09話 時空を超えた百合営業
栞はあっさり事の成り行きを白状した。
「未来人イベントの準備を始めてすぐ、凛が来たの。お父さんを驚かせたいと言ったから、可愛い凛ちゃんをイベントに組み込んで計画を修正した。簡単に言えばそれだけよ」
「……だからイベント準備中俺を避けてたのか」
「ええ。杵光さんにナイショで凛にこの時代の常識を教えて打ち合わせをしていたの」
良かった倦怠期ではなかった。
イベント開始前から凛ちゃんが来ていたなら、俺が栞が変装していると思い込んでいた凛ちゃんは全部ただの凛ちゃんだったのか。混乱する……ん?
「顔が似てるのは?」
「ハリウッド仕込みの特殊メイク。未来にはそういう特技のある構成員がいるそうよ」
整形ではなかった。
母子揃って整形は業が深すぎるよなあ。ダメではないが。しかし特殊メイクでママの顔に寄せているのもそれはそれでアレな気がする。パパの顔には寄せてくれないんです?
「どうやって過去に来た?」
「それは複雑な時空理論の話になるわ。無理矢理分かりやすく説明するなら、私達が結婚して凛の誕生確率が一定数値を超えたから来れるようになった……というイメージね。ああ、ババァさんのタイムマシンは関係ないわ。アレは本当に単なるガラクタだから。過去に行ってみたらどうだって凛を唆したのはババァさんみたいだけど」
「ははぁ。ババァは本当にドッキリ好きだな」
サブカルチャーが未発達なババァの故郷にもドッキリイベントの文化はあったようだから、ドッキリが好きというよりは慣れた手管を多用しているだけなのかも知れない。
……しかし待てよ?
未来からのタイムトラベルが可能なら、凛ちゃん以外にも本物のタイムトラベラーがいる可能性も!? ワクワクしてきた!
しかし機先を制して栞が言う。
「杵光さんが何を期待しているか分かるけど、それはないわ。タイムトラベルには単一宇宙を構成する正の質量の総和に等しいエネルギーが必要なの。それだけのエネルギーを用意するのは難しいし、用意したエネルギーに耐えるのも難しい。エネルギー源は杵光さんにしか用意できない。念力の性質を帯びた天文学的エネルギー供給に耐えられるのは杵光さんの子供だけ。エネルギーを使ってタイムトラベルできるのは時間系能力者だけ。つまりタイムトラベラーは凛しかいないの。あとはそうね――――」
現在の人類の科学が到達していない領域にあるっぽい時空理論をかなり噛み砕いて話してくれた栞の話をまとめると、凛ちゃんが安全に過去に行けるのは一度だけらしい。二度目からは過去に遡ると同時に全身が素粒子に分解され激しい放射線と発光と大爆発を伴い消滅する。
つまり実質時間遡行は一度しかできない。
この時代で凛ちゃんが何をしても時空の歪みだとか宇宙の矛盾だとかそういう物は発生しない。凛ちゃんは別に未来に帰る必要はないし、なんなら凛ちゃんが生まれるのを凛ちゃんが見ていても、凛ちゃん(幼児)と凛ちゃん(未来人)がおままごと遊びをしても問題ない。ただし未来は変わる。
例えば凛ちゃんが現在でピラミッドを破壊して未来に戻ると「謎の女子高生が昔ピラミッドを破壊した。そういえば凛とその女子高生似てるね?」という事になっている。時間系能力者である凛ちゃん(と栞)は過去改変の影響を受けないのでピラミッドが現存する世界線の記憶を保持できるが、その他のあらゆる生物、新聞、ネット上の記録などは改変されたモノに置き換わる。
このあたりは天照のメンバーに向けた説明と同じだ。
そして未来の俺は別に闇堕ちしていないし、世界人口は半減していない(重要)。
なお、未来の秘密結社がどうなるかについては凛ちゃんは話さなかったという。曰く、
「お父さんもお母さんも初見プレイを攻略サイト見ながらやらないでしょ?」
との事。
よく分かってるじゃないか。
