07話 店内での超能力バトルはお控え下さい
戦場において最も効果的な手の一つは、電撃戦による最大火力の集中投射だ。
ゆっくり時間をかけて準備すれば相手にも準備時間を与える事になる。
軍隊を分散させて動かせば各個撃破される。
銃を散発的に撃っても命中率と威嚇効果は低く留まる。
その視点で考えれば月夜見の行動は非常に理に適っていた。
クリスとババァが倒されるや、天照側が態勢を整える前に月夜見の超能力者三人全員でカチ込みを仕掛けてきたのだ。
カラーコーンを被ったギターデブの姿は忘れようとしても忘れられないほど強烈で、その超能力の脅威も身に染みている。
天岩戸に襲撃を仕掛けてきた時点で翔太くんは手で耳を塞ぎながら椅子を蹴飛ばして立ち上がり、白い冷気を全身に滾らせた。凛ちゃんも椅子から下りて耳を塞ぎ、びっくりして尻尾をピンと逆立てたイグには俺がバリアを張る。
クマさんは敵が来た事だけは理解し素早く身構えたが耳は守れていない。シゲじいはもにゃもにゃ寝言を言っている。
そこに予想通り見山の爆音波が襲い掛かった。
地下酒場である天岩戸には音の逃げ場がない。シゲじいが無防備に直撃を受け白目を剥いてひっくり返り、クマさんもノックダウン。残りのメンバーは無事だ。
そして棚の瓶が全て割れ、中身がカラフルな滝のように零れ落ちた。
「あ」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!
おまっ、お前ぇ! 在庫がお前っ、仕入れに、はあ!? 全部で何百万すると思ってんだおい! 馬鹿! デブ! 畜生!
見山はとんでもない事をしてくれやがったが俺も馬鹿だった。棚もバリアで音波ガードすれば良かった。一瞬のウッカリで数百万の損失なんて間違ってる。もうほんとこんな世界が間違ってる。全部世界が悪い。
経済的大ダメージを受け絶望のあまり心が闇に呑まれそうになったが、どういう訳か残酷に流れ落ちていく極彩色の滝が停止した。そして逆再生するように重力に逆らい割れた瓶の中に戻っていき、最後にはガラス片が瓶の残骸に吸い寄せられていき元通りに継ぎ目無くはまった。
それだけではない。ひっくり返ったシゲじいも時間を巻き戻すように椅子の上に戻り、また眠りこけはじめる。
驚いて凛ちゃんに目を向けると、肩で息をしじっとり頬に滲んだ汗を拭いながらピースをしてきた。
はわわわわわ! 時間遡行! こんな事までできるようになってたのか! つよい。消耗は激しいっぽいが。クマさんが気絶したままなのは消耗を押さえるためか、戦闘シーンから除外しておくためか。両方か? 両方っぽいな。
さて、爆音を大体防いだ天照に月夜見の追撃が入る。
車椅子からスッと立ち上がった親分が強烈で超速の踏み込みから正拳突きを放ったのだ。
「絶対凍壁!」
その尋常でない気迫から単なるパンチではないと察したのだろう、超能力を励起させていた翔太くんが前に出て最大防御技で迎え撃つ。親分の初動を見た時点で危険を察知し守りを固める事ができたのはクマさんの日頃の指導と日常的な世界の闇との実戦経験の賜物だ。
翔太くんは凍結能力者だが、その本質は分子運動の低下にある。
翔太くんの白いモヤに触れたモノは分子の動きが鈍る。その結果温度が低下しているのだ。分子運動の低下は強制的な物であるから、凍結能力の制御下にある物は分子の動きが抑制される……つまり変形・切断なども抑制され、超常的な強度の上昇が実現する。
翔太くんの必殺技『絶対凍壁』はこの性質を利用したもので、空気をほぼ絶対零度まで下げる事で分子運動をゼロに近づけ、単なる空気が原子爆弾級の威力を防ぎきるほどの超高強度の壁と化す。『絶対』の名の通り、未だ破られた事はない。
「む」
「なあ!?」
その絶対凍壁に、親分は大きなクモの巣状のヒビを入れた。鋭い鞭打つような音と共に衝撃波が店内を蹂躙する。バリアで守らなかったら店の機材全損だぞおい!
