03話 遺跡捏造本格派
古代遺跡建設地は観光源として保護されている国有の原生林に決めた。マリンランド公国があるマリンランド島はそれほど面積がなく、国内の土地はほぼ開発されきっている。古代遺跡が眠っていそうな人の手が入っていない場所、という条件の時点で既に候補地はかなり絞られた。原生林に転がっている岩の下に入り口が埋もれていて、鍾乳洞を利用して作られた遺跡に繋がっているのだ。
そもそもこの古代遺跡の歴史は紀元前にまで遡る。島に漂流してきた超能力者とその仲間が城を拠点とした文明を栄えさせ、アーティファクトを製造した。更に野生動物の侵入を防ぐためか、非超能力者と超能力者との間で争いでも起きたのか、領土に超能力者以外が入れないようにする結界が張られる。しかしやがて津波と地盤沈下で古代超能力文明は海の底に沈み滅びる事になる。
今度は時代が進んで西暦800~1050年頃。北海近海で猛威を振るったヴァイキングが沈没した遺跡を発見する。いかなる自然の奇跡か、マリンランド島の地下水脈が地下洞窟を侵食していき、島の原生林から古代遺跡へ鍾乳洞の通路を繋げていたのだ。ヴァイキングは通路と遺跡を利用・拡張した。遺跡は超能力者以外の侵入を防ぐ結界の効果が持続していたので、防犯性能が極めて高く、宝の隠し場所にはもってこいだったのだ。超能力に覚醒していたヴァイキングの頭目とその側近のみが遺跡に出入りし、結界を突破してくる外部の超能力者に備え罠や隠し通路を増設した。
しかしそのヴァイキングも遠征中に大嵐に遭って海の藻屑になる。
そして現代。ヴァイキングが遺した宝の地図や文献、言い伝えを鏑木さんが発見分析し、遺跡の深奥に隠されたアーティファクトの存在を知り、大公殿下に回収許可を願い出た。
……という設定だ! 古代遺跡には超能力者しか入れないし、罠と謎が満載だし、最悪島が吹き飛ぶ危険なシロモノだから専門家含めた超能力部隊が回収しないとなぁ?
単純に天照が遺跡探索するだけでは面白みに欠けるので、月夜見から親がトレジャーハンターのクリスと面白い物好きの見山も適当な理由をつけて誘導しようと考えている。古代遺跡でアーティファクト争奪戦になる訳だ。
クリスは二ヵ月前まで過去を読めるから、遺跡を捏造してすぐに誘い込むと捏造を読み取られバレてしまう。だから完成後二ヵ月は最低でも「寝かせておく」必要がある。日取りを逆算して計画的に工事に入らないといけない。
クリスも翔太くんも燈華ちゃんも、もう高校生だ。見山はいい歳した大人で、割と頭が回る。雑に捏造すると不自然さに気付かれてしまう。捏造は慎重を期す必要がある。
例えば賑やかしとして壁画一つ入れるとしても、絵のタッチを現代風にしたら即バレする。古代風が原則で、その古代の画風を知るために勉強か専門家への依頼が必要だ。
碑文に使う言語にも気を付けないといけない。ヴァイキングが使っていたのは古ノルド語といい、そこそこ資料もあるから、ババァに高速学習してもらってそれらしい文章を書いて貰い、それを俺が念力で彫っていけばいいのだが、字のクセも再現しないといけない。「佐護杵光の字のクセ」が出てはいけないのだ。そこからバレかねない。遺跡に存在する古ノルド語の文章断片の数々はもちろん一人が遺したわけではなく、複数人があれこれ書いて彫って遺した物だ。字の上手い奴下手な奴、走り書き、詩的な言い回し、スラング、落書きなどなどを使い分けてこそリアリティが出る。
たぶんそんなに凝った事しなくても読めないとは思うが、なにしろ古ノルド語の文字はいわゆるルーン文字だ。ルーン文字なんて中二病患っていれば山ほど見る機会があるし、断片的に読めてもおかしくない。かくいう俺もちょっとだけ読める。ルーン文字が使われていた時代の遺跡とか言葉だけでもう楽しい。
そしてヴァイキングが拡張した鍾乳洞の通路の先にある古代遺跡内部には、もちろん紀元前の古代文字が刻まれている事だろう。これはもうババァの故郷、異世界の文字を使って異質で神秘的な碑文を彫りまくり書きまくり設置しまくる。絶対に読めないから内容はぐちゃぐちゃでいい。ただ、量が欲しいから大変そうだ。
部屋の壁全てが異界の文字と絵に埋め尽くされている! 文字は読めないから、絵から情報を推測し、封じられた扉を開けるヒントを読み解け! みたいなギミックやってみたい。せっかくの古代遺跡だし。
絵と文字だけでは済まない。経年劣化の問題もある。数百年から数千年前の遺跡だから、風化や侵食が進んでいないとおかしい。綺麗に仕上げるより、適切なボロさを出す方が遥かに難しい。これにも勉強か専門家の意見が必須だろう。
