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09話 ライト☆パワー

「BGと握手した時ちょっと読んだんだけど、あの二人の上になんか上司っぽいのいるみたい。その命令で来てるっぽい」

「ほーん? 上司ってのはどんな奴だ」

「分かんない。生き物はボヤーっとしか読めないんだよね。あとなんでか知らないけどよく読経してる」

「お寺の子なんだろ」

「あ、そっか」


 天照に勝利し気楽に談笑しながら先を進む月夜見だが、世界の闇の洗礼がまだ終わっていない。ちょうど良いタイミングで襲う事にした。鏑木さんの指示で洞窟区画を四分の三ほど進んだところにある吊り橋地点を襲撃ポイントに決める。


 遺跡探索といえば吊り橋だ。

 秘密結社一行が探索しているのは地下水脈が流れる洞窟である。水流は長い年月(半年)をかけ、岩を削り、谷をつくる事もある。

 橋がかかっているのは正にそういう場所で、洞窟が深い谷によって十メートルほど途切れている。橋は縄の手すりと木の板を繋げてつくった足場でできていて、長い年月で脆くなっている。足を踏み外せば下の急流にドボン、だ。


 危うく軋む橋を渡ってドキドキ。吊り橋効果で仲良くなって美味しい。急流に落ちてもそこから別のイベントに連鎖して楽しい。

 壊れそうで壊れない、でも壊そうとするとすぐ壊れる、そんな絶妙な朽ちかけ具合を実現するためにはなかなか苦労した。今、谷にかかっている橋はバージョン3だ。


 さて、橋の前で一度立ち止まり、未来を読んで二人分の体重に耐える事を確認したらしい月夜見が渡り始める。


「ほらほらほらー」

「やめっ、馬鹿お前やめろ馬鹿落ちる落ちる落ちる落ちるってやめろ!」


 クリスが真ん中あたりで楽しそうに橋を揺さぶると、見山が手すりにしがみつき悲鳴を上げる。アレは怖い。未来を読んで落ちない揺らし方をしていると分かっていても怖い。


「だーいじょうぶだって、ほら、逆立ちとかしちゃう。この橋見た目よりずっとちゃんとしてるよ」

「そういう問題じゃあない。親分も夜久もいねーんだ、もし落ちたら助からんだろうが。はよいけ! カラーコーンで尻ド突くぞ」

「何チキって……ん?」


 逆立ちで橋を渡り始めたクリスが止まる。数秒して、橋の行く手にふらりと骸骨が現れた。ボロ切れをまとい、腰には千切れかけたガンベルトと錆びたシミターをぶら下げている。


「ワオ。スケルトンじゃん」

「まーた新手の超能力者か。死霊召喚系か?」


 反応が薄いッ! こいつら血なまぐさい現場に慣れ過ぎてやがる。もっとこう、キャーとかさ、死体が動いてるヒエーとかさ。まあいいけど。襲えばどうせ阿鼻叫喚だ。


 クリスは流石に逆立ちをやめ、折れた小太刀を抜いて構える。それを待ってから、骸骨に橋を渡らせる。骸骨がふらふら歩きながら胸の前で視えない球を持つようなポーズを取ると、その空間に少しずつ漆黒の球体が形成されていく。同時に、橋が揺れ、風が唸り、クリスと見山が骸骨の方へ引っ張られはじめる。


 そう。この骸骨は重力使いなのだ! 黒い球は重力球か何かだ! すごいね、超能力!


「なんかやべえ、さっさと倒せ」

「やってる! やってるけど……コイツ倒しても復活する!」

「はあ?」

「斬っても砕いてもなんか黒いデロデロ出てきて……! ちょ、下がって下がって! コイツやばい!」


 漆黒の球体の成長と共に重力(念力)はどんどん強くなる。戦闘シミュレーションで勝ち筋を見い出せなかったらしいクリスは、見山の尻をド突いて急いで橋を戻りはじめた。


「グレネード!」


 見山が叫んで警告してから爆音を出すが、もちろん骸骨には効かない。骸骨に憑りついた世界の闇の表面にさざ波が立っただけだ。


 月夜見は古代遺跡版の亜種闇くんと相性が悪い。

 亜種闇くんは通常の闇と違い石の核がなく、憑依先の骨そのものが核になっている。骨を粉々にするとか焼いてボロボロにするとか凍らせて固めるとかしないと復活する仕様だ。音では倒せないし、半端な物理では倒せない。

