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クラスのみんなにはナイショだよ連撃

 魔法城は鏑木さんにお披露目した後、百八のマジカル機能の内の二つ「浮上」と「雲の巣」を発動させ、宙に浮かび雲を纏って夜空に紛れて消えた。自然にできた雲の中に常に紛れるように航行設定してあるので、人工衛星でも発見・追跡は困難だ。


 魔法城出現から浮遊して雲迷彩を発動するまでの間は遠目に目撃されていたわけで、その存在は世界中が知っている。しかしそもそも位置が特定できないし、仮に特定できても結界に阻まれ接近できない。

 魔法城調査は困難を極め、『国外に秘密にされていたマリンランド島の紀元前の古代遺跡の近海で岩巨人と透明巨人が大怪獣決戦繰り広げた直後に黒い極太ビームが空に打ち上がり少し間を開けて荘厳な城が宙に浮かび雲を纏って夜空に消えて行った』という情報過多かつ意味不明な一連の事件は謎が謎を呼び、数日の間世界各国の新聞の一面はマリンランド遺跡事件に占拠される事になった。


 鏑木さんは帰国後数日の間は夜闇に紛れ念力直送便で魔法城と東京を行き来していたが、すぐに面倒になったらしく城から戻って来なくなった。

 少し寂しくもあるが、これほど夢中になってくれると用意した甲斐があったというものだ。普段お疲れの鏑木さんには是非ゆっくりとバカンスを楽しんで頂きたい。


 天照の二人は、マリンランド公国の万全の情報規制の下、無事世間に正体を知られる事なく帰国。天岩戸の秘密区画の棚にアーティファクトが一つ増え、二人は普通の学生生活に戻った。

 ゴールデンウィークにイギリス旅行に行き、マリンランド遺跡事件の騒ぎで航空便が止まる前に急いで戻ってきた……というカバーストーリーになっている。


 月夜見の二人は漁船に賄賂を掴ませマリンランド島からイギリスへ密航し、そこから日本へ飛んだ。天照組から遅れる事二日の帰国だった。

 月夜見は日本政府のミッションである『アーティファクトの奪取』は失敗したが、代わりに魔王殺し(PSIドライブ)の回収に成功した。

 親分が日本政府にアーティファクトの代わりに魔王殺しを納品し、月守組への戸籍の手配を要求する交渉をしたところ、有識者会議を開き対応を検討するのでしばし待てとの沙汰が下っている。

 いちいち対応が遅いのはもう諦めた方がいいんだろうか。一年以内に対応が決まるといいなあ、と思います。


 ルー殿下は俺と鏑木さんを含む関係者一同から『何もせず座ってて下さい』と口を揃えて言われ、不貞腐れながらもコメントを求め押し寄せる報道陣に微笑みかけ手を振るだけの簡単なお仕事を頑張っている。

 そしてマリンランド情報当局はルー殿下から『天照が困らないようにして』というフワッとした勅命を受け、情報工作に奔走している。いつもなら鏑木さんがやるイベント事後処理の大部分を担って貰えるのは正直ありがたい。


 小国とはいえ一つの国を、マリンランド公国を味方につけたのは全く正解だった。国家が隠蔽工作を行っているという事実そのものがカモフラージュになるからだ。

 人間は「分からない謎」より「隠された謎」に好奇心を刺激される。「どこかに超能力者がいるらしい」よりも「マリンランド公国が超能力者の情報を隠しているらしい」の方が注目を集める。

 つまり、マリンランド公国という目に見える公的存在がデコイになり、超能力捜査の矛先を集め、天照が目立たないようにしているのだ。

 しかもそのマリンランド公国でさえ本当の事(全てマッチポンプ)は知らない。絶対に情報をスッパ抜かれない、とまではいえないが、とりあえずは最善の布陣だろう。

 秘密結社を秘密のままにしておくのも結構大変だ。












佐藤(さとう)駿(しゅん)は東京は足立区に門を構える私立高校、葦ノ原(あしのはら)学園高等学校――――通称アシ高の特進科二年生である。

 趣味はスマホゲー、漫画、音楽。陸上部に所属し、GW中は埼玉県の山間にある合宿所で強化合宿をしていた。駿が入学した年からなぜかアシ高への寄付金が爆増したらしく、移動バス代は学校持ちで、古い合宿所は改修され、食事も充実。至れり尽くせりである。

