12話 決戦、古代遺跡!
持論だが、男は誰でも可愛い女の子のピンチにカッコよく駆け付けたい欲求を抱えている。
体力も気力も底をつき武器は壊れ、膝をついた女の子が敵にトドメを刺されるまさにその直前、カッコよく割り込んで敵をぶっ飛ばす。そして肩越しに振り返って言うのだ。「待たせたな。もう大丈夫だ」。すると女の子は泣き笑いして返す。「遅いわよ、馬鹿」と。
あっダメだ好き。想像しただけで悶える。
しかし残念ながら現実にはそういうシチュエーションはまず発生しない。問題は二つ。安全性と、タイミングだ。
いつか燈華ちゃんも言っていたが、ピンチから救うためにはピンチになってもらわなければいけない。トドメを刺される直前に割り込む、という事は、ほんの一瞬遅れればトドメを刺されてしまうという事だ。シャレにならない。常識的に考えてそもそもピンチにならない状況を作るのが当然だ。期待してはいけないシチュエーションなのである。
仮にそういうシチュエーションが発生したとしても、今度はタイミングの壁が立ちはだかる。状況にもよるが、到着を一秒単位で調整しないといけないのだ。早めに助けに入ればそれはドラマチックさに欠ける普通の増援だし、遅ければ手遅れになる。シビアなのだ。
だから現実は大抵「普通に余裕をもって増援に来て加勢する」「駆け付けたが間に合わず手遅れだった」のどちらかになる。つらい。
買い物に行って会計の時に財布見て一円足りないとか、テストで十秒時間が足りなくて問題を解けなかったとか、逆にヤバいと思った案件が早めに来たヘルプのおかげで余裕で終わったとか、類似の経験は誰でもした事があるだろう。
さて。今回、燈華ちゃん&クリスの女子チームが先行してボス戦に入り、そこに男子チームが遅れて駆け付ける形になっている。「可愛い女の子のピンチにカッコよく駆け付ける」絶好のシチュエーションだ。
が、やはりタイミングがまるで合っていない。
あらかじめ決めておいたボス骨くんのスペックをそのまま発揮した場合、男子チーム到着前に女子チームは全滅するだろう。ボス骨も世界の闇の亜種だから、設定上、男子チームが到着した頃には女子チームは倒され、貪り食われて死んでいる事になる。
男子チームは古代遺跡の中を全力疾走し階段を二段飛ばしで駆け上がっているが、鈍足クソ雑魚ナメクジの見山が足を引っ張り、ガッツリ到着予定時刻を遅らせているのだ。
仕方が無いので無理やり男子チームの到着を間に合わせる事にした。ダラけない程度に戦闘を引き延ばし、本来なら枝分かれしている道を地震の崩落で塞いで不自然ではない程度に一本道に近づけ、壁を崩してショートカットルートを用意したり、罠を経年劣化で故障しているという事にしたり。とにかく男子チームがピンチにカッコよく駆け付けられるように調整する。世話がかかる。
遺跡のマップと時計を見比べ、スマホでタイマーをセットしながら鏑木さんが言った。
「このペースだと到着まであと三分二十秒ね。到着十秒前にアラームが鳴るようにセットしたわ」
「助かる、調整する……いやこれ脳みそキャパオーバーだ。ボス骨の操作に集中したい。巨人ブンドドはもう決着でOK?」
「ええ」
スケジュール調整進行役の許可を頂いたので、岩巨人の腹を透明な巨人のパンチでぶち抜いて倒し、決着させる。見守っていた野次馬や警官達が歓声を上げた。
御視聴ありがとうございました、次回の超常バトルもお楽しみに。しかし、表の決戦は終わっても裏の決戦はこれからだ。
見山不在で未来予知戦闘ができないクリスが柱の陰にダッシュすると同時に、ボス骨くんが念力で浮かせた石を散弾のように放った。燈華ちゃんは炎の奔流でそれを迎撃防御する。
爆発的熱風が収まらないうちに、燈華ちゃんは炎槍を五本同時形成し、立て続けに放った。炎槍は次々と無防備なボス骨に命中し炎を巻き上げたが、白い骨どころか身に纏う黒のローブに焦げ目をつける事すらできていない。
「やっぱり……! バリアはズルい!」
燈華ちゃんが悔しそうに言う。ズルくてすまんな。バリア張ってないと一撃で消し飛んじゃうから許して。
