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世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)  作者: 黒留ハガネ
一章(前) 大人が作る子供が夢見た秘密結社
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03話 最強系超能力Lv1


 超能力者を増やせると聞いて脳みそが沸騰しそうなぐらい興奮する俺だったが、これからという時にこんな時も夜十時に寝る健康生活を崩さない鏑木さんがシャワー、化粧落としと流れるようにこなしてオヤスミしてしまったので一人寂しく書斎で学術中二ノートを読む事になった。泊まっていけと言うから徹夜でトークするものだとばかり思っていた。鏑木さんのマイペースぶりには恐れ入る。

 来客用の寝室と書斎を利用する許可は貰ったので、眠くなるまではノートを読ませて貰おう。


 鏑木さんが示したページに載っていた理論は難解だったが、綺麗にまとめられていたため要点は大体理解できた。要は相互干渉だ。触れるなら触られるし、見られているなら見れる。

 物体をすり抜ける力を持つ激おこボクシング幽霊を例に考えてみよう。物体をすり抜ける霊は激おこ状態でも怖くない。物体をすり抜けるという事は、こちらに干渉もできないという事。怒るばかりで攻撃してきてもことごとくスカる。一人で永遠に怒ってろ!

 一方、その気になれば物体を触ったり動かしたりできる幽霊。こっちはちょっと面倒だ。怒り狂って殴りかかってくる幽霊のゴーストパンチは普通に命中してしまう。厄介である。が、それが命とりになる。殴れるという事は、殴る瞬間は透過を解除して実体化しているという事。従って殴られた瞬間に反撃でタコ殴りにしてやれば除霊(物理)完了だ。

 これが相互干渉の原理である。どんなエキセントリックで理不尽な存在でも、干渉されるなら干渉できる。


 この理論で考えればネンリキンは確かに移植できる可能性がある。

 俺が念力を使おうと考えると、ネンリキンが起動して念力が発動する。念力の使い過ぎでネンリキンが疲れると、俺にはそれが分かる。

 俺はネンリキンに情報を送り、ネンリキンはそれに応えている。

 ネンリキンは俺に情報を送り、俺はそれを受け取っている。

 つまり相互干渉が成り立っている。俺はネンリキンに干渉できる。念力でネンリキンをむしり取る事だって、むしりとったネンリキンを移植する事だってできるだろう。


 理論は分かった。ちょっとやってみよう。止められないこの好奇心。


 ネンリキンに意識を向ける。途方もなく成長した立派なネンリキンが体に満ち満ちているのが分かる。ここまで育てるのにどれだけかかった事か。

 そのネンリキンの端っこの、ほんのすこし。それを念力で掴む……OK、掴めた。あっさりだ。ネンリキンを念力で掴むなんて考えた事もなかったが、やろうと思えばチョロいもんよ。

 よし。ではこのネンリキンを千切っ――――


「いってぇええええええ!」


 脳の奥底を焼くような激痛に思わずネンリキンから念力を離し、絶叫して床を転げ回った。痛みはすぐに引いたが、心臓が暴れ全身から血の気が引く。興奮して熱くなっていた頭に冷水をぶっかけられたようだ。

 頭が冷えると何が起きたのか分かった。ネンリキンは念力の筋肉だ。筋肉を無理やりむしり取ろうとして痛くないわけがなかった。念力の使い過ぎでネンリキンが念力痛になるなら、念力的痛覚が備わっているのは至極当然。

 くそっ、油断した。やっぱ齧った知識じゃダメだな。明日の朝になってからちゃんと鏑木さんと相談してやろう。


 明けて、翌朝。俺が来客用寝室のふっかふかのベッドからだらだら起き出した時には、鏑木さんはもう化粧を済ませて食堂のテーブルにつき、外国語の新聞を何紙も速読していた。今日は淡いピンクのドレスだ。年季の入った柱時計は八時を示している。いかんな、会社に行かなくなってからだんだん寝るのも起きるのも遅くなっている。

 朝食を食べながら昨日の夜の七転八倒事件について伝えると、鏑木さんは困り顔になった。


「痛覚があるのは予想していたけど、そこまでとはね。ごめんなさい。ネンリキンに麻酔をかける方法は思いつかないわ」


 なんてこった、鏑木さんの頭脳で解決策が出てこないなら俺も無理だ。

 じゃあ何か? やっぱり痛いの我慢してネンリキンを引き千切るしかないのか?

