02話 花嫁によるブーケミサイル
鏑木さんは俺のプロポーズを待っている間、色々な準備を終わらせていた。
まず、結婚式場は俺がプレゼントした魔法城の教会堂を既に相応しく飾り付けてあるという。一時期魔法城に入り浸っていた時があったがその間に済ませたらしい。
結婚の仲人だが、これはルー殿下にお任せする。鏑木さんは自分の一番綺麗な姿――――ウェディングドレスを俺以外に見せたくないため、二人きりの結婚式にする案もあったようだが、結婚の誓いを誰も聞いていないのは寂し過ぎる。そこでルー殿下だ。
彼女は仲人にするには十分すぎるお方である上に、頭の出来が残念なのでウェディングドレスを見ても忘れてしまう。本人も、
『大丈夫。私、忘れるの得意だから。任せて!』
と太鼓判を押していた。
頼れる……頼れるか? まあいいか。
忘れれば見られても大丈夫というのは何か違う気もするが鏑木さんが良いならそれで良し。
婚姻届は後は届出日と俺の名前を書いて印鑑を押すだけの状態になっていたため、ルー殿下との会食の帰り道にその足で役所の時間外窓口に提出しに行った。鏑木さんの車のダッシュボードの封筒から婚姻届がするっと出てきた時はビビッた。
準備万端過ぎてちょっと怖かったが、むしろ俺が待たせ過ぎただけだ。どんだけ準備期間があったと思ってるんだっていうね。
なお、結婚後は「佐護杵光」「佐護栞」になる。正真正銘の貴族である鏑木公爵家当主の姓が変わるのはいいのかと思ったらルー殿下がマリンランド公国の名に於いてその場で即OKを出してくれた。流石女王様。
そして行動力の塊である鏑木さんによるスピード展開はまだ終わらず、結婚届を提出してすぐに俺の両親に挨拶しに行く事になった。もうそろそろ就寝の時間帯とかそういうのは関係無いらしい。
いや早い早い早い。鏑木さんと出会ってから今までの交際(?)期間を考えれば遅いぐらいだが、俺はまだ好きな人がいるって事しか伝えてないぞ。それがいきなり結婚しましたって唐突過ぎるだろ。
佐護家への道中。俺と鏑木さんは酒が入っているため、車を運転しているのは殿下の護衛の人だ。助手席にはルー殿下が座り、後部座席には俺と鏑木さんが座っている。鏑木さんは幸せそうに俺にもたれかかり、指を絡めて手を握っている。
鏑木さんの吐息が頬に当たり、横目で見れば微笑んでますます身を寄せてくる。もうドキドキのドキだ。心臓増設しないと破裂するぞ。
なんなの誘ってんの? 襲われ……いや襲っていいのか。法的にはもう夫婦なんだよな。
え? つまり鏑木さんとにゃんにゃんする許可が公的にも私的にも降りてるって事か?
頭がフットーしそう。俺はじめてだからやさしくしてね?
「杵光さんの父様と母様に挨拶をしたら式場へ行きましょう」
「いやだから早い早い、早いって」
「ダメ?」
「ダメじゃないです!!!」
耳元で色っぽく囁くのやめて!