まだまだある。鍾乳洞内には水があり、空気も通っている。生き物だっているだろう。当然、固有の生態系を作っているはずだ。環境に適した生物を配置しないといけない。カビやコケ、菌類一つとってもチョイスが難しい。鍾乳洞で繁殖するはずのない菌類を植え付けても枯れてしまうし、クリスや翔太くんが菌類について偶然断片的知識を持っていて違和感に気付いてしまう展開も考えられる。
洞窟内の強度と空調の計算も必須だ。超能力者でも酸素が無ければ窒息死するし、不意打ちで落盤が起きたら即死しかねない。いや全盛期の親分や俺なら割となんとかなるが、今回の探索メンバーは無理。
あとは天然の鍾乳洞っぽく岩盤を上手く掘削して、地下水脈をそこに流して、浸水しないように予防策打って、スリリングかつ即死しないようなトラップを考えて。
考えなければならない事、専門家に依頼しないといけない事は山のようにある。
俺がヤクザと血みどろファイトしている間に、鏑木さんの方で計画の基礎は考えてくれてあるから、捏造現場の細かい部分を煮詰めている間にやれるところからやっていく。念力で地下水脈と岩盤の強度を調査し、大雑把な掘削だけやってしまうのだ。細かい装飾は後でやればいい。
普通なら専門の業者が専用の機材を使い試し掘りや超音波測定で慎重に地質を調べるところを念力で一気にやってしまえるのは楽だ。地質学の専門書を買って睨めっこしながらだが。どんな見た目や硬さの地層がどこにどれだけ広がってるか分かっても、それが何を意味するのかは勉強しないと分からないからね仕方ないね。まさかこの歳になって地質学の勉強するとは思わなかった。
念力をミクロン単位で薄くして作った刃を超出力で岩盤に押し込み、岩の塊をくり抜いては、見つからないように海底経由で輸送してマリアナ海溝(水深10911m)にポイ捨てしていく。一気にまっすぐ洞窟の道をぶち抜けばよいという訳ではなく、水脈と地質を考慮しつつ曲がったりくねったり上がったり下がったり、秘密の通路や区画を用意したりしなかったり、広くなったり狭くなったり道が枝分かれしたり、とにかく「それらしく」する必要がある。神経使うし手間がかかるのなんの。
作業中の俺の見た目はマリンランド鏑木公爵邸の一室でベッドに座り目を閉じて片腕をわちゃわちゃ動かしつつ唸っているだけだが、やってる事は一人で数百人がかりの大工事だ。シンプルに辛い。しかし少し楽しくもあった。何しろ超大規模砂遊びのようなものだ。子供の頃によくやっていていつの間にかやらなくなった遊びは、大人になってから大人の規模で遊ぶと普通に楽しい。
一方鏑木さんはといえば、捏造古文書を持ってルー殿下とその側近にある事ない事吹き込んでいる。古文書によれば~、この地形は碑文の写しと一致していて~、この符合は偶然の一致とは考えられず~、とかなんとか。鏑木さんが嘘を語ればそれは本当になる。
遺跡は超能力者しか入れません(念力で超能力者以外の侵入を妨害)。
危険な罠があります(作る)。
遺跡の力に惹かれて世界の闇も出現するでしょう(出現させる)。
あとはマリンランド島を守る巨人の手であると専ら評判の、ビーチ沿岸にある手っぽい形の岩は本当に巨人の手だという事にしてしまった。変身超能力者が岩巨人に変身したら戻れなくなってしまい眠りについた、というカバーストーリーだ。伝説は本当だった! とルー殿下は喜んでいるようだが、嘘なんだよなぁ。
……いや嘘か? そのうち念力で無理やり岩巨人を動かして本当にするから全部嘘でもないような。嘘っぱちの伝説も真実にできる。そう、念力ならね。
遺跡に設置するアーティファクトに関してはウチの道具担当、ババァに頼んだ。
……のだが、忙し過ぎてとても捏造に協力する余裕は無いと断られてしまった。
七三分け事件の後、全部ぶん投げて天照に戻ったからなぁ……壊滅したヤクザの後始末、警察との折衝、諸々の隠蔽工作。月守組の協力があるとはいえ、全部やらなければいけないのだから魔王レベルの忙しさだ。
ババァはスーパーハイスペックおばあちゃんだが、魔法も超能力も使えない。やれる事が多いだけで、無限に何でもできる訳ではない。当然限界はある。だから限界ギリギリで働いているところに「これもやって」は通らない。普通にキャパシティオーバーだ。
しかしアドバイスは貰えた。腕を使え、との事だ。
俺は親分との戦いで千切れた右腕を回収している。手術で腕を繋ぎたいとは思わなかったが、魚の餌にする気にもなれなかったからだ。
超能力者の血液がPSIドライブの燃料になる以上、肉や骨も何かがあるかも知れない、とのアドバイスである。具体的な事はババァにも分からない。だが、言われてみればそれっぽい。有り得そう。ワクワク感や期待を裏切り無慈悲な事実を突きつけてくる現実とかいうクソ野郎が邪魔しなければ、俺の腕を材料に本物のアーティファクトを作るのもワンチャン……?