 昨夜の魂を抓るような激痛を思い出し恐怖に顔が歪む。移植するにはアレに耐えないといけないのか。嫌すぎる。


「本音を言えば今日から私も魔法少女になれるんだって期待していたの。でもそういう事なら仕方ないわね。佐護さんに痛い思いはさせられないもの。別の方法を考えるわ」


 優しい意見の割に鏑木さんは物凄く落ち込んでいた。心が痛い。だが移植のためにネンリキンを引き千切れば物理的に、じゃない、念力的に痛い。

 鏑木さんが超能力を欲しがる気持ちはよく分かる。心底共感する。

 だが勘違いしないで欲しい。

 俺だって鏑木さんに超能力者になって欲しくて仕方ないんだぞ!


 どれだけ待っても、どれだけ探しても、世界に超能力者は俺一人。誰とも語り合えない! ずっと一人! そのくすぶり続ける虚しさが分かるか!

 鏑木さんが超能力者になってくれるなら嬉しいに決まってるだろ! なんなら鏑木さんより嬉しい。

 いいぜ、やってやんよ。目の前に超能力者を増やす手段が転がってるなら、さっさとやってやろうじゃんかよう(震え声)。


 食べかけのフランスパンを置き、意を決して椅子から降りて床に寝転がり七転八倒の準備をする俺を鏑木さんは訝し気に見る。


「何? 何かの儀式な」

「がああああああああああああああいてぇえええええええええええああああああああああ!クソがああああああああああああああああ!うぉらあああああああああああ!」

「きゃっ!?」


 絶叫悶絶して暴れる俺。驚いて椅子から落ちそうになる鏑木さん。

 だが、見ろ! いや見えないか。やってやったぞ。少しだがネンリキンをむしりとってやった!

 命の危険を感じるほどクッソ痛かったが覚悟していた傷口の痛みはなかった。そもそも傷ができたような感覚もない。痛いのはむしりとる間だけのようだ。今はなんともない。

 一瞬のうちに疲れ切り、しかしドヤ顔で椅子に戻る俺を見て、鏑木さんは察したようだった。しどろもどろで言う。


「あの、ありがとう。でも、私、遠回しに催促した訳じゃないのよ? あんな苦しそうな叫び声……私、佐護さんが、死、死んでしまうかと……!」

「あ、そんな酷かった? まあ気にするな。サクサク行こう。で、これをどうやって移植すればいいんだ」


 別に恩に着せるつもりは毛頭ない。『勘違いするな。鏑木さんの為じゃない。俺の為にやった事だ』などとツンデレ風の台詞を吐くつもりも……いやそれはちょっと言ってみたいな。こういう場面でもなければ言う機会無いぞ。


「分かったわ。でももう一度言わせて。改めて、ありがとう。それで移植の方法だけど」


 しかし鏑木さんが俺の言う通りサクサク話を進め始めてしまい言う機会を逃す。ま、まあいいか。


「ネンリキンを私に重ねて念力でくっつけてみて」

「くっつけるったってどうやって?」

「自分のネンリキンをむしり取る事はできたのでしょう? ネンリキンが自分のどこにあるのか、佐護さんは少なくとも感覚的には理解しているはず。私の体の同じところを探して、そこにくっつけて」


 なるほど。言われてみれば確かになんとなくどこにくっつければよさそうか分かる。なんというか、体の裏側というか、奥というか、殻の中というか、そういう感じのところだ。カッコよく表現するなら魂(笑)。

 とにかくいけそうだ。


 いざ、ネンリキン移植。

 頬を紅潮させて祈るように両手を胸の前で握り合わせ俺の前に立つ鏑木さんに早速ネンリキンを……いや。


「待った。ネンリキンを移植して何が起きるかはっきりとは分からないだろ。動物実験が先じゃないか」

「そうね。でも世界で二番目の超能力者の栄誉を動物に譲るなんて嫌じゃない?」

「くっ、すごく分かる!」


 移植、開始。

 こんなの簡単だろ。これを、こうして、こうだ!

 ……こうだ? ……ん? 間違ったかな?


