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世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
一章(前) 大人が作る子供が夢見た秘密結社
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04話 超能力者に限界はない!(ある)


 ネンリキンから変異した鏑木さんの時間停止超能力原基は時間停止タンパク質(ストップロテイン)と名付けた。ネンリキンと同じようにストップロテインも使えば使うほど成長していくだろう。なお俺のネーミングを聞いた鏑木さんは爆笑していた。ネーミング上手過ぎてすまんな。

 鏑木さんは動けないし何も見えないという時間停止の利点が瀕死状態から脱却したいようで、『時間停止中に動き、見る事』を目標に掲げて訓練を始めようとしたのだが、それは止めた。

 俺の経験からいって基礎が身につかない内からの応用はやめた方がいい。


 念力は最初「押す&引く」しかできなかった。それを上下前後左右のベクトルにも動かせるように訓練をしたのだが、「押す&引く」を地道に訓練し出力を向上させた後だからこそその訓練は実った。出力向上訓練をしないままベクトル訓練をしても手ごたえは得られず失敗していただろう。

 鏑木さんの超能力の基礎は単純な時間停止。まずは停止時間を延ばす事に集中した方が良い。なにしろ、まだたったの0.5秒しか時を止められないのだ。9秒ぐらい止められるようになってからでも応用は遅くない。

 なんなら丸一日停止できるようになってからでもいいが、時間停止中は自分の体・体内以外は空気も全て止まっているというから、長時間時間停止していたら空気を吸えずに窒息不可避。一分ぐらい時を止められるようになったら窒息を回避するために空気を時間停止から除外する応用技が必須になるだろう。


 鏑木さんは納得し、基礎訓練に励みはじめた。俺はというと、毎日鏑木さん家に通い、順調に近づく秘密結社設立に向けて話し合い構想を固めながら、密かに念力で時間停止に挑戦していた。ネンリキンの変異種であるストップロテインで時間を止められるなら、元祖ネンリキンを応用すれば時間を止められるのではと思ったのだ。

 念力を応用して時間を止める具体的な方法としては、よくSFや科学かぶれのファンタジー漫画にある理論を参考にした。即ち、分子(原子・粒子)の停止である。

 世界は分子でできている。つまり分子を止めれば全ては止まり、疑似的な時間停止が可能になる……!


 実際にやってみる。よし。まず念力で分子の動きを……

 分子の動き……分子……?

 ちょっと分からない。そんな虫眼鏡でも見えないような細かいものをどうやって把握すればいいんだ。電子顕微鏡でも使って観察しながら念力で掴んでみるか?

 自力での研鑽は無謀そうなので、とりあえず鏑木さんに電子顕微鏡をおねだりしに行く。ぼく電子顕微鏡が欲しい! 買って買って買って―!

 ……と、頼むために鏑木さんの仕事部屋に行き、ドアをノックする寸前ではたと気付く。


 よく考えてみたら分子を停止させても時間は止まらないんじゃないだろうか。

 分子の運動とは、熱である。分子の運動を止めても時間は止められない。熱が下がり、冷えるだけだ。分子の停止で時間を止めるのなら、分子一個一個の挙動を把握した上でその運動を内在的に保存しつつ停止させ、停止解除後に再び元通りに動きだすようにしなければならない。何千兆個どころじゃない莫大な数の分子を一つ一つ止めて記憶するようなびっくり脳内処理能力を俺は持っていない。全部まとめて停止させて、全部まとめて同じ方向に動かす、とかそういうのだったらできなくもなさそうなんだけどそれは時間停止ではない。念力の応用で時間停止は無理みたいですね。創作物のガバ理論を鵜呑みにした俺が馬鹿だった。

 あぶねぇ、気付かずに鏑木さんに言ってたら笑われるところだ。


 とかなんとかアホな事をやったりやらなかったりしている内に、二年間の会社務めで溜まっていた二か月間の有給休暇を消化しきり、正式に退職する日がやってきた。当然のように「身勝手な理由で急に仕事を休んだから」という理由で有給申請を通していたにも関わらずこの二か月間の給料は出なかった。知ってた(白目)。鏑木さんは憤慨して弁護士を手配しようか、と言ってくれたが、クソめんどくさい裁判で時間を潰すより秘密結社設立に力を尽くしたいので断った。はん! せいぜい給料ちょろまかして浮いた小金で喜んでろ! 俺はもっとデカい事をする。


 しかし、これでいよいよ俺もニートだ。秘密結社は秘密であるが故に職業として名乗る事はできない。

 表向きはただのニート。その実態は秘密結社のボス!

