07話 好きなんだろ? ラッキースケベがさあ!
俺がまだ高校生で、そのうち超能力バトル青春が始まるのだと無邪気に期待していた頃の事だ。クラスのまあまあ可愛い女子、美園さんが病気で入院した。
病名は忘れたが内臓がどうのこうので、成功率30%とか40%とかそれぐらいの難しい手術をしないと数年で死ぬという病状だった。数年後に死ぬのは怖いが、手術に失敗して死ぬのも怖いようで、長い間病床で鬱々としていた。
クラスで仲が良いやつ、人付き合いが良いやつ、美園さんが好きなやつは見舞いに行って励まし、その中でも当時野球部だった中村は「俺が甲子園で優勝したら手術を受けてくれ」と少年漫画のような事を言っていた。
それを漫画みたいだと思ったのは俺だけではなかったようで、クラスは大盛り上がり。練習の応援や差し入れを頻繁にして、急造マネージャーも湧いて出た。一回戦を激戦の末突破した時、中村はクラスの英雄だった。
そして地区大会二回戦で普通に負けた。一回戦で弱小校相手に接戦をしているようではそりゃあ負けもする。
そして中村のピエロぶりとは全く関係なく、美園さんは両親の説得で手術を受け、成功した。
その後、成人式で会った時には美園さんはいいとこの大学の医学部に進学していたし、中村はコンビニのバイトやってた。二人は別に付き合ってもいないし、仲が悪いという話も聞かない。
まあ世の中そんなものだ。
現実ってやつはどこまでも残酷で、誰かのための必死の行動は普通に失敗するし、失敗とは関係なく世界は普通に回っていく。
当たり前といえば当たり前の話だ。
シゲじいのマッチポンプも普通に失敗した。イケると思ったとか、時間と労力をかけて準備したとか、かわいそうな病気の女の子のためとか、頑張ったとか、そういう背景に全く関係なく失敗した。
そして失敗してもやり直しは効かず、事態が悪化したまま容赦なく時間は進んでいく。
下水道でシゲじい式マッチポンプの真相を察してしまった三景ちゃんは病室に引き籠った。シゲじいがなんとか宥めすかして下水道から病院に送り返す間に聞いたところによると「もう誰も信用できない」らしい。
それな!
ごめんな!!
いやほんとに!!!
三景ちゃんの心境は三景ちゃんにしか分からないところではあるが、その失望は察するに余りある。「こんなダメな私にも憧れの超能力があったんだ!」からの「全部嘘でした」である。惨い。希望を見せてから叩き落され落差で心が死ぬ。
人の心を弄ぼうとした結果がこれだよ。心が痛い。
敗因は世間知らずの箱入り娘でチビでまだ中学生だからと心のどこかで舐めてかかったからか、男性陣の演技・アドリブ力がガバガバ過ぎたからか。両方か。両方だな。
ここからリカバリーするとすれば、超能力を本当に移植して「奇跡が起きた! やっぱり君には超能力の素質があったんだ!」ルートに強引に持っていく事だ。
が、病室に引き籠った三景ちゃんは古いおままごと用の人形を引っ張り出し、おままごと用の包丁で突き刺しまくって「死ね、みんな死ね……!」と呪詛を吐いている。それか泣いてるか。
同情するし申し訳なくも思うが、こんな娘に超能力渡したら虐殺はじまっちゃうだろ。世界の闇を生み出す秘密結社はNG。
マッチポンプを仕掛ける前より色々悪化してしまった三景ちゃんをなんとかしようと、天照の面々は動いた。
まずシゲじいは毎日花束やお菓子やおもちゃ、漫画を持って見舞いに行った。三景ちゃんの主張で面会謝絶状態なので看護師さんに病院の受付で追い返されるのだが、シゲじいが帰った後に見舞品だけは看護師さんが病室に入れてくれる。そして三景ちゃんがそれを物入れに蹴り入れるまでがルーチンワークだ。
燈華ちゃんは嘘を看過し見て見ぬフリをしていた事を謝りに行こうとしたが、シゲじいと翔太くんが必死に止めた。
今の状況で蚊帳の外で見ていただけの女に「ごめん全部知ってたけど黙ってた」などと謝られたら確実にブチ切れる。
それでも怒られてもいい、そこからまたちゃんとした関係を始めたい、と言う燈華ちゃんには「あの病院は妖怪が出るから」と言いくるめ怖がらせ大人しくさせておいた。
昼間に行けば看護師さんに追い返され、夜に忍び込もうとすれば妖怪が出る。幽霊と聞けばアグレッシブに突っ込んでいき成仏させようとする燈華ちゃんも妖怪は怖い。幽霊や世界の闇と違い、妖怪は生きていて、不殺主義の燈華ちゃんには殺せないからだ。
