05話 職人が一つ一つ丁寧に仕上げた世界の闇
鏑木さんと折に触れて激論という名の中二妄想を戦わせた結果、秘密結社の名前と秘密結社の五カ条が決定した。秘密結社『天照』は五条からなる基礎理念に基づいて設立・運営する。
秘密結社五カ条とはッ!
一、秘密結社の存在は秘密にすべし! 株式上場してたり公式サイトがあったりしたら秘密結社失格だ!
二、秘密結社たるもの世界の闇と戦うべし! 秘密結社、悪イ奴、ヤッツケル。
三、秘密結社は謎の資金力や人脈を持つべし! 鏑木さん、きみにきめた!
四、構成員は特殊能力を持つべし! 超能力者を増やすためならネンリキンを引き千切るのも怖くないから(震え声)
五、構成員は日常と非日常との二重生活を送るべし! どれだけ力があっても、自分の日常も守れない奴に世界の日常は守れないゾ!
以上である。
運営方針である五か条も決まり、現状、世界の闇さえ用意すれば秘密結社活動を開始できるのだが、鏑木さんがちょっと時間が欲しいと言ったため待ったがかかっている。もう少し時間停止を使いこなせるようになっておきたいらしい。
俺がボス兼秘密結社の表の顔であるバー「天岩戸」のマスター、鏑木さんが出資者兼秘密結社「天照」のサブリーダー。俺達二人が仕掛人となり、秘密結社に所属する超能力者達にドラマチックとロマン、バトルや青春を提供する。過ぎ去りし学生時代にいくら待ち望んでも非日常を掴めなかった俺や、「デブラギ」などという酷いアダ名で虐められていた鏑木さんの失われた青春劇を、秘密結社の構成員には俺達に代わって是非味わってほしい。構成員は漫画や小説に入り込んだような涙あり笑いありの超能力青春劇を楽しめる。俺達はそれを見て学生時代を思い出し心の傷を癒しつつ、ほっこりきゅんきゅんする。みんな幸せだ。
そのための舞台設営の手間は惜しまない。鏑木さんも同意している。だからこその準備期間である。
一般構成員にあれこれ指示を出すのは秘密結社「天照」No2の鏑木さんだ。その鏑木さんが強力な時間停止能力を明らかに使いこなせていなかったら、構成員は絶対にガッカリする。時間停止能力はあるけど、停止中動けません。間抜け過ぎる。
構成員に強キャラ感を与えるために、鏑木さん風に言えば若き魔法少女を導く美魔女を演じるために、時間停止を使いこなす訓練は必要だ。
せめて時間停止中に動けるようにならなければ恰好がつかないのだが、古巣の東大の物理学教授に話を聞きに行ったり、時間や空間の本を買い集め理論から入って解決しようとする鏑木さんにアドバイスをしたところ、上手く行きそうな兆候が見えている。
理屈はそう難しくない。口の中に入れた光源や腕時計が停止しない事から、鏑木さんの肉体でなくとも体内のものは停止しない事が分かっている。だから、まず、思いっきり息を吸って腹と頬を思いっきり膨らませる。その状態のまま時間停止。時間停止しながら腹と頬を引っ込めたり、また膨らませたりする。これだけ。
そうすれば膨らませていた分の空間内で腹と頬を動かせる。腹と頬に限るが、一応は時間停止中に動けるのだ。後はその『時間停止中に動く感覚』を覚えて拡張していけばいい。
鏑木さんは最初、俺のアドバイスは感覚的過ぎると半信半疑だったが、すぐに考えを改めた。俺の言う通りにしたところいつもと違った負荷を感じ、成長痛があったのだ。いつもと違う筋肉を使ったような感覚らしかった。更に時間停止中に動く感覚も掴む事ができたそうだ。
「今までの時間停止が歩いていただけだとすると、んん、そうね、スキップするようなものよ」とは鏑木さんの言である。要するにちょっとしたコツが必要だが、やり方が分かれば難しい事でもなかった、と言いたいらしい。
感覚を掴んだ鏑木さんは毎日ストップロテインが疲れ切りピクリとも動かなくなるまで熱心に訓練し、なんとたった一か月で停止した時間の中を自在に動けるようになった。
全裸で。
服を停止から外すのはまだちょっと難しいらしい。
自分の体だけでも自由に動かせるようになったのは大進歩だし、厚化粧をしていても動けるというから、厚化粧がストッキングに、ストッキングが下着に、下着がドレスに変わり、服を着て物を持ったまま動けるようになるのもそう遠い未来ではないだろう。毎晩の風呂の中でのあられもない姿での練習からの卒業は間近だ、頑張れ鏑木さん!
