13話 遺跡探検ラストのお約束
証拠捏造とセットで語られる物といえば?
そう、証拠隠滅である。
遺跡捏造の後にも、もちろん遺跡隠滅が来る。念入りに造ったとはいえ半年がかりのシロモノであり、素人が一通り冒険して周るだけならまだしも、本格的な調査隊が入ったらすぐに捏造されたものだとバレてしまう。
だから破壊する。使い終わった遺跡をぶっ壊して調査できない状態にするのだ。厳密には全て壊すわけではないのだがそれは置いておく。
遺跡探検は宝物をゲットした後に崩壊する遺跡から脱出するところまでがお約束! と思い、遺跡を支える三本の柱に爆薬を設置。スイッチ一つで柱が壊れ連鎖的に遺跡が崩壊するように設計してあったのだが、いざ壊す時が来ると躊躇ってしまう。
せっかく頑張って造ったのに。これを壊すのか? マジで?
通路掘って通気口作って岩を切り上げ積み上げてレリーフ彫りまくって水路を通して無線中継機を岩の中に埋め込んで骸骨設置して苔をカビの株を植え付けて虫を放って……この一日足らずのイベントのために汗水垂らし頭痛がするほど神経を尖らせて作業した思い出が甦る。
それがスイッチ一つで全部パァ、だ。
映画や漫画で秘密基地や遺跡を爆破して主人公ごと葬り去ろうとする悪役の気持ちが痛いほど分かってしまった。心が痛い。
惜しい。めちゃめちゃ惜しい。思い出と苦労が詰まった遺跡を破壊するなんて嫌だ。壊したくない。残しておきたい。なんとか残したい。でも壊さないと何もかもが不完全燃焼。でも残したい。どうすればいいんだ。
『佐護さん?』
遺跡破壊スイッチに指を乗せたり離したりして迷っていると、インカムに鏑木さんからの通信が入ってきた。
「はいこちら葛藤中の佐護」
『? 私は今からルー殿下に付き添って遺跡に行くわ。二人が心配で様子を見に行くって聞かないのよ』
「ええ……」
窓の外を見ると、鏑木邸の前に停まっていた黒塗りの高級車がエンジンを吹かしているところだった。
俺の目線に気付いた鏑木さんが窓越しにさりげなくウインクを飛ばしてくる。そして急発車し、タイヤから白い煙を上げながら加速してけたたましい音と共に曲がり角をドリフト。瞬く間に見えなくなった。鏑木さん楽しそう。
『ルー殿下のお世話は私に任せて、佐護さんはイベント管理に集中して頂戴』
「はあ、まあ、了解」
インカム越しにルー殿下がハイスピード運転に無邪気にはしゃいでいる声が漏れ聞こえる。殿下も大概図太いな。
しかし今からルー殿下が行っても何の意味もないだろ。できる事も何もない。
崩壊する遺跡に巻き込まれたり(巻き込まないが)、岩巨人が起き上がってまた暴れ出したり(暴れないが)、観光客が押し寄せ警官隊とわちゃわちゃしている警戒線で騒動に巻き込まれたり(巻き込ませないが)、むしろ危険が増す。現場に無駄な口出しをして引っ掻き回す無能上司の如くだ。気持ちは有難いが邪魔以外の何物でもない。大人しく後方で引っ込んでいて欲しい。
まあ、鏑木さんが抜けるのは不安だがイベントはラストスパート、残り僅か。なんとかなるだろう。前向きに考えるなら鏑木さんが現場に行くのは演出的に好都合ともいえる。
ふむ、そうだな。ここからはモニターする意味もないか。
俺は立ち上がり、ジャンパーを羽織った。
「俺も現場に行く」
『私だけで大丈夫よ?』
「いや、俺が行きたい。現場組の念力サポートは移動しながらでもできる」
『分かったわ。遺跡崩壊スイッチだけ忘れないで』
「…………」
『……佐護さんはちゃんと遊んだ後のお片付けできるわよね?』
俺の心を読んだ鏑木さんが幼稚園児扱いしてくる。安い挑発だ。
しかしそんな挑発に乗ってしまう俺は安い男。
「さよなら、古代遺跡」
俺は破壊スイッチを押し、鏑木邸を飛び出しママチャリに飛び乗って現場へ急いだ。
さて。
色々と裏方がゴタついている間にも事態は進んでいる。端的に言えば、全員ものの見事に逃げ遅れ、ガッツリ瓦礫の下に生き埋めになっていた。死んではいないが身動きがとれない状態である。
アーティファクトを奪取し逃げ出した月夜見とそれを追った天照だが、まずとっくに体力の限界が来ていた見山が失速し、その背中を押すクリスが床の割れ目につまづいて派手にコケた。
そこに追いついた燈華ちゃんがクリスの頭を仏像で殴り倒し、胸倉を掴んで口に経文をねじ込む。
