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04話 殿下の才能

 全ての超能力訓練は基礎トレーニングから始まる。漫然とでもいい、ひたすら使って使いまくるのだ。そうして超能力原基を疲れさせ、休んで回復させる。すると超能力はより強く強靭に成長する。

 初期の超能力は持続時間や使用可能回数が少なくすぐに疲労するから、基礎トレに時間を取られる事もない。ルー殿下のお散歩や花壇の世話の時間を犠牲にせずに済む。


 城下町の工場から大公権限で電圧テスターを借りてきて測定したところ、殿下の初期電圧は2.2Vだった。

 乾電池が1.5V、触るとビリっとくる電圧が約10V、人が死ぬ電圧が50V、一般家庭の電源が100V、デンキウナギが750V、雷が数億Vだから、初期値は高くもなく低くも無くといったところか。乾電池一個よりは強く、二個よりは弱い。

 電気能力は創作ではポピュラーな能力だ。以前超能力移植実験をした時も電気能力者はけっこう多かった。能力の稀少性は低い。が、応用力が高い能力である事は間違いない。

 単純な使い方なら電気を纏って雷パンチ。応用なら雷の槍を投げたり、手のひらから放電したり。極まれば雷を落としたり、生体電流を操って超反応高速移動、閃光で目くらましなんて事もできそうだ。


 テスターのおかげで殿下の成長率は正確に割り出せた。2.2V→2.42V→2.662Vと成長したから成長率は1.1倍。最低出力なら十秒程度持続。持続時間を伸ばすのは応用訓練が必要。

 16回成長すれば10Vになり、戦闘に使えない事もない威力になるのだが、派手な放電ができるようになるかは微妙なところである。

 超能力の成長回数は大体20~40回で上限に達する。50回を超えて成長するのは二人しか例が無い。

 ご家庭の電力を賄う自家発電(100V)ができるようになるためには40回の成長が必要で、雷クラスの威力を出すためには200回は成長しなければならない。ルー殿下が雷女王になる見込みは薄い。

 成長率1.1倍というのが痛い。1.5倍ぐらいあれば45回で雷クラスの威力になるから十分現実的だったのだが……手から雷を出せるのが現実的ってよくわからんな。


 ルー殿下は才能が無いお方で、勉強も運動も芸術もダメだ。それを受け入れて応援に専念できるのが殿下の凄いところなのだが、やはり自分の、自分だけの特別な力に覚醒したというのは嬉しいらしい。自分の髪に能力を使いぶわーっと逆立たせたり、豆電球を指でつまんで意味もなく点滅させたり無邪気にはしゃいでいらっしゃった。

 わかる。能力の強さが問題じゃないんだよな。超能力が使える、という事そのものが楽しい。使い方を妄想して実際にやってみるのが楽しい。超能力は覚醒したてが一番楽しいのかも知れない。


 ……ところが。楽しい事ほど過ぎ去るのは早い。

 ルー殿下にも無慈悲な現実が襲い掛かった。

 殿下は覚醒後八日目の成長が無かった。つまり成長回数三回、出力2.928Vで成長停止。

 殿下は超能力にすら才能が無かった。


『あーダメ2.8になっちゃった。だんだん弱くなってく。やっぱり2.928が限界だねー』


 殿下は私室のベッドに腰かけ、膝に乗せたテスターの電極に指を当てながらのほほんと言った。

 ルー殿下の基礎訓練は鏑木さんが雑談ついでに監督してくれていたのだが、想定外の成長頭打ちに遠隔掘削作業中の俺が召喚された。何かの間違いかと数回測定し直してもらったが、数値が上がるどころか疲労でだんだん出力が下がっていっていた。鏑木さんがテスターをあれこれ調べ、首を横に振る。テスターの故障でも無いらしい。

 本当にルー殿下は三回で成長が止まってしまったのだ。


『成長痛は? 成長痛もありませんか?』

『無いよ。魂がひび割れて混沌を吸い込んでる感じしないもん。これ成長してないって事でしょ』

『そう……ですね』


 確かにそれは超能力原基特有の感覚だ。

 どうするんだよこれ。なーにが「鍛えれば強くなります」だよ強くなる前に成長限界来ちゃったぞおい。静電気を自在に出せるのはすごいっちゃすごいけど、だから何? 戦闘で使ってもパチってするだけ。家電製品を動かすほどの持続時間も無い。三回の基礎力では応用も効かないだろう。ひどい。


