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05話 マッチポンプ・マトリョシカ

 シゲじいのマッチポンプ案を誰よりも肯定しなければならないのは他ならぬ俺自身だ。シゲじいを否定すれば自分自身を全否定する事になる。案に乗る以外に道は無い。

 そんな訳で、シゲじいの提案を聞いてしまった時点で採用が確定し、計画を練って実行する事になったのだが、実際キツい。


 俺がマッチポンプを始めようとした時は、自分の手に負えないのが分かり切っていたから副官である鏑木さんを探し、味方につけて全面バックアップをお願いした。

 今回はシゲじいがマッチポンプを始めようとしていて、自分の手に負えないから俺に話を通しバックアップを頼んでいる形になる。


 鏑木さんの立場になってみて理解できたが、これは辛い。考える事、準備しなければならない事が多すぎる。シゲじいのマッチポンプは「超能力を持たない日之影三景に『自分は超能力を持っている』と錯覚させる事」だ。

 言うは易く行うは難し。どうやって錯覚させる? パッと思いつく簡単な所ではPSIドライブを持たせ「これは超能力者にしか起動できない、君には無理だ」「な、なんだと!? 起動した!」「すっごーい、君は超能力者なんだね!」という流れだ。


 しかし細かい穴が多すぎる。

 PSIドライブは超能力者の血が装填されていれば誰にでも起動できる。月夜見と天照のメンバーはそれを知っているし、ババァに代わりPSIドライブのメンテナンスをしてくれている鐘山テックの研究員達も知っている。嘘をつき通すためにはその全員に口裏を合わせて貰わなければならない。

 三景ちゃんがPSIドライブのスイッチを看護師や医者、家族に何かしらの理由で押させる事があればその時点でもう「超能力者以外には起動できない」という嘘がバレる。


 他の超能力者がPSIドライブ要らずで超能力を使えるのに、自分だけPSIドライブが無いと使えない、というのも不信感を煽るだろう。

 PSIドライブをいくら使っても超能力疲労が無いのも普通の超能力者と違う。そこから嘘がバレるかも知れないし、嘘がバレないとしても「自分はPSIドライブが無ければ能力を使えない劣等生だ」と落ち込んでしまうかも知れない。


 PSIドライブで人類抹殺をはじめないよう釘を刺したり監視したり、秘密をバラさないよう口止めしたり。もしPSIドライブで人を傷つけたり、秘密をバラしてしまった時に備えた事故対処要綱を作成しておく必要もあるだろう。


 マッチポンプを成立させるには、全てに対処し、全てに備えなければならない。

 考えるだけで眩暈がしてくる。鏑木さんはよくこんな事できるな。


 俺の手には負えそうも無いので、魔法城でバカンス中の鏑木さんに相談したが、反応が鈍かった。病弱少女・日之影三景は鏑木さんの琴線に触れなかったのだ。

 三景ちゃんは特別何かに打ち込んでいるわけではない。超能力者好きも禅日空羽毛茶便事件の話題沸騰の頃からハマった新参。努力家ではないし、長年魔法や超能力を渇望してきたわけでもないし、病的に痩せ表情も暗いせいで可愛くもない。つまり鏑木さんの好みではない。破滅願望があるのも大幅にマイナスだ。

 鏑木さんはシゲじいマッチポンプを(恐らく俺の顔を立てて)否定こそしなかったが、あからさまに乗り気ではなく、今回はイベント不参加を表明した。悲しい。


 鏑木さんにフラれてしまったので、別の女性になびく事にした。

 喫茶店で待ち合わせ、久しぶりに会ったババァはすっかり裏社会風味になっていた。

サングラスをかけ、夏だというのに革ジャンを着て、ダメージジーンズを履いて、蓮と月の刺青を首元にいれ、チョコシガレットを咥え、歩き方まで心なしかオラついている。


 ただし四つ編みの銀髪とそこに挿した木の枝に変化はなく、そもそもベースの見た目がロリなので恐ろしさより微笑ましさが先に来ていて、喫茶店の他の客にチラ見され笑われていた。隻腕なだけで普通の服装をしている俺の方が怖がられているのが皮肉だ。

