06話 ひみつの三景ちゃん
三景ちゃんは秘密結社一ヵ月お試しコースで行く予定だ。
一ヵ月の間、超能力という名のPSIドライブを使い世界の闇と戦い、超能力者達と交流を深め、人類滅べとか超能力者が世界を支配すべきとか言わなくなればそれで良し。正式に超能力原基を移植して超能力者にする。
しかし一ヵ月経っても変わらなければ、PSIドライブを通してしか発動しない不安定な超能力が再び眠りについたという設定で全て無かった事にして日常に戻ってもらう。その場合逆ギレして天照や超能力者の実態について言いふらしはじめる可能性も無くも無いが、三景ちゃんは超能力者が好きだ。まずそのパターンは無いだろう。
一ヵ月で人生観を変えろ、というのは厳しいようだが、これでも譲歩している。
そもそも三景ちゃんは俺と鏑木さん両方から秘密結社構成員としてアウト判定を受けている。それをシゲじいの提案で泣きの一回のチャンスが生えたのだから、生かすも殺すも三景ちゃん次第。
人はほんの数秒の体験で様変わりする事もあれば、十年経っても何も変わらない事もある。一ヵ月は短いようで長い。
さて。
三景ちゃんは病院暮らしで迂闊に出歩けないため、世界の闇やそれに対抗する秘密結社についての説明はシゲじいが夜中の病室で済ませた。三景ちゃんは自分が暴言を吐いた相手が憧れの超能力者だと知って大混乱状態だったが、しどろもどろに謝っていた。
いつものパターンなら秘密結社構成員勧誘後は超能力訓練が入るのだが、三景ちゃんは偽能力者なので訓練できない。
表向きには『覚醒した時点で能力が完成している代わりに、発動にPSIドライブが必要な特殊能力者』という事にして、さっさと実戦を体験してもらう。今まで閉じた世界で生きてきた三景ちゃんにはどんどん色々な体験をして、色々考えて欲しい。
病院の怪事件から三日後の深夜、世界の闇(本物)が出現したため、シゲじいが翔太くんを乗せた車を飛ばし、病院から三景ちゃんを連れだし現場へ向かった。灯りの消えたビルに挟まれた人気の無い道路をドイツ製高級車がひた走る。
これがシゲじいにとっても初の本物の実戦になる。翔太くんは監督役だ。燈華ちゃんは三景ちゃんにマッチポンプを仕掛ける=嘘を吐くというのが嫌すぎて、顔を合わせないようにする、と宣言したため欠席である。
後部座席のシートで錫杖型PSIドライブを抱きかかえながら、三景ちゃんは窓から見られるのを恐れるように身を縮こまらせていた。
「い、今からでも戻った方がいいんじゃ……お父さん勝手に外に出ちゃダメだって、お母さんも夜は危ないから寝てなさいって」
「大丈夫だ、俺がついてる。シゲじいもな。ずっと病院の中じゃあつまんねーだろ? ちょっとぐらい悪い事しようぜ」
行儀悪く足を組んでチョコシガレットをふかし、窓の外に煙を吐き出す翔太くんが言うと説得力がある。
三景ちゃんのためを思って言いつけをしている親御さんには悪いが、シゲじい&翔太くんがサポートして俺も念力で追尾監視し、緊急時の治療PSIドライブも持たせている。お子さんは無事に返すから許して。
「つーか悪いモンスターぶっ飛ばしに行くんだから悪い事っつーより良い事じゃね」
「そうでしょうか? ……そうですね」
「ま、楽にしとけ。落ち着いてパニクらなけりゃ俺がどうにでもしてやっから。現場着くまでなんか楽しい話でも、そうだな、俺病院暮らし知らねんだけど、いつもどうやって時間潰してんだ? 暇じゃね?」
「人類の滅ぼし方考えてます。最近考えてるのは、インフルエンザをベースに空気感染して潜伏期間が長く致死率が高く変異の激しいウイルスを作ってですね、空気感染は一番避けにくい感染ルートで、潜伏期間が長いと感染した事に気付かないままウイルスをばら撒く事になるので封じ込めが難しくなって、」