さて、俺も鏑木さんの訓練中に暇を持て余していたわけではない。
まずやったのは、「世界の闇」の開発と洗練だ。
最初はヤクザや詐欺師などの悪人を流用しようと思っていたが、世界の闇ではなく社会の闇と戦うのは五カ条違反になるからやめた。あと人間を超能力でボコるのはヤバい。
悪人なら倒していい、という認識は、たちまち気に入らない奴なら倒していい、という認識に変化し、ただの身勝手なリンチと化す。力を手に入れたヤンチャ盛りの中高生に自分を戒め続ける自制心なんてあるわけねーだろ。俺は自制していたが、自分が特殊な例だという事は自覚している。
それに例え悪人でも人間を超能力でうっかり殺しでもしてしまった日には精神が大きく揺さぶられ、日常生活に戻るのが著しく難しくなる。これは「第五条、構成員は日常との二重生活を送るべし」違反。いけませんね。
「くっ、なんという事だ、俺は人を殺してしまったのか……」とかそういう葛藤いらないから。漫画や小説なら傷心の主人公をヒロインが慰めたり激励したりして丸く収まるが、ここは現実だ。慰めが逆効果になったり、激励が虚しく響いたりして事態が悪化し大惨事に結び付く事が十分あり得る。余計な火種は作らない。「世界の闇」に人間採用はNG、NGです。最後に笑い話で終わらせられないレベルの血みどろシリアス青春劇は見たくない。
人間の次に考えたのはマネキン。人間ではないが、人間っぽい。服や顔、装備品で個体差も演出しやすい。動くマネキンという不気味さも高評価だ。
が、ダメ。
何体か試しに鏑木さんに買ってもらい、念力で操って試運転してみて分かったのだが、調達と隠蔽がとても面倒だ。
マネキン扮する世界の闇くんは、秘密結社の構成員を襲わない間どこにいるの? デパートのショーウィンドウ? 路地裏のゴミ捨て場にまぎれてる? マネキンってけっこうデカいぞ。どこに置いても割と目立つ。迂闊な場所に置いておいたら撤去されるし、構成員と戦闘してバカスカ壊れる予定だから頻繁に大量発注する必要があり、すげー怪しい。
片付けも手間だ。倒されて壊れたマネキンをどうする? その場に放置したら壊れたマネキンが路地裏や人気の無い屋上に散乱しっぱなし。目立つ、怪しまれる、調査される、秘密がバレるのコンボが目に見えている。少なくとも都市伝説は確定。
かといって戦闘後に片付けるのもどうよ、という話で。人間一人分の体積があるマネキン一体分、ないしは数体分の残骸をせっせと拾い集め掃き集め、ゴミ袋に入れて持ち帰り、粗大ゴミの日にまとめてドサドサ捨てる……おかしくね? 海や山にこっそり不法投棄するのも気が引ける。人気の無い山奥に大量に不法投棄されるマネキンの山とかホラー以外の何ものでもないし、山の持ち主が普通に迷惑する。この世に不法投棄していい場所なんて存在しないぞ。死体が勝手に消えてくれるゲームのシステムは偉大なんだなって。
そんな訳でマネキン案はボツ。
しばらくはバー「天岩戸」を中心に秘密結社活動をする予定だから、東京都内でも調達が簡単で、隠蔽が楽なモノをベースに世界の闇を作りたい。
オール念力製で世界の闇という名の純粋な念力人形にするという手も考えたが、それでは倒しても全く残骸が残らず倒した感がない。
色々考えた末、念力で作った黒い膜に水と石コロを入れてスライムっぽくする事にした。石が核で、水が肉、念力膜が皮膚だ。形状も大きさも簡単に調節できるし、黒い膜を透かして見える石の核を潰せば倒せるよーという分かりやすいアピールも可。
倒せば水と石が派手に飛び散り倒した感が得られ、しかも石と水なんてどこにでもあるものだからわざわざ隠滅処理をする必要もない。何より見た目が「世界の闇」っぽい。黒いし、軟体っぽくウゾウゾ動かすといい感じに薄気味悪い。何も知らない一般人が夜闇で遭遇すれば腰を抜かして悲鳴を上げるが、見慣れるとそうでもない――――そんな絶妙なラインに上手くハマっている。
ちなみに「世界の闇」とは力を求める人間の暗い欲望の集合体が石に宿ったもので、力を求めるが故に超能力者を探し出して食おうとする、という設定だ。この設定なら無尽蔵に湧いて出てもおかしくない。世界の闇が超能力者との戦闘をよく起こし、一般人に被害を出さない理由の説明もできる。
