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03話 恋愛粒子の急激な増加による時空の歪み

 式場を発破解体するレベルの爆弾発言をしたルー殿下を止めようとした栞だったが、俺はむしろ止めようとする栞を止めた。

 誰を好きになるのか、誰を選ぶのか決めるのは翔太くんだ。

 俺達は秘密結社活動を通して退屈な人生に刺激を与えたいのであって、人生を操りたいのではない。


 モテモテ翔太くんが順当に燈華ちゃんを選ぶのか、乱入してきた殿下を選ぶのか。それは第三者が口出しすべき問題ではない。当事者の問題だ。

 なんでもかんでも手のひらの上で転がそうとするのはマッチポンプをやり過ぎて慣れ過ぎた弊害か。


 全てを思い通りにできる力があっても、全てを思い通りにしてはいけない――――初心を忘れてはいけない。力に溺れてはいけない。

 俺が熱弁すると栞はハッとして深く頷いていた。


 ルー殿下はワープゲートで式場から天岩戸に戻り、すぐに翔太くんの家に襲撃をかけに行った。それを見送り、地下秘密基地から酒場に上がってカウンター裏の居住スペースに直行。

 そして押し入れから撮影カメラ引っ張り出す。栞は呆れ顔になった。


「良い事言ってたのに……」

「なんだよ、栞だって修羅場見たいだろ」

「見たいけど」


 素直!

 でも何やら歯切れが悪い。ベッドの端に腰かけ、念力で収録機器を現場に飛ばそうと宙に浮かせる俺をじっと見つめてくる。何です?


「杵光さん、頬のここ汚れてるわ」

「ん? ああ」

「そこじゃなくて。ああもう、拭ってあげる」


 手招きされ、ノコノコ近寄った俺を栞は不意打ちで引き倒しベッドに引きずり込んだ。

 ベッドの上で俺の下敷きになった栞がちょっと頬を赤らめている。

 

 はいかわいい。

 ここまでされれば流石に分かる。

 そうですね新婚なのに他人の恋愛事情に首突っ込んでる場合じゃないですね。

 もっとやる事がある。


 俺は震える手で栞のドレスのボタンを外した。










 また一夜が明け、ぼんやりと意識が浮上する。

ベッドの中で目を閉じたまま寝がえりを打つと、何やら手に柔らかいものが触れた。やたらと手触りがよく揉み心地が良い。

 しばらくさわさわしていると頭がはっきりしてきた。

 そうだ。昨日は……鏑木さん……栞と結婚式挙げて……天岩戸に戻った後……


 ん? じゃあ今手の中にあるのは?


「わーッ!」


 叫んで飛び起きると、手の中にいたイグがベッドの上に転がって抗議の鳴き声を上げた。


「チチチチチッ」

「……ああうん、おはようございます」

「おはようございます。どうしたの?」


 隣で寝ていた栞も、シーツで何も身に着けていない体を隠しながら起き、目をこすりながら言った。

 エッッッッロ!

 なんでそういう事するの? 何か着て! ベッドから出れないから!


 目を逸らそうとして全然逸らせない俺をニヨニヨ見ていた栞だったが、すぐに俺のジャージに着替えて日課の早朝ランニングに出かけていった。本当にこの人は何があっても自分のペースを崩さないな。だから常に完璧な体型を保っていられるんだろうけど。


 嫁の帰りを待つ間にイグの餌やりと朝食作りを終わらせ、テレビをつける。いつも通りの天気予報、いつも通りの星占いコーナーをやっていた。

 人一人、いや二人の世界が激変しても社会そのものには何の変化もなくいつも通りに過ぎ去っていく。我々は世界を形作る小さな歯車に過ぎない。しかしその小さな歯車は確かに世界を動かしているのだ……なんつって。

 結婚して急に知った風な事を言いだすのもほどほどにしないとウザがられそうだな。


 栞が帰ってきてシャワーを浴び汗を流し化粧をして着替え直し、早く作り過ぎたせいですっかり冷めた朝食を温め直して食べながらこれからの話をする。執拗に栞に牛乳をぶっかけようとするイグには最近お気に入りのイチジクをあげて大人しくさせておいた。


