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11話 遺跡くん渾身の謎かけ

 一行は海賊洞窟区画を抜け、古代文明区画に入った。位置的にはマリンランドの南の海底にあたる。正確には海底に堆積した厚い泥と岩盤の下にある大空洞だ。広さは東京ドーム三個分。その広大な大空洞にミッチリ詰め込まれるように、マヤ文明の遺跡チチェン・イッツァあるいはギザのピラミッドに似た巨大建造物が建っている。


 大空洞の天井には鍾乳石が太いつららのように垂れ下がっていて、古色蒼然とした建築物の石材は欠け、削れ、遺跡を取り囲むように流れる地下水脈を通じて漂着した枯れた海藻が張り付いていた。

 かび臭い洞窟区画から一転して一気に磯臭くなっている。燈華ちゃんの炎が大空洞と古代遺跡の威容を照らし出すと、蝙蝠と蟹の群れが驚き潮が引くように慌ただしく逃げて行った。

 一説によればこの古代遺跡を元にしてチチェン・イッツァやピラミッドが作られたとか。


「はぇー、すっごい……」


 古代遺跡を見上げ、圧倒され言葉も出ない一同を代表するように見山が言った。

 そうだろう、そうだろう。美術デザイン鏑木さん、監修ババァ、制作佐護の傑作ぞ。存分に感心し、圧倒され、褒めるが良い。


 たっぷり数十秒はそうしていたが、一番最初に我に返ったのは翔太くんだった。翔太くんが口を開くタイミングに合わせ、鏑木さんがGOサインを出す。

 俺は頷き、念力で古代遺跡を軽く揺らし、石材をこすり合わせ「ゴゴゴゴゴゴゴ」と聞こえる良い感じの地響きを立てた。


「また地震か!」


 翔太くんが燈華ちゃんを抱き寄せ、落石に備えてだろう、天井を見上げいつでも絶対凍壁エターナルガードブリザードで防御に入れる姿勢を取る。

 そこに鏑木さんが通信を入れた。音質ダイヤルは『低』だ。


『聞こえているかしら? 翔太くん? 燈華ちゃん?』

「おお!? 通じた! 聞こえてる聞こえてる!」

「聞こえてます! 今地震が起きて、」

『その事で伝える事があるわ』


 台本を片手で開いて文字を目で追いながら、鏑木さんは焦りを滲ませつつ冷静さを保とうとする絶妙な声を作った。

 ボイストレーニングをしているのは知っているが、それだけで誰もがこうはならないだろう。すげぇ。鏑木さん、声優でも食っていけそう。


『機械に無理をさせて通信しているから、長くはもたないわ。これが最後の通信だと思って頂戴。手短に話すから一度で聞いて覚えて。良い?』

「分かった」

「分かりました」


 鏑木さんが話しながら手で合図する。俺はマリンランド公営ビーチ臨時立ち入り禁止区域にある手の形をした岩に念力の照準を合わせた。

 そして、海面下にある岩を人型に念力で固定し、まるで水没した岩巨人がもがきながら立ち上がるかのように動かす。


 天高く飛び散る水しぶきと大波を起こしつつ海から現れた全長100mの岩巨人に、ビーチにいた水着姿の観光客達は大騒ぎだ。

 半分は泡を喰って逃げていき、もう半分はスマホを出して撮影を始める。

 いや全員逃げろや。これが本物の怪物覚醒だったらお前ら撮影しながらプチっと潰されて死んでるぞ。


『遺跡への侵入者を排除するために眠っていた太古の変身能力者が目覚めたわ。佐護さんが食い止めているから――――』


 その台詞のあたりで岩巨人を遺跡の方向へ進攻させ、すかさず念力で殴り倒し海中に転倒させる。大地どころか空気まで激しく揺れ、その振動は遺跡内部にまで伝わった。

 岩巨人はすぐに立ち上がり、見えない何かを避け、見えない何かを殴るフリをする。殴るモーションに合わせて軽く衝撃波を出して、岩巨人が見えない巨人インビジブル・タイタンと戦っているかのような演出をした。


 しかしなんだろう、ずっと昔もこういう事をしていたような。

 ……ああ、人形遊びだこれ。怪獣とロボットの人形をブーンドドドドド! と戦わせる遊びをしていた幼稚園の頃の思い出が甦る。

 浜辺の観光客達は興奮するやら恐慌するやらでしっちゃかめっちゃかになっているが、すまん、これ単なる規模がデカいだけのブンドドなんだ。 


『急いで――――アーティ――――回収――――、その後すぐに脱出――――』


 重要な情報を伝えた鏑木さんは音質ダイヤルをまた下げていき、録音しておいた電気回路がショートする音を流してから電源を切った。

 なんという事だろう! 通信機が壊れてしまった!