 有名なデザイナー監修の新しい制服も駿の入学年からの採用で、学生の評判が良く、制服目当てで入学した学生も多い。自由な校風のおかげで五人以上集めて申請すれば部活の設立も可能で、かくいう駿も「超能力研究部」という怪しげな部活を掛け持ちしていた。


 その手のクラブ、サークル、同好会は昨今の日本に溢れかえっていて、特別珍しいものでもない。大学ではほんの数年前まで絶滅寸前だった超心理学科が脚光を浴び、超能力を身に着けたい者、超能力を研究したい者、超能力で稼ぎたい者などを強烈に吸い寄せている。アシ高の超能力研究部の部員にも超心理学科受験を目指している者がいる。

 とはいえ、部員全員が本気で超能力研究に取り組んでいる訳ではなく、駿もまた本気ではないエンジョイ勢だった。高二になってから二、三回しか部室に顔を出していない。


 あわよくば超能力をゲットできないかな、と入った部活は所詮学生のお遊びに過ぎず、活動内容はオカルト雑誌を持ち寄ってダラダラ雑談するだけ。

 入部当初はそれでも楽しかったが、すぐに飽きた。あとは廃部にされないための活動実績作りに、年に一度の研究集会に出席し、子供だましのパワーポイントで数分の発表を行う程度だ。

 駿と同じように興味本位で入部したものの飽きて顔を出さなくなった幽霊部員は多く、部員数だけみれば陸上や吹奏楽といった主流の部活に匹敵するものの活動内容は寂しい限りである。


 駿は超能力研究とか言っときながらこんなもんかよ、ザッコ! などと内心で研究部を小馬鹿にしていたが、かといって自発的に超能力を身に着けるために何かをするわけでもない。

 ダルいし何もしたくないけど、何か凄い事が起きて超能力に目覚めたらいいなあ、とふわふわした都合の良い妄想だけをふくらませる受け身な一般男子高校生。それが佐藤駿だった。


 GW明けに駿が特進科クラスに入ると、クラスで群を抜いて浮きまくっている赤髪不良野郎、高橋翔太が机に腰かけ、集まったクラスメイト達にイギリス土産だというキャラメルを配っていた。

 高橋は化学の実験授業でアルコールランプを使うたびに異様に興奮するヤベーやつで、普段は絶対に近づかないようにしていたのだが、イギリスのキャラメルに興味があったので人ごみに紛れそっと近づいてそっと貰った。味は激甘濃厚だったが、駿は割と好みだった。


 一限が始まる前に、日直当番の駿は職員室に御用聞きに行った。大抵何もないのだが、運悪く担任に落とし物を届けてくれ、と頼まれてしまう。めんどくせーなと内心舌打ちしながら、落とし物を受け取り、届け先を聞く。

 落とし物は紺の風呂敷包みで、届け先は普通科二年三組のクリスティーナ・ナジーンという女子だった。


 二年三組に顔を出しナジーンさんはいるか、と尋ねると、入れ違いで落とし物を探しに出て行った、と教えてもらった。話によれば通学中に落としたようだ。

 担任に何故か「直接手渡しするように」と念を押されていたので、クラスメイトに預けるわけにもいかず、駿はナジーンを追った。ナジーンは金髪碧眼で、ポニーテールの可愛い子らしい。


 幸い、ナジーンには下駄箱で追いついた。説明通りの容姿で、説明通り残酷なほど平らな胸をしていたのですぐに分かった。

 廊下で何度かすれ違い、すっげー美少女だなーと目で追った事はあったが、名前を知ったのも話しかけるのもこれが初めてだった。


 不安そうに下駄箱や床に手を当てては目を閉じ首を傾げ、という不審な行動をしているナジーンに声をかける。


「あー、クリスティーナ・ナジーンさん? 先生から落とし物預かって届けに来た。コレ君のだよな」

「えっ? あ、そうそうそうそう! それアタシのやつ!」


 振り返ったナジーンは顔をパッと輝かせた。その眩しい笑顔にドキッとしてしまう。

 こいつ、俺の事好きなんじゃ……?


