06話 あからさまに水着回なのだ
ゴールデンウィーク初日。翔太くん、燈華ちゃん、イグ、俺、鏑木さんの天照メンバーはマリンランド公国にやってきた。宿泊先は鏑木公爵邸。鏑木さんの別荘はパーティーが開ける規模の部屋数と敷地面積を誇るため、数人泊まるぐらいなんでもない。
初日は飛行機疲れと時差ボケで学生組がダウンして寝てしまい、二日目は学生組が鏑木さん監督の下で連休中の宿題を一気に片づけるのに集中したため潰れた。翔太くんと燈華ちゃんは特進科クラス。宿題もそれなりにあるのだ。まさか「世界の闇を封印するためのアーティファクトを探しに古代遺跡の探索してたので宿題やってません」とは言えない。言える訳が無い。
そして三日目は、せっかく観光地に来たのだから、と鏑木さん所有のプライベートビーチで遊ぶ事になった。鏑木公爵邸は裏口からすぐに砂浜に出られるのだ。
マリンランドの古代遺跡は今までずっと静かに眠っていた。放置はまずいが大急ぎで解決しなければならないものでもない。一日ぐらい攻略が遅れても問題ない。
あと見山とクリスがやってくるはずの飛行機が悪天候に伴う欠航で止まってしまい、到着が一日遅れるため、それに合わせて天照組の攻略を一日遅らせる必要があるというのもある。今回のイベントの主題が「古代遺跡でのアーティファクト争奪戦」である以上、天照と月夜見はほぼ同時に古代遺跡に突入させなければならない。一日のアドバンテージは大きすぎる。時間調節は欠かせない。
「お? あったけーなおい。マリンランドって北海道より北なんだろ? 五月だぜ今」
本日は快晴。抜けるような青空に、燦々と輝く太陽。恰好の海水浴日和である。サーフパンツ一枚でビーチボールを小脇に抱え、公爵邸の裏口を出て砂浜に降りた翔太くんが全身に潮風を浴びながら意外そうに言った。赤い短髪をオールバックにキメ、サングラス装備。サーフパンツはもちろん炎柄だ。
俺も翔太くんに続いてサーフボードを担いで裏口から出る。パン一になって見てみるとよく分かるが、翔太くんけっこう鍛えてるな。良い筋肉してる。
そうだよな、もう高二だもんなぁ。ガタイも良くなるわけだ。クマさんの指導で格闘もやってるみたいだし、念力無しで腕相撲とかしたらもう負けるかも知れん。俺ももう少ししっかり鍛えるか。
「マリンランドは偏西風と暖流の影響で緯度の割に気温が高いんだって。五月でも東京の七月ぐらいの気温あるよ」
俺の後ろから少し間を空けて出てきたのは特進科のアイドル、燈華ちゃんだ。肩が露出して胸にひらひらしたやつがついた青いビキニの水着を着て、大仏模様のシートとサンオイルを持っている。
ビキニになって見てみるとよく分かるが、燈華ちゃんも小柄ではあるが大人っぽい体つきになったな。特進科のアイドルにもなる訳だ。
鏑木さんから美容の指導を受けて体重管理や栄養管理もしてるみたいだし、おじさん変な人に襲われやしないかと心配だよ。燈華ちゃんが変な人にどうこうされる事は無いが、撃退の時にうっかり炎出したら大事になる。うっかり炎を……
……そうなんだよな。燈華ちゃん、炎使いなんだよな。
大人しく小柄な青系ビキニの美少女なのに、炎使いなんだよな。
で、髪を赤く染めて炎柄のサーフパンツ履いてる不良っぽい翔太くんが氷使い。
前々から何度も思ってる事だが、君達、絶対能力逆だろ。どう見ても燈華ちゃんが氷使いで翔太くんが炎使いだぞ。詐欺だ。そりゃ本人の性格と能力が一致するとは限りませんがね。
「イグは寝てるから置いてきたわ」
そう言いながら最後に裏口から出て鍵をかけたのは鏑木さんだ。長く艶やかな黒髪をアップでまとめ、布面積大きめの白のビキニに緑のパレオを合わせている。
潮風に揺れるパレオ、夏の日差しに照らされた女神のように整ったクールな横顔、俺と目が合い微笑むその柔らかな笑顔。
「う……ぐぅ……っ!」
俺は鏑木さん成分の多量摂取で心停止を起こしかけている胸を押さえてよろめいた。
あーダメダメダメダメダメだめだこれ可愛すぎるいつも肌をあんまり見せない鏑木さんが水着を、ビキニを着ていらっしゃるぞ。
尊い。
生きててよかった。
死にそう。
俺が砂浜に刺したサーフボードに体重を乗せ荒い息を吐いて鏑木ショックからの回復を待っていると、何やら燈華ちゃんが水着の端を引っ張りながらモジモジと翔太くんを見ている事に気付いた。しかし翔太くんは足の先で砂浜の砂を集めて山を作るのに集中していて気付いていない。
燈華ちゃんは数秒迷っていたが、もどかしげに言った。
「翔太」
「あん?」
「……私に何か言う事は?」
「ああ?」
翔太くんが顔を上げ、モジモジそわそわする燈華ちゃんを上から下まで……もとい、上から下までいかずに胸まで見て言った。
「……ああ、そういや聞きたい事あった。胸のサイズいくつになった? また大きくなってるよな。D? Eいってる?」
「は? 燃え尽きて?」
翔太くーん! そりゃ無いだろ! 何故今聞いた!? いやいつ聞いてもダメだけど!