「いやこえーよ」
急に嬉しそうに早口で喋りはじめた三景ちゃんに翔太くんが引いていた。俺も引いた。こわい。
ちなみにシゲじいはガチガチに緊張して肩をこわばらせ前のめりになって運転していて二人の会話に混ざる余裕が無かった。シゲじいにとっても実質初めての実戦だからね仕方ないね。
シゲじいは入院中も訓練を欠かしていなかったので、順調に育っている。
23回成長して基礎力は6189L(6.189㎥)格納可能。これは人間を100人収納できる容積だ。
タワーマンションの無駄に広い浴槽に水を張って格納&解放して基礎力を計測するのにも限界が来ていて、最近は水ではなく空気で収納訓練をしている。周囲の空気を一気に吸い込んだり解放したりする事でちょっとした突風攻撃ができるようにもなっている。
亜空間格納の応用で、転送訓練も進んでいる。
シゲじいは黒いモヤに触れたモノをなんでも亜空間に格納できる。この亜空間は内部(?)で繋がっていて、例えば右手のモヤで格納したモノを左手のモヤから放出する、というのも可能だ。そしてこのモヤは伸ばしたり切り離したりできる。
モヤの形を意識的に変形させる訓練からはじめて、粘土を千切るようにモヤをもぎもぎして体から切り離し、それを維持する。
すると、右手で格納したモノを切り離してあるモヤから放出できる。反対に切り離したモヤで格納したモヤを右手から放出する事もできる。もちろん右手だけではなく、鼻先とか膝小僧とか足の裏でも可能だ。
更にいえばモヤは物質を透過するため、壁の向こうにモヤを伸ばして格納&放出をすれば疑似的な壁のすり抜けもできる。
極めて順調に成長してくれていて嬉しい限りなのだが、問題はシゲじいの亜空間内に生物を収納できるのか、というところだ。これは慎重に検証していきたい。
気圧計や成分計、カメラ、時計の格納を試した限りでは、どうも内部の時間は停止しているらしい。時計は格納中は停止していて針を進めず、気圧計・成分計・カメラは何の情報も持ち帰らなかった(情報を持ち帰らなかった、という有用な情報が手に入った)。
格納→解放を経た計測機器は正常に動作していたから、亜空間格納による後遺症は一見なさそうだが、まだ分からない。
俺のネンリキン移植が「移植元である佐護杵光に近いほど移植しやすい」という性質を持っているように、シゲじいの亜空間格納も「格納元である狭間空重に近いほど云々」という性質があるかも知れない。
無機物格納で害が無かったからといって全く油断はできない。楽観してネズミを取り込んだ途端に能力が変に作用してネズミがシゲじいと融合してネズミじいにならないとも限らない。
特に同じ時空間干渉系能力者の鏑木さんあたりは格納されると何が起きるのか想像もつかない。何も起きないかも知れないし、格納された途端に妙な相乗効果が発生して時空の彼方に消し飛ばされるかも知れない。
植物の格納から始めて、昆虫、ネズミ、猿と進めて人間の転送を試せるのは一ヵ月後ぐらいだろうか。このまま順調にいけば。不安だ。
さて、シゲじいの老い先短い未来について思いを馳せている内に現場に着いた。路肩に違法駐車したシゲじいはネクタイを直しながら杖をついて下車し、路地裏の暗がりに溶け込んだマンホールを鋭く睨む。
「悪は人でなかろうと暗がりを好む、か。いつの時代も変わらんな」
カッコイイ事言ってるが膝が笑っていた。いつもの虚勢だ。
いや、実際攻撃力だけでみれば十二分に実戦レベルなのだから、あながち虚勢でもないのだが。
このマンホールから続く下水道は、東京のオカルト好きや情報機関の監視網の手が及んでいない残り少ないスポットだ。東京の戦闘スポットが全て潰される前にシゲじいには早いとこ長距離空間転移を実現して欲しい。