「えーっ、どこに落ちてた? いやおっかしーんだよね、絶対ちゃんと鞄の中しまってたはずなのに。中身見てないよね? ……見てないよね良かった」


 ナジーンは風呂敷包みを受け取りながら自問自答して勝手に納得していた。

 と、そこに唐突に強風が吹いた。風は緩く閉じられていた風呂敷包みの口を煽り、布がはらりとほどける。


 駿はチラリと見えた中身に固まった。見間違いでなければ、鎖帷子と、小刀だった。

 ナジーンは素早く風呂敷包みを奪い取り抱きかかえ堅い笑顔で断言した。


「気のせい」

「え? いや、今の」

「見間違い」

「いや、なんか刀みたいな」

「刀? そんなの持ってきてるわけないでしょ音楽で使うリコーダーに決まってるでしょ」


 駿は早口になったナジーンをじろじろと眺めまわした。

 駿は仮にも超能力研究部員である。謎の超能力者を扱った雑誌は何冊も読んだ。

 その中に、忍者の都市伝説があった。

 黒ずくめで覆面をした細身の忍者で、折れた小刀で戦い、煙玉でヤクザを手玉に取り、弾丸を避ける、変装の達人だという。


「……もしかして忍者?」

「え? なんて?」


 半信半疑で尋ねると、ナジーンは首を傾げた。すっとぼけているのか、本当に違うのか分からない。

 実際、怪しい。同じ高校に通う美少女の正体が忍者だった、という漫画のようなパターンなのか? 勘違いだったら恥ずかし過ぎるが、充分有り得るような気もした。


 更に追及する前に、ガッチリ抱えられていた風呂敷包みからゴトリと何かが滑り落ちた。小刀と、『煙』と雑な毛筆で書かれた握りこぶし大の丸い球だった。


「ふぁっ!? なんでっ!? しっかり持って、あーもうちょっと来て!」


 駿は一気に挙動不審になったナジーンに手を引っ張られ、下駄箱にいた他の生徒に見えない位置の掃除用具入れの陰に引きずり込まれた。

 二人は狭い場所でほとんど密着する。駿はナジーンから香るほんのりとしたいい匂いに脳を痺れさせた。ナジーンは鼻がくっつくほど顔を近づけ、真剣に言った。


「今見た事は絶対秘密にして」

「君が、あー、その、忍者って事を?」


 突然正体を現した非日常と美少女に見つめられている現状に二重にドキドキしながら聞く。ナジーンは気まずそうに頷いた。


「まあ……そんな感じ。この際言っとくけど本当黙ってた方がいいからね。アタシさ、ヤクザと秘密結社にものすんごく恨まれてるから。忍者の正体知ってるって知られたら襲われるかも。死にたくなければ黙ってた方が身のため、分かった?」


 ナジーンに凄まれ、別の意味でドキドキしはじめた駿は壊れた人形のように頷いた。

 別れ際に「誰かに言えばすぐに分かる」と脅された駿は、全く授業に集中できない午前中を過ごした。


 昼休みになり、駿は弁当を持って屋上へ続く階段へ向かった。屋上へ繋がるドアはいつも閉まっていて通れないが、ドアの手前にちょっとしたスペースがあり、物置代わりに使われているのか三角コーンと椅子が積んである。

 足を伸ばして椅子に座る事ができ、先生が来ない静かな場所であるため、駿はいつも昼休みはここで過ごしている。校内では電源OFFを義務付けられたスマホを堂々と使えるのが一番の利点だった。


