04話 マッドサイエンティストは高笑いしないと死ぬ
闇の秘密結社『月夜見』は東京の不法滞在外国人を母体とするアンダーグラウンド勢力である。
元々は超水球事件をキッカケに東京に溢れた不法滞在外国人に住居や仕事を提供し、団結して生活するための互助組織だった。篤志家・月守剛が都内に所有する月守邸を拠点として、不法滞在外国人が日本の法律に守られない弱みに付け込み食い物にしようとしてくるヤクザ谷岡組に抵抗していた。
努力虚しくヤクザに食いつぶされようとしているところに、記憶喪失となった強大な超能力者、原初にして最強の念力使い、不可視の巨人の異名を持つ全世界の捜査機関が血眼になり正体を探っている男が迷い込んでくる。
男は夜久夜久を名乗り、月守邸の主要人物の超能力を目覚めさせ、東京を牛耳るヤクザ谷岡組を逆に叩き潰すための闇の秘密結社『月夜見』を結成。
目的を達成し、谷岡組を壊滅させ、残党を取り込み東京裏社会の覇権を手に入れるも、紆余曲折の末、夜久は月夜見を脱退。月夜見の大親分である月守も後遺症を負い車椅子生活を強いられる事となる。
その後の月夜見は日本政府と裏取引を重ね、日本の暗部にはびこるようになった。
月夜見の中核メンバーはサイコメトラーお嬢のクリスティーナ・ナジーン、音響能力者若頭の見山響介、車椅子強化能力者大親分の月守剛、異世界出身エンジニア御意見番のロナリア・リナリア・ババァニャンの四人。
しかしその下に不法滞在外国人と元谷岡組ヤクザ、計二万人がいる。彼らは恩義で、あるいは恐怖や打算で月夜見に従っている。月夜見の一声で二万人が動くのだ。
全員日陰者で教養がなく、日本語が喋れなかったりなんなら無国籍だったりもするが、変わった特技がある者も多い。最近では銃火器の扱いに長けた元テロリストまで傘下に加わっている。そして欠点だらけでも二万人は二万人。マンパワーは莫大だ。
月夜見は超常的な四人に統率された、日本の裏社会を十分掌握できるだけの勢力なのだ。
月夜見組は闇の秘密結社ではあるが、日本政府の上層部には正体がバレていて、超能力を利用した後ろ暗い裏工作を任される事も多々ある。月夜見は裏工作を請け負う代わりに、配下である社会のはみ出し者二万人を養うために色々な便宜を図らせている。そうでもしないと二万人は養えないから。
ただの二万人ならやりようはあるが、月夜見配下の二万人は軒並み犯罪歴がある。真っ当に働くのは難しい。だから真っ当でない、ダーティーな仕事で糊口をしのぐしかない訳だ。
月夜見のシノギは多岐に渡る。
まず比較的真っ当な所では放棄された農耕地を買い叩き農業を営んでいる。登録されている土地の居住者と実際の居住者が全然違っていたりするが、まあマトモな方だ。後継者不足に悩む高齢の漁師達に男手を派遣(バリバリの不法就労)したりもしている。このあたりの地盤のおかげで月夜見の食料事情は良い。
少し怪しいシノギになると、舐めると刺激的な気分になれる脱法ハチミツや、密輸された未認可の植物から精製した高純度カレー粉を高値で売りさばいたりしている。密造酒の醸造もしていて、東京近郊の高級レストランや酒場で極めて高い評価を得ている。天岩戸でも仕入れている。
更にブラックゾーンに近づくと、詐欺師が詐欺で得た金を丸ごと盗んだり、政治家を汚職ネタで脅して引きずり下ろし月夜見にとって都合の良い人物にすげ変えたり。あとは政府からの口に出すのも憚られる依頼をこなしたり。
月夜見はどんな事があっても殺人だけは絶対に行わない。善人を陥れる事もしない。
悪によって悪を制す義賊的側面が強いが、結局は法を蹴り破り違法な裏取引をして私腹を肥やしているに過ぎない。良いか悪いかで言えば間違いなく悪い。
しかし月夜見が消えればもっと悪質な連中が裏社会の覇権を握ってしまうわけで、一種の必要悪であるという見方もできる。
ざっくりまとめれば、月夜見はダークヒーローとか任侠ヤクザとかそっち系の組織なのだ。
前置きが長くなったが、未来人イベントはそんな闇の秘密結社月夜見の本拠地、東京都某所にある月守邸から始まる。
月守邸は漆喰の塀に囲まれた日本家屋で、素人目にもよく手入れされている事が分かる見事な日本庭園を擁している。駐車場も広く、来客の高級車が停まっている事も多い。これぞヤクザ大親分の邸宅、といった風格だ。都心部にこれだけの敷地を確保できるというのが既にヤバい。
その月守邸の薄暗い地下室で、パソコンのディスプレイの灯りを頼りにババァが怪しげな工作をしていた。電子レンジサイズのその機械にはよく分からない計器がゴテゴテついていて、配線・基板は剥き出し。緑と赤のランプが不規則に点滅している。
工具を使ってネジを締めているババァの背後のソファにはセーターにジーパン姿のクリスが仰向けに寝そべり、忍者をコレクションするスマホゲームをしていた。自分に似ている金髪ポニテ碧眼忍者がお気に入りらしい。
「クックック……ついに完成した……! ククク……! ハーッハッハッハ!」
ババァが最後のネジを締めスイッチを入れると、ランプが全て緑色に点灯し鈍い駆動音を上げ始める。
マッドサイエンティストさながらの高笑いをするババァに、クリスはスマホを睨んだまま上の空で尋ねた。
「何が完成したの?」
「聞いて驚くがよい、タイムマシンじゃ!」
「ふーん……タイムマ……時空忍術!?」
クリスは叫び、スマホを放り出して跳ね起きた。
時空忍術ではないですね。なんだよ時空忍術って。時遁?