 これで急いで攻略を進めなければいけなくなった。モタモタしていれば岩巨人が遺跡に突撃してくるか、あるいは振動で遺跡が崩壊するかも知れない。前半戦が慎重だった分、後半戦は慌ててもらう。

 これは子供の時に思い知る事もあるし、大人になれば誰もが思い知る事だが、万全な状態で目標に向かって進んでいける事は滅多にない。

 怪我、消耗、人員不足、時間制限、急な追加予定。

 人はいつでも、色々な問題を抱えながら進んでいかなければならない。

 だから今回も時間制限を付け、消耗を回復させず急がせる。時間をかけようと思えばいくらでもかける事ができてしまうのは良くない。遺跡攻略ではなく遺跡冒険が主目的なのだから、慎重になり過ぎてもらっては困る。常に石橋を叩いて渡る冒険は安全だが、つまらない。


 更に手を入れて混乱と焦りに拍車をかけようとした瞬間、翔太くんと燈華ちゃんの通信を盗み聞きしようとじりじり距離を詰めていたクリスがハッとして周囲を見回した。


「え、なにこれ、避け、え? 無理? 散らばって、迎撃? 何かに捕まっ、ええ? ……嘘でしょ?」

「どうした忍者、何を視た?」


 見山が振動がくるたびに天井でグラつく鍾乳石を見上げながら不安そうに聞くと、クリスはゆっくりと首を横に振って答えた。


「ごめん、これ回避できない」


 台詞と同時に、俺は念力で四人を掴み上げ、燈華ちゃんとクリスをセット、翔太くんと見山をセットにして遺跡を取り囲むように流れる急流に投げ込んだ。

 強制分断だ。さあ、頑張れ。







 燈華ちゃん&クリスの女子チームは水路を流されて行き、浮彫(レリーフ)が彫られた扉がある部屋に漂着した。小部屋の一角が地下水脈の侵食を受け崩落していて、そこに流れ着いた(流れつかせた)のだ。

