07話 あやうし古代遺跡!
天照の専用戦闘スーツは特注品で、数度のバージョンアップを経て一着二百万円の高額品に仕上がっている。その分、性能は高い。
スーツの厚さは2.6mmで、アメリカ軍の装備にも採用されている軽量で強靭なカーボンナノチューブシートが七層織り込まれている。拳銃やナイフ程度ならば防ぐ事ができる優れものだ。-15℃から400℃まで耐える耐寒・耐熱性も付与されている。
色調は黒をベースにしていて、一流デザイナーの手によって機能を損ねない程度の露出も入れられ、女子用は美麗、男子用は逞しい印象を抱かせる。
オプションとしてベルトポーチ、PSIドライブ装着用の金具、顔を隠すための鼻から上を覆う仮面とフードなどがある。翔太くんと燈華ちゃんの能力の汎用性も合わさり、およそどのような環境・戦場にも対応できる。
一方、月夜見の装備は量販店のセールを狙って買った普通の服で、全身のコーディネイト総額は一万円を切る。貧乏って辛い。
ルー殿下からの御下命を受けた翔太くんと燈華ちゃんは、それぞれ戦闘スーツに着替え、顔を隠し、必要な荷物をリュックに入れ国有原生林を進んでいた。
林立する広葉樹の幹には地衣類や蔦がはりつき、樹冠から差し込む陽光を浴びた下草は青々と茂っている。雑草に紛れてちらほらと釣り鐘型の小さな青い花を咲かせているのはマリンランド島固有種のマリンランド・ブルーベルだ。この花は甘く心地よい芳香と共に夏の訪れを告げる島の風物詩となっている。
小鳥の賑やかな囀りに木々のざわめきが混ざり、初夏の暑さも森の涼しさで相殺されてなんとも過ごし易い癒しの空間になっていた。草の上に寝転んで苔を枕に昼寝をすればさぞ気持ちいい事だろう。実際、この時期は毎年観光客向けに森林浴ツアーが行われている。今はできたて古代遺跡イベントがあるため封鎖されているのだが。
二人は鏑木さんが古文書から複写した地図を確認しながらしばらく歩き、岩陰に隠された古代遺跡の入り口にたどり着いた。本来は岩と倒木で埋まっていた入り口だが、俺の念力で障害物を除去してある。緩やかに下方へ傾斜する洞窟の奥は暗く、生ぬるくかび臭い空気を吐き出している。
洞窟の中を吹く風の音は怪物の唸り声のようで、燈華ちゃんが少し怯んで不安そうにしている。うむ、良い反応だ。そういう音に聞こえるように五日かけて調整を繰り返した甲斐があったというものである。
通風口を作ってな、気圧の差を作って自然に風が流れるようにしてな。更にそれが不気味な音を鳴らすように掘削したり削り過ぎて埋め戻したり。最後の方は風の音を聞きすぎて耳がおかしくなりそうだった。
二人は頷き合い、全身に低温の炎を纏い人間松明になった燈華ちゃんを先頭に洞窟に入って行く。古代遺跡攻略開始だ。
鏑木邸の一室で俺と一緒にモニターの前に座る鏑木さんが、二人が身に着けた小型カメラ越しの画像を見ながら早速通信を入れた。
【そこから先は結界の中よ。注意して。荷物は問題無いわね?】
「問題無し。つーか最悪これだけありゃ何とでもなるだろ」
翔太くんが燈華ちゃんに続いて歩きつつ、手に持った最高性能剣型PSIドライブ「魔王殺し」の腹で肩を叩き気楽に言う。燃料には俺の血を精製希釈した燃料が少しだけ入っていて、一撃限定であらゆる障害を薙ぎ払える仕様だ。使いどころが問われる切り札である。洞窟が全壊しない程度の威力に調節してあるとはいえ、迂闊にぶっ放すと落盤を引き起こす。
「私も大丈夫です」
「ほんとかぁ? なんかリュックデカくね? 余計なモン入れてんじゃねーの」
翔太くんが燈華ちゃんの膨らんだリュックに勝手に手を突っ込んで漁りはじめる。
「入れてないよ? あっ横のポケットでイグちゃん寝てるから起こさないでね」
「回復薬はいいんだよ。これはなんなんだよ」
「何って見たままだけど。仏像と木魚と経文と、」
「ぜってーいらねぇだろ置いてけ」