キャットファイトしている二人を引きはがした翔太くんが崩落していく背後の通路を振り返り焦ってとりあえず脱出優先を提案した時にはもう遅く、四人(と一匹)はあっさりと崩落する遺跡に飲み込まれてしまった。
出口を目の前にしてギリギリ間に合わなかったとかそういうタイミングですらなかった。出口まで百メートルはあった。余裕の生き埋めである。
翔太くんが絶対凍壁で全員を押し潰しかけた瓦礫を防御したため、今四人は瓦礫の間にできた球形の隙間の中に閉じ込められている。遺跡はほぼ全域が海抜0メートル以下の位置にあるためすぐに浸水が始まったが、翔太くんが凍らせて塞いだため事なきを得ている。
とはいえ直径二メートルほどの球形の空間に残された空気は多くない。しかも塞ぎきれなかった箇所からじわじわ水がしみ出し、足首のあたりまで沈んでいる。早急な脱出が必要だ。地上との間を隔てる八メートルの厚さの瓦礫をなんとかしないといけない。
遺跡の入り口がある地上では、崩壊して土煙を上げる原生林の一画でルー殿下が無駄におろおろしている。何度も瓦礫に躓いて転びそうになるのを鏑木さんが抱き留めていた。
ルー殿下はほんと大人しくしていて下さい。
交差点で信号待ちをしながら腕時計を見る。五分もあれば鏑木さんと合流できるだろう。合流してから念力で瓦礫を退かして救出。浸水ペースを見ても十分四人と一匹が溺れる前に助けられる。日没までにはカタが付きそうだ。
信号が青になりママチャリをこぎ始めると、何やら生き埋め中の翔太くんが演説しはじめた。
「聞いてくれ。瓦礫は全然動かねぇ。救助はいつ来るか分かんねぇ。全員超能力は消耗しきってもう使えねぇ。このままじゃあと十分もしねーうちに全員溺死する。だから無理やり瓦礫吹っ飛ばして地上に出る。協力してくれ。本気で」
「言っとくけど僕達も別に裏切るのが好きなんじゃないから。命かかってんのに変な事はしないって。で、協力って何すんの?」
クリスの合いの手に、翔太くんは魔王殺しから燃料カートリッジを抜いて掲げて見せた。
「コイツは超能力者の血液を燃料にして、超能力を増幅させて放つ事ができる。一人分の血じゃあ無理でも、全員の血を混ぜて増幅してやれば瓦礫を吹っ飛ばすぐらいできるはずだ。みんなの力を合わせるんだ!」
何かアツい台詞を言っているが、それはどうだろう。
血液混合燃料はまだ誰も試した事のない使い方だ。翔太くんの言う通り凄まじいカオスパワーが生まれる気もするし、暴発する気もするし、燃料が詰まって壊れる気もするし、超能力が打ち消し合って不発に終わる気もする。
やってみないと分からないが、不安しかない。ストーブの火力を上げるためにガソリンを入れたら爆発するように、力の足し算・掛け算が成功するとは限らない。
俺の不安をよそに、四人はいけいけムードで献血を始めた。カートリッジに四人分の血液が垂らして入れられていく。全員追い詰められて失敗や暴発や不発について頭が回っていないらしい。危ない事しますね君達。
……しかしまあ、せっかく面白い事してるし、水を差す事もないか。
「失敗したらどうしよう。涅槃に行けるぐらい徳溜まってるかな」
「大丈夫だ、なんとかなる。自分の内なる火を信じろ」
「これが力を合わせるカッコ物理ってヤツ? ちょっとわくわくしてきた」
「生きて帰ったら絶対痩せてやる」
四人分の血が入った燃料カートリッジを魔王殺しに装填し、翔太くんが構える。
浸水はもう胸のあたりまで来ている。イグの血を入れていないのは存在を忘れているのか、治癒の血液は流石に役に立たないと判断したのか。
俺は原生林の木陰にママチャリを停め、おろおろしているルー殿下とその傍で介護している鏑木さんに手を上げて挨拶しながら成り行きを見守った。
魔王殺しを腰だめに構えた翔太くんが足を滑らせよろける。燈華ちゃんと見山が翔太くんの体を支え、クリスが柄に手を添えた。
クリスと翔太くんは頷き合い、そして、
「世界を切り裂け――――」
天井へ向け渾身の力でその刃を振り抜いた。
「「――――魔王殺し!!!」」
振りぬかれた刃は、ぷすん、と掠れた音を立てた。
奇妙な沈黙が訪れる。
はい。
……不発ッ!
ここにきて不発!
これだから現実って奴は!
予想はしていても腹が立つ!
ロマンも盛り上がりもありゃしない!