「ダメじゃあないが、鏑木さんの――――」
「栞」
「……し、かぶら、し、しししし、しお、」
『サゴはいつも面白いね』
どもりまくっていると助手席のルー殿下に笑われた。
畜生、俺殿下の前だといっつもどもってるな。口下手だと思われてそう。
「し、しお、り、ん゛ん゛! 栞ッ! の、御両親に挨拶はいいのか?」
「いいのよ」
「いや、挨拶ぐらいはした方がいいだろ」
「反対されるもの」
「あー、いや、反対されても一応は」
かぶら……栞は首を傾げ、前髪で俺から顔を隠し平坦な声音で言った。
「私が中学生の時、ダイエットするから食事をダイエットメニューにしてと母に頼んだの。母は私を馬鹿にしたわ。そんな甘い考えでダイエットはできないって。仕方ないから自分で自分の食事を作ったの。痩せたわ。
私が整形すると言った時、父は反対したわ。親から貰った顔を変えるのか、絶対に不幸になるって。私は自分でお金を貯めて、整形したわ。幸せよ。
東大を受験したいと言ったら、頭の良い女は嫌われるからやめろと言われたわ。自分で受験料を払って受験して、合格した。友達がたくさんできたわ」
淡々と闇を見せてくる栞さんに絶句する。
「屋敷の使用人を雇った時は自分の身の回りの事ぐらい自分でやれ、人任せにするなと説教されたわね。家事を任せて作った時間で上げた利益をグラフにして見せたら静かになったわ。
爵位を買う時、そんなバカげた物に金を使うなと言われたわ。公爵になってから後悔した事は一度も無い。
ねえ、杵光さん。私の両親に挨拶する?」
「しません」
「そうよね。この話はここまでにしましょうか」
「はい」
そういう事になった。
佐護家に到着すると、窓から明かりが見えた。まだ起きているらしい。
玄関の前で……栞、は、ニコニコしている。緊張している様子はまるでない。俺は緊張している。付き合ってますと結婚しますを全部すっ飛ばして結婚しました、だぞ。何を言われるか分かったもんじゃない。なぜ栞はそんなに堂々とできるのか。そこが良い所なのだが。
『大丈夫。私がカブラギとサゴはお似合いだって説明してあげるよ! 任せて! これがチャイム? 私押していい? 押していい?』
殿下が俺と栞の間に立ち、チャイムを押したそうにしている。子供か。
『殿下、すみません。話がややこしくなるので車で待っていて頂けませんか? 二人で大丈夫です』
『そう? 分かった、待ってるね』
俺が言うと殿下は素直に車に戻り、護衛の人のヒゲを手でジョリジョリして遊び始めた。十八歳の若き女王のこんなフリーダムな姿を公国の国民に見られでもしたら……ますます人気出そうだな、うむ。何も問題なかった。
殿下がまた予想外の事をし始める前に俺は玄関の鍵を開け、灯りを付けた。前に来た時と全然変わっていないが、靴箱の上のメダカの水槽に金魚が増えていた。母さんが祭りですくってきて餌やりしてるのは父さんだなこれ。聞かなくても分かる。
「ただいまー!」
廊下の向こうに声をかけると、すぐにパジャマ姿で歯ブラシを持った母さんが出てきた。
「おかえり。アンタ帰ってくるなら連絡ぐらい……」
俺達の姿を見た母さんは歯ブラシを取り落とした。栞は綺麗な所作で一礼する。
母さんは泡を喰って俺に詰め寄ってきた。
「ちょっとアンタ!」
「母さん、この人は、」
「腕どうしたの!?」
「あっ」
やべぇ!!!
そりゃそうだ。どうして忘れてたんだ俺浮かれすぎか。息子が美人の新妻を奇襲気味に連れて来ても右腕が消滅してたらそりゃそっちに目が行くだろ。
「ちょっと待って。腕の事言って無かったの?」
「うっ」
栞に「信じられない」という顔を向けられ言葉に詰まる。
いや、だって言い難いじゃん。
言うつもりではあったんだよ。今日は日が悪い、今は忙しい、今度会った時、まだセーフ、と後回しにしていただけで。
「なんだなんだ、どうした母さん。もう夜も遅いんだから近所迷惑になるだろう。ああ杵光、久しっああああああああお前っ! どうしたその腕!? 」
続いて顔を出した父さんもすぐに無くなった右腕に気付いて駆け寄ってきた。
二人とも栞は眼中になく、俺の中身の無い袖を触り取り乱している。
結局無くなった右腕の説明に時間を取られ、更に頼むから今日は家にいてくれという父さんと母さんの懇願に負け、結婚式は翌朝まで延期になった。
なんかもう色々ごめんなさい。
一夜明けて朝が来て、俺と栞は引き留める両親をなんとか振り切った。律儀に佐護家の前に路上駐車して車内で爆睡しつつ一晩待ち続けていたルー殿下を起こし、天岩戸に向かう。
そして酒場フロアの棚に合言葉を唱え地下への道を開き、転送室のワープゲートを起動して南極上空の分厚い雲に隠れ浮遊している魔法城に移動した。
護衛の人はもちろん置き去りだ。殿下が天岩戸で休憩していると思い込み、入り口で歩哨に立っている。
石造りの空中回廊を教会に向かって三人で歩いていると、栞は機嫌良さそうに言った。
「良い人達だったわ。仲良くなれそう」
「そりゃ良かった」
舅・姑問題でギスギスする事は無さそうだ。
父さんは最初だけ美人局に引っかかっているのでは、と疑っていたが、もう何年も付き合っている(交際はしていなかったが全くの嘘ではない)と言うと納得し、その後は栞にお酌をしてもらってデレデレしていた。
母さんは栞に俺の様子を小まめに教えてくれるように頼み、代わりに俺の恥ずかしい昔話をする協定を結んでいた。やめて。ロクに実家に顔を出さなかった俺が悪かったから!