燈華ちゃんの絶対零度の目線を皮切りにギャンギャン痴話喧嘩が始まる。
それを青春だなーと眺めていると背中をつつかれた。振り返ると鏑木さんが俺を見てニコニコしている。
「佐護さん」
「ん?」
「私、佐護さんに褒めて欲しいわ」
「その水着最高に似合ってる。過激過ぎず守り過ぎずなところもいい。鏑木さんは世界で一番美しい。好きだ。太陽より輝いてる。女神。神の美しさ」
「ありがとう。佐護さんもすごく格好良いわね」
照れる。鏑木さんに言われると本当に恰好良くなったみたいだ。「世界一」恰好良いとかいう嘘は言わないあたり、鏑木さんが本気で言ってくれているのが分かる。ふへへ。
微笑み合う俺達を見て燈華ちゃんがヒートアップした。
「ほら! ほら翔太! ああいう感じ! ああいう感じ……はちょっと恥ずかしいけど。女の子がお洒落してたらああ言うの!」
「めんどくせっ」
翔太くんはビーチボールを手で弄びながら嫌そうな顔をした。
それな。鏑木さんは褒めて欲しければストレートに「褒めて」と言ってくれるから俺としても褒めやすいが、ほとんどの女子は遠回しに催促してきたり、褒められるのが当たり前と思っていて褒めないと怒り出すから面倒臭い。しかしそういうところまで可愛いと思えてきたら本当に好きだという事だぞ。分かったか、翔太くん(恋愛経験一人おじさんからのアドバイス)。
やがて翔太くんはむくれる燈華ちゃんにうんざりして言った。
「分かった分かった、燈華は可愛いよ、それはマジで思ってる。いいからもうバレーやろうぜ、俺とマスターでポール立てるからネット張り頼むわ」
美少女が褒めて欲しがっているのに雑に褒めて流す、という、高校生の頃の俺が見たら羨ましさと怒りで猛り狂ってマウントとってタコ殴りにしているほどの罪を無自覚に犯した野郎と連れ立って物置小屋に行き、バレー用のネットを張るポールを出し、二人で担いで砂浜に戻る。
道中せっかく寡黙設定を緩めたので雑談を試みる。
「翔太はバレーが好きなのか」
「別に? これが人生初ビーチバレーだわ」
「ではなぜやりたがる」
翔太くんはニヤッと笑い、砂浜にネットを広げている燈華ちゃんと鏑木さんを顎で指した。
「いや、だって揺れるじゃん。アレが揺れるじゃん。見たいじゃん」
「わかる」
俺は深く頷いた。共感が深すぎて半分素で答えてしまうぐらいよくわかる。
確かに揺れる。ビーチバレーは激しく動き、ジャンプを繰り返すスポーツだ。当然、揺れる。何がとは言わないが。
「マスターは俺とタッグな」
「ん? 俺はサーフィンするつもりだが」
「マスター抜けたら奇数になっちまうだろ。頼むよ、やろうぜ」
「……まあいいが。片手では戦力にならんぞ」
俺は素の運動神経は良くない。悪くも無いが、片手でビーチバレーができるほど良くはない。
「超能力アリアリルールにすりゃあ……バレーに念力はヤベーか。いや時間停止もヤベーな。んあー、超能力アリでも女子チームと男子チームならいい勝負になんじゃね」
ポールを立ててネットを張り、超能力ビーチバレーが始まった。鏑木さんのプライベートビーチは森に囲まれていて、海側には念力で霧を発生させてある。一般人に目撃される心配はない。超能力を使っても大丈夫だ。
「えいっ」