超能力者が負けて世界の闇くんに食われると、たぶん世界の闇くんは強くなって力に溺れ一般人を襲いだすとかそんな感じ。世界の闇は恐怖を浴びると狂暴化するという設定もつけておけば、迂闊に表社会に存在を明らかにできない。一般人の混乱と恐怖で世界の闇くんがフィーバーしちゃうからね! 世界の闇くんは表社会に顔を出さずに大人しく闇に潜んどけって話。
こうして出来上がった「世界の闇」は鏑木さんにも好評で、無事秘密結社の敵として決定した。
だが世界の闇を作っても、まだ時間が余った。鏑木さんはまだもう少し訓練したいらしい。全裸じゃないと時間停止中に動けないってのも、まあね、まだ恰好がつかないからね、仕方ないね。せめて服を着たまま、そして口内ライトではなくヘッドライトとかペンライトで動けるようにならないと。
そもそも俺は約十年間念力を訓練し、秘密結社のボスとして相応しい……いや過剰すぎる力を身に着けているわけで。鏑木さんは半年足らずでよく頑張ってらっしゃるよ。俺よりもかなり早いペースで使いこなしている。能力の上限はあんまり高くないようだが。
俺は既にバー「天岩戸」に引っ越して、バーに秘密の通路と秘密の地下室を作り終えている。世界の闇も作り上げてしまった。鏑木さんが最低限の訓練を終えるまで、やらなければならない事もないので、暇つぶしにネンリキンの移植についてもう少し研究しておく事にした。
まずネンリキンの移植成功率。これは人間相手ならまず誰でも成功する。通行人にネンリキンをくっつけたりすぐに剥がしたりして確認してみたのだが、ネンリキンは男が一番くっつけやすく、女は男よりちょっと剥がれやすい。
動物園のチンパンジー、ニホンザル。こいつらは女よりも更に剥がれやすいが、二、三時間粘ればまあなんとか貼り付ける事ができる。
実験用に鏑木さんに買ってもらったマウス。くっつけられない。水にテープを貼ろうとしているような無駄っぽい感触がある。
魚や、昆虫。空気に貼るようなもん。手ごたえなし、無理。コンクリートや木も同じだ。
結論としては、ネンリキンの大元である俺に近い存在ほど移植しやすい、という事に落ち着いた。もちろん実験に使ったネンリキンはがっちり全部剥がして回収した。実験体が逃げ出して秘密結社の脅威になるとか仮面被ってるライダーだけで十分です。
ちなみに鏑木さんのストップロテインを俺に再移植できないか試そうともしてみたが、ストップロテインを念力で掴んで千切ろうと力を入れた瞬間に
「ア゛ア゛ーッ!」
と濁り切った耳障りな声で死にそうな絶叫を上げた。痛すぎて地声が出たらしい。道理で普段イイ声してると思ったよ、顔だけじゃなくて声まで作ってたんだな。鏑木さんの美しさに賭ける情熱は半端ではない。鏑木さんは次は耐えるから、と気丈にも言ってくれたが、ちょっと命に関わりそうな悲鳴だったので再移植実験は中断。まあ、そのうち確かめる機会もあるだろう。
そうして移植実験に一区切りがついた頃には、鏑木さんも訓練に一区切りをつけていた。
鏑木さんの現在スペック!
最大44秒の時間停止! 時間停止中は真っ暗闇になるが、ドレスの胸ポケットに仕込んだ超小型ライトで光源を確保! もちろん、服を着たまま動ける!
直接手で触れる事で任意の対象の時間停止を解除可能! 俺も止まった世界に入れてもらったが、音も止まっているから凄く静かだった! それ以外は思ったより普通! しかし自分以外の物の停止を解除するのはズッシリした独特の重さがあって疲れるらしい! 自分以外に人間大の物の停止を解除した場合、最大停止時間は10秒程度に激減! ロードローラークラスの巨大な物の時間停止を解除しようものなら1秒ももたない!
だが、停止解除を自分のみにして、数秒停止して数分休憩、というインターバルを挟んでいけば、ストップロテインが疲れ切って動かなくなるまでに合計で5~6分は止められる! 連続で腕立て伏せをするより、一回腕立てして休んで、と繰り返せば連続でやるより遥かにたくさん腕立てできるのと同じだ!
ちなみに時間停止解除の任意選択は攻撃にも転用可能! 停止した生物に触って心臓だけ停止解除ができるから、それをやれば心臓が動いているのに血流は止まり心臓麻痺を起こして死亡! 技の実験台になったマウスくん享年1歳二か月(俺のネンリキン移植実験から転用)には黙とうだ!