 俺も笑ってしまいサングラス越しにガン飛ばしをされたが全く怖くない。その後どちらからともなく笑い合い、コーヒーとミックスジュースを注文して本題に入った。


 格好はとにかく中身は全然変わっておらず、事情を説明して相談するとちゃんとおばあちゃんの知恵袋を貸して貰えた。

 まず、真っ先に言われたのは期限を決める事だった。

 敵は偽物だが超能力を持っているのは本当である世界の闇マッチポンプとは違い、シゲじいマッチポンプは超能力を持っているという事そのものが嘘だ。永遠に超能力を持っているフリをさせる事はできない。数週間、数ヵ月ならなんとかなるとしても、何年も続けてはいられない。


 世界の闇マッチポンプでも、一応は「世界の闇を消し去る」という結末を用意してある。

 シゲじいマッチポンプにも結末が、期限が必要だ。そうしないといつまでもズルズルと続き、不本意な形でマッチポンプがバレ、誰も喜ばない結末になる。


 非常に納得の行くアドバイスだったので感心していたらババァに呆れられた。曰く、『マッチポンプの計画を練るならばこの程度考えて当然』。グウの音も出ない。

 計画立てるの下手ですまん。いや鏑木さんやババァが上手過ぎるんだよ。演技力も桁違いだし。


 他にも幾つか細かいアドバイスを貰うついでに近況を聞いたが、既に七三分け事件の後始末は終え、月夜見側で月夜見限定イベントを企画運営して楽しみつつ楽しませているらしい。そんな話、聞いてないぞ!

 ずるいぞ俺にも一枚噛ませろ、と突っ込めばそんな余裕があるのかと突っ込み返され、またしても何も言えなくなる。

 とりあえず後で撮影したイベントムービーを交換する約束をした。楽しみだ。


 ババァは去り際に完全に月夜見に居つくつもりだと言った。「光陣営を裏切って闇陣営についたメカニック」という闇堕ちポジションがお好きなようだ。趣味が悪いと思いつつちょっと気持ちが分かる俺もまだまだ現役中二病患者か。

 なお、喫茶店の支払いは全額俺持ちで、いつの間にか財布から現金がスリとられ、代わりに「アドバイス料」の名目で領収書が入っていた。盗難被害で腹が立つより月夜見が資金難過ぎて泣けてくる。


 そんなこんなで計画は立ったので、下準備に奔走した。シゲじいは病床で愛用の万年筆(¥1,200,000)でインクの染みを飛ばしながら台本を書き殴り、俺は関係者を説き伏せたり頼み込んだり札束で殴ったりして口裏を合わせ、鐘山テックの工作班は高校生から大人サイズで作られたPSIドライブを小学生並の体格の三景ちゃんに合うように改造する。

 十日で諸々の準備を終わらせ、舞台は整った。


 主演:病弱破滅願望女子中学生、日之影三景

 助演:世界の闇と戦う秘密結社、天照

 企画:空間系見栄っ張り老紳士、狭間空重

 雑務:最近お茶漬けにカツオブシを使う事を覚えた、佐護杵光

 協賛:今期の勇者アニメのBlu-rayが早くも待ち遠しい、ロナリア・リナリア・ババァニャン

    貴金属加工はお気軽に御相談下さい、鐘山テック


 御覧のスポンサーでお送りします。


 いよいよシゲじい式マッチポンプの開始だ。俺は例によって天岩戸でワイングラスを磨きながら念力で遠隔監視支援撮影に徹する。


 それはうだるように暑い夏の日だった。シゲじいの退院日でもある。

 太田総合医療病院の正面玄関で医院長から快気祝いの花束を貰ったシゲじいは、空気を読まずにそのまま病院にもう一度入って行った。


「忘れ物ですか?」

「いや、見舞いだよ。お前さんの愛娘のね。可哀そうに、実の父親は月に一度も見舞いに来んという話でな」

「そうですか」


 シゲじいの皮肉に医院長は毒にも薬にもならない淡泊な答えを返し、そのまま仕事に戻っていった。シゲじいは翻る白衣を苦々し気に見送る。


 三景ちゃんの家庭も割と闇が深い……ように見えるが、アレでいて医院長は三景ちゃんが抱える草斑病についての論文は擦り切れるほど読んでいるし、海外の草斑病の権威と繋ぎを取って夜な夜なテレビ通話をしていたり、日本で認可を受けていない症状緩和の薬を高い金を出して取り寄せ投与していたりするから、人は見た目では分からないものだ。