「あ、いや、大丈夫だ。よしくっつい、て……ない。ちょっと待ってくれもう少し、グッとやって、よしくっつい、ついて、あー! 剥がれた! てめこのやろ、くっつけ! くっつ……か、ない!」

「……ダメそう?」

「いや惜しいとこまでは行ってるんだ。油まみれの板にテープ貼ろうとしてるような感じ。くっつかない事もないがすぐ剥がれやがる。腹立つ」


 十分ほど悪戦苦闘し、なんとか鏑木さんにネンリキンを移植する事に成功した。しかし、ちょっとつつけばすぐ剥がれ落ちてしまいそうだ。物理的にくっつけた訳ではないので激しい運動をしても全く問題ないが、念力が掠ったらすぐにポロッといくだろう。

 そう説明すると、鏑木さんはしばらく様子を見よう、と言った。そっとしておけば自然に定着してくっつくのか。それとも完全に定着させるには更に何か刺激が必要なのか。要観察である。

 あれだけ痛い思いしたんだ、成功しますように。

 移植後、鏑木さんは頬を緩ませ心臓のあたりを押さえた。


「上手くいけばこれで私も魔法少女なのね」


 ご満悦のところ申し訳ないが移植したのはそこじゃないです。どこと聞かれても困るんだが。


 経過観察をしている間、俺は正式に副官になってもらった鏑木さんと秘密結社の秘密基地の設置場所について相談した。

 まず、俺が提案した南極基地は却下された。交通の便が悪すぎるからである。

 日本から南極までは約14,000km離れている。俺の最大念力移動速度マッハ10でも片道1時間ちょい、往復で2時間。通勤時間と考えれば多少不便でも許容範囲なのだが、マッハ10で空を飛べば衝撃波と爆音でアホみたいに目立つし、海中を移動すれば海流が発生しこれもまた目立つ。日用品も定期的に運搬しなければならない事を考えれば、南極は遠すぎて現実的ではない。

 いっそ南極に住もう! という俺の提案は日本の便利な暮らしを捨てられるの? という鏑木さんの一言で消滅した。コンビニもない通販も届かない南極暮らしは確かに一か月もしない内に嫌になりそうである。

 という訳で、南極秘密基地案は瞬間移動とか空間を繋ぐ扉とかそういう系の超能力を獲得するまでおあずけ。


 鏑木さんイチオシの結界で隠された魔法のお城案も却下。

 まず俺は透明化結界なんて使えない。鏡のように光を反射する念力膜なら作れるが、城ほど巨大なものを鏡のトリックで隠匿するのは無理がある。

 次に建築費用が足りない。鏑木さんの総資産は15億だという。土地代、建築費、内装代をひっくるめると俺の貯金120万を足しても余裕で予算オーバーだ。俺が念力で建築する、という手も考えたが、俺は建築に詳しくない。見た目だけそれっぽく作るのはなんとかできそうだが、そんなものは地震が来たら一発で瓦礫の山になるだろう。


 鏑木さんは富豪だが、それは個人規模。大規模な秘密基地の建設費を賄うには足りない。

 それにそもそも「秘密」基地なのに建築業者に発注してどうするんだという身も蓋もない話も出た。業者に発注したら場所も間取りもモロバレじゃねーか。

 結論として、既にある建物を買い取り、表向きは何かの会社か店にして、密かに秘密基地化する。これが現実的であろうという事で合意を得た。

 よく秘密組織が表の顔を持ってビルや店の地下に拠点を構えてるけど、あれ、ただのオシャレじゃなかったんだな。ちゃんと合理的な理由があったのだ。


 俺と鏑木さんだけならいざ知らず、今後増員予定の秘密結社構成員を鏑木さんの邸宅に招くわけにもいかないので、とりあえず鏑木さんのポケットマネーで東京は足立区北千住のメインストリートから一本奥に入った狭い通りに面した地下酒場を買い上げ、拠点にする事にした。現金一括1,800万をポンと出せる鏑木さんの強さよ……念力で地下酒場に更に地下を作ろうと言ったら鏑木さんに「そういうのをさらっと言えるのが佐護さんの強さよね」と呆れ顔をされたからお互い様か。


 酒場は常にCLOSEDの看板を下げておき、二重扉にして鍵をかけ、秘密結社の構成員だけが出入りできるようにする予定である。

 俺は実に社会の裏側に潜む秘密結社らしい基地にかなり満足したが、鏑木さんはちょっと不満そうだ。まあ、女性向けではない。そのうち移転しよう。


 朗報は移植から一週間後にやってきた。鏑木さんに、ネンリキンが定着し、超能力の発動に成功した。朝起きて、なんとなく超能力を使い、独特の疲労感と成長痛を感じたというのだ! ただの肉体疲労・筋肉痛でないのは間違いない。鏑木さん曰く『中二的に表現すれば秘めたる魂が殻から染み出し渾沌の荒波を作ってる感じ』。どっかで聞いたようなそうでないような表現だな!

