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02話 「もう引退したつもりだったのだがな……」

 超能力覚醒後、一週間かけて『念』入りに行った調査の結果、貴重な空間系能力者の経歴が明らかになった。

 狭間(はざま)空重(そらしげ)、75歳は独居老人である。大手種苗会社の部長職を辞して久しく、老後のセカンドライフを大田区のタワーマンション「大森フロンティアタワー」を中心に営んでいる。

 妻は四年前に他界。息子と孫は沖縄に住んでいるため気軽には会えず、顔を合わせるのは正月ぐらいらしい。


 狭間さんのパッと見の外見は老木という印象を受ける。75歳なら無理もない事だが、顔も腹も全身シワッシワのシミだらけ。手足はいつもプルプル震えていて(本態性振戦という老人によくある症状らしい)、味覚が年相応に鈍っている。しかし老木ではあっても枯れ木ではなく、シワが寄ってたるんだ皮膚の下には筋肉が隠れ、背筋はしっかり伸びて足取りも迷いがない。

 オールバックに整えた白髪はたっぷりと豊かだが、これは植毛効果である。ベージュのスーツをゆるく着こなし、杖を持ってのんびり散歩する様子は老紳士という言葉を連想させる。


 特別に目を惹く容姿でも服装でも無いが、こんな老い方ができたら恰好いいなと思わされる素敵なおじいちゃんだ。

 ……外見は。


 調べていて分かったが、実のところ、狭間さんはとんでもない見栄っ張りだった。

 2LDKで4000万円もするアホほど高いタワーマンションに住んでいるのも完全に見栄だ。一人暮らしで完全に持て余していて、一部屋が丸々ゴミ置き場と化している。

 客が入る部屋は洒落た観葉植物を飾りピアノをこれ見よがしに配置し大画面プラズマテレビを据え付け掃除も欠かさないのだが、見えない場所はいい加減なのだ。


 住居だけではない。2000万円のドイツ製高級車は普段は車庫にしまい込まれ埃を被っている。遠方の友人に会いに行く直前に磨いて体裁を整え、軽い傷をわざとつけたりして、さも普段から乗り回しているように装う。

 天岩戸には来た事がないが、幾つかの高級なバーのゴールド会員で、テレビでたまに見るような有名人の何人かともそこそこ親交があり、顔を合わせれば酒を酌み交わし談笑する。一方で、自宅では一滴もアルコールを飲まない。本当は酒は嫌いらしい。100%見栄でバーに通っているようだ。


 良い歳した老人なのに筋肉があるのは孫に「昔は陸上選手で金メダルを何個も取った」と嘘をついて見栄を張り後から頭を抱えてトレーニングを始めたからだし、体面を繕う元手になっている退職記念で買った宝くじ当選金額三億円は既に吹っ飛んでいて通帳残高は常に低空飛行、出先で募金箱に万札をドヤ顔でねじ込んだせいで電車賃が無くなり夜の町を数時間トボトボ歩いて帰宅するのも見た事がある。

 狭間さんはいつでも後先を考えず見栄を張って恰好つけて、つじつま合わせに苦労するのだ。


 そういうとんでもない見栄っ張り老人ではあるのだが、実のところそこまで珍しい人種でもない。

 秘密結社設立前に副官探しをしていた時も似たような見栄っ張りマンはたまにいたし、ここ数週間のタワーマンション歴訪でもチラホラ見かけた。

 度が過ぎると見栄を張るためだけに借金をして親類に金をせびり嫌われ身を持ち崩す人もいるぐらいで、家族仲が悪くなく借金もない狭間さんはむしろ健全な部類だ。


 狭間さんは恰好つけているお陰で恰好よく見えるし、見栄を張っているから見栄えもいい。当然といえば当然の話だ。

 人間なら誰だって見栄ぐらい張る。それは小学生なら友達に見せびらかすカッコイイ筆箱で、中学生ならピカピカの五段変速自転車で、高校生にもなれば特に女子はブランド物集めに熱心になる。狭間さんはその延長線上にいるだけとも言える。


 見栄っ張りで、後先考えず金を使い、衝動的に嘘を吐く事もあるが、借金をしたり人を傷つけたりといった一線を越える事は無い。話題についていくためか超能力関連のニュースもほどほどに追い関連雑誌も気まぐれに買っていて、特別好きではなさそうだが、特に嫌悪感も見られない。十分だろう。

 年齢的に社会の怖さをもう十分知っているので、超能力を得ても見栄のために自慢して回る事もない。宝くじで三億円を当てた時も、身内以外には吹聴したりしなかったようだ。

 性格審査はクリア。狭間さんなら超能力を渡しても大丈夫そうだ。


 という訳で、勧誘開始である。


 既に一週間前に次元筋線維(ユニバーサルコメア)に目覚めているので、狭間さんは超能力を使おうと思えばいつでも使える。「あなた超能力使えますよ、使ってみて下さい」と声をかけるだけで、自分が超能力者だと気付くだろう。