反撃に床石を念力で剥がしフリスビーのように放つと、燈華ちゃんは素早くしゃがんで回避した。
しかし通り過ぎた床石フリスビーは空中で旋回し、炎を滾らせる燈華ちゃんの背後から再び襲い掛かる。
「後ろ来てる!」
「!」
柱の陰から陰に姿勢を低くして移動し、遠回りにアーティファクトに近づきボス骨の背後を取ろうとしていたクリスが警告する。おかげで燈華ちゃんはギリギリで気付き、振り向きざまに阿修羅炎像を顕現させ、炎パンチのラッシュで床石フリスビーを叩き落した。
強烈な熱風や高熱による溶解を加味しても、炎で殴って石を叩き落す、というのはちょっと物理法則を超えている気がするが、今更だ。それができるのが超能力である。
叩き落された感覚からして、炎に実体があるわけではなく、超常的に強化した熱風を連続して叩きつけて強引に撃ち落とした、というのが正しそうだ。
炎と念力の激しい攻防に、クリスが倒壊した柱の陰に隠れながら応援を飛ばした。
「すっごーい! つよーい! BGがんばえー!」
「忍者さんも戦って!」
「怪物バトルは無理ッ! 忍者は対人専門、常識です」
どうやらクリスは戦闘を燈華ちゃんに任せ、ボス骨の背後に回ってアーティファクトだけ掠めとる算段らしい。狡い。
でもまあ、そんなに大声で喋ってればボス骨くんの死角を移動してても普通に位置はバレるぞ。
俺は手数勝負に持ち込もうと炎弾の弾幕を張る燈華ちゃんに適当に小石飛ばしで応えながら、コソコソ物陰を移動するクリスを念力で掴み、放り投げた。
「ぬわっへ!?」
壁に叩きつけられそうになったクリスが変な悲鳴を上げながら空中で体を捻り体勢を整え、壁走りをして地面に戻る。
クリスは素で曲芸ができる身軽さと器用さがあるんだよな。めっちゃ忍者っぽい。本人はまだ分身できないから半人前、などとよく言っていたが。
「そっか、千里眼あるんだった……BG! 微力ながら助太刀致す!」
呟いて納得したクリスは、隠れるのをやめてボス骨くんに小石を拾って投げつけはじめた。
素晴らしいコントロールと球速で全弾命中するが、全てバリアにあっさり跳ね返される。威力が全く足りていない。
「ねえちょっと、本当に微力なんだけど! 他に何かないの!?」
「無い! 奥の手は入ってすぐ使っちゃった!」
「そん……! ……ああうん、それは仕方ないかな」
怒りかけた燈華ちゃんが変に説得されてしまっている。草。
俺は今度は二人まとめて念力で強めに薙ぎ払った。クリスは受け身を取り損ね柱に叩きつけられ息を詰まらせ、燈華ちゃんは炎を噴射して減速をしなんとか着地する。
左腕を痛めたクリスが石投げで注意を惹き、燈華ちゃんが最大火力の釈迦如来ハイキックを叩き込むも、やはり焦げ目一つつかない。
と、いうあたりでアラームが鳴ったので、念力で二人まとめて床に押し倒し、そのまま押さえつける。
「ううう……観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五――――」
「くっ、殺せ! いやごめんやっぱ嘘殺さないで助けて」
二人はもがいてなんとか念力拘束から脱出しようとするが、全身を痙攣させるだけで精一杯だ。そこにボス骨くんが恐怖を煽るように一歩一歩足音を鳴らしゆっくり近づいてくる。
拘束ができるならさっさとやれよ、もったいぶってないでさっさとトドメ刺せよ、というツッコミは無粋だ。これがお約束というものなのだ。たぶんボス骨くんは脳みそ空っぽだからその場の衝動で動いてて理詰めで動けないとかそんな感じなのだろう。
倒れ伏す燈華ちゃんの目の前にボス骨が立つ。燈華ちゃんは倒れたまま必死に炎を吹き上げ抵抗するが、それを意にも介さず、
「魔王――――」
ボス骨が不可視の力を帯びさせ振り上げた手を、
「――――殺し!!!」
振り下ろす直前。
部屋に飛び込んできた翔太くんが魔王殺しで虚空を裂いた。
青白く輝く冷気の刃がボス骨に飛び、直撃。刃は手加減していたバリアをぶち抜き、壁に衝突して一面を真っ白に凍結させていた。もちろん、ボス骨も凍り付いて動きを止めた。
間に合ったのだ。ヒューッ!