 クリス&見山が倒すとしたら地面に引きずり倒して再生しなくなるまでひたすら踏み砕きまくる、とか、天井から張り出したぐらつく岩を落として下敷きにする、とか、そういう手段に限られる。そしてそういう手段は手間がかかる。九秒では倒せないから、勝利までの道筋を読み切ってから勝利確定戦闘を行う、という手は通じない。

 クリスのリーディングで遺跡探索が月夜見有利な代わりに、フィールドを徘徊するエネミーとの戦闘は天照有利になるように難易度調節してあるのだ。


 難敵なだけで勝てない訳ではないのだが、九秒間のシミュレートで勝ちきれなかった時点でクリスは正面戦闘を諦めたようだ。見山の尻を蹴って橋の袂まで戻り、小刀を一閃、二閃。縄を切断する。


「よし! これで……嘘でしょ?」


 ほっと息を吐いたのは一瞬。橋と一緒に谷底の急流に落ちて行った骸骨が、宙に残った漆黒の重力球に引かれて浮かびあがってくる。

 フハハハハ! 追い払っておしまいなんて寂しいだろう? キッチリ倒してくれよ。


 重力球はますます大きくなり、洞窟の小石が吸い寄せられはじめる。二人は大慌てで来た道を逆走して逃げはじめた。見山が鈍重に走りながら振り返ると、骸骨は重力を操るラスボスの風格を漂わせ追ってきている。


「マズいマズいマズい! 冗談じゃねーぞなんだアレ!?」

「えっ怖ッ! アレ追いつかれたら死ぬやつじゃない!? 見山喰べられて断末魔上げてるんだけど!」

「おっおおおおおお脅かすな馬鹿!」


 身軽なクリスは足場の悪い洞窟を物ともせず走っているが、デブな見山は全くスピードが上がらない。骸骨との距離が段々縮まっていく。


「見山早く! 早く! 追いつかれる!」

「これ以上ムリぶひ!」

「余裕あんじゃんこのデブーッ!」


 クリスが減速して見山に速度を合わせ、手を引いて走る。それでも距離は離せない。二人はひたすら道を駆け戻っていった。








 一方、天照はといえば、とぼとぼと月夜見を追って洞窟を進んでいた。二人共よほど上手く落とされたのかずっと気絶していて自然に目覚める気配がなかったため、リュックの中で惰眠を貪っていたイグを念力でつついて起こし、起きたイグが二人を回復。ロープは燈華ちゃんが焼き切って探索に復帰した。

 イグは洞窟の冷気を嫌がって再びリュックの中に戻っている。本当に回復薬だな。


「あーあ、燈華が一撃でやられてなきゃあな。縛られるのはあいつらだったんだけどな」


 翔太くんが魔王殺し(ワールドスレイヤー)を手で弄びながら当てつけがましく言った。再び松明役となり先頭を行く燈華ちゃんが縮こまる。


「切り札も入って三秒で使っちまうしよぉ」

「……三秒じゃない」

「あ? 三秒じゃなかったらなんなんだ? コレのチャージが復活すんのかよ」

「……ごめん」


 涙が滲む声で燈華ちゃんがしおらしく謝ると、翔太くんは舌打ちした。


「ごめんで済むかよ。あのふざけた奴らにアーティファクト取られたらどーすんだよ。これ国の仕事なんだぞ」

「……ごめんなさい」


 さっきからずっとこんな調子だ。ギスギスしてしまっている。あからさまに空気が悪い。


「鏑木さん待った、もう少し様子を見よう」


 俺は見ていられず通信を回復させようとする鏑木さんの手を掴んで止めた。まだだ、まだ介入には早い。


「翔太くんは言い過ぎよ」

「俺もそう思うが、過保護過ぎるのも良くない。これは燈華ちゃんと翔太くんが自力で解決すべきだ」


 俺が言うと、鏑木さんは渋々通信機から手を離した。


 実際のところ、燈華ちゃんはしっかり仕事をしている。真っ先に罠を踏んだり接敵したりする先頭を明かりの役割を担いながら進んでいるし、亜種闇くんとの二度目の戦闘では近接が効かないと見るや素早く炎で焼き払うなど確実に貢献した。