 その上で秘密結社に誘えば、間違いなく喰いつく。もったいぶって渋るフリはするかも知れないが、最終的には喰いつくだろう。

 性格から考えて何度も東京の危機を救い世界規模の知名度を誇る秘密結社への加入を拒む事はまずない。結果論だが名声を上げていて良かった。


 ただし、燈華ちゃんや翔太くんにしたようなわくわく勧誘イベントを仕掛けても年齢的に心を揺さぶれず、恐怖を煽るだけになってしまったり、シラけてしまったりするかも知れない。無難にお話して勧誘するのが一番だろう。

 秘密結社の構成員との出会いが全員劇的イベント、というのも作為的で不自然だから、このあたりで穏便な接触を挟んでカモフラージュするのも悪くない。


 さて。

 七月の蒸し暑い熱帯夜に、俺は大森フロンティアタワー1301号室の前に立っていた。マンション入り口のセキュリティロックはカードキーが必要で突破できなかったので、念力で空を飛んで外から直接十三階の廊下に入ったのだ。

 顔をぐにぐに揉んで仏頂面を作り、インターホンを鳴らすと、足音がしてカメラ越しの顔確認の様子もなく狭間さんがドアを開けた。不審者は普通ならマンション入り口のセキュリティに引っかかるから、あながち不用心とも言えない。

 知り合いでもなく、配達員にも見えない俺を見て狭間さんは目を瞬かせ、少ししわがれた渋い声で優しく言った。


「ふむ? こんばんは。失礼だが、部屋をお間違えでは無いかな?」

「いや」


 俺は首を横に振り、念力でポケットに突っ込んだメモ帳をカンニングしながら答えた。


「お間違えでは無い。狭間(はざま)空重(そらしげ)、75歳。奥多摩町古里村出身、水戸大学農学部第二十期卒業生。三田種苗株式会社を十五年前に退職、妻は四年前に他界し、息子夫婦は沖縄に住んでいる。退職記念で購入したドリームビッグ宝くじで三億円に当選、マンションを購入。交友関係は広く浅く金払いが良く、充分な不動産収入があると言って憚らずそう思われているが、年金受給額を合わせ一ヵ月あたり三十万円の収入に過ぎず出費が激しいため貯金はここ数年常に底をつきかけている――――今日の昼食はたくわん三枚と梅干茶漬け」


 初手でお前の事は知ってるぞアピールで情報アドバンテージを示し交渉を有利に持っていこうと企んでいたのだが、反応は思いの他鈍かった。

 内心どう思っているのかは分からないが、少なくとも表面上は動揺が見えない。

 狭間さんはフッと笑い、訳知り顔で呟いた。


「なるほど。探偵、か。ついに例の件の尻尾を掴んだ訳かな?」


 違います。

 なんだよ「例の件」って、そんな案件抱えてないだろアンタ。脊髄反射で大物ぶるな。

 固めた仏頂面がヒクつくぐらいには面白いし俺も思わせぶりな台詞に乗りたいところだが、それでは話が進まない。


「いや。単刀直入に言おう、超能力の件で話がある」


 俺は念力で胸ポケットから真新しいドッグタグを出し、天照の太陽マークが見えるようにして狭間さんの目の前に浮遊させた。


「お゛っ!? ……なるほど、そちらだったか。入りなさい、儂はいつかこの時が来ると思っていたのだよ」


 またテキトーぶっこきながら威厳のある佇まいで中に通してくれたが、一瞬スゲー声が漏れたの聞き逃してないからな?


 狭間さんはダイニングで高そうな紅茶と茶菓子をラベルやパッケージがよく見えるようにしてこれ見よがしに振舞ってくれた。そして滲み出るドヤ顔で俺の顔色をチラチラ窺ってくる。まあ俺は庶民顔だし庶民だし、服装もTシャツ&ジーパンだし、高級品出せばマウント取れると思ったのだろう。

 しかし真のセレブ(公爵や大公殿下)はわざわざ高級品を見せびらかすような真似はしないぞ。あの人達は高級品が高級品である自覚が薄いから、100円ショップのお菓子詰め合わせも舶来高級菓子も全部同じように扱う。

 遠慮なく紅茶を啜りクッキーを貪りながら、カバーストーリーを話す。


「狭間さん、あなたは超能力に目覚めかけている。知っていると思うが、超能力というのはFK(フリージングナイト)の氷結能力やBG(バーニングガール)の炎能力のような超自然的能力の事だ。

 そういった超能力に目覚めると黒い泥のような怪物……通称『世界の闇』に目をつけられ、命を狙われるようになる。世界の闇は知っているか? 人類の暴力欲求が具現化した危険な存在だ。人目の無い場所に現れ、超能力者やその素質が目覚めかけている者を襲い貪り食い、力をつけていく。超水球はそうして成長し東京を滅ぼしかけた個体だ」