 しかしこの日はいつもと違った。屋上へのドアが薄く開いていたのだ。駿は周りを見回し、ドアの隙間からそっと屋上を覗いた。


 誰もいない。


 昼食を取りながらゆっくり朝の忍者=クリスティーナ・ナジーンについて考えるつもりだったが、今まで一度も入った事がない屋上への好奇心が勝った。駿は弁当を椅子の下に置き、音を立てないようそっとドアを開け、屋上への侵入を果たした。


 屋上は爽やかな風が吹いていて、見晴らしがよく涼しかった。ぐるりとフェンスが張ってあり、貯水タンクと、電気か何かを管理しているらしい配電盤ボックス? のようなものがある。

 駿はすぐに貯水タンクの裏側から伸びる人影に気付いた。ドアから覗いただけでは分からなかったが誰かいるらしい。


 屋上を開けた先生が何かしているのだろうと思い、叱られる前に逃げようと後ずさりする。しかし逃げる前に作為的なほどタイミング悪く一際強い風が吹き、半開きになっていたドアが大きな音を立てて閉まった。

 駿は蒼褪め、走って逃げようとしたが、その前に貯水タンク裏にいた人間が飛び出してきた。


「は!? なんでいる!?」


 逃げ遅れた駿を見て驚愕も露わに叫んだのは先生ではなく、よく知った顔だった。

 赤髪不良のクラスメイト、高橋翔太が氷のランスを担いでそこにいた。


「なんだその槍!?」


 高橋は驚いていたが、駿の方がもっと驚いていた。

 目の前の光景に理解が追い付かない。フリーズする駿に高橋はランスを担いだまま詰め寄ってくる。もう春も半ばだというのに底冷えする冷気が押し寄せ、そこで駿は屋上の涼しさの原因を知った。

 高橋は氷のランスの柄で駿の鳩尾をド突きながらわめき散らした。


「おいテメーなんでいるんだよ! カギは!?」

「カ、カギ?」

「屋上のドア! カギかかってただろ!?」

「いやかかってなかったけど」

「ウソだろ俺絶対閉めたぞ。無理やりこじ開けたんだろそうだろ! カギかかってなかったってそれ火に誓って言えるか?」

「は?」


 混乱状態の高橋が一通り意味不明な言葉を吐き散らし落ち着いた後、駿は改めて信じられない気持ちで聞いた。


「高橋がFK(フリージングナイト)だったのか」

「そうだよ」


 高橋はランスを突き立てもたれかかりながら食い気味に肯定した。


「佐藤おめーマジなんでここに来るんだよクソが死ねよもう」


 高橋に口汚く罵られ、駿は奇妙にも失望と親近感を同時に味わった。


 彗星のように現れ、現代社会に隕石並みの衝撃をもたらした超能力者の代表格、フリージングナイト。氷の盾で仲間を守るその姿から高潔な騎士のイメージがついていて、駿もそう思っていた。しかし実態は赤髪不良である。ライターやチャッカマンを腰からじゃらじゃらぶら下げ、炎柄のシャツを着て、火を見ると異常に興奮する、不良である。