 戻り道は崩れていて通れず、進む道には閉じた扉。高さ三メートルほどの巨大で分厚い石の扉は押しても引いても開かず、開閉レバーも無い。

 ただ、扉には丸い物が嵌まる穴が五つ開いていて、ちょうどそこに嵌りそうな錆びたメダルが足元に大量に散乱している。


 燈華ちゃんが熱風を吹き上げ人間乾燥機になっている間に、クリスは足元のメダルを幾つか拾ってしげしげと眺めた。メダルは一つ一つ違う動物の模様が彫られている。


「なんかこーいうのゲームで見た事ある。メダル嵌めると開く奴でしょ。ほい、へい、はい、そい、とい、っと」


 クリスが適当に扉の穴にメダルを嵌める。俺は扉から衝撃波を出し、クリスを軽く吹っ飛ばした。そんな適当にやって開く訳ないだろ。


「わっ! 何やったの今!?」

「……で、答え間違えると罰ゲームある奴でしょ。知ってた」


 クリスは燈華ちゃんに引っ張り起こされながら知ったかぶりをした。

 知ってたならなんで引っかかるんだよ。


「僕はこの扉から先に進むしかないと思うんだけど。この水路に飛び込んで戻るのはね、ちょっとね」

「ん。私もそう思う。戻ってもまたあの見えない手で投げられるかも知れないし……正面から入ろうとすると遺跡の防御装置が働くのかも」

「また防御装置? この遺跡そんなんばっかりか」


 クリスがやれやれと肩をすくめた。「また」なんて言ってますがね、君達が普通に攻略してくれていればこっちも防御装置でテコ入れする必要なかったんですよ。

 クリスはレリーフを調べ、正解のメダルの絵柄のヒントを探し始めた。扉に彫られたレリーフは絵巻のように一つの物語を作っている。

 馬が人間に遺跡から追い出され、狼、山猫、鳩と出会い、歌を歌って楽園への扉を開く……という筋書きだ。


 クリスが馬鹿正直に馬、人間、狼、山猫、鳩のメダルを探して嵌めたので、また衝撃波でぶっ飛ばす。

 誤答です。もう少し考えなさい。


「私が古代遺跡の安全管理者なら」


 レリーフを見ながらじっと考えていた燈華ちゃんがゆっくり言った。


「侵入者が通れる道は作らない。レリーフを見て推理すれば誰でも通れる扉なんて侵入者避けの意味が無い」


 どうやら燈華ちゃんは正解にたどり着いたらしい。

 その通りだ。謎解きに正解すれば開く扉は警備システムとして失格だ。パソコンの端にパスワードが書かれているぐらいのガバガバさである。現実的に考えて有り得ない。プレイヤーにクリアさせる事を前提としたゲームでもない限り。


「つまり?」


 ピンと来ていないクリスが先を急かす。燈華ちゃんは少し得意げに言った。


「ミスディレクション。赤ニシンとか、燻製ニシンの虚偽の別名もある。この扉は偽物で、本物の道は別にある。探して」

 正解だ。燈華ちゃんはしっかり過去の経験を生かしてくれた。

 クリスが空気の流れを読んで小さな隙間を見つけ、岩陰に隠されたボタンを押す。すると、岩が動いて先への道を作った。二人はハイタッチして先へ進んでいった。

 見事だ。罠に引っかかりつつ、協力し解決して先に進む。満点あげちゃうぞ。






 一方、男子チームも女子チームとほぼ同じ構造の部屋に漂着して(させて)いた。閉じた扉があり、メダルを嵌める穴があり、床にはメダルが散乱している。

 ただし、メダルに彫られているのは動物ではなくババァの母国語であるアルヴ語だ。それに合わせて扉のレリーフもアルヴ語になっている。アルヴ語は地球上のどの言語にも類似しない言語であり、解読は不可能だ。

 どうせフェイクなのだからレリーフに大した意味はない。芋の煮っころがしのレシピが彫ってあるだけである。


 位置的には男子チームと女子チームは遺跡の正反対にいる。最奥部、つまりアーティファクトが安置されているゴールを目指せば最終的に合流する。

 二人は濡れた服を脱いで絞り、岩に引っかけて乾かしながら、パンツ一枚&覆面姿で散乱したコインを種類ごとに重ねて整理していた。

 鏑木さんは二人が服を脱ぎだしたあたりから目を閉じて音だけ聞いている。なお、既に三回ほど誤答して吹っ飛ばされた後である。


「おっしゃ、これでラスト。全部一種類につき五枚だな」


 見山が寒そうに震えつつ、最後のコインを積みあげて言った。冷気を纏い冷気耐性を得ている翔太くんが種類毎に分別したコインタワーを数えていく。


「62、63、64、スゲーやな予感する、68、69、70。七十種類だ」

「メダル嵌める穴は五個だろ。パターンは70の5乗通りか」


 見山は小石で床に計算式を書き、筆算した。そして出てきた答えに頭を、正確には被りっぱなしのカラーコーンを抱える。


「だいたい17億通りだ。一秒一通り試しても53年かかるぞ」

「だーから総当たりは無理っつったろ、扉の文字がヒントになってんだよ。火で炙りゃ答え浮き出んじゃね?」

「お前は一体何を言っているんだ」


 二人はあーでもないこーでもないと知恵を絞りはじめる。ものの見事にミスディレクションに引っかかってらっしゃる。

 見山はそこそこ頭が回るし、翔太くんは燈華ちゃんから赤ニシンの話を聞いている。少し考えればどちらかが気付くと思ったんだが。


「シャーロックホームズの暗号解読の話で読んだんだけど、英語で一番多く使われるアルファベットはEなんだとさ。だから文字をリストアップして一番多く使われ」

「どう見ても英語じゃねーだろこれ」

「……それな! やっぱ炙るしかないか。ライター貸してくれ、俺の手持ち全部壊れちまっててさあ」

「お前のオモシロ発言は嫌いじゃないが、とりあえず火から離れろ」

「は? とりあえずで拷問するのは流石にドン引きだわ」

「ダメだこいつ狂ってやがる……」


 会話を聞いているだけで割と面白いが、女子チームは既に扉の罠を突破して先に進んでいる。そろそろ男子チームも突破してもらわないと最深部に到着するタイミングがズレる。

 少しぐらいなら調整できるが、遅れすぎると、男子チームが到着した時には全てが終わっていた、というオチになりかねない。


「鏑木さん」

「何かしら? 服着た?」

「まだパンツ。そろそろテコ入れして先に進めた方がいいと思うんだがどうする?」


 透明巨人VS岩巨人のブンドドをいつまでも続けるのもしんどい。巨人格闘劇の舞台になっている海岸には警戒線が作られ、警察車両が集まり、ついでに報道陣と野次馬も集まっている。

