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09話 インターバル

 遺伝子治療とは最先端医療である!

 遺伝子治療というと体の遺伝子を書き換える、みたいなイメージを抱くが、ちょっと違う。


 三景ちゃんの先天性遺伝子疾患草斑病は、簡単に言えば遺伝子がバグって毒を生産するようになってしまっている病気だ。自分の体が自分を殺す毒を生産してしまう。

 放置すれば毒で死ぬから、定期的に毒を中和するお薬を注射して生きながらえている。このお薬を注射する時に保存液も一緒に体内に入るわけだが、この保存液が弱毒性で、三景ちゃんの体に負担をかけている。

 強い毒を放置して大ダメージ喰らって死ぬより、弱い毒を受け入れて小ダメージに抑え込む方がまだマシ、という訳だ。


 長い間根本的解決ができなかった草斑病だが、遺伝子治療がそれを解決する。

 三景ちゃんの体が毒を生産するのはもうどうしようもない。だから、薬を生産する遺伝子を持った細胞をぶち込んで、常に毒を中和し続けるようにするのだ。

 体内で薬を生産できれば弱毒性の保存液でダメージを喰らう心配はない。


 結局、草斑病そのものは治らない。治らないが、症状を完全に打ち消して健康でいられるようになる。実質治ったようなもの。そういう治療法だ。

 詳しくは聞いても分からないが、なんか『骨髄細胞を取り出して段階的に複数種類のベクターを作用させ遺伝子を書き換え分子工学に基づいて設計された毒素分解機能を持つ酵素を生産するようにしたうえで再移植する』とかなんとかそういう呪文みたいなメカニズムらしい。すごそう。


 三景パパは娘と遊んだり話したりする時間を全て放棄して、代わりに娘の病気を治す事に全振りしてきた人だ。普段は淡泊で無感動、病院の看護師達に「味抜き昆布」とか「滅菌顔」とか密かに不名誉な仇名をつけられているほどなのだが、三景ちゃんに満を持して遺伝子治療の説明をする時に涙を一筋こぼし、病院のスタッフに激震を走らせていた。

 そんな人の十三年に及ぶ地道な研究の末に施術される遺伝子治療は安全確実万全迅速で、治療開始から三週間後にはもう退院して自宅療養に入り、転入先の中学の選定を始める事になったのだ。

 めでたいッ!


 さて。

 鋭く冷えた空気が鼻先を凍らせる十二月。中学転入を翌日に控えた三景ちゃんはシゲじいが運転する車で天岩戸にやってきていた。面通しと拠点の紹介のためだ。

 三景ちゃんはTL(タイムレディ)BG(バーニングガール)が刺繍されたキャラもののバッグを肩から下げ、黒のコートに白手袋、革のブーツ、マフラーに耳当てまでつけて服の下にはホッカイロという重装備である。全身のコーディネイト代は〆て二十万円。俺の外出着の十倍だ。なんだかんだ都心の大病院の院長の一人娘だから身なりは良い。顔色は悪いが。


 箱入りお嬢様はシゲじいが車のサイドミラーで前髪を整えている間、物珍しげに天岩戸の入り口の地下階段の隅に置いてある観葉植物の葉っぱを触っていた。昔ババァがオヤツ用に買ってきて置きっぱなしにしているシュロチクだ。思い出した時に適当に水やりをしているだけでまともに世話をしていないのだがよく育ってくれている。

 三景ちゃんは十三年生きてきて病院の敷地外に出たのは両手で数えられる程度だという。長い長い闘病生活を終え、これからは自由に出かけられるのだが、どうもピンと来ていないらしく居心地悪そうに身を縮こまらせていた。

 やがてシゲじいが髪をバッチリ決めて地下階段を下りてくると、三景ちゃんはシゲじいの袖を握った。不安そうに見上げてくる三景ちゃんにシゲじいは微笑み、骨ばった手で頭を優しく撫でる。おじいちゃん力の高まりを感じる……!