 どう見ても炎使いなのに氷使いで、高潔からは程遠い。酷い詐欺だった。


 一方で画面の向こうのヒーローの正体を自分だけが知る事ができ、それがクラスメイトだった、という喜びと興奮と親近感もあった。

 半日ぶり二度目の感覚だった。一日に二人も学校内で都市伝説上の人間と遭遇して、その正体を知るとは予知能力者でも分からないだろう。


「いつも屋上の前のとこで弁当食べてるんだよ。今日はドア開いてたから覗いてみたらお前がいた」

「ああー……俺いつも非常階段ルートでここ来てるから分かんなかったわ。一応そのドアのカギは毎日確かめてたんだけどな。クソッ」


 高橋は苛立たし気に頭を掻きむしった。


「高橋はここで何やってたんだ? また超水球が出て戦ってたとか……?」

「馬鹿、あのレベルの闇は滅多に出ねーよ。ただのトレーニングだ」


 そう言って、高橋は駿を貯水タンク裏に案内した。貯水タンクのバルブが緩められ水が漏れだしていて、氷でできた盾や剣、斧が散らかっていた。


「武器の瞬間生成と強度維持とか、基礎力の限界突破ができないかとか、いや言ってもわかんねぇか」

「はー……」

「おっと触んな。それマイナス200℃ぐらいあるから触ったら皮膚剥がれるぞ」


 感心するやら感動するやらで盾を手に取ろうとした駿は急いで手を引っ込めた。


「……高橋もやっぱ正体知られちゃマズい系なのか?」

「『も』ってなんだよ。そうだけどな……あのさあ、俺さあ、最近すんげぇ馬鹿やっちまってさあ。もっと力つけねーといけねーなと思ってガッコで訓練してたのにこのザマだよ。本当は一般人に正体バレたら上司に報告しねーといけねんだけど、またミスったとかちょっと言い出しにくいんだよな。なんつーか、アレだ。俺の事黙っててくれると助かる」


 気まずそうな高橋に頭を下げられ、駿は頷いた。もしかして忍者と知り合いか、と聞いてみたかったが、忍者の脅迫が頭から離れず、結局口に出さなかった。口を滑らせたせいで忍者だのヤクザだのフィクションから抜け出してきたようなワケの分からない奴らに襲われるのは嫌だった。


 朝の忍者ショックに続くFKショックは、駿から午後の授業への集中力を完全に奪った。

 高橋と別れ際に連絡先を交換したのは大きかった。ただのクラスメイトの連絡先なのだが、同時に世界中が正体を知ろうと血眼になっている超能力者の連絡先でもある。優越感と緊張感で頭がどうにかなりそうだった。

 今朝までは知りたくてたまらない情報だったが、知ってしまうとどうにも奇妙な感じだった。

 そもそもアシ高に二人も要注意人物が潜伏していたというのがまずおかしい。これだけ狭い範囲に二人もいたのだから、もしかしたら一般人に気付かれないように隠れているだけで、超能力者はどこにでもいるのかも知れない。


 やがて放課後になり、帰りのHR後の日直の仕事も終え、駿は一日の授業内容がすっぽ抜けたまま家路についた。

 駿は不安に駆られ、途中で何度も後ろを振り返った。忍者と超能力者の正体を知ってしまった自分は極秘の諜報機関や秘密結社に狙われるのでは? という想像が頭にこびりついて離れなかった。

 朝の通学中は気にならなかったすれ違う人々の目線が気になって仕方が無い。ずっと誰かに監視されている気すらする。


 いつもの倍の時間をかけ、挙動不審になりながら家に向かっていた駿は、急にほどけた靴紐を踏んで転んだ。

 咄嗟に頭は庇ったが、コンクリートで手のひらを摩り下ろしてしまった。傷は深くないが皮がむけて血が滲み、じんじん痛む。


「いってぇ……」

「大丈夫?」


 座り込んだまま涙目で手のひらにツバをつけていると、アシ高のセーラー服を着た美少女が心配そうに声をかけてきた。

 知った顔だった。特進科一の美少女、蓮見燈華だ。小柄で胸が大きく控え目で優しく可愛い、という男の妄想を詰め込んだような美少女だが、最近現国の授業で妙に滑らかに滑舌よく教科書の仏教説話を朗読したので密かに『尼さん』というあだ名が浸透しつつある。


「あ、大丈夫大丈夫! ぜんぜん、ぜんぜん痛くないし」


 駿は慌てて立ち上がり、無理に笑顔を作って虚勢を張り、痛みに強いカッコイイ俺をアピールした。特進科のほとんどの男子がそうであるように、駿も蓮見と仲良くなりあわよくばお付き合いしてにゃんにゃんしたいという健全な男子高校生的欲望を抱いていた。


「そう? 手、洗った方がいいよ。ほら」


 蓮見がカバンから水筒を出し、手のひらを洗い流してくれる。水筒を出す時に一瞬カバンの中に小型消火器のようなものが見えた気がしたが、一日でいろいろあり過ぎて疲れているのだろうと納得した。