この部屋に来る途中、廊下を反響して聞こえてきた戦闘音を聞いた翔太くんは燃料切れの魔王殺しに自分の血液をチャージしていた。魔王殺しは念力用にチューニングされたPSIドライブだが、超能力増幅性能は最高であり、精製していない念力以外の血液燃料でも起動できる。
素晴らしい判断だ。
「あっぶねぇえええええ! 大丈夫か!?」
念力の圧力から解放され、膝を震わせながら立ち上がる燈華ちゃんに翔太くんが駆け寄り肩を貸す。少し離れた場所ではクリスが自力で立ち、なんとか部屋にたどり着くも屠殺された豚のように倒れて動かなくなった見山を白い目で見ていた。
一応見山を念力でチェックするが、走り過ぎて体力を使い果たしただけのようだ。ここまでバテるのを見ていると一周回って申し訳なくなってくる。デブのおっさんを青少年の体力に付き合わせるのは無理があったようだ。すまん、見山。後でピザ奢るから許してくれ。
「!? まだ動く!」
「おえ!? マジか直撃だぞ!?」
これで終わりではつまらない。俺は完全に凍結したボス骨を無理やり動かし、周囲の瓦礫を引き寄せた。ボス骨を核に念力式岩巨人を作って第二形態を
「させるか絶対凍撃! デブ! 音出せ!」
翔太くんが必殺技を骸骨に連発しながら叫んだ。クリスに介抱されている見山が国民的RPGで聞いた事のある魔王戦のBGMを流し出す。珍しく曲のチョイスが真っ当だ。ふざける余裕が無いぐらい疲れ切っているらしい。
翔太くんはエタフォで動きを止め続け、第二形態への変身を阻止しようとしているようだ。翔太くんは相変わらず実戦中の頭の回転が速い。
変身キャンセルはズルいと思います。だが当たり前の考え方でもある。阻止できるなら阻止しようとするのは当然だ。
ふむ。強引に変身を完了させてもいいのだが、デブとクリスが完全に戦力外。それに全員けっこう消耗している。あまり長引かせると遺跡の帰り道が辛そうだ。
もう少しバトルを見ていたいところだが、このあたりが潮時か。
「もう自爆させて終わりでいいか」
「待って。まだ何かするみたいよ」
鏑木さんに言われ爆発オチを中止して見てみると、翔太くんが魔王殺しを燈華ちゃんに投げ渡すところだった。
「氷じゃ倒せねぇ! 焼き払え!」
燈華ちゃんが頷き、魔王殺しの刃で指をちょっと切り、カートリッジに血を充填する。
燈華ちゃんは連続で絶対凍撃を喰らいながらもコマ送りのように少しずつ動き翔太くんに手を伸ばしているボス骨に向け、炎を纏う刃を大上段に振り上げた。
「狙うなら頭蓋骨! そこ潰せば倒せる!」
クリスの叫びに燈華ちゃんは小さく頷き、厳かに唱える。
「之なるは三毒を破る智恵の利剣――――」
太古の超能力者、死してなお永きに渡り遺跡に君臨し続けてきた骸骨が、真っ白に凍りつきながらもがく。頭蓋骨から黒い粘体が逃げるように飛び出そうとしたが、それもまた白く凍り付いた。
「――――妄執を断て、俱利伽羅剣」
儀式のように静かに振り下ろされた剣から白熱した炎の刃が撃ち出される。それはバリアを破り、頭蓋骨を蒸発させ、部屋の壁を溶解させ突き抜けていった。
骸骨は動きを止め、崩れ落ちる。見山は音楽を止め、遺跡は静寂に包まれた。
秘密結社連合の勝利だ。
「……ぃやったー!」
「おお!? なんだてめ、離れろ……!」
一拍置き、歓声を上げたのはクリスだった。翔太くんにきつく抱き着き、嬉しそうにくるくる回る。見山は息を整え、立ち上がって服の汚れを払い、部屋の出口のあたりの壁にもたれかかる。燈華ちゃんも魔王殺しを杖代わりにして一息ついている。
完全に祝杯ムードだ。
しかし忘れてはならない。アーティファクトは一つ。
天照が取るか、月夜見が取るか、二つに一つだ。
「ああ、なるほど。策士ね」
さて争奪戦になるか話し合いになるかどちらだろう、と考えていると、鏑木さんが急に感心したように頷いた。
「何が?」
「ほら」
鏑木さんがモニターを指さすと、クリスにハグされてくるくる回っていた翔太くんがふらりと倒れた。
倒れた翔太くんはぴくりとも動かず、顔が青い。
……あっ! こ、こいつ! 喜びのハグにみせかけて、翔太くんを速攻で締め落としやがった!
汚い。流石忍者だ。やる事が汚い。
裏切りを予想していたのにも関わらず簡単にしてやられた結果になるが、ここはむしろ対人戦の駆け引きに長けた月夜見を褒めるべきだろう。
相手の警戒をすり抜けてサイレントキルを仕掛けるのは忍者の得意技である。いや殺してはいないが。
「えっ、なんか倒れた! BGちょっと来て!」
クリスが真に迫った驚きの声を上げると、燈華ちゃんが慌てて翔太くんに駆け寄ろうとして、途中でぴたりと止まった。
燈華ちゃんが部屋の出口を見る。そこに見山はいなかった。念力で探ってみれば、既に走って大急ぎで出口に向かっている。
燈華ちゃんはクリスから距離を取ったまま慎重に尋ねた。
「本当に『倒れた』の? 『倒した』んじゃなくて?」
クリスの返答は煙玉だった。
後ろ手に隠した煙玉を床に叩きつけ、煙を貫いてあてずっぽうに飛んでくる火の玉を屈んで避けながら玉座への十三階段を駆け上がり、アーティファクトを奪取。そのまま追加の煙玉とマキビシをばら撒きながら全速力で逃げていった。
遠ざかる足音に歯を食いしばった燈華ちゃんは、翔太くんの胸倉を掴んで激しく揺さ振り怒りの咆哮を上げた。
「この馬鹿っ、いつまで寝てるのさっさと起きて! 早く追いかけて捕まえるよ! 絶対悔い改めさせるんだから!」




