02話 70年の歴史を持つ高貴な血筋
古代遺跡の捏造で一番最初に問題になるのは何か。
それは土地の確保である。まさか東京の地下に遺跡を捏造するわけにもいかない。めちゃくちゃ楽しそうではあるが、地下に埋設された電線とか上下水道とか地下鉄とかあるからね。東京地下は全容を把握してる人がいないぐらい複雑だから、下手に手を加えると酷い事になりそう。
だから酷い事になっても大丈夫な土地を確保する。それが最初の一歩だ。
そのあたりの調達は鏑木さんの専門で、また出資や手配を頼もうとしたのだが、静かに怒られた。流石の鏑木さんも闇の秘密結社月夜見の設立関係出費で資金不足なのだ。
東京都心に飛行機が墜落し、あわやというところで超能力者達が大惨事を回避した禅日空羽毛茶便事件(羽田発北海道羽毛茶空港行き便事件)。
謎の爆発と光が七丈島を「七」対「三」に割って「分け」た通称「七三分け事件」。
二つの大事件の後始末を丸投げしたらいくら鏑木さんでも限界は来る。凄い人だから忘れがちだが、鏑木さんも一人の人間に過ぎない。金は無限に湧いて出ないのだ。むしろよく一個人の資産と能力で事態を収拾できたなと感心する。いやツテ辿って使える人は使い倒したんだろうけど。
七丈島はかつて超水球が出現した海域に近く、既にオカルト界隈だけでなく一般常識レベルで世界屈指のパワースポット扱いされ注目を集めている。国の調査隊も入り、島が割れた原因が不明である事から危険性を考慮し立ち入り禁止だ。極秘情報だが一度島が持ち上げられひっくり返って割れた関係で地下深くの鉱脈が剥き出しになり、資源に乏しい日本への恵みとなる新たな採掘ポイントとしても有望らしい。
そんなパワースポットかつ国が立ち入り禁止にして何やら調査している、となればそりゃもう鬼のように世間の好奇の目を集め、基本オカルト好きの不法滞在外国人を吸い寄せては不法侵入での怒涛の逮捕劇が繰り返されている。
流石の日本政府も更なる外国人流入によるこれ以上の混乱は不味いと焦ったらしく、遅すぎる緊急入国制限と改正強制送還法案を可決した。不法滞在外国人は逮捕されたら本人の意思に関係なく簡略手続きで即座に強制送還だ。超水球事件から始まった国内の混沌は、更なる事件によって結果的に収束に向かう事になった。遠からず東京の治安も戻っていくだろう。
そのあたりの結末に鏑木さんがどこまで関わっているのかは藪蛇になりそうで聞くのも怖い。少なくとも遺跡イベントの開催に困るぐらいは金も人脈も盛大に使ったのは間違いない。だから金が尽き、様々な人に作ってあったらしい貸しも返させてしまった。
もはや一個人ではパワーが足りない。
だから国の力に頼る事にした。
マリンランド公爵鏑木閣下のツテを使い、マリンランド公国大公アーマントゥルード・ベーツ殿下にマッチポンプ裏側の真実を伏せた上で出資を頼む事になった。超能力の覚醒を餌に、小国だが国を味方につけるのだ。
ドロドロした国のアレコレに楽しい物であるべき超能力を利用されるのは嫌だったが、鏑木さんに「もう私だけじゃ無理よ」と言われたらグウの音も出ない。こっちも国を利用するんだからWIN―WINと考えよう。
マリンランド公国はイギリスとドイツの中間、北海に浮かぶ島を国土とする人口10万人の小国である。国家予算8.6億ポンド(≒1200億円)。主な産業は漁業、観光、切手発行、医療、精密機械、貿易など。
そもそもの国の始まりはヨーロッパ海運の中継地として利用されていたイギリス領の島が第二次世界大戦の時に要塞化・本格的都市化がされた事だ。大戦後も人が残り、軍人上がりの物好きな資産家がイギリスに金を払って島を買い取り独立を宣言。自ら初代大公となる。それから港の拡張、空港の設置、要塞を残し観光源化、見た目だけ取り繕った型落ち戦艦による毎年の観閲航行見学を一般開放する、など産業を確立。自然保護にも力を入れ、漁業を支えるため稚魚の放流なども行っている。
鏑木さんが買った爵位は半分シャレで販売されているもので、下から順に男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となっている。公爵の上は王位である大公なので買えない。
男爵位の販売価格は百ポンド(一万四千円)、子爵は千ポンド、伯爵は一万ポンド、侯爵は二万ポンドとなっていて、購入すると証明書とIDカードが貰える。爵位には特に何も意味はなく、身分証明になるかも怪しい。所持していると楽しいだけだ。それが重要なのだが。
侯爵の上、大公の下の公爵だけは桁がぶっ飛んでいて、なんと三百万ポンド(四億二千万円)である。完全に売る気の無い価格設定だ。それを唯一買った人、という事で、マリンランド公国では鏑木さんは誰もが知る有名人で人気者らしい。
叙勲式を報じた公国の新聞を読んだ事があるが、叙勲式での立ち振る舞いが大公より高貴で優雅で王族らしかったそうだ。以来、建てられたはいいが永遠に見世物として観光源であり続ける予定だった公爵用の別邸を進呈され、年に二、三回は顔を出している。
その顔出しに付き添う形で、俺はクマさんに店を任せ鏑木さんと一緒に飛行機でマリンランド公国へ向かった。
鏑木さんの調査の結果分かったのだが、マリンランド公国には、なんとアーティファクトが封じられた古代遺跡が人知れず眠っているのだ!!!!!