「ハンカチ持ってる?」

「あー……」

「無いの? これ使って」


 祖父か祖母のものなのだろうか、蓮見は仏像プリントの古風なハンカチを差し出した。美少女にハンカチを借りるドキドキするシチュエーションのはずなのに、仏像のパンチパーマを見ていると冷静になってしまう。ハンカチに微妙に焦げたような臭いがついているのもマイナスだ。

 駿がハンカチを手に巻きながら何か気の利いた話題が無いか必死に探していると、蓮見は何やらスマホを耳に当て、険しい表情で何度か頷いていた。


「ごめん、私もう行かないといけないから。お大事に、ハンカチはあげるね」

「あ、洗って返すから!」


 辛うじてそれだけ返すと、蓮見はちょっと微笑み、セーラー服のスカートを翻し風のように走っていった。

 駿はそれを見送っていたが、途中で思い直し、後を追った。


 何か変な感じがした。


 見えない力で、常に弱くどこかへ引っ張られているような感じだった。今は蓮見に向けて引かれている気がする。

 運命の引力というものだろうか? 思い返せばナジーンや高橋の正体を知った時も同じ感覚がしていた気がしなくもない。

 何かの導き。あるいは第六感。駿はそれを信じはじめていた。

 一日で二度、奇跡の出会いがあった。

 二度目があるなら三度目もあるのでは?


 蓮見は段々と人気のない方へ走っていき、途中で何度か振り返ったが、内なる導きに身を任せた駿は直感的に身を隠し見つかる事はなかった。

 蓮見は廃工場を取り囲む塀を身軽に乗り越え、塀の向こうへ消えて行った。駿は真面目な蓮見が躊躇なく不法侵入していった事に驚き、蓮見を追うには自分も不法侵入しないといけないという事実に怯んだが、意を決して後に続いた。


 塀を不格好によじ登った駿は、廃工場の汚れて曇った窓ガラス越しに深紅の炎とそれに照らされ身をよじる黒い影を見た。破壊音が数度続き、静かになる。


「まさか」


 駿は戦慄した。自分が現実世界から零れ落ち、漫画の世界に迷い込んでしまったような錯覚に陥った。たった一日で十七年培ってきた自分の常識が、日常が、崩れ去ったようだった。三度目は本当にあった。

 炎で何かと戦う少女、といえば、思い当たるのは一つ。

 類稀な幸運、数奇な運命とはこういう事なのだろうと思い知った。


 そして、駿は廃工場から出てきて自分を見た蓮見の驚愕の声を、なんか慣れてきたな、と思いながら聞き。


 それから数分後、駿は案の定また一つ秘密を抱える事になったのだった。


 駿はどこかに電話連絡をした蓮見にアーティファクトの一つだという白い小さな粒が入った宝石を握らされ、超能力の資質が無い、という判定を受けた。

 怒涛の遭遇で自分が何か特別な運命を背負っているのでは、と思い始めたところに無情な判定である。

 悔しくて信じられなくて、駿は数十分に渡り食い下がったが、蓮見曰く、超能力の資質が無ければ闇に潜む怪物に襲われる事もないため、安心していいし、詳しい事情を知る必要もないらしい。この日三度目のしつこいほどの口止めを受けた後、駿は無事解放された。


 家にたどり着く頃には駿は疲労困憊だった。

 もし運命を司る神というものがいるのなら、この日一日に一生分の加護を集中させたに違いない。

 駿は夕食を食べ、風呂に入り、世にも奇妙な一日を思い返しながら泥に沈むように深い眠りについた。

 現実が夢のようだったせいか、夢は見なかった。


五章「†漆黒の双翼†(仮)」に続きます。三月開始です。

そして書籍版一巻、本日発売。応援よろしく!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この佐藤少年は猫の首絞めてたのとは違う人物? [一言] 引っ張り込まないのにこんなに関わらせたのか…
[良い点] あぁ、身悶えるわぁ… なんだこの使い古された展開のはずなのにドキドキする新鮮な気持ちは!
[良い点] タイトル見た時点で腹筋崩壊w そうだね!運命を司る神(念力)のせいだね!!その神は友人キャラになってほしいんだろうね!!!ww
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