高二にもなって妖怪が出ると聞いてガチで怖がったのは、オカルト筆頭の超能力の実在をよく知っているからだろう。超能力があるなら妖怪がいても何もおかしくない(おかしい)。
とにかく燈華ちゃんは大人しくしていて欲しい。これ以上話をこじらせる事はない。
翔太くんも責任を感じ、何やらクマさんと相談して三景ちゃん救済計画を練っているようだが、俺は困った時の必殺技「助けて鏑木さん!」を発動させた。
鏑木さんなら、鏑木さんならなんとかしてくれる。
魔法城で胸元が大きく開いた紫色の派手なドレスを着て千年生きた大魔女ごっこをしていた鏑木さんに相談すると、「仕方の無い人ね」という生暖かい目で見てきた後、修正案作成に一日が欲しいと言われた。
流石にノータッチだったマッチポンプ計画の崩壊を即座に修正するのは鏑木さんでも無理があるようだ。しかし逆に言えば一日あればほとんど情報が無い状態からでも(恐らく完璧な)修正案ができるという事で。やっぱり鏑木さんは半端ではない。
俺は安心して次の日を待つ事にした。
しかし鏑木さんに相談しに行ったその日の夜の内に、事態は再び急転した。
俺は常に三景ちゃんを監視しているわけではないが、念力千里眼で数時間おきに様子を見ている。思いつめて自殺でもされたら寝覚めが悪いというレベルではないからだ。
泣き疲れた三景ちゃんがベッドで寝ているのを確認した後、院長室で腕の良い海外のメンタルケア専門医に相談の電話をかけている三景パパの様子を盗み見てほっこりしていると、院長室のすぐ外を身を屈め忍び足で通り過ぎていく燈華ちゃんの姿を見つけた。
おい!
なんでや!
妖怪怖いんとちゃうかったんか!
なんで忍び込んでるんだよ!
いやしかし待て、三景ちゃんの特別病棟にたどり着くためには必ず夜勤室の前を通らなければならない。夜勤室の前の通路は煌々とした灯りに照らされていて、隠れる場所もない。燈華ちゃんには透明になったり瞬間移動したりする能力はない。そこで必ず発見される。
蒸し暑い熱帯夜だというのに、燈華ちゃんはなぜか長袖にジーパンという恰好をしている。そんな姿で不法侵入を見咎められれば捕縛間違いなしだ。驚かせやがって。
燈華ちゃんも燈華ちゃんなりに思いつめて、どうしても三景ちゃんに会いたいんだろうが、今はやめて欲しい。明日になれば鏑木さんがなんとかしてくれるんだから。
と、思っていたら、燈華ちゃんは特別病棟に行く前に女子更衣室にふらりと入って行った。小さな火の玉を傍らに浮かせ光源を確保し、自分のサイズに合ったナース服を棚から出し、汗ばんだTシャツをするりと脱ぐ。鏑木さんの影響なのか、妙に仕草が色っぽい。
突然の女子高生のお着替えエロシーンである。
鏑木さんとの約束で、俺は千里眼で女子の着替えを見てはいけない事になっている。急いで千里眼をズームアウトさせると、今度は病院に不法侵入をしようとしているシゲじいと、既に内部に潜入してしまっている翔太くんを見つけてしまった。
おい!
だからなんでだよ!
大人しくしてろって!
シゲじいは非常ドアを一度亜空間収納して屋内に入り、解放してドアを嵌め直す、という方法で侵入を果たしていた。小器用な事だと感心するが感心してる場合じゃない。
なぜよりにもよって今日、三人同時に? 示し合わせてたのかこいつら。いや、見た感じそういう様子でもないな。カチ合っただけか。くそ、明日になれば鏑木さんがガッチリした修正作戦をくれるのに。
お、俺は止めたぞ。
ただでさえ話がこじれてるんだから、これ以上余計な事はするなと止めたのに勝手に……いや、止められたから勝手にやってるのか。クソッ!
落ち着け。三人を追い返すんだ。今晩を穏便に超えれば、後は鏑木さんがなんとかしてくれる。
焦るな、大丈夫だ。俺ならやれる。順番に処理していこう。
まずは……距離からして一番特別病棟に近い位置にいる翔太くんが先だ。
俺が念力で人間の足音を再現し、廊下の向こうから人がやってくるように装うと、翔太くんは音を殺しながらも慌てて後退していった。どこかに隠れようとしきりに周りを見渡すも隠れられる場所はなく、逃げながらドアを押しては鍵のかかっていない部屋が無いか探している。いいぞ。その調子で外まで……あ?