アーティファクトは危険だから!
大公殿下に事情を説明して遺跡があると推定される土地を譲ってもらって!
超能力とアーティファクトに詳しい鏑木さんの管理下に置かないといけない!
今まで何事も無かったとはいえ、アーティファクトの暴走で島がぶっ飛ぶような大惨事が起きたらヤバいだろ!?
タダとは言わん!
大公殿下には超能力者の素質があるから、それを覚醒させてあげよう!
王族としての箔を付け、国家の未来を切り開くきっかけになる!
あと世界の闇の真実を知る存在として出資者に抱き込む!
そしてその交渉は鏑木さんに任せる。
俺は超能力移植&遺跡捏造マシーンとしてついていく。小国とはいえ国家元首と交渉なんて怖くてできない。
なんだよ大公って。町長とか市長より偉いんだろ? ブラック会社時代に休日強制参加ボランティアしてる時に視察に来た市長と話した時でさえキョドってしまったのに、それより偉い人となんて交渉どころか会話も怪しいぞ。
俺達はロンドンのヒースロー国際空港経由でマリンランド空港に到着し、送迎に来た黒塗りの高級車に乗って城へ向かった。いつもよりワンランク高級な赤と黒のドレスを着た鏑木さんを見ても動揺しないあたり、運転手も慣れているようだ。むしろ付き添いの俺の方に目が行っていた。普段一人で来訪する美女公爵が男連れてたら誰だよコイツって思うよなぁ。ちょっと肩身が狭い。
窓から見える景色は普通の都会だった。高層ビルがあり、街路樹が植えられ、二車線道路が続いていて、車と人が行きかっている。通行人が全員ヨーロッパな顔してて、看板と標識が全部英語なのが外国~! って感じがする。
もうちょっとマリンランドの歴史風俗に詳しければ風景見てるだけでも色々分かるんだろうが、パンフレット読んで鏑木さんから情報軽く聞きかじった程度では小学生並の感想が精いっぱいだ。
そして十分ほどですぐに目的地に到着した。マリンランド公国大公アーマントゥルード・ベーツ殿下がお住まいになり、一部の区画が観光客にも開放されている有名なカナリア要塞だ。
マリンランド公国は要塞が源流の国。初代大公は城っぽく建て直す必要性を感じなかったらしい。海を臨む崖の上に、剥き出しの垂直なコンクリートの壁が見上げるほど高くそびえたっている。長方形の要塞の四方には見張り塔があり、わざとらしく大砲が据え付けられていた。
いかにも戦時のために急造しました感のある美的センスを考慮しないのっぺりして武骨な感じ、嫌いじゃないぞ。潮風と波でほどよく老朽化してるのもグッドだ。
鏑木さんはちょっと嫌そうな顔してるが。確かに鏑木さん好みの華やかな魔法のお城からは程遠い。
話は通っているらしく、顔パスで門を通され、車から降りて要塞の中に入る。観光客向けに開放された区画ではなく、居住区だ。廊下には赤い絨毯が敷かれ花瓶や絵が飾られていたが、俺は窓の桟に鉄格子を雑に取り外した痕跡を見つけてしまった。あんま取り繕う気無いんすね。
鏑木さんは正真正銘の公爵であり、マリンランド公国にとって身内のようなものだ。特に案内も無く、勝手知ったる家の中とばかりにすいすい廊下を進み大公が待つ応接室の前に到着。俺はひとまず部屋の前で待機だ。一通り鏑木さんが大公に事情を説明してから、俺が呼ばれて入る手はずになっている。
部屋のノッカーに手を伸ばす鏑木さんに、俺はシワが付かないように慎重に持ってきた紙袋を渡した。
「これ渡してくれ」
「これは?」
「超水球まんじゅう」
鏑木さんは苦笑して袋を受け取り、ノッカーを鳴らして入って行った。
え、今の苦笑何? なんか間違った? 怖い。手ぶらは失礼かと思って用意したんだけど。東京バナナの方が良かった?
