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真実はいつも分からない

 葦ノ原学園中等部で行われた対テロリスト防災訓練は、表向きには『訓練になぜか超能力者が乱入してきた』という形で認識・処理される事になった。

 一般人目線だと死者は出ていないし、真に迫り過ぎていて恐ろしかったが怪我も無かった。テロリストが襲ってくる訓練をするよ、と事前通達されて、襲われた。それだけの話。

 だから最後の合体変身スーパーモードの一幕だけが奇妙に映ったようだ。


 途中で訓練を脱走した三景ちゃんが何か叫びながら体育館の二階から飛び出してきて、足を引っかけて落下。直後に唐突なスモークで姿が見えなくなる。

 と思ったら煙の中から清掃員のおねーさんが出てきて、ぶつぶつ呟いて泣きながら影を蠢かせる。

 底なしの闇は瞬く間に広がって体育館にいた全員の視界を暗闇に落とし、闇が消えて明るくなったと思ったらテロリストが消えている。

 おねーさんは悲しそうにいつの間にか体育館の入り口にいた理事長と何か話しながら歩き去り、数分してからざわつく生徒と教員の中から代表して教頭先生が外の様子を見に行ってみれば、気絶して山積みになったテロリストを理事長が縛り上げている最中で、間もなくやってきた警備員達がトラックに乗せて撤収していった……


 ……といった顛末だ。

 普通に訓練していただけなのに、なぜか最後に明らかに超能力っぽい奴が横槍を入れてきた、という認識になる訳だ。

 三景ちゃんは全てが終わった後にひょっこり戻ってきて、隠れてテロリストを倒す機会を窺っていた、と証言したため、訓練を脱走して好き勝手にやっていた痛いヤツと認識されている。

 ただ、エビせんを筆頭とした教師と生徒のいくらかは何かに薄っすら勘付いているようで、そういった人達が弁護に走ったのが救いだ。鏑木さんも「想定外が起きるからこそ訓練になる」とかなんとか声明を発表して遠回しに援護したしね。友達も何人かできたようだ。秘密の共有は友人関係のキッカケになる。


 乱入してきた超能力者と目される清掃員のおねーさんが着ていた作業服は葦ノ原学園と契約している清掃会社のユニフォームで、正体を確かめるために問い合わせが行われたが、特徴に該当する社員は登録されておらず、正体不明のまま終わった。


 謎の女性が展開した暗黒領域は校舎全域を覆い尽くしたため、昼日中だった事もあり当然ながら校外からもバッチリ見えていて、しばらく噂と野次馬は絶えなかった。

 が、マスコミや警察は全くと言っていいほど出没しなかった。手の広い理事長ががっつり各界関係者に圧力をかけたからである。だから関係者がマスコミの執拗な追及を受ける事はなく、超能力の露出の派手さに比べて不自然極まる平穏さが約束された。何年もかけて影響力高めてるんだからこれぐらいはね。

 これだから東京は世界に超能力者を隠しているとか超能力者が裏から政府を操ってるとか根も葉もある噂がいつまで経っても消えないんだよ。

 大体その通りだしそれが良いんだけど。


 その他の面々の反応としては、シゲじいは清掃員のおじいちゃんで、特に注目を惹くような事をしていないので全く話題にのぼらない。本人は『裏社会に生きる者の定め』とか嘯いてカッコつけているが、葦ノ原学園の掲示板にしばらく貼りついてエゴサしてたの知ってるからな。

 翔太くんと燈華ちゃんは三景ちゃん達から真相(?)を聞き、助けに行けなかったのを申し訳なさそうにしていて、クマさんは自分が清掃員になっていればと悔やんでいた。

 テロリストは紛争地帯に送り込まれ、今頃どこかの金持ち子飼いの対テロリスト鎮圧部隊として忙しく働いている事だろう。


 色々あったイベントだが最終的には丸くおさまって何よりである。漆黒コンビの融合も地味に再現できるらしいと分かったし。あんまり心地いい物ではないようで、これからは最後の手段、奥義扱いになりそうだ。

 最後に一つ残念だったのは、せっかく作った新型変身装甲が役に立たなかったどころか使われもせず完全に忘れ去られていた事だ。ひどい。

 まあ、そんな事もある。









 亀山耕助(21歳独身)は私立探偵である。

 大学受験に失敗し、浪人も就活も嫌で私立探偵という名目のボロアパート住まい独り暮らしニートをしていたらいつの間にか本物の私立探偵になってしまった人間だ。


 亀山が高校を卒業した時は超水球事件の直後で、世界は超能力ブームが危険なまでに加熱していた。超能力を手に入れたい、知りたい! と考える人間は山のようにいて、亀山はそこにつけ込んだ。

 超能力について政府の公式見解やゴシップ誌の記事だけでは我慢できない人間が取る行動は二つある。

 即ち、自ら調査に乗り出すか、誰かに調査を依頼するか。


 漫画やゲームの影響か一般人は探偵という職業に幻想を抱きがちで、頭の良い推理をしたり警察や情報屋とコネがあったりして、殺人事件や怪事件に首を突っ込んで解決に導く、というようなイメージを抱いている。

 もう少し現実が見えていれば浮気調査や失せ物探しばっかりやっているイメージになるが、真実はもっと酷い。よほど大手の探偵……調査会社に所属していない限り、仕事など無いのだ。個人規模で実績もない探偵に一体誰が依頼するというのか?