「要る。持ってかないと急に拝みたくなった時困るでしょ?」
「ねーよ」
楽しそうだなおい。遠足じゃないんだぞ。
……いや遠足か。ほとんど遠足だった。そのまま楽しんでくれ、高画質で録画してるから。
【ん、止まって頂戴。後ろに何かあったわ】
わちゃわちゃしながら歩いていたせいで仕掛けをスルーされそうになったため、鏑木さんがそれっぽい事を言ってストップをかけた。二人は立ち止まり、数歩引き返して岩陰を覗き込む。そこにあったのはボロ切れを纏った白骨死体(セラミック製、医学及び考古学教授監修、一体あたり二十万円)だ。
「ひっ」
「おっ、骨じゃん。ちょ、これ持っててくれ」
小さく悲鳴を漏らした燈華ちゃんと対照的に、翔太くんは冷静だった。魔王殺しを燈華ちゃんに預け、なにがあるかなー、などと言いながら骸骨を漁り始める。
躊躇無さ過ぎだろ。絶対飛行機の中でやってたゾンビサバイバルゲームの影響だ。そいつはドロップアイテムなんて持ってないぞ。すぐゲームとか漫画に影響されるんだからまったくもー翔太くんは仕方のない奴だはい奇襲。
全身をまさぐられていた骸骨が突然跳ね起きる。そして眼窩や口、肋骨から黒い泥のようなものを溢れ出させつつ、亡者のうめき声を上げ翔太くんに掴みかかった!
「きゃああああああ!?」
悲鳴を上げたのは襲われた翔太くんではなく魔王殺しを抱えもって後ろで見ていた燈華ちゃんだった。翔太くんは超反応を見せ、首元に噛みつこうとする骸骨を蹴り飛ばし距離を取る。
「じっ、地獄に帰れ!」
「げ」
両手に冷気を滾らせ骸骨を凍らせようとした翔太くんは、魔王殺しを振りかぶっている燈華ちゃんに気付いて攻撃をキャンセル。横っ飛びに射線上から離れて伏せた。
そして高速読経と共に魔王殺しが振り下ろされる。念力燃料が充填されているとはいえ希釈品、威力はそれほど高くない。轟音と共に骸骨を塵に変え、ついでに洞窟も十数メートルに渡り破壊するだけで済んだ。おおよそ入り口側へ放ったので、進路は無事だ。
翔太くんは混乱中の燈華ちゃんを肩に担ぎ、軽い岩雪崩を起こし崩落していく入口から奥へ向かって急いで走って行った。
「あらー……」
鏑木さんがモニターを見ながら呆れている。攻略開始三分で切り札使ってんじゃないよ。輪ゴム撃ってびっくりさせたらミサイルを撃ち返された気分だ。どうせ入口は一度入ったら不思議な力によってアーティファクトを回収するまで出られないようになる仕組みだったのだが、自発的に崩落させて退路を塞ぎおったわ。燈華ちゃんも普段は良識的なようでいてなかなか派手にやりおる。
まあ超能力を持っていなくても初遭遇の世界の闇に経文パンチかました娘だからな。得体の知れない奴が急に襲ってきたらとりあえず全力攻撃は癖なのかも知れない。
俺が一人納得していると、鏑木さんが音声通信を切ってパソコンのイベント管理表を修正しながら指示を出してきた。
「魔王殺しの消費を確認。佐護さん、魔王殺し前提の罠はオフに」
「OK……オフにした」
「翔太くんけっこう走るわね。四十メートル先の骸骨β-2でもう一度襲いましょう。能力は、そうね、風かしら。戦闘後に私が解説するわ」
「了解」
「通信入れるわ……【翔太くん! 前方再度敵影!】」
「ああ!? くそっ、燈華、落ち着いたな? 立てるな!?」
「う、うん。ごめん」
翔太くんが燈華ちゃんをほとんど投げ降ろし、砂と小石を舞い上げながら宙に浮いて襲ってくる黒いデロデロ付き骸骨に絶対凍撃を喰らわせた。翔太くんもアレだな、初手必殺技好きだな。「こんにちは死ね!」スタイル、嫌いじゃないぞ。
翔太くんは凍結し動きを止めた骸骨にすかさず強かに堂に入った回し蹴りを入れて砕いた。背骨を粉砕された骸骨は壁に叩きつけられるも、黒いデロデロが蠢き骨を修復しはじめる。
「なんだコイツ! 世界の闇の親戚か!?」
「私がやる!」