……もしかしてアレか、国家元首に渡す物じゃないって話? でも日本から来たのに全然日本ぽくない高級チョコとか腕時計とか贈ってもそれは違わなくないか。親戚とか上司への手土産ならとにかく、国家元首に適した贈り物なんて分からん。分からんが、無いよりはあった方がいいだろう。しかし過ぎたるはなお及ばざるが如しって言うし、いやでも鏑木さんは何も言わず受け取って部屋に入って行ったからセーフなのか? あああああああああああああああああもう訳わからん。何をしても間違いだった気がする。
胃が痛い。早く済ませて帰りたい。大公の部屋の前でボケッと突っ立ってるところを誰かに見られたらどうするんだ。話は通してあるけど話の内容がクソ怪しい。やましい事が山盛りだ。
鏑木さんが隣にいなくなったせいで緊張が無限に高まる。胃が痛みを通り越して吐き気がしてきたあたりで部屋の中から鏑木さんに呼ばれ、そこでようやく念力で盗聴盗撮するのを忘れていた事に気付き、自分の馬鹿さに絶望しながら入室した。
応接室の作りは割と普通だった。向かい合ったソファがあり、その間にテーブルがあり、ティーポットと紅茶カップ(と超水球まんじゅう)が置いてある。よく分からん表彰状やメダル、金色のカップが壁に飾られていて、天井のシャンデリアが少し目を惹く。
鏑木さんの対面に座っている、白いドレスを着たセミロングのブラウンの髪の少女がマリンランド公国大公アーマントゥルード・ベーツ殿下だ。御年十七歳になられる。マリンランド基準だとちょうど成人だ。
身長は低めで、腰が細く胸は大きめ。そして驚くべき事に、温泉に入ったカピバラのようにのほほんとした穏やかな顔立ちの美少女である。
大公、つまり女王なのに、美少女なのだ。お世辞抜きで。
漫画や映画を見慣れていると何もおかしくないように思えるが、これは実はかなり珍しい珍事だ。年齢の問題ではない。見た目の良い王族、というところがおかしい。
そもそも王族というのは政略結婚が多く、自由恋愛で相手が決まる事は少ない。現代の王族は自由恋愛もあるが、昔から政治のしがらみを理由に容姿を度外視で結婚相手が決まってきた血筋は濃い。
つまり簡単に言えば、普通の王族はカッコよく無いし、可愛くもない。化粧や服装で誤魔化してようやくそれらしくなる。ヨーロッパの姫として真っ先に思い浮かぶマリー・アントワネットが有名なのは、その華々しい悲劇のストーリーもあるが、大国の正妃なのに可愛らしく美しかったからだ。
普通、女性の王族は後宮に隠され滅多に人前に出ない。ほいほい社交界に出てくるのは危険に晒されて最悪死んでも構わない妾、つまり王の愛人であり、その妾は見た目で選ばれる。人前で王のそばにいるのが綺麗な女性だから、それを見た人々は姫や王妃は美しいのだという印象を受ける。本物の、パッとしない見た目の姫や王妃は滅多に人前に出てこないのに、そういうイメージが出来上がってしまう。
普通の姫や女王は平凡な顔をしているという残酷かつ当然の事実は案外知られていない。ネットが普及した現代でも、平凡な王族は噂にならず、カッコよかったり可愛かったりする例外的な王族の写真ばかりが出回り話題になるので、誤解はなかなか解けない。誤解していた方が夢がある気もするが。
もっとも、殿下の美少女ぶりには裏がある。単純な話、見目麗しい妾の子だからだ。美女の娘だから美少女。なんの捻りも無い。
前王である殿下の父上は、正妃との間にできた長男の映画俳優になりたいという夢を応援し渡米させ、次男の働きたくないという希望を叶えこじんまりとした不動産を与える代わりに継承権を捨てさせ、長女はやる気こそあったがちょっと無能過ぎたので言いくるめて国外の資産家に嫁がせた。で、残った大公家の血筋が妾の子であるアーマントゥルード・ベーツ殿下だけだった、という訳だ。