話を聞いて嫁と娘の共謀については理解できた。これは未来の俺も妻子に弄ばれてますね間違いない。でもいいんだ、それで二人の笑顔が見られるのなら……
さて。
未来人が本物だっただけでイベントに修正は無いため、このまま続行……なのだが、カウンター裏の談合現場に凛ちゃんがダルそうに顔を出した。声を落としてヒソヒソとおねだりする。
「ねー、月夜見戦って延期できない? 疲れちゃった。明日休みたい」
「いいわよ、翔太くんも消耗しているし。杵光さん、ババァさんに明日中は月夜見を足止めしておくように連絡しておいてもらえるかしら?」
「OK」
未来人襲来、クマさんの死闘、天照VS月夜見、南極探検……今夜は濃密な一夜だった。一日といわずもっと休んでもいいぐらいだ。
俺がババァに電話をかけている間、栞は天岩戸のフロアに戻って今夜の解散を告げ、凛ちゃんは箪笥を漁ってタオルと栞の下着を引っ張り出していた。
やがて全員を帰し、入り口の鍵をかけてきた栞に凛ちゃんが洗面用具をパスする。
「これお母さんのね。お風呂入るでしょ?」
「ええ」
「あ、こっちに泊まってく感じ?」
布団三人分あったかな。そもそもコタツを退けないと三人分の布団スペースが無い。天照の居住スペースは狭い訳では無いが、一人暮らし前提の空間なので三人が体を伸ばして寝るには手狭だ。
レイアウトを考えつつ最悪俺はソファで寝ようかと考えていると、凛ちゃんが俺にも洗面用具を押し付けてきた。
「これお父さんのね」
「ん?」
「一緒に入るでしょ?」
凛ちゃんが無邪気に見上げてくる。
それは……嫌ではない、嫌では無いが、凛ちゃんは高校生。幼稚園児をお風呂に入れてあげるのとはワケが違う。流石にダメだろ。どういう教育してんだ未来の俺!
悲しませないように断るにはどうすればいいのか思いつかずマゴついていると、栞が指で凛ちゃんの頬っぺたをつついてメッした。
「ダメです。お父さんと一緒にお風呂に入っていいのはお母さんだけです」
「で、出たーッ! お母さんのクソデカ独占欲だーッ!」
「そうよ、私は独占欲が強いの。だから可愛い凛ちゃんも独り占めしちゃうわ。えいっ」
「ひゃっ! あ、ちょ、自分で歩ける、歩けるって!」
栞は恥ずかしがる凛ちゃんを姫抱きにして俺にウインクすると、風呂場に連行していった。助かった。
栞は本当に人をあしらうのが上手いな。俺はコモンマーモセットのお世話だけで精一杯だよ。
翌日、学生組は学校があるのだが、登校したのは燈華ちゃんだけだった。三景ちゃんは南極探検の疲労が出て大事を取り自宅で安静にしていたし、翔太くんは「キャンプファイヤーをしてきます。探さないで下さい」という書き置きを残して姿を消していた。翔太くんの疲れたら火、疲れてなくても火、とりあえず火って行動原理はほんとなんなんだ。
月夜見はババァが「タイムマシン以外も強奪しにくるかも知れない」と疑念を煽って警戒防御態勢に移行させ、動きを封じている。各自月守組の安否確認や脱税の証拠隠滅、隠し財産のチェックで忙しい。クリスが登校していないのもその影響だ。いや元々クリスは気まぐれに学校を休む不良忍者娘なのだが。
凛ちゃんはといえばお気楽で、放課後に燈華ちゃんを誘い、三景ちゃんの家に遊びに行って三人でホラーゲームをしてキャーキャー言っていた。
前半は殺人鬼から逃げ回るシナリオで、燈華ちゃんが怖がって三景ちゃんにしがみついていたのだが、後半になって敵がゾンビに切り替わると逆に三景ちゃんが怖がりはじめ、真顔でゾンビを追いかけ追い詰め撲殺し(成仏させ)ていく燈華ちゃんがおねーさんの貫禄を見せつけた。
凛ちゃんはそんな二人のプレイを見てご満悦だ。まあ知り合いのおねーさん達の若い頃のキャピキャピを眺めてるのは楽しいだろうな。俺もクマさんが学生服着てゲームセンターの筐体でインベーダーゲームやってる姿が見れるなら見てみたいぞ。