 ベルの音と共に入店してきた二人を鏑木さんと翔太くん、俺が出迎える。イグと燈華ちゃんはクマさんをドライバー役にして日光サル軍団劇場を観に日帰り旅行に行っているため不在だ。三景ちゃんは既に天照に加入しているから、改めて紹介する必要も無い。ただし鏑木さんとは初対面だ。


「ようこそ天照へ。歓迎するわ」

「え? あ、は、はい、よっよろしくお願いします?」


 改造セーラー服を着た鏑木さんの視覚的先制攻撃で三景ちゃんがキョドっている。初対面でも一発で鏑木さんが鏑木さんだと分かっただろう。


「あの、鏑木さん、TL(タイムレディ)、ですよね?」

「ええ。質問に先回りして答えるけど、セーラー服を着てるのは可愛いからで、この顔は整形で、豊胸手術してるし、作り声よ。それと――――」

「こっ、」

「――――心は読んでないわ。一度この台詞言ってみたかったのよね」


 三景ちゃんは愕然としていて、鏑木さんは超然としている。

 分かる。俺も言ってみたい。けど俺がやったら「質問に先回りして答えるがバーテンの服を着てるのはバーテンダーだからだ」「そんな事質問しようと思ってないです」みたいなクッソ恥ずかしい流れにしかならんぞ。


「俺は分かるよな。高橋翔太。FK(フリージングナイト)って呼ばれてる」

「フリージングナイトさん、あの、」

「苗字か名前で、いや、炎の使徒って呼んでくれ。先輩でもいいぞ」

「先輩にします。あの、先輩、サイン貰っていいですか?」


 バッグから出した色紙を差し出された翔太くんは嬉しそうにサインをしていた。まるで有名人みたいだ。有名人か。世界規模で名前売れてるんだよなぁ。自国の首相の名前知らなくてもFKは知ってるって人もいるんじゃなかろうか。

 翔太くんからサインを貰った三景ちゃんは俺と鏑木さんにもサインをねだった。鏑木さんは芸能人がするようなオシャレなサインをしていたが、俺は小学生が習字の時間に硬筆書きするような面白みのない「インビジブル タイタン」の十文字を書いただけだ。

 ごめんな、字の崩し方分からないから……サインの練習しとけばよかったかな。


「儂のもやろう」

「いらない」


 メモ用紙にサインして渡そうとしてバッサリ断られているシゲじいかわいそう。

 世界的に有名な超能力者達のサインを集めてご満悦の三景ちゃんが鏑木さんの案内で地下秘密基地に消えて行くと、翔太くんは隅の席でイヤホンをつけ英語のリスニングをはじめ、シゲじいはゴミと化したサインをしょんぼり懐にしまってカウンター席に座り、物憂げに注文してきた。


「ハプスブルグ・アブサン・エクストラストロングをロックで」


 このジジイ、やべー物頼みやがる。

 ハプスブルグ・アブサン・エクストラストロングはアルコール度数89.9%のリキュールだ。消毒液より度数が高い頭のおかしい酒で、酒豪も一杯で顔が真っ赤になる。普通は酒場にも置いていない。


「無いのかね? いつも愛飲しているのだが無いならば仕方あるまい、他の」

「ある」

「ほっ?」


 棚から薄緑色の瓶を出すと、シゲじいは分かりやすく蒼褪めた。

 オメー無い事前提でカッコつけて注文しただろ。あるんだな、これが。

 天岩戸は鏑木さん資金で品揃えがめちゃめちゃ豊富なのだ。天岩戸は普通の酒場じゃないぞ。


 グラスにアイスモールドで作った氷を入れて出してやると、シゲじいはいつもの三倍震える手で受け取った。言い訳を探すように俺の顔をチラチラ見てくる。

 なんだよ。頼んだんだから飲めよ(迫真)。

 でもやっぱ要らないですって言えば下げてやる。言えばな。

 強い酒が飲める俺カッコイイを演じたいシゲじいには言えまい。


 内心ニヤニヤしながら無言の圧力をかけていると。何かに気付いたような顔をしてグイィっとグラスを空けた。

 い、いった! 車で来たのに! 帰りはタクシー呼べよ!

 殺人的な酒を一気飲みしたシゲじいがペラペラ喋り出す。


「ふー、やはり一杯目はこれに限る。独特の苦みが好きでな。世間ではコイツはキツい酒だと言われているが、儂のような酒豪にとっては、そう、食前酒に過ぎないのだよ。次はそうさな、スピリタスを貰おうか」


 棺桶に入る前にアルコール保存をしておこうと思ったのか、シゲじいは度数80%越えの酒を次々と頼みはじめた。急性アルコール中毒になったらPSIドライブの出番だな、と思いつつ言われるがまま出していくが、驚いた事に何杯飲んでも平然としている。

 聞いてもいない老人の長話はいつまで経っても止まらず、口調はしっかりしていて、顔に赤みがさす事すらない。

 普通ぶっ倒れるぞこんなん。本当に酒豪だったのか。どういう肝臓してるんだ。


 しばらく見せつけるようにグラスを干していくシゲじいに感心しながら給仕役に徹していたが、七杯目のドーバースピリッツ(アルコール88%)を水のように飲んだあたりでようやく気付いた。

 このジジイ、さては飲んだ酒を亜空間格納してやがるな?