 現実が世知辛く在り続ければ早晩干上がっていた亀山だったが、時代が味方した。

 超水球事件を契機に調査会社には依頼が殺到。SNS上に遊び半分で開業告知をしただけの亀山にさえ仕事がくるほどの盛況ぶりだった。

 超能力景気の恩恵を一心に受け、本人も全く予想していなかった事に仕事は軌道に乗ってしまった。


 最初は素人に毛が生えた程度の仕事しかできなかった。

 ネットで検索をかけたり、SNSを追ったり、捨てられたゴミ袋を回収して中を漁ったり、ターゲットを尾行(距離を離して後ろを歩くだけ)したり。

 探偵のテクニックについては探偵漫画を読んで学び、その中から現実でも使えるテクニックと使えないテクニックを実体験を通して取捨選択発展させていった。


 仕事を続ける内に上客ができ、コネもできていった。

 開業してから三年が経とうとしている今では小さく立地も悪いが事務所なんてものまで構えている。気が付けば立派な探偵だ。アルバイトすら雇っている。

 街中で同級生と会って探偵をやっていると言うと驚かれるが、実のところ本人も未だに仕事がよく分かっていない。探偵ってこんな感じでいいのかな、と不安を抱えつつ手探りでやっている。しかしそれでも短いながらも培った経験・技術は本物で、何も知らない一般人目線では立派に探偵をやっているように見えるのだ。


 昨今では超水球事件直後ほどの大ブームは過ぎ去っているが、それでも超能力調査系の依頼が絶える事はない。

 業界では『政府・警察・マスコミには超能力に深入りしないよう圧力がかかっている』というのは有名な話だ。はっきりした証拠は誰も掴めていないのだが、明らかに超能力に関して各界の動きが鈍い。

 だからこそ、探偵業に仕事がくる。

 主だった調査組織が軒並み機能不全を起こしているため、本来なら放置しているだけで消えるような儚い探偵業に仕事が舞い込み儲かるのである。


 亀山探偵事務所の仕事は超能力関連調査がメインで、特に超能力詐欺系の依頼は美味しい。『一粒飲むだけで内なる力が目覚める』とか『超能力秘密結社を紹介します! 紹介料は三万!』とか、怪しい宣伝に踊らされ騙され相談にやってきた憐れな依頼人に弁護士を紹介し、軽く調査するだけで報酬が手に入る。弁護士から紹介料をせしめる事もできる。

 何十件も似たような依頼をこなし、今では慣れたものである。


 個人経営事務所である以上、収入は完全に出来高で、ボーナスなど出るはずもない(むしろアルバイトにボーナスを出してやる側になる)のだが、時折ボーナス期間はやってくる。


 巨大水球が現れ超能力が公のものとなった超水球事件。

 東京都心部に飛行機が突っ込んできて超能力者が大惨事を防いだ禅日空羽毛茶便事件。

 不思議な力で島が真っ二つになった七三分け事件。


 超能力者が何かを起こすたび、依頼は爆増する。フィーバータイムだ。

 マリンランド島で起きた事件は海外だったため波に乗れなかったが、その次に起きた葦ノ原テロ事件は幸い第一報が来た時点から食い込む事ができた。

 普段は不定期かつバラバラに働いてもらっているアルバイトも全員集め、シフトを詰めた。


 亀山探偵事務所は所長と三人のアルバイトで動いている。


 所長の高卒探偵、亀山。

 フリーターの小鳥遊。

 高校生の佐藤。

 佐藤の同級生のナジーン。

 

 この合計四人がフルメンバーだ。


 フリーターの小鳥遊はいわゆるバイト戦士で、節操なく色々な短期アルバイトを点々としている。顔が広く小器用になんでもこなし、世渡りが上手い。様々な業界の裏話を聞けるため、情報源としても優秀だ。更に特筆すべきは危険な依頼を避ける独特の嗅覚がある事で、あまりの使い勝手の良さになんとか正社員として取り込めないか最近画策している。

 しかし本人はフリーターが楽らしく、正規雇用には乗り気ではない。


 高校生の佐藤は普通だ。普通の男子高校生である。良いとこの私立高校に通っているだけあり頭の出来は高校生にしてはまあそこそこといったところだが、特別何か特技があるわけでもない。反面大きな欠点も無いので重宝している。

 今回の葦ノ原テロ事件では、別のキャンパスにいたとはいえ現場である葦ノ原学園の在校生であるという強みを生かし内部情報を探らせている。

 学生ゆえに長時間の拘束が難しいのが難点で、高校を卒業して本人が希望するなら正社員待遇検討もアリだろう。


 ナジーンは日本を牛耳るヤクザ、月守組のお嬢だ。ナジーンが裏道を通れば強面の屈強な男や刺青をした奇天烈な格好の外国人(ストレンジャー)達が親しげに挨拶をしてくる。『亀山事務所のヤベーやつ』とはナジーンの事だ。