「秘密結社は続けるんだよな?」

「もちろん。二人が受験で忙しくなる前に二つか三つはイベントをやっておきたいわね」

「三角関係ウォッチングは?」

「それも」


 翔太くんと燈華ちゃんは秘密結社構成員の超能力者として世界の闇と戦っているが、一生戦い続けるわけにもいかない。

 俺達がやっているのは所詮マッチポンプに過ぎない。人生の一時期を色鮮やかに彩るためのものであって、人生を賭けるものではない。

 三景ちゃんにはまだ先の話だが、翔太くんと燈華ちゃんはそろそろどこかで区切りをつけ、激動の日々を思い出に昇華し、社会に巣立っていく必要がある。


 一応二人共大学進学を考えているようだが、どの大学にするかはまだ決めていない。進学先によっては今までのように首都圏を中心とした秘密結社活動が難しくなるし(ワープゲートがあるとはいえ)、そもそも受験に失敗し浪人生活に突入して秘密結社どころではなくなる事も有り得る。

 大学進学をやめて就職するというならそれも一つの選択。その場合でも新社会人一年目はやはり新しい環境に慣れるだけで大変で秘密結社と疎遠にならざるを得ないだろう。


 どうなるにせよ、春から二人は(クリスも)高校三年生。今年は一つの節目だ。


 話し合いの結果、俺が恋愛模様の撮影に勤しみ、栞が次のイベントの下準備を進める事になった。妥当な役割分担だ。

 次にどんなイベントをやるかの候補は色々あったが、未来人襲撃イベントをやる事になった。今回は二度目の月夜見との衝突が起きる(起こす)。

 大筋としては、


①俺と栞の娘が未来の悲劇を阻止するためにタイムマシン(っぽいガラクタ)で過去にやってくる

②娘は天照のメンバーと協力して悲劇の原因を排除する

③やる事が終わった娘が未来に帰ろうとするが、タイムマシン(っぽいガラクタ)が月夜見に奪われる

④タイムマシン(っぽいガラクタ)を巡って天照と月夜見が争う

⑤なんだかんだで娘は未来に帰る


 こういう流れになる。

 細かい部分は栞に任せる。とりあえず栞の娘役は栞がやる事だけ決まった。

 化粧して声を変えればまずバレないだろう。栞はそういうのが大得意なのだ。

 娘が色々母親と似ているのは親子だからだし、顔がそっくりなのは娘も整形してるとかそんなとこじゃないですかね。

 栞が栞の娘を演じる以上、親子が同時に姿を現す事ができない事だけがネックになるが、短期~中期イベントにして違和感を抱かれる前にイベントを終わらせれば大丈夫だろう。


 さて。役割分担を終えたら早速行動開始だ。

 栞は未来人イベントの準備。

 俺はルー殿下と翔太くん、燈華ちゃんを尾け回す。あと佐護邸(旧鏑木邸)への引っ越し。


 婚姻届を出した時に住所も変更していて、俺は栞の屋敷に住む事になった。仕事場に通勤する時間が地味にもったいない。大した距離でもないのに屋敷と天岩戸をワープゲートで繋ぐのはものぐさ過ぎるだろうか。


 少し寂しいのは引っ越しや撮影に栞がノータッチで屋敷にもほどんど帰らず忙しそうにしている事だ。新婚だというのに夜しか顔を合わせない日ばかり。

 倦怠期かな……?