 道理でピンピンしてる訳だよ!

 超能力をそんなセコい使い方してんじゃねーよ!


「亜空間格納……」

「ん?」


 呟くとシゲじいの手が止まった。表情は本当に不思議そうだが、図星っぽい。


「次は」

「……アイスコーヒーを」


 タネを見破られた途端逃げ腰になりおったわ。こういうところが憎めないんだよな。


 シゲじいがブラックのアイスコーヒーを微妙に苦そうに顔をしかめながら飲んでいると、三景ちゃんと鏑木さんが地下秘密基地から戻ってきた。三景ちゃんは何故かちょっとげんなりしている。


「今日は帰るわ、仕事があるから。またね」


 鏑木さんが三景ちゃんに言い、俺にウインクして帰っていく。三景ちゃんはシゲじいの隣に座り、おつまみの柿ピーをつまみながら文句を言った。


「秘密結社ってもっと殺伐としてると思ってたのに」


 首を傾げてみせると、三景ちゃんは口を尖らせた。


「鏑木さんはマスターと付き合ってるんでしょ」

「いや」

「嘘。秘密基地案内しながらなんか匂わせてきたもん、絶対付き合ってる。それで高橋先輩と蓮見先輩が付き合ってるでしょ」


 それは、まあ。


「あとはクマさん? とイグが動物カップル作ってるでしょ。今日もデート行ってるし」


 シゲじいがアイスコーヒーを噴き出してむせた。俺も笑いそうになった。

 なんだそのカップリング!


「みんな誰かとくっついてるよね。何なの? 天照に入ったら誰かと付き合わないといけないの? 私シゲじいとくっつくのヤだよ」


 ルー殿下の事も思い出して差し上げろ。玉の輿狙えばいいんじゃないですかね。


「ふうむ……ではこうしよう。佐護くんが鏑木くんと別れて日之影くんとくっつく。儂が鏑木くんをもらおう」

「ぶち殺すぞ(全ギレ)」

「ヒッ」

「じょ、冗談だ」


 思わず本音が漏れた。いかんいかん。

 三景ちゃんがただでさえ青白い顔を真っ白にしてしまった。

 シゲじいもすまんな。冗談なのは分かってるが次言ったら残り少ない寿命が消し飛ぶから気を付けてくれ。


 二人は夜遅くならない内に帰って行き、翔太くんもシゲじいの車に乗せてもらって帰った。

 バーが静かになる。グラスを片づけていると、三景ちゃんが本を忘れていっているのを見つけた。

 タイトルは『人類を滅ぼす10の災厄』?

 中身をパラパラ捲ると、疫病や隕石と並んで超能力が滅亡の原因に挙げられていた。

 一番荒唐無稽で、一番現実的だ。ヤバそう。


 しかし三景ちゃん、こんなの学校で読んでイジめられたりしないだろうな。口悪いし、友達はできるんだろうか。根は良い子だから機会があれば仲良くなれると思うんだが……


 ……ああ、いや、そういう事か。

 鏑木さんはそこまで見越して次のイベントを計画してるのか。

 自分を助けてくれた人を嫌いになる奴はまずいない。そういう事か。

 学校を襲う(、、、、、)テロリスト(、、、、、)イベント(、、、、)は、三景ちゃんの中学デビューを上手くいかせるため、という意図もあるわけだ。

 なるほどな!


Q.退屈な授業中の暇つぶしに何をしますか?


3位、らくがき

2位、居眠り

1位、学校を襲うテロリストを華麗に撃退する妄想

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― 新着の感想 ―
[一言] 読経一択でしょ!!
[一言] 年頃になってくると「Hな妄想」がランクインしたりしなかったりするやつね。
[一言] ことごとく妄想したことあるのマジ何なん(´・ω・`) まさか 「こっ…」
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