別に何か悲劇があってそうなった訳ではない。むしろ前王は優しいお父さんだったし、割と有能な王でもあった。そもそも軍人上がりの資産家が発祥のまだ三代しか続いていない大公家に血筋もクソもない。妾の子の即位にも国民は好意的だった。ちょっとしたスキャンダルにはなったようだが。
『この男があのインビジブル・タイタン?』
『そうです。いわゆるサイキッカーですね。佐護杵光です』
殿下は超水球まんじゅうをもしゃもしゃ食べながら俺を興味津々といった様子で見た。俺は一礼し、証明代わりに念力でティーポットを浮かべお代わりを注いで差し上げる。
『あら本当。今日はびっくりする事ばっかり。カブラギは時間止めるし、インビジブル・タイタンは出てくるし』
言っている割に、殿下に驚いた様子は無い。腹芸が上手いのか、素で驚いていないのか。ああそうだ、入室してからまだ挨拶してなかった。英語だ。英語で挨拶だ。大丈夫だ練習してきた。英検準1級を信じろ。
『ででで殿下っ』
やべぇ噛んだやばいやばいやばいやばい。
『ほ、本日は、本日は……!』
『なにこれ面白いんだけど』
殿下がケラケラ笑ってあああああああああああああ笑いを取りに行ったわけじゃないんだ失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失
「佐護さん、大丈夫よ。落ち着いて。ルー殿下はちょっとぐらい失礼でも怒らないわ。私に話すのと同じように話せばいいのよ」
「無理だ。初対面の人をそんなに好きになれない」
「……それなら親戚の女の子のつもりでもいいわ」
『日本語分かんないけど分かるー。今イチャついてるでしょ。カブラギはこういう男が好みなの?』
『そうです』
えっ……
『即答かぁ。ウチの国民の半分が悲しむね。まあいいや、この話は後でしよ? で、このサゴが私の超能力を目覚めさせてくれるんだよね』
『はい。まずは信用できるか話して見極め』
『それはいいよ。私馬鹿だからどうせ話しても分かんないし。カブラギが信じてる人だし。これ美味しいし。ありがとね、私これ好きだよ』
『あ、ありがとうございます、殿下』
『ルー殿下って呼んで。殿下だと父様の事みたいだから』
ルー殿下はまたもしゃもしゃ食べながら俺に微笑んだ。女王が人を見る目ないです宣言していいんですかね。別に馬鹿っぽくも見えないが。親しみ持てる感じがする。
『じゃ、目覚めさせて。遺跡とかアーティファクトは全部任せるしお金も言うだけ出すからさ。私、超能力欲しいな。色々便利そうだし、面白そうだし』
ルー殿下は俺に向けて両手を広げ、さあ来い、のポーズを取った。
あの、そんなにウェルカムだと逆に戸惑うんですけど。物分かりよすぎない? 好都合なんだけどいいんですかね。鏑木さんの説得が上手かったという訳でもなさそうだ。
鏑木さんも流石に押せ押せで行くには躊躇われるらしく、苦言を呈した。
『ルー殿下、もう少し考えられては?』
『考えたよー。でもよく分かんないからさ。分かる人に任せるのが一番じゃない? カブラギは遺跡とアーティファクトの専門家だし、サゴは本物のインビジブル・タイタンなんでしょ。すごいよねぇ。お金と土地出すだけで全部やってもらって、超能力まで貰えるんだから私嬉しいな』
『遺跡もアーティファクトも全部嘘で土地と融資を騙して引き抜こうとしているのかも知れないでしょう』
おっと鏑木さん、切り込んだ。あえて真実に近い情報を語る事で真実を嘘と思わせる手口だ!