はいはい分かったよ俺がやればいいんだろ!
最後の一撃がすかしっ屁なんてクソ展開は許さんぞ!
無理やりにでも劇的エンディングにしてやる!
俺は魔王殺しの内部機構に念力を伸ばし、モーターを手動で強制的にぶん回した。
不発と思いきや数秒の間を空けて激しい駆動音と振動を放ち始めた魔王殺しを翔太くんとクリスが慌てて抑え込み、照準を上方に固定する。
準備OK? じゃ、行きますね。
魔王殺しッ!
魔王殺しの切っ先を起点に、地上に向けて軽めに念力を放出する。透明では味気ないので、バリアの光遮断の応用で黒く色を付けておく。
黒い閃光のような念力の奔流は瓦礫を砕き、すり潰し、粉々にして、塵に変え、最後はプラズマ化させて消し飛ばした。ついでに上空の雲も貫いて円形に消滅させておく。
目を丸くしたルー殿下が円形に抉れた雲を見て、地下へ続く風穴をそーっと覗き込み、ぴえ、とか細い悲鳴を上げてへたり込んだ。
いやあ、魔王殺しってすごいね!
「鏑木さんが行く?」
「任せるわ」
鏑木さんが隣に来たので尋ねると肩をすくめて譲られたので、俺が大穴の底の月夜見と天照を念力でまとめて地上まで引っ張り上げる。四人は地上に転がり、茜色に染まった夕暮れの空を見て大きなため息を吐いた。
地上に戻った燈華ちゃんは真っ先に鏑木さんに白い小メダルを手渡した。
「確保しました」
「ええ、ご苦労様。頑張ったわね」
鏑木さんは泥まみれの燈華ちゃんを抱きしめ、頭を撫でて労わった。よほど疲れたのか、燈華ちゃんはすっかり脱力してされるがままに身を預けている。
『なんで避けるの!?』
「す、すみません、つい……」
一方、翔太くんは喜びのハグをしようとしたルー殿下を回避して転ばせ怒られていた。完全にハグがトラウマになっているようだ。クリスも罪深い事をする。
そのクリスと見山は、天照が帰還に喜んでいる隙に身を屈めてこそこそ原生林の奥へ消えて行くところだった。
その素早い行動は流石と感心するところだが、見山が去り際にクリスと一緒に俺をチラ見して投げキッスを飛ばしてきたのは紛れもない有罪行為だ。クリスだけで良かった。アイツは本当にもうな……ふざけきったヤツだよ……
喜ばしい事にイベント中ほぼ活躍せずに済んだ緊急回復薬を燈華ちゃんのリュックの中から念力で呼び寄せ回収すると、イグは嬉しそうに鳴いて俺の腕と肩をちょろちょろしてからジャンパーのポケットに潜り込み、中に入れっぱなしだったモンキーフードを齧りはじめた。
翔太くんは胴上げしようとするルー殿下を押しのけ、俺に近づいてきて聞いた。
「マスター、岩巨人は片付いたのか?」
「ああ、問題ない。翔太も御苦労だった。最後の黒い閃光は何だったんだ?」
「ああ、あれは――――」
翔太くんは自分の空っぽの両手を見た。腰に手を当て、振り返って燈華ちゃんを見て、周囲を見回す。少しの沈黙の後、翔太くんは恐る恐る言った。
「あー、マスター、魔王殺し知らねぇ?」
「……無くしたのか?」
「いやいやいや、穴から引っ張り上げてもらった時は確かに持ってたんだ。忍者と一緒に持ってて……持っ、て……」
翔太くんの声が震える。
念力で捜索すると、魔王殺しをギターの中に無理やり押し込んで逃げていく見山と、見山の手を引いて原生林の中を軽快に駆けて行くクリスの姿を見つけた。
大笑いしそうになったが、翔太くんの前で笑いだすわけにもいかない。
ちゃっかりしてんなあ、お前ら!
アーティファクトは逃したが、魔王殺しを手に入れやがった!