 この危機感の無さよ。警察はとにかく報道陣と野次馬はもっと離れろ。余波で被害がいかないように気を遣いつつ真に迫った格闘をさせているこっちの身にもなってくれ。

 いや、まあ、ここでわざと超常現象を見せびらかし、マリンランドに更に観光客を呼び込む材料にしてもらう意図もあるからあまり強くは言えないのだが。


 超常が観光資源になるのは日本とアイルランドの前例で実証されている。治安悪化も招くが、日本とアイルランドの教訓を生かせば回避できるし、鏑木さんがこの半年間で治安が悪化しないように関係各所にそれとなく働きかけ予防線を張ってくれているから安心である。


 鏑木さんは薄目を開けてモニターをチラ見し、見山の小汚い花柄パンツと閉じたままの扉を見て目を背けた。


「そうね、そろそろ進んでもらいましょう。佐護さん、地震に合わせて崩して道を開けて」

「了解」


 俺は透明な巨人で岩巨人の足を掴み、ぶん回して海面に叩きつけた。叩きつけた海面の真下にある古代遺跡に大きめの地震が起き、そのタイミングに合わせて扉にヒビを入れ、半壊させる。

 これでデブでも十分通れる穴ができた。

 見山は下手くそな口笛を吹いた。


「やったぜ。何もしてないのに勝手に開いた」

「言ってる場合か? これ本当に遺跡崩れるんじゃねーか」

「マリンランド地震多すぎだろ」

「ちげーよウチのボスが地上で遺跡の番人と戦ってんだよその揺れだよ」

「マジかおい。お前んトコのボス割とやべーな」


 二人は言い合いながら急いで先へ進んだが、途中で服を置き去りにした事に気付いて引き返した。

 だからタイムロスはやめろと。罠に引っかかり、謎を解けず、途中で引き返して時間を無駄にする。お前ら赤点だ、赤点!







 その後も男子チームがモタモタ罠に引っかかりまくるせいで、女子チームがかなり先行して最深部に到着してしまった。

 まあ、こういう事もある。男子チームには決戦の途中で合流してもらう事にして、イベントを進行させる事にする。


 そう、決戦だ。


 そこは整然と並ぶ何本もの石柱に支えられた大広間だった。柱にも壁にも、天井にさえ荘厳にして繊細な彫刻が施されている。世界各国の貧乏美大生に少しずつ発注し、それを鏑木さんがミックスし、俺が彫り込んだものだ。

 広間の中央には十三段の階段があり、登り切った場所には小綺麗な黒のローブを着た骸骨が座った黄金の玉座がある。その玉座の上には半透明のバリアに包まれた小さな白いメダルが浮いていた。あからさまにアーティファクトなのだ。これを回収して脱出すれば任務完了だ。


 アーティファクトを目にした覆面の奥のクリスの瞳がずる賢く光り、燈華ちゃんをチラ見する。その燈華ちゃんは、口を半開きにして玉座を見ていた。

 クリスが視線を玉座に戻すと、丁度骸骨が黒いドロドロを纏いながら立ち上がるところだった。


 骸骨が動く事そのものは驚くに値しない。ここまで散々飛んだり跳ねたり超能力を使ったりしていたのだ。今更である。

 が、重要なのは、その骸骨の手の動きに操られるようにして、床に敷かれた石材や散らばった小石が動き出している、という事で。

 この超能力とその強力さは二人ともよーく知っている。


「ウッソでしょ? これっ、こんなの、あーあーあー分かった水路に投げ込んだのってコイツ!? そういう事!?」

「あぁああダメダメダメ逃げちゃダメ! 私に御仏の御加護を!」


 古代遺跡イベント、決戦開始だ。


 竦み上がる二人に、念力使いのボス骸骨が襲い掛かった。

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