01話 SSSSSSSSSSSSSレア能力者を探せ!
ゴールデンウィークが明けてから、鏑木さんは雲迷彩を纏い太平洋を漂う魔法の城に入り浸っている。最初の数日こそ念力で送り迎えをしていたが、ここ二、三週間は泊まりっぱなしだ。天岩戸にも顔を出さなくなるほどのドハマり中毒っぷりである。魔法の城に住むのは長年の夢だったのだから無理もない。
そこまで入り浸る理由の一つとして、魔法城と東京の交通の便が悪い事が挙げられる。
念力輸送の速度は体への負荷を考えマッハ5程度に抑えてあり、片道1~2時間かかる上、人目につかないよう移動は夜間に限られる。徒歩数分で気軽に移動できれば鏑木さんもここまで入り浸っていないだろう。
元々、移動手段や空間の制限は秘密結社活動をする上でネックになっていた。
世界の闇が出現すると、燈華ちゃんや翔太くんは大体走って現場に向かう。自転車があれば自転車を使い、タクシーを呼ぶ事もあるが、無駄に時間がかかる。街中での全力疾走が人目を惹くのも問題だ。
さらに戦闘服を着た状態で現場に行けばめちゃめちゃに目立つから、私服で現場に向かい、私服のままで戦うケースが最近多い。もたもた着替えている内に世界の闇が逃げたり、一般人を襲ったりしたら大問題だからだ。戦闘服に着替えなくても、戦闘に習熟している翔太くんと燈華ちゃんは雑魚敵との戦いで今更怪我などしない。事実、戦闘服はマリンランド島で久しぶりに使用された。
マリンランドの時の飛行機乗り継ぎも面倒だった。旅の楽しみも含めてイベントなのだから悪いわけではないのだが、どうしても時間がかかり、移動だけで旅疲れが出てしまう。ゴールデンウィークや春・夏・冬の長期休みでもなければ遠出は難しい。土日にちょっとアメリカでイベントやろう、という訳にはいかないのだ。
そして空間の問題は移動の問題よりも深刻だ。
人気の無い場所で超能力者が「世界の闇」と呼ばれる怪物と戦っているらしい、という情報はオカルト界隈ではそれなりに広まっていて、業界人の好奇心を大いに煽っている。下水道、廃工場、夜の取り壊し中のビルなどでは張り込みや監視カメラの設置が盛んだ。
素人の調査だけならまだしも各国の情報機関にまで目を付けられているからやりにくい事この上ない。既に東京近郊の目ぼしい場所は監視の目が厳し過ぎて使えず、世界の闇との戦いで使う場所の確保には苦労している。
しかも念力で強引に監視を排除すれば「監視が排除された」という事に気付いた奴があっという間にすっ飛んでくる。あと一年もしない内に、東京に安心して戦える場所は無くなってしまうだろう。念力でのカバーにも限度というものがある。
そこで、移動と空間の問題を解決できる新しい超能力者――――空間系能力者を勧誘する事にした。
今回は逸材を探して超能力をプレゼントするのではなく、空間系能力の素質を持つ人間を探し、説き伏せる形になる。人柄より能力優先だ。
もちろん、秘密結社活動が嫌いだったり、秘密を守れそうもない奴はNGなのだが。
空間系能力者が仲間になれば、遠い場所に一瞬で移動できたり、異空間に仕舞っておいた戦闘服に一瞬で着替えたり、誰にも見つからない隔離空間で人知れず世界の闇と戦う……なんて事もできるだろう。
むしろ今までそういうのが無かったのがおかしかったと言える。
さて、鏑木さんに相談したところ、上の空で「任せるわ」というお返事を頂いたので、空間系能力者探しは俺一人で頑張る事になった。
というか、超能力の素質を識別するには、死ぬほどの激痛に耐えて念力でネンリキンを引き千切り、誰かに貼り付けて、変異定着を待ち、念力で定着した超能力原基を触って感触を確かめる、というプロセスが必要になる。
全て念力が無ければ成り立たず、念力が使えない鏑木さんに協力できる事は何も無い。当然これに関しては未だ月夜見に潜伏中のババァも役に立たない。