 誰でも失敗はする。燈華ちゃんは今日偶然失敗が多かっただけだ。人の失敗をネチネチ言うと、自分が失敗した時に言い返されるぞ、翔太くん。

 燈華ちゃんはもっと言い返してやればいいと思うのだが、割と内罰的・内省的な性格をしているので黙ってしまう。自分の失敗や悪い部分に真摯に向き合い過ぎ、翔太くんの嫌味を真に受けているのだ。


 燈華ちゃんは荷物から出した経文をお守りのように握りしめ、力無く歩いていく。恐らく、読経なり写経なりして心を落ち着けたいのだろう。しかし月夜見に先行されている現状、そんな暇が無い事は明白だ。翔太くんも許しはしない事が目に見えている。


 もう見ているだけで辛い。俺だって介入したい。嫌味ったらしいんだよ翔太この野郎、とか、燈華ちゃんはそんなに落ち込まなくていいよ、とか、言ってあげたい。

 でもダメだ。それは二人のためにならない。


 中学生の頃を思い出す。あの時、隣の席の中村が美術の時間に俺が描いた絵にふざけて絵具をぶちまけ台無しにした。もちろん俺は怒った。中村はへらへらしていて、怒んなよふざけただけじゃん、とほざいた。俺はキレて殴りかかり、喧嘩になった。

 最悪だったのはその結末で、美術の先生が「佐護くんも怒って殴ったのはよくない。お互いに悪いところがあったんだから、お互いに謝りなさい」と言い、強制的に謝らされた事だ。俺は全く納得していなかった。しかし先生は謝らないと帰らせてくれなかったから、反省したフリをして謝るしかなかった。中村も謝ったが、謝意ゼロなのが明白だった。謝罪で得をしたのは「喧嘩した生徒を仲直りさせた」という事実を得た先生だけだった。


 それが現実だ。生徒の気持ちを本当に分かってくれる先生なんて滅多にいないし、無理やり謝らされても仲直りなんてできない。


 仮にここで俺や鏑木さんが介入し、翔太くんと燈華ちゃんを仲直りさせたとしよう。


 断言する。


 絶対に不満が残る。


 俺や鏑木さんという大人の介入による解決は、先生に無理やり謝罪させられるのと何も変わらない。口で謝っても、理屈の上では納得しても、心の中では相手への不満が残る。それは長期的に見て翔太くんと燈華ちゃんを不仲にさせるだろう。

 二人はもう高校生なのだ。大人ではないが、ずっと世話をしていないと何もできない子供でもない。問題を、イザコザを、自分で解決する力を身に着けていかなければロクな大人になれない。


 命の心配も怪我の心配もない問題なのだ。もしかしたら心の傷は残るかも知れないが、これは治る傷だろう。介入する必要はない。俺は翔太くんと燈華ちゃんを信じて見守る。


 翔太くんは上手く行かない探索行に相当イライラしているとみえ、しばらく燈華ちゃんに八つ当たりしていたが、燈華ちゃんが全く言い返さないのでその内静かになった。


 そして少し間を置き、燈華ちゃんのしょぼくれた背中を見てそわそわしはじめる。

 そわそわに気付いた鏑木さんがちょっとニヨっとしている。俺は深く頷いた。


 分かる。分かるぞ翔太くん。言い過ぎたのに気付いたけど散々馬鹿にした後だから謝りにくいんだよな。

 スゲーよく分かる。男のな、しょーもないプライドがな、邪魔するんだよな。特にかわいい女の子の前だと「強く正しい俺」でありたいんだよな。間違いなんて認めたくない。でも謝らないと罪悪感があってな。その板挟みがな、もうな。


 あーッ! 青春!


「この様子だと謝るまでにもう少しかかるわね。佐護さん、C-6通路を閉鎖。C-7とD-1を開けて頂戴。月夜見にはもう少し逃げていてもらいましょう」

「了解」


 俺は洞窟の構造を落石と落盤で操作し、通路を切り替えた。世界の闇から逃げ惑っていた月夜見一味が落石で塞がった通路に蒼褪め、しかしすぐに横道ができている事に気付いてそちらに逃げていく。これによって天照に再度合流するまでに回り道して時間をかける事になる。走れ、デブよ。そして痩せろ。

 こんなに良いタイミングで落石落盤が起きるのは本来なら些か不自然なのだが、天照と月夜見が地震を起こしてくれていたおかげで変な説得力ができている。結果オーライだ。


 これで翔太くんが謝る前に月夜見が突っ込んできてウヤムヤになりわだかまりを残す、という漫画や映画の如き喧嘩の引き延ばし展開は回避した。

 さあ翔太くん。時間は確保した。一言でいいんだ。言うんだ。ごめんなさいするんだ。

 言えっ……言っちまえっ……! 今は恥ずかしくても、言えば楽になるぞほらほら!