まずは先攻を取った女子チーム、燈華ちゃんのサーブから始まる。可愛らしい掛け声と共にボールが打たれ――――次の瞬間には俺達のコートにボールが突き刺さっていた。
やっぱりな! はーまったく、時間停止能力者はすぐこういう事する。
「ほら燈華ちゃん、ハイタッチしましょう。いえーい」
「い、いえーいっ」
きゃっきゃうふふとテンションを上げている女子を横目に、翔太くんは悟り顔で砂まみれのボールを拾う。
「まあ知ってた。マスター、やっちゃってくれ。本気で」
ボールを投げて寄越しながら翔太くんが地球破壊宣言をする。本気でやったらボールが素粒子レベルでバラバラになっちゃうだろ。
まあそーっとね。
「おらっ」
ボールが破裂しないよう念力で補強し、鏑木さんの時間停止の妨害をうけないよう発射地点から着弾地点までに念力で筒状のルートを構築。そして適当な掛け声でボールを(念力で)打つと、女子チームのコートが吹き飛んだ。大量の砂が舞い上がり、コートにクレーターができる。
やっべ、砂浜の方にバリア張ってなかった。
まあいいか。
「マスター、ナイスサーブ!」
「ああ」
翔太くんとハイタッチしながら念力で砂を回収。埋め戻す。
時間停止で遠くに退避していた鏑木さんと燈華ちゃんが直撃すれば余裕で人が死ぬ威力に軽く引きながら戻ってきて試合再開。そこからはビーチボールが燃え上がったり砂浜が凍り付いたりといよいよ超常めいてきて、(物理的に)熱くなった燈華ちゃんが砂浜を赤熱融解させはじめたあたりで試合終了となった。
勝者は女子チーム。翔太くんが頻繁に燈華ちゃんの揺れる胸に目が釘付けになって動きが止まったのが敗因だった。負けたのに満足そうにしやがってこの男子高校生め。
そして、午後はしっかり体を休め、翌日。
早朝の第一便で偽装パスポートと変装した姿で見山とクリスが到着したのを確認し、俺達はルー殿下が待つカナリア要塞へ向かった。
鏑木さんの顔パスで要塞に入り、応接室まで直行する。ノックして中に入ると、窓際で鳥にパン屑をあげて手をつつかれていた殿下がいそいそとテーブルの上の羊皮紙の巻物を手に取り、広げて咳払いした。
まず鏑木さんが優雅に跪き、俺もそれに倣う。学生組もまごつきながら見様見真似で跪いた。
ルー殿下は威厳のある、よく通る声で羊皮紙を読み上げた。亜麻色の髪の上には黄金の王冠が乗っていて、配下に勅令を発する古の王族そのものに見える。
『カブラギシオリ、サゴキネミツ、タカハシショタ、ハスミトカ。
あなた達四人にマリンランド公国大公アーマントゥルード・ベーツの名に於いてアーティファクト回収の任務を命じます。
当該任務において発生した全ての損害の責任は当国に帰属するものとし、十全な補填を行うと共に、任務の秘匿性に関し最大限の支援を行う事を保証します。
任務の滞りない達成を期待します。
マリンランド公国大公 アーマントゥルード・ベーツ』
「了解しました」
俺達は揃って頭を下げた。珍しくキリリと威厳を出していたルー殿下が崩れ、ふにゃふにゃと椅子に腰かけ羊皮紙を鏑木さんに手渡す。
『うん。それでカブラギ、これどういう意味?』
『……応援するから頑張って、という意味です』
『そうなんだ? ならそう書けばいいのにね。みんな頑張れっ! あ、お腹空いてない? お仕事の前に何か食べてく? マフィンいっぱいあるよ!』
この後めちゃくちゃマフィン食べた。