閉じたマンホールの縁に翔太くんが水筒の水を垂らし、凍らせ膨張させ圧力をかけて浮かせる。そしてできた隙間に指をかけて気合を入れて踏ん張り、蓋をどかして開けた。
ひんやり湿ったかび臭い空気がゆらりと立ち上り鼻をつく。三人は身震いした。
さあ、突入だ。
監督役が先行するかと思われたが、翔太くんは頭を掻いて半歩下がってしまう。
「シゲじい、先行ってくんね?」
「ほっ!? 嫌に決ま…………構わんが。どうした」
「下水道は嫌な思い出しかねぇ」
苦々しげな翔太くんに残り二人は首を傾げていた。翔太くん、下水道で負けイベやって死にかけてた(本人の主観)もんなあ。あれからもう三年経つのか。懐かしい。
シゲじいがいつにもましてぷるぷる震える手で慎重に梯子を掴んでゆっくり降り、降りた先で懐中電灯を点け周りを照らす。敵影が無い事を確かめて合図すると、残り二人も降りてきた。
そしてシゲじいを先頭に、真ん中に三景ちゃんを挟み、翔太くんが殿につく隊列で歩き始める。
翔太くんはビビって腰が引けているが、今回は負けイベではなく通常戦だからそんなに身構える事はないぞ。病弱な三景ちゃんに激しい戦闘をさせる訳にもいかないし、雑魚闇くんを一当てして終わりだ。
どちらかというと、世界の闇との戦いよりも下水道にこっそり入って懐中電灯片手に探索する、という非日常感を味わってもらうのが主目的だ。
下水道探索は映画や漫画ではよくあるシーンだし、やろうと思えば誰でもいつでもできる事なのに、一生やらない人のなんと多い事か。もったいない。
探索しながら会話が弾むようならひと段落したあたりで襲撃をかけようと考えていたのだが、全員無言だった。
シゲじいは背筋をしゃっきり伸ばしてさくさく歩き、一見恐れ知らずのように見えるが、いつものホラ話が無いあたり緊張しているのが分かる。
三景ちゃんは病院からこっそり抜け出し、しかも下水道にこっそり入って歩いている、というだけでいっぱいいっぱい。
翔太くんはトラウマを刺激されておどおどしている。
このままダレさせるのもつまらないので、スピード展開になるが早速襲撃。
前方十メートルほどの位置で、懐中電灯に照らされ、下水の中から黒い軟体が伸びあがる。
「出やがったな。どっちが行く? 三景いくか? お前のPS……超能力は俺の……俺と同系で、あー、とてもつよいから、当てれば一発でカタがつくぞ」
翔太くんもうちょっと演技頑張って!
「あ、あ、あ、は、がん、がんばり」
三景ちゃんは目を見開き、うぞうぞ蠢いて下水を掻き分けにじり寄ってくる世界の闇を凝視している。悲鳴を上げたり失禁したりしていない分初対面の時よりマシだが、とても戦えそうもない。
そうだよなぁ。これぐらいの反応が普通だ。初戦で経文パンチを喰らわせた燈華ちゃんや、積極的に殴りに行った(そしてその後負けた)翔太くんが特別なのだ。
「ここは儂に任せなさい。何、この程度、米軍特殊部隊を一人で相手にした時と比べれば」
シゲじいが両手にモヤを纏わせ、前に出る。翔太くんは頷き、三景ちゃんの肩を引いて下がらせ、懐中電灯を世界の闇に向け照明役になった。
シゲじいの攻撃力は高い。接近してきた世界の闇を亜空間パンチなりキックなりでえぐり取れば一撃だ。消化試合である。
俺はシゲじいの前方数メートルまで世界の闇をにじり寄らせ、そこから弾みをつけて一気に飛び掛からせ
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
世界の闇に飛び掛かられたシゲじいは絶叫し、腰を抜かしてしまった。
待て待て待て待て、虚勢張るなら最後まで張ってくれ! どうするんだよ倒してもらう前提で襲い掛かったのに押し倒しちまったぞ! しわしわのジジイ押し倒してスライム攻めにしても面白くねーんだよ!