 全く喜ばしい事だが、手放しでは喜べなかった。

 ネンリキン移植により鏑木さんに備わった超能力は、念力ではないようなのだ。どうやら移植して鏑木さんに定着する過程でネンリキンが変異を起こしたらしい。


「念力で引き寄せるとか押すとか、そういう使い方はできないみたいなの。超能力は使えるけど、使っても何も起きないみたい。私、才能無いのかしら……」


 肩を落とす鏑木さんを俺は励ました。


「俺だって最初はクソ雑魚3g念力だったんだ。気付けないぐらい弱い超能力だって鍛えれば育つさ」

「そう……そうよね。すぐに表面化するような副作用もなく超能力者になれたのは事実な訳だし」


 鏑木さんは自分に言い聞かせていたが、不安の色は晴れない。励ましが足りないかと思っていると、鏑木さんは可愛らしくこてんと首を傾げて言った。


「佐護さん、私、思うのだけど」

「ん?」

「ちょっと順調過ぎないかしら。移植失敗した時の事色々考えていたのに無駄になったし。こういうのって普通超能力が暴走したり敵対組織が襲撃してきたりして妨害が入るものじゃないの?」


 ……ふー。何を言うかと思えば。

 まだまだ青いな、鏑木さん。

 そういう辛くともダイナミックで心が熱くなるイベントが起きてくれるなら、俺だってこんな自作自演で秘密結社を作るような真似はしなくても良かったんだよ(半ギレ)。


「覚えとけ、鏑木さん。そういう面白イベントが来るのを期待しても何も起きないのがこのクソみたいな世界だ。イベントは起こさないと起きない」

「……なるほど」


 しみじみと納得していた。


 俺も念力に目覚めて間もない頃は思いつく限りの手段で自分の超能力のデータを取ったが、鏑木さんのデータ取りは東大卒の富豪なだけあってやる事が違った。

 大学の後輩の研究室の実験機材を借りて様々な数値を専門的に計測したり(超能力の検証だという事は上手く伏せていた)、資金援助をしている開業医の機材で医学的に調べてもらったり。何を検証しているのかは俺も教えてもらったが、専門性が高すぎて正直半分ぐらいしか分からなかった。

 そういった検証の日々の間にも、俺の念力訓練と同じように、鏑木さんも超能力疲労と超能力痛を繰り返し超能力を成長させていく。

 すると、少しずつ超能力の兆候が見えてきた。


 鏑木さんは超能力を使うと、ほんの一瞬目の前が真っ暗になり、動けなくなるらしい。最初期はその真っ暗になり動けなくなる時間があまりにも短過ぎて知覚できなかったようだ。

 よく分からないのは、俺が鏑木さんが超能力を使うのを見ていても、周囲が暗くなったり鏑木さんの動きが止まったりするようには見えない事だ。超能力に目覚めてから三週間目の時点で体感で0.5秒ぐらいはそうなるというから、見ていれば分かりそうなものだが。


 まさか『自分が何も見えなくなって動けなくなる錯覚を起こす』超能力?

 いやいやそんな馬鹿な。そんな害悪にしかならない超能力なんて……

 ……有り得ないとは言えないのが恐ろしい。超能力はただ便利なものとは限らない。害悪能力に目覚めても全く不自然ではないのだ。


 鏑木さんは数日難しい顔で考え込んでいたが、ある日の昼食時、古めかしい音色で正午を告げる柱時計をぼんやり見ていた目を見開いた。

 おもむろに高そうな腕時計を外し、なぜか口に含んだかと思ったらすぐに吐き出す。そして柱時計と腕時計を見比べ、頷いた。


「なんだ? 何か分かったのか?」

「分かったわ、私の超能力は時間停止よ。止まった時間の中で私だけが動けるの」

「えっ……はあああああああああああああああ!?」


 なんだそれぇ! す、すごい! 時間停止なんて最強系超能力じゃないか! ずるいぞ!

 鏑木ママー! ぼくもそれがいい!


「俺の念力と交換してくれ」

「服も空気も止まるから時間停止中は身動きできないし、光も止まるから真っ暗で何も見えないけど?」

「あぁー」


 なるほど、そういう事か。

 言われてみれば道理である。自分以外の時間が全部止まったらそりゃそうなるわ。

 やっぱ全然すごくな……いや時間停止だぞ、すご……い……のか? すごい、くな……すご……

 …………。


 今後の成長に期待だな! 時間停止をひたすら鍛えるんだ鏑木さん!

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[良い点] >イベントは起こさないと起きない ↑いいセリフだった
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