しまった、と思った時には遅かった。
追い立てられた翔太くんは女子更衣室の前まで来た。
女子更衣室は開いている。
女子更衣室にはお着替え中の燈華ちゃんがいる。
足音に追われ焦っている翔太くんは、部屋の「女子更衣室」と書かれたネームプレートを確認しなかった。
なんだこれおい。
なんてタイミングだよ。
いや追い立ててそういう状況にしたのは俺だけど。
ラブコメか!
ラッキースケベなのか!?
翔太くんがドアを開けて女子更衣室に転がり込むと、ちょうど汗で濡れた下着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった燈華ちゃんと目が合った。俺も翔太くんを追う流れで、小さな火の球の仄かな灯りに照らされる美少女女子高生の裸体を見てしまった。
「え、翔太?」
「は?」
驚いて見つめ合う二人を見て、俺は爆笑した。
正確には燈華ちゃんを見て爆笑した。
燈華ちゃんの全身には、首から下に隙間なく経文が書かれていたのだ。
なるほどね!?
妖怪怖がってたのに来たのはどういう訳かと思ったら!
相手は怪異なんだから、経文で防御を固めれば大丈夫だと思ったわけだ!
そういえばそういう昔話もありましたねぇ! 燈華ちゃんらしい!
俺はさっきから爆笑しているが、翔太くんはドン引きだった。
「翔太も三景ちゃんに会いに来たの?」
「いや……え?」
翔太くんは全裸なのにエロさ皆無の燈華ちゃんをガン見している。燈華ちゃんは平然としている。
さっきからなんで燈華ちゃんはそんなに堂々としてるんだ。少しは恥ずかしがれ。経文の力を信じすぎだろ。
確かに煩悩退散性能は高過ぎるほどに高いけど。美少女の全裸なのに見てもむしろ頭が冷えるって相当だぞ。
「……いや待てよ? こうすれば」
翔太くんは手をかざして燈華ちゃんの体に書かれた経文を隠そうとしたが、首から下が全部隠れてしまった。
「いやこれは興奮できねーわ……マジ南無阿弥陀仏」
翔太くんが完全に悟った声で呟いた。
燈華ちゃん似の女優のスケベブックを何冊も持っている翔太くんでも、経文ガードを貫通して興奮する事はできなかったようだ。
経文ってすごい。改めてそう思った。
翔太くんはひそひそ言った。
「何やってんだよ色んな意味で。マスターが余計な事しないで待ってろっつってたろ」
「待てないよ。鏑木さんが言ってた。酷い事を体験したら、それがトラウマになる前に急いで心のケアをしないとダメだって」
燈華ちゃんはナース服を着ながら答えた。
確かに言ってた。
そうか、それでみんな俺が動くなと言ったのに急いで動いたのか。全員がそれぞれ最速で三景ちゃんの心をケアしようとした結果、同じ日に決行する事になったのだ。そりゃカチ合う訳だ。俺だって一日差だ。
もっと連携取れとも思うが。天照の連携はバラッバラだ。いや戦闘になると良いコンビネーションを発揮できるんだけどな。
二人のナイショ話を盗み聞きしたところによると、やはり侵入中の三人は全員別計画だったらしい。燈華ちゃんはナースに変装して、三景ちゃん担当看護師の大石さんのフリをして夜勤室の前を通過するつもりだったようだ。
確かに背格好はよく似ているし、髪型も同じだ。軽く俯いて顔だけ見せないようにして通り過ぎれば案外バレないかも知れない。
そして翔太くんは狂言誘拐で三景ちゃんを攫い、必死に助けようとするであろう三景パパの姿を見せて改心させようと目論んでいたようだが、夜勤室の通過手段を完全に失念していた。
燈華ちゃんに計画の穴を諭され、流石に誘拐は大事になり過ぎると言い含められ、翔太くんは渋々帰って行った。侵入時は昼間の内に男子トイレに鍵をかけて閉じこもっていたようで、帰りはトイレの窓から這い出て行った。
何しに来たんだ。ラッキースケベのためだけに忍び込んだみたいだなおい。
さて、高校生二人の漫才じみたやりとりを見ている内にシゲじいは事を進めていた。
俺としては全身経文燈華ちゃんが面白過ぎてなんかもうどうでもいいや、という気分になっていたのだが、シゲじいと三景ちゃんは真面目空間を形成していた。
高校生組を視ていたので前後の経緯は不明だが、二人は特別病棟の屋上にいた。二メートルほどの間隔を空けて対峙している。
三景ちゃんは屋上のフェンスによじ登り、風にセミロングの黒髪を揺らしながら「来ないで! 来たら飛び降りる!」とかなんとかぶるぶる震えながら叫んでいる。