人間に限らず、猿も猫も超能力を移植されると九割は自然現象系の能力に目覚める。炎とか、氷、水、雷、風、光、音などだ。
残りの一割が治癒や時間停止、身体強化、透視、透明化などの「その他」。この一割の中の更に限られた空間系能力者を探さなければならない。
実は空間系能力者は以前移植実験をしていた時に一人いたのだが、アメリカで懲役150年を喰らって刑務所にぶち込まれている極悪人なので採用は当然無しだ。
別に超能力者は品行方正な聖人である必要はないし、犯罪歴があってもいいのだが、極悪人は困る。
最初は超能力青春物語に相応しい東京在住の中1~高2の中から探した。
東京都の学生数は中学1~3年生が23万人、高校生は1・2年生だけで21万人。高校生が多いのは県外からの通学者がいるからだ。
合計で44万人。全員の超能力の素質をチェックするなら、一人あたり1分でネンリキン移植したとして44万分。不眠不休で305日かかる計算になる。そんな全ギレ行為を実行に移すのは現実的ではない。それに片っ端から移植チェックをしていれば「最近東京都の学生達が謎の(移植したネンリキンを剥がして回収する時の)痛みを訴えている」とニュースになってしまうだろう。
従って、目立たないよう1クラスにつき一人だけ調べていく事にした。1クラスに一人だけなら噂にもならないだろう。人数も一万人ちょっとで済み、一日八時間労働換算で三週間あれば調べ終わる。まあ空間系能力者が見つかればその時点で調査を中断するから、三週間かかるとは限らないのだが。
ところがどっこい、三週間かけて10129人の学生達を調べ上げても、空間系能力者はヒットしなかった。
治癒能力者は二十三人、時間能力者は七人見つけたが、空間系能力者はゼロ。空間系は思っていたよりずっとレアらしい。我ながらゲーム脳だと思うが、まるで延々とガチャを回して爆死し続けているようで鬱が入ってくる。
空間と時間は密接に関わっているから、時間能力の応用で空間をどうにかできる可能性も無くはないのだが、時間系筆頭の鏑木さんは異空間とかワープゲートとかそういう事は全くできないから、ここはやっぱり空間系にこだわりたい。
更に三週間かけ、もう一巡して追加の10129人を調べ合計20258人を調べ終えてもやはり空間系能力者は見つからない。ここまでスカが続くと不安になってくる。実は空間系能力者は存在しないのでは?
不安になってきてアメリカで服役中の例の囚人に再移植をしてみたら、普通に空間系に再覚醒したので空間系能力者が夢や幻ではないのは間違いない。単純にとんでもない激レアなのだ。
能力者探しは一日八時間、学校名と名前をメモして控えたりする時間を含めれば九時間。それを丸々六週間土日休み返上でやり続けても成果なし。五月の中頃に始めたのに、もう六月が終わりそうだ。
翔太くん達が通うアシ高ではとっくに冬服から夏服に切り替わり、暑い日にはエアコンが使われはじめている。翔太くんと燈華ちゃんが天岩戸に集まり超能力でキンキンに冷やした麦茶を飲みながら中間テストや水泳の授業の水着がどうのという話を楽しそうにしているのを聞いていると、俺だけ時の流れから取り残されているような虚しさに襲われる。
この六週間、俺はなんの成果も上げてないぞ。これだけやって成果どころかなんの進歩も手掛かりも無いのは辛すぎる。
調査の最初の二週間はワクワクしていて、
次の二週間は心が折れそうで、
その次の二週間は心を無にしていたが、
今はもう意地になっている。
ここまで来たらなんとしてでも見つけてやる。
考えてみれば空間系能力で瞬間移動ができるなら、別に東京在住に拘る必要はない。
俺は調査範囲を日本全国に広げた。全国調査なら中学生だけで325万人。1クラス一人調べても約10万人!