「シゲじいーッ! くそっ、おい聞こえるか動くなよ、俺が凍らせ」
「シ、シゲじいを離せ!」
「うわ馬鹿!」
カバーに入ろうとした翔太くんを押しのけ半狂乱の三景ちゃんが翔太くんの血液燃料が入ったPSIドライブを世界の闇にぶっ放した。全てを凍らせる絶対零度の冷気が渦を巻く。
シゲじいを助けようとしたのだろうが、思いっきりシゲじいが巻き添えになって凍り付いて死ぬ軌道だ。翔太くんならいざしらず、PSIドライブではシゲじいを避けて世界の闇だけ凍らせるような器用な真似はできない。
フレンドリーファイアで事故死なんて笑えんぞ。
俺は念力で温度遮断バリアをシゲじいにかけ、大惨事を回避した。大混乱で燃料切れになるまでPSIドライブを振り回した三景ちゃんは翔太くんが取り押さえ、シゲじいは凍りついた世界の闇に抱擁されたまま失神している。
あーもうめちゃくちゃだよ。
PSIドライブの乱射で夏なのに真冬の世界と化した下水道で、翔太くんは氷から切り出して救出したシゲじいと三景ちゃんを並べて正座させた。錫杖型PSIドライブは翔太くんが没収して肩に担いでいる。
「俺さぁ、落ち着いていけ、パニクんなっつったよな?」
「う、うむ……」
「はい……」
「大惨事じゃねーか。シゲじい、無理なら最初から無理って言えや」
「いや無理な訳ではなくだね、あれは少し調子が」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 死んじゃう助けてー!」
「そこまでは言っとらん! しかし……まあ……うむ、無理だった。すまなんだ」
「よし」
見栄を張り切れないと判断したらしいシゲじいは傷が浅いうちに引き下がった。こういうところがあるから嘘つきじいさんでも嫌いになれないんだよな。
「で、三景は……」
「…………」
翔太くんは三景ちゃんにも反省させようと声をかけたが、今にも死にそうな顔をして俯き、震えているのを見て先が続かなかった。何を言っても追い打ちにしかならないだろう。
翔太くんはため息を吐き、氷の刃で指先を切り、空になったPSIドライブに燃料をチャージした。そして二人を立たせ、三景ちゃんにPSIドライブを投げ渡す。
「世界の闇が一体とは限らねぇ。帰り道二体目に襲われた時用に持っとけ。で、使うな。手に入れた力を使うのは簡単なんだよ。使わない事を覚えろ。
いや気持ちは分かる。スゲーよく分かる。超能力手に入れたら使いたくなるんだよな。池の水凍らせてみたりわざと水筒にヌルい麦茶入れて学校持ってって能力で冷やしたり、-10℃の冷凍パンチで勝てると思って世界の闇に殴りかかったりな。そんで負けて死にかけるわけだ」
うむ。
流石、実体験で語られると説得力が違う。
「要はアレだ、お前は借り物の力で調子乗んなって事だ」
うむ。
……うむ?
「借り、物? え? これ私の力じゃないの?」
三景ちゃんが眉根を寄せて不審そうに錫杖型PSIドライブを見る。
やばいやばいやばい誤魔化せ上手く誤魔化せ!
「やべ、いや、あのな?」
「あー、それはだね」
「え、待って、そうなると、今血を入れたのって……同系統の……あーっ! 騙してたんだ! おかしいと思った! 私だけ機械使わないとダメなんだもん! みんな言ってる超能力使う感覚も全然ないし! 嘘ついてたんだ!」
あああああああああああ!
マッチポンプ崩壊した!
バレるのが早過ぎる!