10話 こんにちは! ぼくテロリスト!
かつて燈華ちゃんは言った。『人を助けるためには人が苦しんでいないといけない』と。
当然の話だが、学校を襲撃するテロリストを華麗に撃退するには学校にテロリストが来る必要がある。
学校を襲うテロリストを撃退するのは全世界の学生の300%が妄想するシチュエーションだ。しかし本当に襲ってきたらヤバい。
まず確実に死者が出る。通り魔ですら死者が出るのに、テロリストが来て死者が出ないわけがない。
仮に死者を出さずに華麗に撃退できたとしても、保護者からの鬼のようなクレームが来るし、教師への理不尽な責任追及で大量の離職者が出る。
マスコミが根掘り葉掘り傷口を抉って広げて下さるし、マスコミに煽られ警備はどうなってるんだ責任を取れと騒ぎ立てる民衆に向けて中身の無い無駄だらけの大々的なテロ対策が行われ関わった全員が不幸になる事だろう。
テロリストに襲われた生徒・教師の心はボロボロになり、人生に暗い影を落とす。自殺者すら出るだろう。アメリカの学校で実際に起きた銃乱射事件ではそうした事例がある。
現実は妄想のようにはいかないのだ。学校を狙うテロリストは存在しないし、もしいたら顛末に関係なく漏れなく大惨事である。テロリスト、ダメ、絶対。
とはいえやっぱりテロリストは撃退してみたい。ワクワクするし、カッコイイ。
突如として平穏で退屈な日常を恐怖のズンドコに叩き落すテロリスト。
先生も友達もビビってしまってテロリストの言いなり、何もできない。
そこに自分が颯爽と登場。皆が恐れる、マシンガンとか持ってるヤバそうなテロリストを華麗にぶったおす。
湧きおこる称賛の嵐。すごい! かっこいい! いやいやそんな事はないさフフフ。
普段はパッとしない僕だったけど、この事件をキッカケに学年で一番可愛いあの子に惚れられて……
……みたいなね!
俺は学生時代に何度もそういう妄想した。今はしないが。
代わりに妄想しているシチュエーションは、天岩戸にクスリをキメてラリった奴が銃持って突っ込んできて乱射。俺は念力で弾丸を全て止め、銃を取り上げ丸めてゴミ箱に捨て、落ち着き払って『当店での銃の乱射はお控え下さい』と言い放つ、という感じだ。
ひゃー! かっこいい! やってみたい!
学生時代と何も変わってねぇな俺の脳みそ。
もっとも、いくら妄想を膨らませたところで妄想は妄想でしかなく、妄想のまま終わるのが現実というものだ。
学校を襲うテロリストなんているわけないし、いたら惨劇不可避。
そこを捻じ曲げて無理やり『学校を襲うテロリストとそれを華麗に撃退する私達』という垂涎のシチュエーションを作り上げるのが秘密結社天照舞台裏部隊のお仕事だ。
さて。
今回のテロリストイベントのポイントは「訓練に見せかける」事だ。
三景ちゃんが通う事になる葦ノ原学園中等部には、防災訓練としてテロリストに扮した警備員が襲ってくると通達しておく。これは教師にも、生徒にも周知してもらう。
そうすればテロリストが襲ってきても誰も本気にしない。訓練だから。
ところが、三景ちゃんはちょっとした事から、偽物のはずのテロリストが本物にスリ代わっている事に気付いてしまう。先生や他の生徒は気付かない。三景ちゃんだけが気付く。
三景ちゃんがテロリストは本物だ! と警告しても、誰も本気にしない。訓練だと散々言われているから。そうなると、真相を知る三景ちゃんは一人でテロリストに立ち向かうしかない。病気から回復したばかりの貧弱な三景ちゃんがテロリストに立ち向かうためには超能力の使用が必須だろう。
そしてなんやかんや上手い事テロリストを撃退。平穏な学園生活に戻っていく……というのが大まかな筋書きだ。
なお大々的に超能力を使って撃退すると秘密結社が秘密ではなくなってしまうので、超能力バレするとしても限られた数人に収まるよう調整する。クラスのみんなにはナイショだよ展開である。秘密の共有は仲を深めるのだ。
いつぞやの秘密を知ってしまった一般人枠の佐藤くんも翔太くんと一緒に花火大会に出かけるぐらいには仲がいい。風の噂によれば仏教ガチ勢と知ってから燈華ちゃんとは疎遠気味で、クリスとは漫画を貸し合う仲だとかなんとか。
具体的な下準備として、まずテロリストイベントの舞台となる葦ノ原学園への根回しは鏑木さんが行った。
鏑木さんは葦ノ原学園のぶっちぎり最大の出資者で、理事長(学園のオーナーのような立ち位置らしい)まで務めている。鏑木さんがワンと鳴けと命じれば葦ノ原学園は一瞬でワンワンパラダイスだ。
葦ノ原学園は鏑木さんの意向に逆らえない。『犯罪組織が有力者の子女を狙い襲撃してきた』という設定の怪しげな防災訓練ですら強要できてしまうのだ。げに恐ろしきは金と権力の力である。
とはいえ「明日防災訓練するからよろしく!」という急な指示は通らない。先生方にも授業の都合があるし、保護者への説明もしておかなければいけない。そのへんの根回しをしっかりして、怪しげな防災訓練を怪しまれず実施できるよう裏工作をしていたためそこそこ時間がかかった。結果的に三景ちゃんが入学してすぐのタイミングになったのは僥倖と言うべきか。