教会に到着すると、内部は造花や繊細な氷の彫刻で飾られていて、栞が手を叩くと天井付近に赤い炎でできた不死鳥が優雅に飛びはじめた。
「ええ!?」
『フェニックスだーっ! すごーい!』
俺と殿下は現実離れした演出に口を半開きにして見とれる。目を凝らせばあちこちの造花の陰にPSIドライブらしき銀色が見え隠れしている。
これ絶対に翔太くんと燈華ちゃんも一枚噛んでるだろ!
『ルー殿下、準備をお願いします』
振り返ると、栞はいつの間にか純白のウェディングドレスに早着替えしていた。
ウェディングドレスを着た栞は美しかった。
取り繕った称賛は無粋だった。
ただ、美しかった。
親戚の結婚式に出た時は花嫁を見ても「歩きにくそう」とか「あれレンタルなのかな」とかしか思わなかったが、今なら世の女性が羨望し、男が感涙にむせぶ気持ちがよく分かる。
ただただ、美しかった。
『んー、カブラギごめんね。これ忘れるのは無理かな。すごく綺麗!』
ルー殿下がニコニコと言い、栞が苦笑する。不可抗力ですね!
こんなのもう惚気るしかないだろ。俺の、俺の栞は世界一の花嫁だ!
ちなみに俺の方の着替えはそもそもルー殿下との会食のために一張羅のスーツを着ていたためそのままだ。
結婚式はつつがなく、そしてあっという間に進行した。
栞は形式にこだわらなかった。神父(役のルー殿下)の前で永遠の愛を誓い、キスをして、指輪を交換するだけだ。指輪は天岩戸に寄った時に回収してある。
友人代表挨拶とか、二人の出会いを振り返る映像鑑賞とか、豪華な食事とかケーキ入刀とか、そういうイベントは全て省かれた。
栞曰く「余計な装飾で思い出を濁らせたくないの」。
友人代表の挨拶が無くても、昔の思い出を振り返らなくても、ケーキが無くても、一組の男女が結婚するという事実は変わらない。
反面、俺が永遠の愛の誓いの後のキスを恥ずかしがっていたら強引に唇を奪われた。譲れないところは譲れないらしい。
俺がどもりながら「ファーストキスだな」と言ったら意味深に笑ったのは謎である。
式の締めくくりに、ブーケトスが行われた。
ブーケトスは花嫁が手に持った花束を参列者の女性達に投げ、受け取った者は次に結婚できる……というイベントだ。真偽のほどは怪しいが、こういうイベントに真偽を問うのは無粋だろう。
とは言ってもこの式に参列者はルー殿下しかいない。
そしてルー殿下は運動が苦手だ。ブーケを投げても高確率でキャッチできない。
栞は融通を利かせ、ルー殿下にブーケを直接手渡した。直接指名だ。
ブーケトスならぬブーケパス。いいのかなこれ。二人ともキャピキャピして楽しそうだしいいか。
栞が輝く笑顔で幸せを振りまきながら殿下に聞いた。
『ルー殿下は誰か気になる人はいらっしゃらないのですか? 応援しますよ』
『えーっ、カブラギが応援してくれるの? 七十億人力~!』
『ええ。相手が杵光さん以外なら力になります』
『あ、サゴはダメ? そっか結婚したもんね。そっかー、サゴ以外かあ。年齢が同じぐらいでー、男の人? あんまりいないなー』
国政に携わって知り合うのはそこそこ歳の行った人ばかりだろうしなあ。殿下なら見合いすれば引く手数多だし、その気になれば相手に困る事はないが。
ブーケを抱きかかえうんうん悩んだルー殿下は、何かを思いついて元気よく言った。
『ショウタ! ショウタがいた! 私、ショウタ好きだよ! ショウタと結婚する!』
ウソやん。