抜けて目視で探すのとそう変わらない。
特定の場所の厳重に隠された何かを暴くのには向いているが、広大な地域のどこかにある何かを捜索するのには向いていないのだ。
情報屋のリーを伝って二人をどこに輸送したのか分かればいいのだが、リーはそのあたり口が堅いし、ネット上の合成音でしか顧客と接触しないため所在不明で念力千里眼で探りを入れる事もできない。
という訳で、翔太くんと比べてまだ場所が分かりやすいシゲじいから捜索する。
まず栞が中東一帯の中で付近に空港や日本大使館が無く公共交通機関・ネット回線が通っていない、日本への帰還が困難な小村をリストアップ。地図にも記載されていない現地民しか知らない村もあるだろうが、日本で裏稼業やってる連中だってそんな村は知らないだろう。顧客のオーダーを満たす手頃な村に送ったはずだ。
条件を満たす村に俺が念力式千里眼を飛ばしてシゲじいの姿を探す。村の中は片っ端から見る。家の中も見る。便所の中だって見る。プライバシーめちゃくちゃですまんね。
最初の村を一通り捜索するのに三時間かかった時点で、俺はこの方法を諦めた。栞のリストにある村の数は200強。全部片っ端から探したら不眠不休でも一ヵ月はかかる。効率が悪すぎる。
そこでビラ配りをする事にした。行方不明者捜索の鉄板だ。こちらから見つけるのが難しいなら、シゲじいに見つけて貰えばいい。
天照のシンボルである太陽マークと「狼煙を上げろ」という日本語だけ書いたビラを大量に印刷し、現地に輸送し、空からバラ撒く。あとはシゲじいがビラを見て狼煙を上げるのを待って、見つけ、確保すればいい。
このアイデアは速やかに効力を発揮した。ビラを撒いた翌日の明け方にリストの189番目の村から黒い狼煙が上がり、無精ひげを生やし若干やつれたシゲじいは栞が雇った現地人エージェントの手によって無事保護された。
お得意の口から出まかせも言葉が通じなければ何の意味もなく、親切なおじいちゃん子の青年にラクダの見張り番として雇われてなんとかやっていたようだ。持たせられた資金は初日に盗まれていた。
謎のマークと言語が書かれたビラは近隣で噂になったが、焚火の炊きつけに使われたり、裏面をメモ用紙代わりに使われたりと普通に受け入れられ、あまり騒がれる事はなかった。過去の紛争のプロパガンダでビラのばら撒きがあったらしく、似たような何かだと判断されたようだった。結果オーライ。
さあ、次は翔太くんだ。