肝心のテロリストについては、俺が本物を制圧・捕獲し、ババァが調教した。
当初は海外の紛争地帯あたりで手頃な外国産テロリストを捕まえる予定だったのが、日本国内をダメ元で探してみたら見つかったのはちょっとした驚きである。しかし過去には地下鉄サリン事件があったし、日本は平和だからテロリストなんていないというのは幻想だ。
テロの内容としてはスカイツリーを爆破しようと目論んでいたようだ。俺が見つけた時には既に十分発破解体できるだけの量の爆発物を準備し終えていて、もしかしたら割と危ないところだったかも知れない。
俺が運よく瀬戸際で発見して制圧したのかも知れないし、俺が制圧しなくても警察のテロ対策が検挙したのかも知れない。今となっては分からない事だ。
とにかくそんな純国産テロリストくん達はババァの手で密室に閉じ込められ連日連夜の調教を施され、立派な狂信者に生まれ変わった。ババァが全裸で信号機に登って白目を剥いて尻を叩けと言えば喜んでそうするだろう。元々ガチテロリストだったのだから、テロリストを演じるのはお手の物である。
本物のテロリストが野望を挫かれ調教されてテロリストを演じる警備員として葦ノ原学園の防災訓練に参加するが実は本物のテロリストだったと三景ちゃんに思わせ実際は本当にテロリストを演じているだけの偽物……
うーん、ややこしい!!! 頭おかしくなりそう。
テロリストが使う銃火器はババァ経由で元・谷岡組から横流しで確保し、中身は空包にしておく。銃っぽい見た目で銃声が鳴れば十分だ。
もちろん、実弾も幾らかは携行する。もしも無力化したテロリストの身体検査をするような事があった場合、空包しか持っていなかったら不自然だからだ。素人目には空包と実弾の区別なんてつかないだろうが念のため。
そして最後にセーフティーネット。
三景ちゃんが衆人環視の下で超能力を使い、超能力者である事が露見した場合。
これはたぶん、大丈夫だ。
超水球事件以来、秘密結社天照の警察・マスコミ・政治家への食い込みはずーっとコツコツ進めてきた。既に侵食度はかなりのもの。三景ちゃんがうっかり超能力を見せてしまっても、相当あからさまで大規模な暴露でもない限りもみ消せる。秘密結社天照は日本の中枢に食い込んだヤベー組織なのだ。
そうしてテロリストイベントの準備を終え、三景ちゃんが冬休みを控えた半端な時期に葦ノ原学園中等部一年生として編入し中学デビューを迎える。
その滑り出しは可もなく不可も無くだった。
三景ちゃんは編入前に自己紹介カンペを作っていて、そこには「人類は滅亡する」とか「超能力者を崇めよ」とか書いてあって心配だったのだが、いざ自己紹介する時になったら日和って小声でボソボソ当たり障りの無い事を言っていた。自分がいつもヤバい事を言っている自覚はあるらしい。
三景ちゃんは小学五年生ぐらいの身長で、長い闘病生活が尾を引き不健康に痩せていて色白。陰鬱な表情が顔に張り付いてはいるものの美少女だ。御両親の方針で勉強はガッチリやっていたので中一にして既に中二レベルの学力がある一方、運動はクソほど苦手で、50mを完走できない。
クラスメイト達は転校生への興味と可愛さで三景ちゃんに近づいていくが、せっかく自己紹介で隠したのに一瞬で猫かぶりが取れて学園に致死性のウイルスを効率よくばら撒く方法を熱心に早口で語り出したりするため「うわっ……」という顔をして離れていく。悲しい。
総評としてはなんか変な奴が来ちゃったな、という感じのようだ。中一だからね、そういうこじらせた奴もいるさ。
軽く引かれているが、嫌われてはおらず、イジメや仲間外れの気配は今のところない。ここからどう転ぶかは三景ちゃん次第だろう。
遺伝子治療や編入にまつわるゴタゴタをこなしている間も超能力者達の成長は続いていて、上手くやれば三景ちゃんも戦えるほどになっている。
特筆すべきは三景ちゃんの影が物理干渉力を持つに至った事だろう。コップを持ち上げるのが精一杯の貧弱出力ではあるが、影を使って物を動かす事ができる。対テロリスト戦闘でこの超能力をどう使うのか、見物だ。
初めての学園生活を不安がった三景ちゃんのおねだりに負け、鏑木さんの鶴の一声で葦ノ原学園中等部の清掃員として雇われたシゲじいは、三景ちゃんより早く超能力に目覚めた事もあり成長は頭打ちになりつつあり、空間能力の射程は5mでストップ。PSIドライブを中継すれば距離制限はあって無きが如しだから5mでも十分ともいえる。
ただ、縦横無尽自由自在に瞬間移動を繰り返し敵を翻弄するテレポートおじいちゃんを見れないのは少し残念だ。射程が5mでは縦横無尽とは言い難い。
テロリストイベントは鏑木さんがガッチリ計画を練ってくれていて、色々なルートが予想される。一番可能性が高いのはテロリストが本物だと気付いた三景ちゃんがシゲじいに助けを求め、シゲじいと協力して撃破するルートだが、果たしてどうなる事か。
超能力者達は揃いも揃って変人ばかりだから、予想通りに行く事もあれば、予想を大きく外してきやがる事もある。それが楽しみでもあり不安でもあり。
何にせよ、明日はいよいよテロリストイベント当日だ。今の内に撮影カメラの点検をしておこう。