翔太くんが下がり、入れ違いに燈華ちゃんが出て火炎放射を浴びせる。骸骨は炎の中でもがいたが、すぐに焼け焦げ赤熱し、ボロボロと崩れていった。
「……やったか?」
翔太くんがフラグを立てながら足の先で煙を上げる骸骨の残骸をそっとつつく。流石にここまでされても復活するような敵を探検序盤で出したりはしないから安心していいぞ。この骸骨は討伐完了だ。
「コイツもアイツもなんなんだ。世界の闇か?」
「人型っぽいのとは戦った事あるけど、動く骨は私見た事ない」
「俺もだ。鏑木さん?」
【……いくつか確認したい事があるわ。頭蓋骨の表面をアップで映してもらえるかしら】
「めっちゃ焦げてるけど」
【構わないわ】
俺達が見ているモニターに頭蓋骨がアップで映る。続いて鏑木さんは大腿骨の長さ測れだの、腰骨の形を見ろだのと幾つか指示を出す。
やがて言われるがまま意味があるようでいて何の意味もないフェイクの確認作業を終えた二人に、鏑木さんは結論を告げた。
【これは超能力者の死体ね。小石が舞い上がって浮かんでいたでしょう? 生前は恐らく風系の能力者。骨から見て取れる範囲の情報からの大雑把な推測になるけれど、500~1000年前の人だと思うわ】
「どうして死んだ人が現世に舞い戻ってきたんですか?」
燈華ちゃんが嫌悪感を滲ませて聞くと、鏑木さんはスラスラと嘘八百を並べ立てていく。
【蘇った、というのは恐らく正確ではないわ。黒い軟泥が付いていたのは見たわよね。そこは超能力者しか入れない、超能力結界に守られた、超能力者の死体が多く眠る、人の入らない古代遺跡よ。昔からずっと世界の闇の餌場になっていたとしても不思議では無いわね】
「あぁ~、なんか分かった。それで世界の闇が骸骨に憑りついて、力を吸い上げるのか操るのか知らんけどそういう感じで超能力使って襲ってきてるわけだ」
【私も同じ見解よ】
そういう設定になっている。超能力者の骸骨を中継する事で軽い超能力を使えるようになった世界の闇亜種である。古代遺跡は罠や謎解きの他に、亜種闇くんの脅威にも警戒しなければならない。
「だとさ。分かったか燈華! 無駄撃ちしやがって、剣返せ。キャーじゃねーぞ怖がりか」
「こ、怖がってないよ? ただ、成仏してない亡者を見ると熱くなっちゃって」
「ほんとかよ。強がりか本気かわかんねぇな」
二人は賑やかに話しながらも、歩調を緩め周囲を警戒しながら慎重に先へ進んでいった。
一方その頃。月夜見はまだ入口から入って五メートルの最初の分かれ道で止まっていた。鏑木さんの古文書に記されていなかった、天照の侵入経路とは別のルートである。
一応偽装パスポートで入国した秘密任務であるため、クリスは黒い忍者っぽい覆面で顔を隠し、見山は遺跡に来る前に工事現場に置いてあったカラーコーンをパクってきて被っている。持ち物はクリスが小刀、見山がギター。食料はコンビニ弁当一袋。懐中電灯二本。他、特になし。遺跡探索を舐め腐ったお気楽装備である。
さっきから天照の監視ついでに千里眼で観ているのだが、どうやら洞窟を流れる空気を浴びて読みまくり、アーティファクトへ続く最短の道を探しているらしい。クリスは立ちっぱなし、見山はギターを弾きっぱなしである。
遺跡は前半が海賊が作った洞窟、後半が紀元前の超能力文明区画になっていて、そのどちらも窒息の心配をせずに済むように空気を通してある。確かに空気の流れを読んで最短ルートを探すのは可能だろう。
可能だが、簡単ではないぞ。対策してある。
古代遺跡は朽ちかけ小さな隙間だらけで、空気の流れも複雑だ。人が通れない狭い場所を縦横無尽に駆け巡っている。空気の流れを読んでも空気にはなれないのだから、空気の通り道と同じルートを通って目的地にたどり着く事はできない。だから複雑に絡み合う空気の流れを読み解き、分析して、人が進めるルートを割り出さないといけない訳だが、そのためには当然時間がかかる。
案の定、じっと棒立ちで空気を読み続けていたクリスは痺れを切らした。