 どれだけ治療に全力をかけていても、三景ちゃんにとっては全然会いに来てくれない冷たいお父さんとしか思われていないのが物悲しい。


 特別病棟の病室のベッドでここ数日最悪の暗い空気を纏いスマホを弄っていた三景ちゃんは、豪華な花束を抱えてひょっこり戻ってきたシゲじいを見て、一瞬パッと顔を輝かせた。が、すぐに陰気な表情に戻り、嫌味ったらしく言う。


「何? また車に跳ねられたの?」

「いやいや、単なる見舞いだよ。代理でね。ほら、御父上からだ。受け取って頂けるかな、お嬢さん(マドモアゼル)?」

「これお父さんがいつも快気祝いに使うのと一緒なんだけど。シゲじいのでしょ」

「……ハッハッハ!」


 跪いて花束を捧げたシゲじいは一蹴され、笑って誤魔化した。それを三景ちゃんが白い目で見ている。誤魔化せてない。駄目じゃねえか。

 シゲじいの台本だとこの続きが『花束を受け取り喜ぶ三景に~』ってなってるんだよなあ。シナリオ崩壊早過ぎませんかね。


 咳払いして場を仕切り直したシゲじいは花束に手を突っ込み、亜空間格納していた錫杖型PSIドライブを手品のようにズルリと取り出した。


「そして、これは儂からの贈り物だ。これは特別な錫杖でな、選ばれし者のみが力を引き出す事ができる。日之影くんには使えるか定かではないが、お守りとして持っていて欲しいのだ。きっと助けになってくれる」

「そういう設定ねはいはい」


 三景ちゃんが塩対応だ。既にシゲじいがほら吹きジジイだとバレてしまっている。

 しかしここは織り込み済みだ。シゲじいは温和に微笑みつつ、念押しする。


「どう思ってくれても良いが、いいかな、常に、肌身離さず持ち歩くのだ。決してどこかに置き忘れて出歩いてはいかん」

「はぁ?」

「約束してくれんか? これを必ず持ち歩くと」


 三景ちゃんは真剣なシゲじいを胡散臭そうに見た。


「なんで?」

「いずれ分かる。必要な時が来れば……いや、来ない方がよいのだがね。いつも使っている歩行杖代わりに持つようにすれば支障はあるまい? さあ、受け取ってくれるな?」

「……まあいいけど」


 三景ちゃんが不審そうにしながら汚い物でも触るように錫杖を受け取り、ベッドの脇に置く。これでひとまず仕込みはOKだ。

 シゲじいはそれからしばらく奥さんと二人で研究都市に潜入して超能力を駆使してゾンビウイルスの拡散を食い止め世界を救った話をぶち上げてから暇を告げた。三景ちゃんは椅子から立ち上がったシゲじいに不安そうに聞いた。


「また来てくれる?」

「運命がそう告げるならば」

「いや運命とかじゃなくて。また来てくれるの? どうなの? いつ? 明日? 明後日?」

「あー、一週間後には来よう。儂も世界の闇との戦いで忙しくてな」

「来なかったら人類皆殺しにするから」

「おお、怖い、怖い。約束は守るとしよう。日之影くんもくれぐれも錫杖の約束は守るように」


 シゲじいは手を振って病室を出て行った。

 病院の廊下を歩きながら、シゲじいは虚空に呟く。


「こんなところかな。佐護くん、後は任せたよ」


 よし任された。ここからは俺の番だ。


 それから数時間後、シゲじい退院の日の夜。草木も眠る丑三つ時に、俺はベッドでオヤスミ中の三景ちゃんを念力でそっと揺すって起こした。

 寝返りを打ってまた眠ろうとする三景ちゃんにギリギリ聞こえる音量で、病室のすぐ外の廊下で何かが這いずる音を出す。人が歩く音ではない。一体何者なのか……?

 いやまあぶっちゃけ、超能力の資質を持つものを襲うという設定の世界の闇を念力で疑似的に再現した偽世界の闇という設定のややこしいモノを念力で這いずらせているだけなのだが。デモンストレーションを天照メンバーに見せた時は翔太くんが本物みたいだと感心していた。