これだけ調べれば流石に見つかるだろう……と思ったのだが、1000人ぐらい調べたあたりでアクシデントが起き、危うく大惨事になりかけた。
ネンリキンを移植した中学三年生の男子が定着変異を待つ間にインドネシアに転校してしまい、更に引っ越し先で家出して足取りが掴めなくなったのだ。
そのまま行方不明になってしまったら、どんな能力に目覚めたのかも分からない人格調査もしていない悪人かも知れない超能力者が野放しになる。
結局、ババァ経由でクリスに依頼し、その子の足取りを超能力で追ってもらって発見。無事超能力を剥がして回収し事なきを得たのだが、心底肝が冷えた。
その一件以降、俺は「足取りを追いやすい」事を重視するように方針を切り替えた。調査範囲を東京都内に戻し、マンション単位で調べる事にしたのだ。
一棟のマンションの住人全員に老若男女問わずネンリキンを移植し、毎晩全員帰宅した時間帯を見計らい行方不明者が出ていないか一括チェックするのだ。バラバラの場所に住んでいる何百人もの学生の足取りを毎晩確認して回るより遥かに楽である。
マンションの住人達のネンリキンをまとめて剥がす時は、裏から手を回して手配した爆音選挙カーをマンションの前で騒がせ、そのせいで体調不良を起こし痛んだのだと勘違いさせる。
年齢関係なく調査しているため、青春とは程遠いくたびれた中年親父な空間能力者を発見してしまう可能性もあるが、それはもうこの際構わない。
最悪、契約書で縛り、高額報酬で釣って、秘密結社への空間能力の提供を副業としてやってもらえればいい。そんな夢の無い話は俺がやりたく無いから、本当に最悪の場合だが。
学生に絞ってえり好みして、発見までに二年、三年とかかってしまったらどうする? 翔太くんも燈華ちゃんも高校を卒業してしまう。時間は、青春時代は有限なのだ。あまりダラダラ時間をかけてはいられない。
東京の大規模タワーマンションは一物件あたりの部屋数が1000戸を超え、2000人は固い。流石に東京中のマンションを調べ尽くす前に見つかるだろうと信じたい。
――――そして。
マンションを四件調べてスカり、合計調査人数が三万人を超え、クマさんに死相が出てるぞ、と心配されるようになってきた七月のある日。
俺はついに空間系能力者を見つけた。
名前は狭間空重。
七十五歳の御老人だ。
青春を時の彼方に置いてきたおじいちゃんだが、もう俺は調査を続ける気力が尽きていた。
疲れた。
疲れ果てた。
もうネンリキン引き千切って貼り付けて監視し続けるのは嫌だ。
彼の超能力原基を触って空間能力者だと分かった時、心からホッとして「もう彼でいいや」と思ってしまった。
だから決めた。
誰にも文句は言わせない。
次の秘密結社構成員は! SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSレア空間系能力者おじいちゃんだッ!!!
本編とは全く関係ない話なんだけど、アキレスと亀の逸話を御存知だろうか?
ある時、俊足のアキレスくんと、鈍足の亀くんが競争する事になった。亀はアキレスより早く出発し、アキレスはそれを追いかける。アキレスが亀のいた場所にたどり着いた時、亀は少しだけ先に進んでいる。アキレスが先に進んだ亀の場所にまたたどり着いた時、亀は更にもう少しだけ先に進んでいる。
俊足のはずのアキレスは、いつまで経っても鈍足の亀に追いつけない!
私はこの完璧な理論を小説に使う事を思いついてしまった。
まず二話分ストックを書いておく。一話更新する間に、もう一話書く。すると、いつまで経っても話のストックが無くならず、毎日連続更新できる!
天才では?
要約:とりあえず次話は書きあがっているので明日も20時に更新します