「ああ、知っている。儂の仲間の間では周知の事だ」


 狭間さんが合いの手を入れてくる。息を吐くように嘘を吐くのやめろ。


「世界の闇に餌を与えないためにも、世界の闇を駆除するためにも、狭間さんには早急に超能力を鍛え力を付けて欲しい。最低でも自衛できる程度には、許すなら戦力に数えられる程度には」

「ふむ」


 黒檀のテーブルを挟んで俺の反対に座る狭間さんは超然と相槌を打ち、俺をじっと見てゆっくり顎を撫でた。威厳たっぷりだ。

 こうやって見ていると引退した老練な政治家か何かにしか見えない。中身を知っていても騙されそうになる。俺も今まさに騙そうとしているのだからお互い様だが。


「しかし御老人に厳しい戦いを強いるのは心苦しい。だから二つ選択肢を用意した。

 一つは秘密結社に入り俺の指導の下で超能力を身に着け世界の闇との戦いを受け入れる。

 もう一つは俺が超能力の源に干渉して消し去り、二度と超能力が使えなくなる代わりに世界の闇にも狙われなくなる。

 それと、世界の闇の存在は人類の潜在意識に依存しているから、超能力の真実が広まれば世界の闇が超能力に目覚め強化されてしまうかも知れない。故にどちらを選んでも守秘義務は強制させてもらおう」


 狭間さんは口を開きかけ、閉じた。視線を落としてしばらく考え込み、言った。


「質問をしても?」

「ああ」

「君はITインビジブル・タイタンだな?」

「そう呼ぶ者もいる」

「ふっ、気取った言い方をするじゃないか」


 笑われた。

 テメー人の事言えるのかぶっ飛ばすぞジジイ! 調子に乗るなよ! タンスにしまってある老人用紙おむつぶちまけるぞ!


「この事を日本政府は勘付いているのか?」

「いや。世界の闇は人間の恐怖を浴びると狂暴化する性質がある。真相を知る者は選ばれた(、、、、)少数に絞った方が良い」

「なるほど、それは道理に違いない」


 ちょっと心をくすぐる言い方をしただけで満足気である。

 チョロいようだが浮ついて油断するような事はなく、それから数点、かなり突っ込んだ部分まで聞かれた。超能力の暴走は無いのか、とか、世界の闇の強さとか戦闘発生頻度とか、秘密結社の人数・構成員・活動内容などなど。

 俺は答えて問題無い質問には答え、幾つかはわざと「今は答えられない」などとボカした。

 一通り聞きたい事を聞き終わったらしい狭間さんは、また考え込んだ。防音がしっかりしている部屋は誰も喋っていないと非常に静かで、柱時計の音だけが夜の静寂を孤独に打ち消している。

 秒針が十周するまで待ったが、黙考したまま全然動かない。別に悩むのはいいし答えを後日に持ち越してもいいんだが、それならそうと言って欲しい。


「あー、後日出直そう。ただし何ヶ月も待ってはいられない。返答は早めにしてくれ」

「その必要はないよ、タイタン君。微力ながら世界の闇との戦いに協力させてもらおうではないか。しかし、だ。一つ。一つだけ、訂正しよう」


 狭間さんは立ち上がり、俺に手を差し出し握手を求めながら言った。


「君は儂に超能力の素質があると言ったが、それは違う。故あって封印していた(、、、、、、)のだ。最後に能力を使ったのは忘れもしないサイゴンの地獄の戦場で……いや、この話はよそう。もう二度と戦う事は無いと思っていたのだがな」


 何言ってんだこいつ。


「……調べた限り狭間さんに海外渡航の経験は無いはずだが」

「当然、記録には残っていない。公式には」

「はい」


 そんなに古強者ムーブしたいならもうそれでいいです。ハリボテと知っていると虚しいが、これはこれで。


「儂はとうの昔に引退した老兵だが、まだまだ若い者には負けんよ。ついては錆びついた能力を研ぎ直さねばならん。三ヵ月、いや一ヵ月。時間を貰いたい。それまでには力を取り戻す」

「分かった。能力の鍛錬法は俺が教え――――」

「要らんよ。儂には儂のやり方がある。何も心配は無い」


 自信に満ち溢れ言い切った狭間さんと握手を交わし、秘密結社天照所属の証としてドッグタグを渡して、俺はマンションを出た。


 十三階から飛び降り夜風を浴びながら念力式千里眼で様子を伺うと、狭間さんは玄関の壁にもたれかかりずるずると崩れ落ち、頭を抱えてぶつぶつ言っていた。


「超能力……? 一体何をどうすれば……? まるでワケがわからん。せめて二ヵ月にしておけば……ううっ……」


 知ってた。

 まあ我流でも基礎訓練ぐらいはできるだろうし、見栄張って一人でやりたいならそれでもいいさ。一週間ぐらいしたら様子を見に行こう。

 ジジイがんばれ。超がんばれ。

明日も20時に更新します(暴走特急)

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ジジイいいねぇ。いいキャラしてる。
見山並みに好きなんよ狭間さん
[一言] こんなおもしろジジイなかなかないキャラ
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