ルー殿下は心底不思議そうに首を傾げた。
『でもカブラギが本気で騙そうとしてたら私見抜けないよ?』
それは……まあ……そうっすね。
段々分かってきた。スゲーな殿下。赤裸々というか馬鹿正直というか。馬鹿といえば馬鹿なのかも知れないが、騙すのが躊躇われるノーガードっぷりだ。嘘を吐けないというより、嘘を吐くのを知らなさそう。
呆れた様子の鏑木さんが目線でゴーサインを出してきたので、契約完了という事で超能力を移植する。人種と性別が違うせいで多少定着し難かったが、超能力原基は無事くっついた。数日で変異定着して超能力が使えるようになるだろう。
『終わりました。数日で超能力に目覚めるでしょう』
『もう終わったの? 何も変わってないよ?』
『最初はどの超能力も非常に弱いので。目覚めてから時間をかけて鍛えないと何も変わりません』
『じゃ、サゴはすごく時間かけて鍛えたんだね。すごいねぇ』
ルー殿下が純粋な尊敬の目を向けてくる。な、なんかくすぐったい。世辞でも何でもなく本気で言っているのが分かるから余計にむず痒い。
『んー、難しい話はこれで終わり?』
『はい。後ほど内容をまとめたデータを送ります』
『分かった。じゃあさ』
『はい』
『カブラギの好きな人の話聞かせて?』
『いいですよ』
鏑木さんはあっさり頷いて話し始めようとする。
いやよくないだろ。勘違いじゃなければ俺の話だよな? 好きって言って貰えたのは嬉しいけど本人の前でその話するのか!? 何? 公開処刑? 恥ずかしいってレベルじゃねーぞ! 恋バナはもうちょっとコッソリやって! なんで二人とも恥じらわないんだよこっちが恥ずかしいわ!
『俺は外に出てます』
『いていいよ?』
『俺がよくないので』
このままこの部屋にいたら恥ずか死ぬ。
『そっかー。ところでサゴはさー』
『はい?』
『ウチの軍に入るつもりない?』
『……はい?』
ウチの軍? マリンランド公国軍?
どういう話の流れ? 恋バナは?
疑問が顔に出たようで、ルー殿下は朗らかに物騒な言葉を続けた。
『サゴがいればものすごい棍棒外交できちゃうよね。インビジブル・タイタンに襲わせるぞーって脅せばどんな国もイエスマンだよ』
冗談……じゃないなこれ。本気で言ってる。
えっ……こわ……何この子……
『やめておきます』
『なんで?』
なんでって、その疑問が出てくるのがなんで?
『今は平和の時代なので』
『そうなの? でも世界の闇が平和じゃなくしてるんでしょ? 世界征服してさ、全世界に総動員かけてさ、地球の隅から隅まで欲しいアーティファクト探してさ、世界の闇を消し去る! ウチの国も大きくなる。何が嫌なの?』
全部嘘なのにそれを理由に世界征服なんてできる訳ないだろ、とは言えない。
嘘じゃなくても怖くてできないが。
『混乱が起きて超水球まんじゅう生産中止とか』
『それは嫌だね。ダメだねー』
ルー殿下はあっさり引き下がった。
ドギツい提案しておいてこんな理由で納得するのか。ちょっとヤベー奴だな。
俺は鏑木さんの紹介なだけある、と納得しつつ、ぬるっと始まった恋バナから逃げるように部屋から脱出した。
それからしばらくして部屋から出てきた鏑木さんと一緒に帰路につく。まだ心停止で死にたくないので何を語っていたのかは聞かない事にして、ルー殿下の話題を振った。
「凄い人だったな」
「そうでしょう?」
「女王としては裏表がなさ過ぎる気もするが。あれで国を引っ張っていけるのか?」
「そこは大丈夫よ。周りが支えるもの」
「周りが……なるほど、有能な側近に任せてるんだな。人を見る目はあるのか」
「無いわ」
無いのかよ。ダメだろ。
「ルー殿下のお兄さんが人材を見つけるのが得意なの。送られてきた人材がルー殿下の周りで頑張ってるのね。ルー殿下は周りをやる気にさせるのよ」
「ああ、それはちょっと分かる」
あれだけ良くも悪くも素直だと、俺がしっかりしないと、と思わせられる。
心から信じ、褒め、任せてくれる、というのは嬉しいものだ。ルー殿下は悪い奴に付け込まれたら一瞬でどん底に落ちるだろうが、周りが善人なら良い女王であれるだろう。
古代遺跡の捏造もルー殿下に迷惑がかからないようにしよう。大公殿下の許可も貰った事だし、まずは土地の下見と古代遺跡の設定固め、専門家の招集だな。
オーバーラップ文庫より書籍化します。二月発売予定です。
やったぜ。
 