やってみなければ成果もない。天岩戸の業務用冷蔵庫の奥に突っ込んでいた右腕を念力で回収し、マリンランドに念力輸送して、実際に実験してみた。
息を吹きかける。反応無し。
血を絞って石に塗り込む。反応無し。
肉に雑草の種や木の苗を植え付ける。枯れたり発芽しなかったり。
骨を叩いて音を出す。反応無し。
非超能力者に骨を携行してもらう。反応無し。
肉を食べ……食人は生理的に無理。実行できず。
骨に盛り塩する。反応なし。
色々思いつく限りの実験をしていると、様子を見に来た鏑木さんにドン引きされた。自分の腕を切り刻んだり煮たり焼いたり塩を盛ったりするのが気色悪かったらしい。
別に他人の腕を弄り回している訳でなし。自分の腕なんだし何をしてもいいだろ心外だな、と思ったが、考えてみれば俺だって鏑木さんが自分の腕を楽しそうに解体してたら気が狂ったかと思う。理由も目的も関係ない。ひたすら怖い。
ヤクザとのドンパチで血なまぐさい世界に慣れてしまっていたようだ。言われるまで自分が狂人めいた実験をしている自覚が無かった。
こっわ。天照に戻ってきて良かった。あのまま月夜見にいたらじわじわ倫理観と精神が歪んで酷い事になっていたかも知れない。星を気軽に消し飛ばせる超能力者が発狂なんて冗談じゃないぞ。
自分で自分が怖くなり、実験は中断。しかし、途中までしかやっていなくても一つ分かった事があった。
俺の骨はエンチャント素材として使える。
骨に念力をかけると、それが無制限に持続するのだ。骨の大きさは問わない。爪の先ほどの大きさの粒でもいい。
例えば、骨を基点にして半径1mのバリアを張ったとしよう。すると、俺がバリアを張るのをやめても、バリアは展開されっぱなしになる。俺が飯食っていても寝ていてもトイレで力んでいても、バリアは何事もなく安定して展開され続ける。もう一度骨に意識を向け、バリアを消せば消える。回転念力を使えば回転し続けるし、浮遊させておけば浮遊しっぱなしになる。
骨に対して(基点にして)念力を使うと、使った念力がずっと持続する。もう一度別の念力を使うと、そちらに上書きされる……という事だ。一週間も経過観察していないのに『無制限に持続する』と断言できたのは、鏑木さんが溜め込んだ中二論文からそう導き出されたからだ。
一応理論を聞かせて貰ったが、半分以上何を言っているのか分からなかった。とりあえず、ファンタジーに出てくるスケルトンが筋肉も無いのに骨だけで動くのと同じ、という事は分かった。何が分かったのかよく分からない。
原初の超能力者である念力使いの骨だから特別にこういう性能があるのか、超能力者の骨は全部こうなのか。長く訓練する事で骨が超能力を帯びやすくなったのかも知れないし、超能力の成長倍率と同じように個人差があるのかも知れない。
詳しい事は分からないが、あまり突き詰めると忌まわしい人体実験ルートに進みそうなので深追いはしないでおく。その気になれば腕千切って骨抜いて、イグに生やしてもらってまた千切って骨抜いて、の無限ループでエンチャント素材を量産できるが、それはもう半ギレどころか全ギレの所業だ。アタマ逝っちゃってる。
超能力は青春を彩る楽しい物でなければならない。狂気は要らない。
とりあえず、俺の骨が超能力エンチャント素材として使える、とだけ分かれば十分過ぎるだろう。右腕一本分の骨があれば十分。
骨はアーティファクトの素材として最適で、何かに埋め込んでもいいし、そのまま剥き出しにして使っても不気味で神秘的だ。
鏑木さんも俺の骨を使うのはギリギリ許容範囲内との事だった。気味が悪いとは思っているようだが、魔女が髪の毛を使って呪いをかけるようなもの、と解釈したようだ。鏑木さんらしい。
遺跡の建設地が決まり。
地質と地形を調査して。
基礎工事に着手する。
専門家の手配をして。
鏑木さんが遺跡が遥か昔から実在した証拠を「発見」していく。
アーティファクトの素材も揃えた。
古代遺跡の捏造は順調だ。しかし新しい超能力者の事も忘れてはいけない。
ルー殿下に超能力原基を移植してから二週間。殿下はかなり遅めの超能力定着&発現に至った。
その力は手から電気を発生させる電気能力。
殿下!
静電気すら起こせない弱さにガッカリしてらっしゃいますが、最初は誰でもそうです!
鍛えれば強くなります、大丈夫です!
さあ、ひたすら電気能力を鍛える時間ですぞ!!!