「んにぃいいいいい! もうやだ! めんどくさい!」
「おいおい諦めるな。地図もない案内人もいない、お前のリーディングが頼りなんだからよ」
「いやこれ無理だってば。空気の流れがすっごい複雑。アタシの脳みそじゃ読めても読み解けない。何? なんでこんなに入り組んでるの? 嫌がらせ?」
おっと鋭い。すまんなその通り、嫌がらせです。こうでもしないと月夜見が争奪戦に有利過ぎる。
「行き止まりだったら引き返す虱潰し作戦でいくか? 壁に右手当てて進むとかいうのもあったな。また地震来たら崩落するかもわからん、早めに攻略するに越した事はないんだろうが……大体どっち、ってのもわからんのか?」
「だいたいこっち」
クリスが海側斜め下方向を指さす。うむ、少しズレているが方向は概ね正しい。問題はどうやって行くか、だ。
もう少し進めば五十年前の侵入者の骸骨をベースにした亜種闇くんがいて、倒すと序盤の地図を描いた日記を落とす。天照のようにずんずん進んでイベントをスルーされかけるのも悲しいが、全然進まないのも考え物だ。
二人はあーでもないこーでもないと話しあっていたが、クリスがため息を吐いていった。
「なんかもーめんどくさくない?」
「めんどくさいな」
「もういっか。ぶちぬこ?」
「ぶちぬくか」
見山が懐から金属ケースを出し、中の注射器を一本むっちりもじゃもじゃした腕にぶっ刺す。
察するに、親分の強化血液ドーピングだ。なんだ、ぶちぬく? 強化した身体能力で一気に駆け抜ける気か?
中の血を注入し、注射器を投げ捨てた見山は肩を回して血走った目で言った。
「フウウウウウウ~! こいつはキくぜ。クリス、どこやればいい?」
「まずそこかな。ガンガンいっちゃって」
「オラァ!」
見山がクリスが指さした場所を殴ると、岩が砕け散りクレーターができた。破片というには大きすぎる岩を投げてどかし、また殴る。クレーターが更に抉れる。後数回殴れば一階層下の空間までぶち抜いてしまう勢いだ。見山はハゲデブな見た目からは想像もつかないイイ声で高らかに歌いながら殴り掘っていく。
待て待て待て待て、ぶち抜くってそういう意味?
おい馬鹿やめろ、脳筋ショートカットやめろ! 無理やり最短ルートを作るんじゃない!
急いで念力で岩盤を補強し、見山パンチを跳ね返す。見山は悲鳴を上げ、拳を押さえて尻もちをついた。
「いってぇ! 何だ? ……気のせいか? オラッいてぇ! 何だぁ? やたら堅い。何だこりゃ」
「どうしたの?」
「クリス、このへんちょっと読んでみろ。変だ」
「うん?」
クリスが念力で強化した岩盤に手を触れる。そう、これが厄介だ。岩盤が何かの力で突然硬化した事がバレてしまう。だがこうでもしなければ最短ルート(筋肉)攻略されてしまう。ああくそ、頼む。上手く誤魔化されてくれ。
一瞬で岩盤を読んだクリスが首を傾げる。
「なんか……なんだろ。何かの力で急に、こう、強化? 補強? されたみたい」
「何かの力ってなんだよ」
「わかんない。アタシのリーディングだって万能じゃないんだからね?」
「ほーん……」
見山がもう一度殴りつけてくるが、岩盤強化は継続中。また跳ね返され、傷一つつけられない。頼む、諦めてくれ。そして大人しく正規ルートを進んでくれ。
「いっっってぇ! こいつぁダメだ、無理だ」
「ダメかー。なんだろなんだろ。超能力者の遺跡なんでしょ? 遺跡が意志を持ってて、自衛したとか?」
「あー、ありそうだな。実際どうなのか知らんけどな。くそっ、良い調子だったんだがなぁ」
見山は最後にもう一度岩盤を殴り、跳ね返され、やっと諦めた。
それから少しして二人は不満そうに正規ルートを進み始め、ほっと一息である。
攻略開始三十分も経っていないのにコレだ。前途多難にもほどがある。
俺はもう一度大きく息を吐き、鏑木さんと次のイベント、月夜見&天照遭遇の調整を始めた。