「あの野郎!!! マジであいつら! 本当ッもうマジで! ふっざけ、クソが! 絶対許さねぇ! 燈華ぁ! 月夜見探すぞ! 逃げやがった!」
ブチ切れた翔太くんが燈華ちゃんに叫ぶと、燈華ちゃんも怒りが再燃したらしい。怒れる二人の若き超能力者は鏑木さんへの詳細な報告も忘れ原生林に分け入っていき、ルー殿下もおろおろとそれを追いかけていった。
陽が落ちて暗くなれば全員正気に戻るだろう。月夜見は勝手に離脱して日本に帰るだろうし、帰れず困っていればそれとなく裏から手を回して帰還を手伝ってもいい。三人は後で念力で拾うなり通信機で誘導して帰宅させるなりするとして。
これで、無事に遺跡イベントは終わった。
……終わったが、実はまだ続きがある。
鏑木さんにも知らせていない、ちょっとしたオマケのイベントだ。
俺は何やらタブレット端末を操作して事後処理をしているらしい鏑木さんの服を引っ張った。
「鏑木さん、前からずっと魔法のお城に住みたいって言ってただろ」
「え? ええ、そうね。それが?」
「作った」
「……え?」
俺が指を鳴らし、念力を解き放つと、今日だけで何度目か分からない地鳴りが起きた。
鏑木さんが発見した古文書には『島に漂流してきた超能力者とその仲間が城を拠点とした文明を栄えさせた』と書かれている。
神殿でもピラミッドでもない。
『城』だ。
超能力者が建造した、魔法の城だ。
崩壊した古代遺跡の更に下から、瓦礫を押しのけ、地響きと共に魔法の城が浮上する。
ヨーロッパの城と魔法少女アニメの城を参考に、俺が考えたオリジナルデザインだ。
分厚い白亜の城壁に尖塔、優雅な噴水広場に荘厳な鐘楼。その全てに俺の骨を細かく砕いて埋め込んである。埋め込んだ一つ一つの骨に別々の念力を封じ込め、ネットワークのように連結させ、まるで魔法のように駆動するように設計してある。
噴水の水を空に撒けば美しい虹がかかる。
庭園で踊れば色とりどりの花が咲く(念力製の造花だが)。
回廊に飾られた魔法の鎧は、命令一つで独りでに動き出し、不心得者を取り押さえる。
他にも魔法の階段、不思議な水晶、魔法の城なら欲しい、と思うような機能は全て網羅した。
夕日に照らされ瓦礫を押しのけ現れた巨大な城の上空に、幾何学模様でできた巨大な円環が現れる。
その円環が眩く光りながら回ると同時に、何十世紀もの間地底に埋まっていた魔法の城の城壁や尖塔に絡みついた灰色に枯れた蔦や、庭園の風化しかけた木々がみるみる緑を取り戻し、瑞々しい葉を広げていった。イグの血を使ったPSIドライブを各所に仕掛けておいたのだ。
円環は単なる演出だったのだが、効果は絶大だったらしい。
一連の古代魔法城復活劇を見た鏑木さんは口に手を当て、目からは涙が伝っていた。
嬉し泣き……でいいんだよなこれ。出来る限り鏑木さんの好みを反映したつもりだが、もしお気に召さなかったら俺が泣く。
「あー、まあ、なんだ。丁度いい機会だし、このあたりでやっとかないといつまでもズルズル引きずりそうだし、えー、その、このプレゼントとあわせてですね、プレゼントは魔法の指輪にしようか迷ったんだがまあそれは追々というか、いや、とにかく、鏑木さんに言う事があります」
「!」
鏑木さんはびくっとして動きを止め、目元を拭い、頬を赤らめ俺を見てそわそわし始めた。
俺は周りで咲いている青いマリンランド・ブルーベルの花を念力で集め、即席の花束を作った。咳払いして、深呼吸をし、跪いて花束を鏑木さんに捧げる。
そして意を決して言った。
「鏑木さん」
「はい」
「これで貸し百チャラにして下さい」
鏑木さんの表情が固まった。時間停止でも喰らったのかというぐらい完全に固まった。
え、何その反応。
月夜見ヤクザイベントから天照に戻った時、イベント中に迷惑をかけた分で『貸し百』って言ったの鏑木さんだろ。
その借りを返す以外に何かあるか?
無いだろ!
「……………………分かったわ。これで貸し借りは無しにしましょう」
長い沈黙の後、鏑木さんは花束を受け取り、深々とため息を吐いて言った。良かった、許された。これでようやく肩の荷が下りた。ほっと一安心である。
いや、鏑木さんの沈黙の理由は分かる。
俺が鏑木さんに好かれていると思い込んでいるだけのクソ自惚れ勘違い野郎でないのなら、鏑木さんは俺のプロポーズを期待してくれたのだろう。
しかし莫大な借りを返さないままなあなあプロポーズとかクズすぎんよ。鏑木さんが良くても俺がダメだ。お互い家族に顔見せもしてないしな。付き合ってすらいないんだぞ。
一人頷いていると、鏑木さんが花束を持っているのと反対の手で俺の手を握り、胸元に寄せ、俺の顔を覗き込んできた。
「次は私が期待してる言葉を言ってくれる事を期待するわね?」
「……期待しててくれ」
「ええ、ずっと待ってるわ」
鏑木さんは満足気に微笑み、歩き出した。
俺も鏑木さんに手を引かれ、歩き出した。
いい雰囲気で歩き去る二人を寂しく見送る乗り捨てられたママチャリくんかわいそう