 確かにこういう事は起きるかも知れないと思っていた。

 自爆して死ぬ超能力とか、自分の味覚がおかしくなるだけの超能力とか、使い勝手最悪で害悪にしかならない超能力に目覚めたり。一回成長しただけで成長停止したり。成長した後衰えだしたり。そういう事も、ある、かも、しれない、かなー、とは思っていた。無限成長があるなら、超低成長があっても何もおかしくない。


 おかしくはないのだが、どうして本当に起きてしまうのか。

 唯一の救いは殿下が凹んでいないところだが、俺の方が凹む。


 才能、才能、才能!

 またそれか!


 いつもそうだ。小学生の頃の体育の授業を思い出す。俺は逆上がりができなかった。先生は頑張れば絶対できるようになる、と応援してくれた。俺も最初はそう思った。できないのは俺だけではなく、クラスにはできない奴の方が多かったからだ。しかし周りはどんどんできるようになっていった。俺は誰よりも練習したが、どうしてもできなかった。何故できないのか分からない。どうやればいいのか分からない。鉄棒、体の振り方、タイミング、何かコツがあるのだと思う。そのコツが分からない。教わってもわからない。できない。練習している内にだんだん泣きそうになってくる。俺が、俺だけが、どうしてもできない。頑張っているのにできない。怒りも湧く。俺よりも全然練習していない奴が当然のようにできるようになっていったからだ。そのうち嫌になって諦める事を覚えて嫌な意味で一歩大人になってあああああああああトラウマがあああああああッ! 悔しくなんてないぞ! 今は念力で補助すれば逆上がりぐらい余裕だからな!


『サゴはさっきからなんで泣きそうになったり怒ったりしてるの? 頭大丈夫?』

『たぶんルー殿下に同情してその後逆ギレしていますね』

『そうなの? ねえそうなの? カブラギの予想当たってる?』

『えっ、あ、まあ、はい』

『おーっ、すごいねぇ! カブラギはサゴの事ほんとーによく分かってるんだね。もう結婚したら? 私カブラギのウェディングドレス見たいな』

『申し訳ありません、ルー殿下。ウェディングドレスを見せるのは世界で一人だけと決めているので』

『ひゃーっ! 私そういうの好き!』


 ルー殿下が両手で顔を覆って興奮して悶えている。

 お通夜ムードになるかと思ったら結婚式になりそう。一体何が起きているんだ。今なら発火能力が無くても顔から火を出せそうだ。公開処刑やめて下さい。

 しかしルー殿下が恋バナ好き過ぎる。いや、まだ十七歳だし、国と立場が違えばまだ女子高生と考えれば普通なのか。


 ルー殿下は本当に才能が無い。そして本当にそれを気にしていない。自分の国を大きく豊かにしたい、超能力が欲しい、そういう欲はあるが、無くても平気な御方なのだ。「足る事を知る」というやつだ。

 この三週間ルー殿下を見ていて、本当にささやかな事に喜ぶ事に驚いた。お菓子を食べる事、花壇に花が咲いた事、廊下ですれ違う時に挨拶した事。ほとんどの人間が当たり前と流し、慣れ切って何も感じなくなる事を、ルー殿下は素直に喜ぶ。


 すごい人だ。俺よりずっと年下で、本人が言う通り頭は良くない。しかしずば抜けた頭脳や溢れる才能よりもずっと大切な物を持っているのだ。超能力をあげよう、というのは上から目線の余計なお世話だったのかも知れない。


『話を戻しますが、ルー殿下の力では世界の闇と戦うのは厳しいでしょう。はっきり言いますが、一般人と大差無いので超能力を貪り食うために世界の闇につけ狙われるとも思えません』

『そうなんだ。良かった~、私戦うの苦手なんだよね。痛いのも嫌だし。怖いし。無限に出てくる怪物に一生襲われ続けて倒し続けるって怖すぎ。二人と、そのアマテラス? だっけ? 戦えるのすごいなって思うよ。ほんとに』