凛ちゃんは高校生だというが具体的な年齢は聞いていない。仮に16歳だとすると今は凛ちゃんにとって最低でも17年前。凛ちゃんの時代では燈華ちゃんも三景ちゃんもアラサーだ。
つまりアラサーおばさんの若かりし日のレトロゲームプレイを見てニヤニヤしてるのか……いい趣味してる。
なお初対面では凛ちゃんを煙たがっていた三景ちゃんだったが、ゲームをする中で打ち解けていた。
更に一日が過ぎ、未来人襲来の翌々日。
超能力は限界まで酷使すると翌日成長痛に襲われ使用困難になるが、翌々日になればより強くなった上で完全に回復する。
お疲れだった凛ちゃんも回復したのだが、月夜見ともう一度戦い未来に帰る前にもう少し遊んでいきたいと言ったのでそうする事になった。未来人イベントを急ぐ理由はない。ババァの足止めもまだ十分効いているし、翔太くんはまだどこかの山でキャンプファイヤーをして火を通し自分の心を見つめあっているのだろう、家に帰っていない。翔太くんが戻り次第、といったところか。
表向きの理由としては「タイムマシンの起動には正しい時間流に乗る事が重要でほにゃほにゃ、つまり未来に帰るために適切な時が来るのを待っている」という事になっている。二人の時間能力者が口を揃えていえばそんなもんかと納得するしかない。
この日も凛ちゃんは放課後に燈華ちゃんと三景ちゃんを誘い、ショッピングに出かけた。時々栞に連れられて高級ブティックに行っている燈華ちゃんと凛ちゃんが、服を全て母親任せにしている三景ちゃんをコーディネイトする形だ。三人は姦しく談笑しながら、結局三人お揃いのコーディネートで一式買い揃えていた。
流石にランジェリーショップの中までは追っていないが、学校トップレベルの女子学生達の買い物を追跡してるとものすごい変態になった気分だ……あとスカート選びに二時間かけるのを見ていると純粋に飽きる。
俺は服を買う時はいつも五分で選ぶぞ。スーパーで一番重くて中身が詰まったキャベツを選ぶ時は三秒だ。何が言いたいかといえばつまり念力式重量計測は便利だという話。
凛ちゃんは買い物袋を腕いっぱいに抱えて嬉しそうに帰宅し、早速着替えるのかと思いきや、俺に渡して「私が生まれて大きくなるまでとっといて」と頼んできた。すごい台詞だ。訳が分からないがよくわかる。凛ちゃんがそうして欲しいと言うならそうしよう。
しかし何かが間違って凛くんが生まれてきたら女装させる事になるのか……?
まあ、まだ先の話だ。とりあえず服は押し入れの奥にしまっておこう。
のほほんと時間は過ぎていき、また次の日。未来人襲来から三日後になった。
翔太くんは、まだ帰って来ない。
流石に少し心配だったのでスマホに電話をかけてみるが、スマホは自宅に置きっぱなしだった。それだけなら不用心だが不思議ではない。が、戦闘装甲を召喚装着するために必要な変身リングまで外して置いてあった。
これはおかしい。
外す理由が無いからだ。
戦闘スーツが無くても世界の闇とは戦えるが、一対の指輪と足輪からなる変身リングは日常的に身に着けっぱなしにする事を前提として設計されている。軽いし、擦れて痣になったりもしない。耐水性もあるから風呂場でもつけっぱなしにできる。水泳の授業では流石に目立つため外した方がいいだろうが、今は冬だ。
変身リングを外しているのなら当然内蔵発信機も意味がない。
翔太くんの所在は不明だ。今まで何度か家に帰らない日もあったが、二日以上無断で帰らない日は無かった。御家族も心配し始めている。
更に不審な状況は続く。魔法城にでも行ってはいないかとワープゲートを起動しようとしたら、動かなかった。調べてみると燃料が空だ。南極を往復した時はまだ余裕があったはずだが……
燃料が切れているなら補充すれば良い。シゲじいに臨時の献血をお願いしに行くと、家はもぬけの空だった。郵便受けには三日分の新聞がたまっている。