シゲじいも屋上のフェンスによじ登り、風にパッサパサの白髪を揺らしながら「病室に戻るのだ! 戻らんと飛び降りるぞ!」とかなんとかぶるぶる震えながら叫んでいる。
なんなんだこのチキンレース。今夜だけで一年分のオモシロ成分を摂取している気がするぞ。供給過多で俺の腹筋が死にそう。
いや、本人達が真剣なのは分かる。しかし笑ってはいけないとは思いつつも笑ってしまう。もう明日の鏑木さん計画に託して穏便に片づけるのは諦めた。つくづく撮影カメラを用意していなかったのが惜しまれる。
「そう言ってまた騙すんでしょ! もうやだ! ほっといてよ!」
「騙したのは儂が悪かった! 今更言い訳はせん! 謝ろう、何度でも謝る! だから早まってはいかん! ゆっくりだ、ゆっくり降りるのだ! 日之影くんにはまだ未来がある!」
「未来なんて無い! 気休め言うなっ! 離れてよ! 飛び降りるよ!」
「飛び降りるんじゃあない! そんな事をすれば儂が飛び降りるぞ!」
二人は声を枯らして説得合戦なのか煽り合いなのかよく分からない口論をしている。
このまま聞いているのも面白いが、俺はせっかちなのだ。話を進めてやろう。
日之影三景よ、お前は人類滅びろ、が口癖だったな。
シゲじいもシワシワの老いぼれだが人類だ。
ホラ吹きだが、優しいおじいちゃんだ。それはよく知っているだろう。
そして超能力者でもある。
暗躍や駆け引きはもう十分だ。シンプルに見せてもらおう。
シゲじいが死にそうな時、何の力も武器もない、ただの一般人である君はどうする?
それを見て最終判断を下そう。
さあ、跳べ。
俺が念力で突風を作ると、シゲじいは風に煽られバランスを崩し、驚愕を顔一杯に張りつけフェンスの外側へ落ちていった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ダメぇえええええええええ!」
三景ちゃんはシゲじいがバランスを崩したのを見た途端、闇夜を切り裂く大きな悲鳴を上げ、落ちて行くシゲじいに飛びついた。
それは必死で、反射的な動きだった。
自分も落ちるかも、とか、そんな躊躇は一切見えなかった。
事実シゲじいに飛びついた三景ちゃんの体は完全にフェンスから離れ、シゲじいと一緒に落ち始めている。
おいおいおいおい!
やるじゃないか、三景ちゃん!
そうだ。そうだった。
思い返せば、三景ちゃんは人類を滅ぼす殺すと物騒な事を口癖のように言っているが、今まで誰も傷つけた事がない。プレゼントを貰えば扱いこそ雑でも決して捨てはしないし、なんだかんだで仲の良いシゲじいが危機に陥れば体を張って助けようとする。
滅ぼす、殺す、というのは口先だけなのだ。良い意味で。
そうだよな。中高生ってのはそういう生き物だった。忘れていた。殺す、ぶっ飛ばす、と気軽に口にするが、本気で実行に移す奴はそうそういない。
三景ちゃんは自身の心根の真っすぐさを行動で証明した。千の言葉より雄弁に。
口先で人を助けたい、救いたい、と言っておいていざという時に逃げ出すような奴より万倍良い。
よかろう。
そしてすまなかった。
日之影三景、君は秘密結社「天照」に相応しい。
俺は抱き合って落ちて行く二人を念力で停止させ、屋上に引っ張り上げて転がした。
シゲじいは白目を剥いて気絶していて、三景ちゃんは大泣きしてシゲじいの体をポカポカ叩いている。そこに俺はネンリキンを移植した。
躊躇いはもう無い。誰もが予想していなかった奇跡が起き、素質が無かったはずの日之影三景は超能力に目覚めたのだ。奇跡はあります。俺が作るから。
騒ぎを聞きつけ屋上にかけつけ、二人が飛び降りたあたりから一部始終を目撃していた燈華ちゃんは、虚空に向かって「マスター、もしかしてずっと見てたの?」と非難がましく呟いた。
うむ。
秘密結社天照のボスは、いつでも君達を見守ってるぞ。
燈華ちゃんは泣き喚く三景ちゃんの傍に跪き、抱きしめ、シゲじいと一緒に叩かれながら、よく謝り、よく褒めた。事実、三景ちゃんの行動は称賛に価する。少なくとも俺は念力無しで三景ちゃんと同じ状況に置かれたら、身を投げ出してシゲじいを助ける自信は全くない。
全く天晴れな病弱少女だ。
そしていい話風に終わったが、今この瞬間も燈華ちゃんはナース服の下に経文ボディペイントしてるんだよなぁ。徳を高め過ぎて変態みたいだ。
パッと見ではカッコイイ超能力秘密結社でも一皮剥けば変人集団。
三景ちゃんが上手くやっていけるか早くも心配になってきた。
頑張れ三景ちゃん!