 ルー殿下は身震いして恐々言った。そう言われると確かに恐ろしい。超能力に目覚めると、(時と場所を選んで出現するとはいえ)無限湧きして自分を捕食する怪物に狙われるようになる訳で。精神が脆かったらストレスで頭おかしくなるぞ。脆くなくても不安定になりそう。


 それから数日、殿下の応用訓練チャレンジもしてみたのだが、案の定基礎力が低すぎてまるで身にならなかった。殿下の発電能力最終スペックは「手から静電気並の電気を最大十秒出す」でフィニッシュだ。

 ただし、才能の無いルー殿下も徹底的に才能皆無というわけではなかった。PSIドライブとの相性が抜群に良かったのだ。

 本来PSIドライブは超能力者の血から力を引き出し、数倍から十倍程度に増幅する機能を持つ。オプションとして魔王特攻伝染攻撃機能も付ける事ができるがそれは置いておくとして。


 ルー殿下の血をPSIドライブにセットした時の増幅率は推定数千万~数億倍である。乾電池が雷になる。


 PSIドライブで増幅すればうまく行けば弱めのスタンガンぐらいの威力にはなるかな、と軽い気持ちで汎用PSIドライブを使ったところ、鏑木公爵邸の一室を黒焦げにして、屋敷の電化製品を全滅させてしまった。もちろんPSIドライブもぶっ壊れた。大惨事だ。

 慌てて呼んだ鏑木さんが時間停止を連発して数秒で駆け付け、現場を見て怒りも悲しみもせず悟った顔をしていたのが本当に申し訳ない。あ、後で埋め合わせするから……許して……


 まあそんなこんなで色々あったが本題の遺跡捏造は順調に進んだ。

 事情を上手く伏せて専門家の知恵を借り、適切なカビの菌株を撒いて定着させたり、作り物の人骨をせっせと作って潮風に当ててボロくした服を着せて配置したり。

 遺跡の碑文を念力で彫りまくる作業は軽く地獄を見た。何度途中で辞めようと思ったか分からない。どうせ俺が一ヵ月かけてコツコツコツコツコツコツ地道に彫ったレリーフもイベント中に一分ぐらいでさらっと流し見てもらうぐらいの出番しか無いんだろ。知ってる。しかしその一分は全世界数億人の遺跡トレジャーハント大好きマン達が望んでやまなかった貴重な一分なのだ。それだけを一心に思って頑張った。


 計画、手配、実行、(クリスの読み取り対策の)放置と、古代遺跡捏造作業は合計で六か月もかけてしまった。だが、かけた時間に相応しい規模とクオリティになったと自負している。


 季節は初夏。

 場所はマリンランド公国古代遺跡。

 メイン参加者は高橋翔太(高二)、蓮見燈華(高二)、クリスティーナ・ナジーン(高二)、見山恭介おっさん


 古代遺跡イベント、いよいよ開幕だ。


殿下の電気について参考解説・読み飛ばし可:


 電気の威力は大雑把に電圧((ボルト))と電流((アンペア))、そして抵抗(Ω(オーム))で表せる。電圧(V)が攻撃力、電流(A)がダメージ、抵抗(Ω)が防御力。数式にすると


 ダメージ=V(攻撃力)/Ω(防御力)


 となる。

 攻撃力(電圧)が高いほどダメージ(電流)は大きくなる。

 防御力(抵抗)が高いと攻撃力(電圧)が高くてもダメージ(電流)は小さくなる。

 本編中では攻撃力(電圧)換算で表記したが、ダメージ=電流=アンペア換算で例示すると


 0.01A……めっちゃビリビリする

 0.02A……感電が長く続けば死ぬ

 0.03A……スタンガン

 0.1A……死ぬ

 1A……電球がこれぐらい

 10000~100000A……雷


 となる。

 抵抗(Ω)については、金属の中で最も電気を通しやすい銀が0.0000001程度。人間はお肌がパッサパサに乾いていれば5000程度、びっちゃびちゃに濡れていれば300程度。戦闘中に使うなら、動き回ったり緊張したりで汗ばんでいるだろうから、1000程度と仮定。

 従って戦闘において敵に有効な電圧(V)は

 V=0.01A/1000Ω

 となり、10Vであるという計算になる。

 電圧さえ分かっていれば、電気を流す対象の抵抗(Ω)をネットで調べるなりなんなりして特定し、式に当てはめ計算して電流(A)を出せる。

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