クリスは満足気に油汚れまみれの手を布で拭っているババァの背後でそわそわと機械を覗き込む。
「えーっ、何それ何これ何なのこれ? これタイムマシンなの? え? これ作り始めたのって三日前だよね? そんな簡単にできるの?」
「うむ。時空間理論が分かっておればどうという事はない。地球文明の科学力では証明困難な理論であっても、ワシの故国では教科書に載っている程度のものなのじゃ」
「Yes! さっすが異世界人! おばあちゃんの知恵袋! 偉い! かわいい! 天才!」
クリスはババァを持ち上げ高い高いして喜んでいる。
なお嘘である。ババァが作ったのはタイムマシンではない。ランプが光るだけのガラクタだ。
ババァの出身のSF世界には本当に時空間理論に基づくタイムマシンがあるらしいが、作り方はまるで分からない。地球人がスマートフォンを作れと言われても材料すら分からないのと同じだ。ババァの専門は政治と魔王抹殺兵器の製造であって、タイムマシンはサッパリなのだ。
だがSF出身異世界人が『タイムマシン作った。ウチの世界じゃこれぐらい常識だぜ?』なんて言うとそーなのかと思ってしまう。これだからSF文明マウントはズルいんだ。
「じゃあさ! じゃあさ! 未来に行って宝くじの当選番号覚えて戻ってくるとかできちゃうの!?」
「うむ」
「ひゃー! 無敵じゃーん! でもやっぱ最初に行くのは過去かな! 過去でしょ! 使い方教えてよ! 兄貴の腕もげないように過去変えたりもできるんでしょ?」
えっ……
クリス優しい……好感度上がっちゃうだろ。でも佐護杵光攻略ルートはもう無いんだごめんな。
「うむ、できる。できるが、時間旅行にはルールがあるのと、まず大前提としてタイムマシンにタイム・フォースのチャージが必要じゃ。これは自然充填を待つしかない」
「……つまり?」
「タイムスリップできるようになるまでしばらくかかる」
「しばらくってどれぐらい?」
「ざっと二十年かのう」
クリスは真顔になり、持ち上げてくるくるしていたババァを椅子に戻した。だらだらソファに戻ってスマホを拾いゲームを再開する。
「二十年経ったら教えて」
「うむ。ま、コイツは然るべき時まで蔵にでもしまっておくとしよう」
ババァは布で手についた油汚れを拭いながら肩をすくめた。
会話が終わり、微妙に白けた空気が漂う地下室にタイムマシンの鈍い駆動音が広がる。
さて、ここまでが前フリだ。栞は既にどこか近くでスタンバイしているはず。
ババァが工具を片づけはじめてすぐの事だ。安定した駆動音を上げていたタイムマシンが突然異音を上げ、ガタガタ震えだした。
緑色に点灯していたランプは真っ赤に変わり激しく点滅。回線がショートして火花を散らす。
クリスはめんどくさそうにスマホを置いてソファから起きた。
「今度はなんなのもーさー」
「これは……!? そうか、しまったッ! 未来人が来る! 二十年後の充填が完了したタイムマシンを使って誰かがこの時代に来ようとしている!!! クリス! 警戒するのじゃ!」
「ええ!? わわわ分かった! アタシの後ろに!」
どさくさに紛れて状況説明ナレーションを入れたババァを背後に庇い、クリスは白い煙を上げはじめたタイムマシンにクナイを構える。
二人が緊張の面持ちで見守る中、タイムマシンは一際大きくショートして紫電と煙を吐き出し、停止した。
そして、薄暗い地下室の中、パソコンのモニターの灯りに青白く照らされたスモークの中で人影がゆっくりと立ち上がる。
姿を現したのはセーラー服の美少女だった。顔立ちと身長は栞ととてもよく似ているが、少し幼げで、いつも使っている髪留めが無く、腰まで届くウェーブのかかった黒髪は肩のあたりまでしか伸びていない。栞を見た事があるなら一目で彼女を栞の妹だと思うだろう。