秘密結社の副官、サブリーダーとしての実力は十分についたといえるだろう。これでようやく秘密結社をはじめられる。時間停止にもまだ拡張性はありそうだが、それを言うなら俺の念力だってそうだし、鏑木さんも俺と同じで秘密結社を早く運営してみたくて仕方ないのだ。
準備は整った。鏑木さんはバー「天岩戸」に上等な仕立てのスーツ姿でやってきて、ふざけてカウンターテーブルの椅子代わりに置いている試運転中の世界の闇くんに座り、気取って「マスター、いつもの」と言った。季節は夏真っ盛り。「そう、あれは蒸し暑い夏の夜の事だった……」という感じだ。いやクーラー効いてて涼しいけども。
俺は黙って一番高いワインを開ける。鏑木さんは一口含んで舌で転がし、味わって飲み込んで言った。
「いよいよね」
「最終候補は?」
「この子に決めたわ」
鏑木さんが緩く着崩したスーツから覗く胸の谷間から折りたたんだ紙を出し、俺に渡す。なんだその演出。映画みたいだ。好き。
栄えある秘密結社構成員第一号を選ぶにあたり、俺と鏑木さんはそれぞれ候補を探し、一人に絞った。今日は俺が選んだ候補か、鏑木さんが選んだ候補かを決める決定戦の日だ。
俺は「非日常を望む普通の中学生」を基準に探した。
普通の中学生こそ、秘密結社に相応しい。だらだらと退屈な日常を過ごし、特に何かに熱中もできず、熱中してもすぐに飽き、「ああ、俺も何か不思議な力があればなあ」などと妄想だけ逞しくしている普通の中学生。そんな奴に本当に不思議な力を授けてみたい。
不思議な力があってもやっぱり大した事はできない普通の人間なのか。それとも不思議な力を得て輝き始めるのか。どちらでもいい。変わるチャンスがある事が大切なのだ。俺にはアホみたいに口を開けて誰かが非日常という餌をくれないか待ちぼうけている青少年の気持ちがよく分かる。昔、自分がそうだったからだ。念力に目覚めてもずっと受け身で、非日常を自分から起こそうとせず、非日常が向こうからやってくるのを待っていた。だからこそ、非日常を待っているだけの奴に、男子学生の大多数を占める普通の奴にこそ、非日常へのチャンスをあげたい。
一方、鏑木さんは「頑張っている中学生」を基準に探した。
目的に向けて努力している中学生こそ、秘密結社に相応しい。誰に否定されても、罵られても、無視されても。それでも自分だけは自分を認め、何かに向けて頑張っている。そんな奴にこそ不思議な力を。努力が報われるとは限らないから。ダイエットはリバウンドする、整形手術は保護者同伴が必須なのに親が許してくれない、つまずきと失敗だらけで挫けそうになる。「ああ、こんな私にもせめて不思議な力があればなあ」と悔しくて夢想する。
その夢想を叶えてあげたい、というのが鏑木さんの気持ちだ。
自ら前に進めない奴にこそ、前に進む起爆剤をあげたい俺。
自ら前に進んでいる奴にこそ、それに報いる報酬を上げたい鏑木さん。
どちらが間違っているわけでもない。俺は鏑木さんの気持ちが分かるし、鏑木さんも俺の気持ちを分かってくれる。
だが譲れない。お互いに譲れない。
だからこそ、今日の最終候補決定戦。
俺も自分の候補を書いた紙を出し、鏑木さんの候補と重ねてぴらぴら振った。
「決め方はどうする?」
「私はコインで、と思っているわ」
「おお、洒落てる……俺、じゃんけんで決めようと思ってたわ」
なんか恥ずかしい。鏑木さんは苦笑した。
「じゃんけんでもいいわよ。ささっとやりましょうか」
「あ、そうか? よし分かった、じゃんけん一回勝負な。後でやっぱ三回戦とか無しで」
「OK。じゃーんけーん」
「ぽん! ……あ?」
俺はパーを出し、鏑木さんはチョキを出した。結果は俺のストレート負けだ。
だが、俺は見た。鏑木さんの手が出す途中で一瞬不自然にブレたのを。
「待て、今絶対時間止めて俺の手確認しただろ。ズルだ、ズル! ノーカン! やり直し!」
「一回勝負でしょう?」
鏑木さんは髪をかき上げてフッと笑い勝ち誇った。大人気ないぞ、鏑木さん!
くそっ、そっちがその気なら俺も念力で鏑木さんの手を固めて絶対グーしか出せないウーマンにしてやるんだった。
……まあいい。一回勝負だと言ったのは俺だ。念力使いに二言はない。鏑木さんには金もアイデアも出して貰っているし、秘密基地の件でも俺の趣味に寄せてもらった。今回は俺が譲っておこう。
鏑木さんの紙に書かれた最終候補を見る。決まりだ。
世界の闇と戦う秘密結社「天照」の栄えある構成員第一号は、埼玉県在住の念仏系女子中学生、蓮見燈華ちゃんだ。