 本人がヤクザに強力なコネを持っている他、目端が利くというのか、異常に現場調査能力が高い。現場や物的証拠をほんの数十秒見回し触って確かめて回るだけで事件の全容を推理し、まるで見てきたように語り出す事もしばしばである。

 超能力じみた調査能力は得難いもので、面白そうな調査案件では平然と学校をサボって精力的に仕事をする。太陽のように明るい金髪碧眼美少女であるから、男相手の交渉はナジーンに任せれば優位に進めやすい。

 ただ問題はヤクザがバックについているという部分で、稀に服の端に血痕をつけて事務所にやってくるため亀山は気が気ではない。有能だが、深入りすると明らかにヤバい。

 小鳥遊もナジーンに深入りするのは止めた方がいい、と言っている。亀山も同意見である。


 葦ノ原テロ事件発生直後から亀山は迅速に調査を開始し、情報を求める依頼人の期待に素早く応え荒稼ぎをした。たった三日で三十万は大きい。競馬の大穴を当てたようなものだ。

 しかしイケイケで調査が進んだのは三日間で、四日目になるとまずナジーンが調査を離脱した。

 曰く、


「野良超能力者がやったと思ったんだけど、なーんか秘密結社案件っぽくてさー。深入りしたら兄貴怒りそう」


 どうやらヤクザのパワーバランス的な事情か何からしい。ある意味所長よりパワーのあるナジーンに亀山が文句を言えるはずもなく、一番成果を期待したメンバーは抜けてしまった。


 次に抜けたのは小鳥遊だ。ナジーンが抜けた翌日、テロリスト役をしていた警備員達が日本を出国し紛争地帯に向かったという情報を掴み、


「ヤバい臭いしてきたんで俺抜けます」


 と言って離脱した。

 二人抜け、あとは二人。


 小鳥遊が危険を感じたというなら、高確率でヤバい領域に足を踏み入れつつある。亀山も手を引いた方が良いのだろう。

 しかしフィーバータイム中である。稼ぎ時なのだ。手を引くには惜しい。


 危険と儲けを天秤にかけ、事務所の椅子に座り腕を組んで悩んでいると、入り口のドアがノックされた。

 佐藤は終業式に出ているので、事務所には亀山しかいない。仕方なく立ち上がりドアを開ける。


「……?」


 ドアの外には誰もいなかった。事務所の外を見ても依頼人らしき姿は見えない。

 悪戯か気のせいかと考え、無駄足に少しイラッとしながら席に戻ると、椅子の上には一通の封筒があった。

 

 絶句した。

 封筒に見覚えはない。事務所で使っている封筒とは種類が違う。それが手品のように忽然と姿を現した。いや、手品というよりはむしろ――――


 ゴクリと息を飲み、念のために手袋をはめて分厚い封筒を開ける。

 中に入っていたのは恐らく百万円であろう分厚い札束と、一文だけが書かれたメモだった。

 メモにはこう書かれていた。


『葦ノ原学園調査中止依頼成功報酬』


「ひえっ……」


 亀山は失禁しそうになった。調査中止依頼など受けた覚えはない。しかしそれは些末な問題だった。

 報酬と書かれているが、実質脅迫である。金をやるから手を引けという脅迫だ。手を引かなければどうなるかは、忽然と現れた封筒から考えて想像に難くない。なんでもアリだろう。どんな事も有り得る。


 亀山は信念をもって探偵をやっているわけではない。受験に失敗し、就職も嫌で、ダラダラ生きようとして運よく時代の流れに乗っただけの人間だ。

 あっさり脅迫に屈し、亀山探偵事務所は葦ノ原テロ事件から手を引いた。


 それから数日は超能力者が口封じに殺しに来るのではと怯えていた亀山だったが、封筒が送られてきてからは怪現象の類は全く起こらず音沙汰無しで、次第に落ち着いていった。

 考えてみれば「何もしない報酬」として百万も手に入れたのだからこれほど美味い話はない。

 同時に美味い話には裏があるとはよく言ったもので、禁を破り調査を再開すればどうなるか分かったものではない。

 虎の尾を踏まないよう、しかしギリギリまで踏み込んでいくのが世渡りのコツである。


 とりあえず、亀山は臨時収入でアルバイト達に焼肉でも奢る事にした。


次章は「世界支部編(仮)」か「未来人編(仮)」のどちらかをやります。どうせ両方やるのでどちらを先にやるかってだけの話です。六月中に更新再開します。

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― 新着の感想 ―
新作を読んであまりにも面白くて別作品も読みたくて探して来ました。閑話などに出てくる一般人目線がすごい好きです。 普段のお話も好きなんですが主人公達からは見えてない視点や雰囲気が感じられます。読み終わる…
[良い点] まるで見てきたかのようにっていうか見てるんだよなぁ(笑)
[良い点] もうね、何回読んでもツボにはまる。 ニヤニヤしてしまう。
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