 いや普通に準備・根回しで忙しくてイチャつく余裕が無いのは分かるが。結婚してすぐイベントの準備に入るの急ぎ過ぎだったかも分からんね。もっとゆっくりして良かった。これから死ぬまでずっと一緒だからイチャつく時間はこの先いくらでもあると言えばあるもののうーん。


 俺達とは逆にルー殿下は翔太とベッタベタで、燈華ちゃんを苛立たせていた。

 冬休み中で翔太くんが暇しているのをいいことに、ルー殿下は朝から晩まで翔太くんとベタベタしていた。一緒にゲームをしたり、世界の闇が出現したらついていったり(ルー殿下は後ろで応援しているだけだった)、卵焼きを作って御馳走したり、同じ部屋で寝ようとしたり。

 熱烈アタックの他にも事あるごとにI love you! を連呼していたが、最初の数日翔太くんはネイティブ発音の「ァイラヴュー」が聞き取れていなかった。これは難聴系主人公ですね間違いない。


 翔太くんの反応はといえば満更でもなさそうだった。殿下と話す時は胸ばかり見ていて、それを殿下は気にしていない。

 そしてそんな翔太くんを見て燈華ちゃんはイライラする。

 翔太くんと燈華ちゃんはしばらく前から付き合っているのだ。彼氏が他の女にデレデレしていたらそりゃイラつく。


 燈華ちゃんはあれこれ理由をつけて殿下を翔太くんから引き剥がそうとするが、殿下は遠回しに言われても分からない。特に外国語である日本語や、発音の怪しい英語で言われるとますます分からない。

 殿下は素直だから「私の彼氏に近づかないで下さい」と言えばたぶん分かってくれる。

 しかし燈華ちゃんは栞とは違う。それを真正面から言えるほどの度胸は無い。


 かくしてじれったい三角関係が形成され、冬休みの間中三人はキャッキャウフフハンニャハラミタしていた。


 殿下も一応は乾電池並の貧弱出力とはいえ超能力者で、名目上は天照マリンランド支部の支部長だから、他のメンバーとの顔合わせもした。


 いつも「八か国語を話せる」とかほざいてドヤっているシゲじいは目を輝かせる殿下に話しかけられまくって冷や汗を流し目を泳がせていたが、相性は悪く無かった。

 何しろ殿下は本人も認めるほど騙されやすい。シゲじいの「耳が遠くなって英語が聞き取れない」「喉の調子が悪くて英語を発音できない」という嘘を信じて素で心配していた。

 苦しい嘘をあっさり信じてしまった殿下に罪悪感を刺激されたシゲじいは家でコソコソ英語の猛勉強を始めた。上手くおだてればそのうち本当に八か国語習得しそうだ。


 そしてシゲじいと仲良くするルー殿下におじいちゃんを取られたと思ったらしい三景ちゃんはいつもの毒舌を殿下に浴びせた。

 が、効かない……!

 殿下は皮肉を理解できない……!


 三景ちゃんが頑張って辞書を引いて考えた難しい表現の英語で罵倒しようとしたのが完全に裏目に出て、拙い英語の皮肉を浴びせられた殿下は馬鹿にされている事に全く気付かずのほほんと文法と発音の間違いを訂正をした。

 三景ちゃんは自分の英語を馬鹿にされ恥をかかされたと思ったらしい。顔を真っ赤にして和英辞典を殿下に投げつけ逃げ出した。それから三景ちゃんは殿下を怖がって近づこうとしない。

 殿下は三景ちゃんの事が好きなのだが……まあ殿下は誰でも好きになっちゃうからなあ……


 嵐のようにやってきて猛威を振るうルー殿下は、結婚指輪を取り扱っている店について聞かれた燈華ちゃんがブチ切れて『翔太は私のです! 殿下にはあげません!』と叫んだため、失恋してしょんぼりと帰国した。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して帰って行きなさったぞ。

 嵐が去り元通りかと思われた翔太くんと燈華ちゃんの仲だったが、燈華ちゃんが翔太くんと一緒にいる時に妙にモジモジ恥ずかしそうにするようになった。殿下は恋愛粒子でもバラ撒いていらっしゃる?

 思っていたよりあっさりカタがついてしまったが、これはこれで。


 殿下の急襲と退却が終わるのと同時に冬休みも終わり、栞も未来人襲撃イベントの準備を終えた。

 超能力者達の撮影記録はどんどん増える。そしてまた増やす。

 さあ、未来人イベントのはじまりだ。


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[一言] キャッキャウフフハンニャハラミタ ずるいわwww
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