おかしい。
これはおかしい。
何かが起きている。
しかし一体何が? 月夜見の仕業ではない。月夜見は今ババァが止めている。
形容し難い焦燥に駆られシゲじいのマンションから天岩戸に戻ると、凛ちゃんと栞が瞬間移動を繰り返し追いかけっこをしていた。現れては消え、あっちからこっちへ。椅子が宙を舞い、机が倒れたりちり取りが床を滑っていったり。
なーにやってんだこの二人は、と呆れるのも一瞬。栞がカウンターを乗り越えてモップで凛ちゃんを取り押さえようとしながら真剣そのものの声で叫んだ。
「捕まえて!」
次の瞬間、俺も時間停止空間に取り込まれた。停止した時間の中で凛ちゃんが何やら必死に逃げていく。凛ちゃんは時間停止空間のはずなのになお速かった。二倍速ぐらいか? 時間停止空間内で早送りできるのかよ。
対して栞は通常速度で、物を投げたり先回りしたりしてなんとか凛ちゃんを追い詰めようとしている。
「逃がして!」
俺を見た凛ちゃんが焦って懇願してくる。
うむ。状況はよく分からんが先着順という事で。
「はい捕まえた」
「んにっ……!」
念力で凛ちゃんを優しくしかし厳重に捕縛。二倍速ぐらいなら造作もない。
凛ちゃんは空中で暴れたが、すぐに観念してぐったりした。念力捕縛からの脱出の難しさはよく分かっているのだろう。
「ありがとう。逃がすところだったわ」
凛ちゃんが大人しくなると、時間停止空間は解除された。栞は汗を拭って息を整えてから、目を逸らす凛ちゃんの顔を手で掴んで自分の方を見させた。
「正直に答えなさい。翔太くんと狭間さんはどこ?」
「はっ?」
え? 何? そういう事? 凛ちゃんのしわざ?
なんで?
「何のことかわかんない」
「そう? 一つ一つ証拠を挙げていってもいいけれど、早めに白状するとお仕置きが軽くなるわよ? 一つめ、翔太くんの書き置きの筆跡が――――」
「わーっ!!! 待って待って、私がやりました! 一つめ、一つめだから軽くなるよね!?」
白状はっや!!!
どうやら俺が不審な状況に気付いたように、栞も気付いたようだ。そして俺より数段早く犯人に辿り着いていた。すごい。
……いや、消去法で考えていけば凛ちゃんが犯人で当然という気もする。犯人だと分かった後だからそう思うだけかも知れないが。
栞は満足気に頷き、宙ぶらりんのまま抵抗の意思を失ってしなびている凛ちゃんに尋問した。
「翔太くんはどこ?」
「眠らせてアマゾンの密林に置きざりにするように手配した。今どこにいるかは分かんない」
「ちょっ」
り、凛ちゃん……?
なんでそういう事するの……? いくら超能力者でも下手したら死ぬぞ?
「狭間さんはどこ?」
「眠らせて中東の言葉が通じない村に置き去りにするように手配した。今どこにいるかは分かんない」
「ええ……」
翔太くんよりはマシだがかなりエグい。二人に一体なんの恨みが?
栞が裁判官のように淡々と俺の疑問を代弁してくれる。
「こんな事をした理由は?」
「三景さんと燈華さんから引き離したくて」
「……私達にも分かるように詳しく」
催促された凛ちゃんが不貞腐れて語る。
「私、三景さんと燈華さんが好きなの。二人とも強くて優しくてカッコよくて可愛くて綺麗で、私も二人みたいになりたいって思ってるんだけど、ダメなところもあってね。三景さんは狭間さんの話ばっかりするし、燈華さんは翔太と結婚しちゃった。それで過去に行くって決めた時に閃いたんだ」
「……何を」
聞きたいような聞きたくないような。
先を促すと、凛ちゃんは不敵に笑って言った。
「三景さんと燈華さんが若い頃に悪い男から離れて仲良くなって、二人が結婚すればハッピーエンド! だって未来はこの手で変えられるんだから!」
「待て待て待て待てちょっと待て」
とんでもない事言い出したぞこの娘!!!
要約:
凛ちゃん「百合の間に挟まりたい」