着ているのは葦ノ原学園高校指定の制服によく似たデザインのセーラー服で、軽くせき込みながらスカートについた埃を払っている。
「んー? なんか見覚え……インスタの絶対着飾るウーマン? なんで?」
栞と直接面識がないクリスは混乱している。栞ってSNSでそんな呼ばれ方してるのか。
謎の未来人は周りを見回し、クリスで視線を固定し目を見開いた。
「え、もしかしてクリスさん? 若~っ! そっか、この時代だとまだ……はーっ、そっか、本当に過去に来たんだ! んん、ババァさんは何も変わってないね。二人がいるって事はここは月夜見の施設?」
「貴様、何者じゃ? ワシらを知っておるようじゃが」
クリスの背に隠れ、顔だけ出したババァが話を進めにかかる。
栞は答えず、作業机に散乱した工具を指先で弄りながらマイペースに質問を重ねる。
「確認したいんだけど、今何年?」
「なんじゃと?」
「今って西暦何年? 何月何日?」
で、出たー! 未来人の習性その一! 時代確認だー!
すごく時間旅行者っぽい。
クリスがババァとアイコンタクトを取ってから答えると、栞は小さくガッツポーズをした。かわいい。
「タイムトラベルは成功、と。後はアレを止めれば……うん。じゃーねクリスさん! 私やる事あるから」
「おっと待てーい! 行く前に未来の情報を洗いざらい吐いっふあ!? 透明になっ、て、ない? ん?」
タイムマシンを小脇に抱え、いそいそ地下室を立ち去ろうとした栞の腕を掴もうと手を伸ばしたクリスが百面相をはじめた。なんだなんだ。
「私は時間の支配者。クリスさんの未来視で捉えられるわけないでしょう? 通常の物質とは時空断層変数が違うもの。それぐらい知って……ないんだったね、まだ」
栞が若干のカメラ目線を取りつつドヤ顔で説明する。どうやらクリスが未来視を使うと栞は見えなくなるらしい。時間系能力の干渉とかそういうやつなんですかね。
よくわからんが、よくわからん新単語を連打して煙に巻くスタイルは嫌いじゃないぞ。
「そちらの事情はどうあれ未来人を逃すわけにはいかん。未来の情報とタイムマシンを置いていって貰おうか。やってしまえ!」
「了解、やっちゃうね!」
ババァの指示に楽しげに応えたのは、クリスではなく栞だった。瞬きする間にクリスの手からクナイが消え、ジーパンのポケットから取り出されかけていた煙玉も消え、ついでにジーパンとセーターも消えた。消えた服はソファーの上に丁寧に折りたたまれて出現する。
「ちょっ」
完全に武装解除され下着姿になったクリスがたたらを踏んでいる間に、栞は背を向けて逃げ出そうとしているババァの後ろに瞬間移動し、首筋を手刀で叩いた。
「せいっ」
「きゅう」
ババァは即座に昏倒する。
流石未来人、強いですねぇこれは強い……ママから能力を受け継いで英才教育を受けていますねこれは……
「逃がすかーっ!」
「ダメです逃げちゃいます」
ヤクザとの修羅場を潜り抜けてきたクリスは、戦闘中に下着に剥かれたからといって恥ずかしがって動けなくなるようなヤワな神経はしていない。下着姿のまま栞に組み付こうと飛び掛かる。
が、ダメ! クリスの先読み能力と栞の時間停止能力は相性が悪すぎる。
またもや瞬きの間にクリスは長いコードでぐるぐるに縛り上げられ、猿轡を噛まされ床に転がされていた。
「んぐーっ!」
「私に勝とうなんて二十年はやーい! それじゃアディオス!」
未来人はタイムマシンを持ったまま二人に投げキッスをして、その場から消え去った。
こうして東京に未来人がやってきたのであった。果たして未来人の目的は? その驚愕の正体とは? 一体何杵光と何栞の娘なんだ……!
というところで撮影は一度終了。さあ、次は天照側の未来人編導入だ。