「あー、燈華」


 お?


「ごめんなさい」

「いやそうじゃなくてな」


 おお?


「……言い過ぎた。俺も悪かったよ。燈華はちゃんとやってる」


 翔太くんはそっぽを向いて気まずそうに頭を掻きながらだが、確かに言った。

 ヒューッ! 俺と鏑木さんはモニターを見たまま片手でハイタッチした。


 自分で自分の間違いを認める事は大人でも難しい。特に自分の正しさを誇示した後ならなおさらだ。偉い、偉いぞ翔太くん! よく言った!


「……ううん、やっぱり私が悪かった。私が私を許せない」

「めんどくせーな潔癖か。んじゃもうお前の分まで俺がお前を許す。これでいいだろ」

「なにそれ……」


 燈華ちゃんは呆れた様子だったが、少し声に元気が戻った。


「お前かわいいんだから笑ってろって事だよ言わせんな恥ずかしい」

「かわっ……そ、そんな事……ううん、ありがとう」


 燈華ちゃんが一瞬足を止め、もじもじしながら少しだけ振り返って言った。凶悪な可愛さだ。あーなにこれなんだこれたまんねーなおい二人とも良い子かよ甘酸っぱぁい!


 そして!

 そこに瀕死で白目を剥いて走るデブをほとんど蹴り転がしながら騒がしく逆走してくる月夜見が登場!


「あーッ! 戻ってきちゃった! 逃げて逃げて! 後ろヤバいやつ来てる! 捕まったら死ぬ!」

「ほんとなんなんだよお前ら! ヤバいやつって……ああ、なんだ闇か」

「大丈夫、任せて」


 月夜見を大混乱に陥れた闇を纏う骸骨を見ても、天照に動揺はない。むしろ亜種とはいえ戦い慣れた敵を前に逆に落ち着いた。

 逃げる月夜見と入れ違いに燈華ちゃんが前に出る。翔太くんは絶対凍壁エターナルフォースガードを展開し、通路に白い隔壁を作り燈華ちゃんと骸骨を隔離する。

 隔離された燈華ちゃんは重力球に引き寄せられる勢いに乗り、大きく跳びながら阿修羅炎像を出現させ、滑らかな動きで六つの灼熱の拳を立て続けに叩き込んだ。

 超高熱連撃を受けた骸骨が一瞬にして消し炭に変わる。燈華ちゃんは残心も怠らず、着地してから骸骨が起き上がってこないのを確認し、構えを解いた。


 瞬殺! 全部で五秒かかったかどうか。強い。しかも器用! よくこんな高温高精度の炎操作ができるようになったな。めっちゃカッコイイ。

 万が一にも肺を焼き焦がす熱波が月夜見に届かないように守っていた翔太くんも隔壁を解除する。


 クリスは自分達では勝てない強大な敵を瞬殺した天照に唖然としていた。見山はそのへんに転がってせき込みながら必死に呼吸している。よほど余裕がないらしく、BGMも止まっている。


「つっよ! え、もしかしてさっき手加減されてた?」

「そういう事だ。今度はお前らが縛られる番だからな。いや氷漬けがいいか?」


 両手に冷気を滾らせ凄む翔太くん。クリスは両手を上に上げて降参しながら後ずさった。


「待った待った! それは待った!」

「待つわけねーだろ。ワケわかんねー理由で奇襲してきやがってこのクソ野郎」

「ごめんて! あー、えーと」


 見山がダウンしていて未来予知が使えないクリスの目が激しく泳ぐ。


「そ、そうだ! 実はア……僕、未来予知使えるんだよね。遺跡攻略するならすっごい便利だから! 僕は未来予知! そっちは骸骨退治! 協力して進もう! 争いよくない平和が一番!」


 クリスがしどろもどろに叫ぶと、翔太くんが止まった。


 お前マジか。協力したら争奪戦にならないぞ。やめて?

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パーティ毎にバランスが取れるように難易度調整とか、作り込みとか、佐護くん、もしかしてゲーム開発とかしていらっしゃった?
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