「んな馬鹿な!」
「親分のパンチが!?」
翔太くんの驚愕と同時にクリスからも叫び声が上がった。
翔太くんは絶対防御が破られかかった事に、クリスは親分の攻撃が防がれた事にそれぞれめちゃくちゃ驚いている。こういうお互いの超パワーに驚く展開、大好物です。もっとやって。
というか親分成長してないですか? 谷岡組決戦の時は戦車を二両両手に持って振り回す程度が限界だったはず。今の親分のパンチは命中すればスカイツリーがぺしゃんこになるぐらいの威力あったぞ。超能力原基がズタズタになっていても出力の成長はするらしい。
「ぬぅあああああああああああ!」
「う、お、あああああああああ!」
親分がパンチを連打し、翔太くんが絶対凍壁を高速連続展開する。翔太くんが押され、少しずつ後退していき、膝をつく。
他の面々は荒れ狂う衝撃波に吹き飛ばされないようにカウンターやテーブルの陰に隠れるだけで精一杯だ。迂闊に出ていけば余波だけで戦闘不能になれる。
目を白黒させるシゲじいは凛ちゃんに襟首を掴まれ、カウンター裏に引きずり込まれイグのヒールで酔い覚ましを受けている。
天照を消耗させるためだろう、見山は珍しくBGMを出していない。
通常攻撃が必殺の威力まで昇華している親分と必殺技を絞り出している翔太くんの拮抗はすぐに崩れた。限界を超えて放心状態になり、冷気が消えた翔太くんに親分が腹パンすると、翔太くんは吹っ飛んで壁に叩きつけられて動かなくなった。
つっっよ! 小細工は要らぬとばかりに真正面から力づくで押し切ってしまった。秘密結社のボスと一般構成員が戦ったらこうなるというお手本だ。
親分は数回苦しげに咳き込んだ後、カウンター裏に隠れる天照の面々に向き直って拳を鳴らした。凛ちゃんとシゲじいが蒼褪め、俺の後ろに這って行って隠れる。時間停止で回収したのだろう、失神したクマさんと翔太くんも瞬きする間にカウンター裏に移動していた。
俺? 俺はずっと棒立ちでワイングラスを磨きながら戦いを眺めてそよ風を感じてただけだ。今も特に脅威は感じない。
俺は磨き終わったワイングラスを置き、次のワイングラスを手に取った。いつもはワイングラスの底の部分を台座に固定し片手で磨いているのだが、今回はあえて念力で空中に浮かせ、同じく念力で浮かせた布巾を使い手を使わずに磨く。
俺は親分の目を見て言った。
「引いてくれ。両目を失いたくはないだろう? 俺も失うのは右腕だけで十分だ」
「お前と二度やり合うつもりはないさ。タイムマシンを返せば引く。それはウチの物だ」
「断る。娘が帰れなくなる」
「知らん。月夜見は奪われた物を必ず取り返す」
昔の思い出が甦る。月守組の子供がヤクザに誘拐された時、ほとんど負けが確定しているのに取り返しに行ったもんな。引いてくれるはずもない、か。
親分は後遺症を抱えつつも成長している。まだ俺には及ばないが、かつてそう思って油断していたら地形が変わる本気の決戦になってしまった。二度目は無いと信じたいが念のため戦いは避けたい。
後遺症の影響で体は弱りきり今も無理をして立っているのだろうし、そういう意味でも戦いたくない。
流れでとりあえず牽制しているが、栞からは「東京が吹き飛ぶ前に撤退させる」という事しか聞いていない。流石の栞も突拍子もない行動をしまくる月夜見の行動を具体的に予測しておくのは無理なようだ。ここからどうするんですかね。向こうはやる気満々なんですが。
「あっ無理! 一時撤退! ドロンッッ!」
解答は単純だった。カウンター裏で凛ちゃんにコソコソ耳打ちされていたシゲじいが立ち上がり黒モヤを出した瞬間、未来予知をしたクリスが叫んで煙玉を地面に投げた。
バタバタと軽い足音と重い足音、鈍重な足音が店外に出ていく。煙が晴れる頃には月夜見は姿を消していた。
なるほど。シゲじいの空間攻撃なら親分を封殺できる。殴りかかってきたら亜空間に呑み込んでしまえばいいのだ。どれほど超威力のパンチでも関係ない。改めて考えるとシゲじいの空間能力はほんとエグいな。射程は短いが三景ちゃんと融合すればそれも解決するし。
「まさか月夜見の動きがこんなに早いなんて……早くアーティファクトを回収しないと」
「フム。アーティファクト、か。まさかアレの事か?」
最後に出て来て美味しいところだけ持って行ったシゲじいが知ったかぶる。
「えっ、狭間さん知ってるんですか!?」
「うむ。あれは儂がまだ若かった頃だ、政府から密命を受け極秘の――――」
「じゃあ後は狭間さんに任せて大丈夫ですね。回収お願いします。私は超能力使い過ぎたので休んでます。ふぅ」
無慈悲な信頼でシゲじいを殺しにかかるお茶目な凛ちゃんはかわいいなあ!
「うっ……! いや、その、あの、アレだ、あー、例の、うむ……つまり……すまん、知ったかぶりをした。場所を教えてくれんか」
迂闊に見栄を張ってすぐ墓穴掘ってゲロるシゲじいもかわいいなあ!(錯乱)
しょんぼりするシゲじいに意地悪な笑みを向けた凛ちゃんはもったいぶって言った。
「いいでしょう、教えてあげます。アーティファクトがあるのは――――南極の地下空洞です」