 かっこ悪!


 流石に外聞が悪いし、重労働大国日本の民として調教された本能からか職についていないと落ち着かないので、鏑木さんに相談してみる。

 ブルーライトカットの伊達眼鏡をかけてパソコンに向かい仕事をしていた鏑木さんは不思議そうに首を傾げた。


「佐護さんは秘密結社の首領。私は出資者、兼、副官。私達はそういう分担でしょう? 佐護さんは何も働かなくていいのよ。私が十分稼ぐわ」


 た、頼もしい!

 やばい、このままだと養われる。ヒモになる。俺は男の子としてのプライドをかけて反論を試みた。


「それはそうなんだけどな。表向き無職ってのは心に刺さる。自分で自分の食い扶持をなんとかできるぐらいは金を稼ぎたい」

「うーん、そうね。自分で稼ぎたいのなら、念力を生かしてカジノはどうかしら。簡単に大勝ちできると思うけど?」

「ダメだ。賭博でイカサマはやりたくない」


 実際、絶対にバレない念力式のイカサマで大勝ちはできるだろう。俺はそれだけの繊細かつ巧妙な念力を使う事ができる。

 が、毎年正月に親戚が集まるたびにカジノを経営している父方の叔父さんから、イカサマ野郎に荒稼ぎされ危うく店を潰されかけ、自分と従業員とその家族の失業をかけてギリギリのところでイカサマのタネを暴いて豚箱にぶちこむ事に成功したという苦労話か武勇伝かよく分からん話を聞かされている俺としてはとてもできない。

 むしろカジノに行くと、あー俺が勝つと店の資金プールが減ってその調整に会計係が苦労するんだろうなー、などと思ってしまいやる気が削がれる。普通に経営していれば店側が赤字になる事は早々ないんだけども。それでもね。


「それなら酒場のマスターになってみる? 秘密基地の表の顔として使うだけでずっと閉店状態にするつもりだったけど、せっかく一昨日雰囲気作りでアルコール類を搬入したところだし、本気で開店してみても良いと思うわ。立地はいいし、それなりに稼げるのではないかしら。もし赤字が出ても私が補填するから、どう?」

「ん゛ん゛!」


 正直、めっちゃ心惹かれる提案だった。

 普段は超能力の存在を知っているけど才能がなくて超能力者ではない一般人協力者のバーテンダーのフリをして秘密結社構成員達の相談に乗り、その実態は秘密結社のボス! というところまでは三秒で妄想した。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 形式が変わっただけで半分ぐらい鏑木さんに養われる事に変わりはない気もするが別にいいか! そもそも鏑木さんの言う通り、元より出資してもらう約束はしていたのだ。俺は出資のお返しにどれほど金を積んでも絶対に手に入らない超能力を授けた。Win-Winである。正当な対価として堂々と養われよう。働かない訳でもないしな。


「是非、頼む」

「分かったわ。改装して住み込み店員用の居住スペースも作っているところだから、工事が終わったら引っ越してもいいかもね。ところで佐護さん、酒場を開業するためには何が必要か分かる?」

「渋いバーテンダー?」

「いいえ、食品衛生責任者資格よ」

「食品衛生責任者資格」


 飲食店を開業するためにはなんちゃらとかいう資格が必須だという事は昔からぼんやり聞いた事があった。高校の学校祭で生徒による飲食店の出店に先生が厳しかったのはそのあたりが理由だったと記憶している。高校生は資格を持っていないので、飲食物の管理・販売に著しい制限がかかるのだ。確かに鏑木さんの言う通り酒場を開くために資格取得は絶対に必要な事だと理解はできるが、釈然としない。俺はデカい事をする(食品衛生責任者資格取得)。なぜなのか。


「食品営業許可申請と防火対象設備使用開始届と火を使用する設備等の設置届と深夜酒類提供飲食店営業開始届出書と個人事業の開廃業等届出書は私が書類を作っておくから、後で目を通しておいてサインと押印をお願いね。佐護さんは資格取得に集中して。そんなに難しい講習はないと聞いているけど」

「あっはい」


 煩雑な手続きを鏑木さんに任せ、俺は食品衛生責任者資格を取る事になった。

 東京都食品衛生協会が主催する資格取得のための講習は五日後に開催するらしいので、まさかとは思うが講習を受けても物覚えが悪すぎて資格を貰えないという事がないように参考書を買って勉強を始める。同時に地下酒場への引っ越しに備えてアパートの荷物の片づけを始めた。忙しくなってきた。時間が足りない。