 得体の知れない異常な音は段々大きくなる。流石に三景ちゃんも目を覚まし、僅かな恐怖を滲ませつつ音を立てないようにそーっと身を起こし耳を澄ませる。

 そのタイミングで、廊下から聞こえじりじり病室に近づいていた異音は止まった。もう病室に備え付けの冷蔵庫が静かに唸る音しか聞こえない。

 気のせいというには異音は明瞭過ぎた。さあ、どうする。


 ここからは病室で図太く二度寝を決め込んだ三景ちゃんを偽世界の闇が奇襲するパニックルート、不安に駆られてナースコールを押すが繋がらないホラールート、廊下に調査に出て偽世界の闇と遭遇する対決ルートを想定している。それ以外だとアドリブ対応を強いられて俺が辛いので三つのどれかで行って欲しい。


「誰かいるの?」


 三景ちゃんはギリギリ廊下に聞こえるぐらいの音量で囁きかけるように声を放ったが、反応はない。不安と安心がないまぜになった様子でしばらく迷っていた三景ちゃんだったが、スリッパを履き、シゲじいとの約束通りちゃんと錫杖を持って足音を殺して廊下を調べに向かった。

 対決ルート、入ります。


 三景ちゃんが廊下に出ると、本来動体センサーで自動的に点灯するはずの廊下の灯りがつかなかった。三景ちゃんは一度止まって病室と廊下を出たり入ったりするが、灯りはやはりつかない。

 これは単なる故障ではない。世界の闇の……なんか……負のオーラ的な物が……ほにゃほにゃして、電気障害? が発生してるとかそんな感じなのだ。

 とにかく不気味なのだ。それが重要。


 夜の病院というのは大抵の人が不気味に思う。漂う消毒液の独特の匂い、非日常感、死や痛みを連想させる空間。それが夜の暗闇と静けさで倍増される。

 三景ちゃんは病院が家のようなものだから一般人が夜の病院に感じるような恐怖は感じないだろうが、夜の家で得体の知れない這いずるような異音がして突然聞こえなくなった、というのはある意味夜の病院のそれよりも遥かに怖い。安全確認の一つもしたくなろうというものだ。


 おどろおどろしい廊下を見回し、廊下の端の緑色の誘導灯の灯りを頼りに目を凝らして暗がりを調べる。三景ちゃんはすぐに、廊下の隅で動くものに気付いた。暗すぎて輪郭ははっきりしないが、明らかに人の形をしていない、不定形のナニカだ。

 ひ、と小さな悲鳴が漏れる。


「……誰?」


 錫杖を抱きしめ震える声で尋ねるが、答えは無い。

 息が荒くなる。後ずさりをはじめる。そこで、廊下の灯りが瞬き、電気が点いた。

 露わになった異形に鋭い悲鳴が上がる。

 独特な光沢の漆黒の表皮に、それを透かして見える核。水でできた体を生理的嫌悪を煽る気色の悪さで引きずり這いずるようにして蠢かせているそれこそが、人類の暴力欲求の具現にして超能力者達の敵――――

 ――――世界の闇。


 の、偽物だ。

 偽物という設定だが、構造は100%本物と同じなので普通に怖い。

 ……いやこれ普通にどころか極限に近いな。シチュエーションにこだわり過ぎたせいか三景ちゃんが腰を抜かして振動機能でもついたのかというぐらいガタガタ震えながら失禁してしまっている。

 やばい、やりすぎた。しかし今更中断するわけにもいかん、早送り進行で行こう。


 三景ちゃんが抱きかかえている錫杖型PSIドライブを起動。セットされているのは翔太くんの精製燃料だ。渦を巻いて噴き出した白い冷気を念力で誘導してやれば世界の闇の氷像の一丁上がり。で、そいつを砕け散らせ、廊下を氷のカケラで散らかし死にましたよアピールして、と。


「うそ、これ、これって」


 三景ちゃんは信じられない、という様子で錫杖と世界の闇の残骸を見比べる。

 そこに、窓の外の桟に立って出待ち待機していたシゲじいが俺の合図で窓を開け、世界の闇の出現を感知して駆けつけてきたという体で廊下に滑り込んだ。

 両手に黒いモヤをまとわせたシゲじいは、倒された世界の闇と錫杖を抱えた三景ちゃんを見て驚愕に目を見開くフリをした。


「まさか……驚きだ。これほど早く『覚醒』するとは」


 シゲじいの出現に驚き、シゲじいの手にまとわりつく超常的な黒いモヤに驚き、先程から驚きっぱなしでへたり込んだ三景ちゃんに、シゲじいは手を差し伸べた。


「立てるかね? 怪我は?」

「シ、シゲじい、あの、これ、私ってもしかして」

「うむ。日之影くん。君は――――君は、超能力者だ」


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