 時間が足りないといえば鏑木さんの超能力だが、訓練により停止可能時間は順調に延びていた。その成長率はなんと俺より高い。数値にして1.7倍のハイペースである。鏑木さんの超能力が時間停止だと発覚した日の0.5秒から、成長痛のための休息も挟んで三日おきに0.85、1.45、2.45と伸びて今朝には4.18秒に達したという。

 俺のネンリキン成長率は1.3倍だったから、驚くべき高成長率だ。才能がないなんてとんでもない。鏑木さんは超能力までハイスペックなのか、それともストップロテインは性質的にネンリキンより成長しやすいのか。1.3と1.7という数値だけ見ると大差ないように見えるが、等比級数を侮ってはいけない。約十年分のアドバンテージもそのうちひっくり返されそうだ。恐ろしくも頼もしい。


 その成長に陰りが見えたのは、拍子抜けするほど簡単に食品衛生責任者資格を取得し、引っ越しと住所変更手続きを済ませ、地下酒場営業のための機材を揃えているある日の事だった。床材の木の匂いも新しい夜の酒場で十五個のカクテルシェイカーを浮かせて同時シェイクする遊びをしていた俺は深刻な顔で訪問してきた鏑木さんに作りたてのカクテルを出して迎えた。

 ちなみに鏑木さんの今日の服装は白い布をゆったりと体に巻き付けた、歩くギリシャ彫刻のような女神的装いだった。この服装で堂々と街中を歩いてきたのか……心臓何製? オリハルコン?


「佐護さんは、念力の伸び悩みは無かったのよね」

「ああ、一度も無かった」


 俺が答えると、鏑木さんは優雅にグラスのカクテルを口に運び、悩まし気に息を吐いた。実に絵になる。ピザ体型で顔面完熟堆肥の女性が同じ服を着て同じ事をしていたら目を逸らしたくなっただろうから、ダイエットと整形をしたのはマジで英断だったな。


「実は停止時間が延びなくなったのよ」

「延びなく?」

「44秒から停止時間が延びなくなったわ。成長痛もないの。これはもう成長できないという事?」

「あー……分からない。頼りにしてくれたのにすまんが」


 景気よく成長していただけに、鏑木さんは落ち込んでいた。それから幾つか聞かれたが、まともな答えを返せず申し訳なさが募る。

 しばらく無言でグラスを傾ける鏑木さんにカクテルを作って渡す静かな時間が流れる。素人に毛が生えた程度の出来の俺のカクテルでも、舌が肥えているはずの鏑木さんは何も言わず喉に流し込んでくれた。


 やがて、鏑木さんは頬を叩いて立ち上がった。すっきりした顔で言う。


「これ以上延びないなら仕方ないわね。明日から応用訓練を始めるわ。まずは光を時間停止から外すところね。実はもう目星はついているの、口の中に入れた物の時間が止まらないという事は、厳密に私という存在を構成する肉体的要素のみが時間停止を免れているわけではなく空間的に停止範囲・対象が選択されているという事だからそれを拡張して……うん、いけそうね。ああ、もちろん基礎訓練も続けてみるわ」


 話を聞いてくれてありがとう、と言い残し、鏑木さんはしっかりした足取りで帰っていった。本当に話を聞いただけだったがあれで良かったんだろうか。ほとんど自分で気を持ち直していた気がするぞ。


 それから一週間基礎訓練を続けたが、鏑木さんの停止可能時間が44秒を超える事はなかった。鏑木さんの時間停止は44秒で頭打ちらしい。

 が、応用訓練をはじめてたったの十日で時間停止中の暗闇を克服し物を見れるようになったというのだからやはり天才か。原理は時間や空間の専門的概念が出てきてややこしい上にストップロテイン特有の感覚に頼った方法らしく説明されてもよく分からなかったが、とりあえず光源を口に入れておけば自分の周囲だけは照らせるとか。想像するとシュールな絵面だ。時間停止中の事だからその光景を俺が見る事はないわけだが。


 鏑木さんの超能力の探求と、俺の再就職を経て、秘密結社設立は間近に迫ってきている。

 あとは秘密結社と敵対する世界の闇っぽいものを偽造すれば、世界の闇と戦う秘密結社の最低限の体裁は整い、いよいよ構成員の勧誘を始められる。あと少しだ。


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読み返して今更ながらに思った ネンリキン追加移植すれば鏑木さんもっと伸びるのでは?
[気になる点] カジノがある日本? いや、海外でおじさんがカジノ経営していたんだ...多分
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