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01話 急造地図にない秘密区画

 東京都足立区北千住の裏通りにある地下酒場『天岩戸』には秘密の地下室がある。フロアの一番奥の食器棚に置かれた、インテリアに偽装されたワインボトルを動かすと、ロックが解除され棚が横にスライドする。そこに現れた螺旋階段を下りた先の鋼鉄製の扉にパスワードを唱えれば、音声認識で扉が開き、秘密の地下階が現れる。

 いわゆる秘密基地である。世界の闇と戦う秘密結社『天照』の活動拠点だ。


 秘密基地にはモニター室、備品室、トレーニング室などがあり、いざとなれば十人が十日籠城できる程度の食料も備蓄されている。が、役所には申請していない。採光・通風用の地上と繋がる窓が存在しないため、ギンギンの建築基準法違反だった。換気ダクト付けて換気はしてるし、何より申請したら秘密基地が秘密じゃない基地になっちゃうから……備品室にはこれまた未申請の刀剣類とか銃器とかあるし……いや警察とツテあるから仮に見つかっても大丈夫だとは思うけどね、時々不安になる。でも地下酒場の更に地下にある秘密基地とか楽し過ぎるからやっちゃう。


 私立高校一年生の高橋翔太くんも地下秘密基地大好き人間の一人だ。名前も性格も普通のどこにでもいる男子高校生、と言いたいところだが、髪を真っ赤に染めて(校則違反)、制服の下に真っ赤な柄シャツ着込んで(校則違反)、ライターやチャッカマンをジャラジャラぶら下げ(校則違反)、チョコシガレットに火をつけて吸い(校則違反)、火の真理とやらを信奉する(違反ではない)、少年漫画の主人公か不良枠のような男子高校生だ。中学二年の夏まではどこにでもいる普通の男子学生だったというのが信じられない。めっちゃ炎使いそうな見た目と言動してるクセに熟練の凍結能力者というのも信じられない。人に歴史あり。


 さて。季節は冬、街にクリスマスソングが流れ出す頃。翔太くんはイグを御供に地下秘密基地のトレーニングルームで超能力のトレーニングをしていた。最近は冷凍ビームをPSIドライブの補助無しで出せるように訓練しているらしい。

 翔太くんの凍結能力射程は5mだが、PSIドライブで増強した能力を収束制御する事で射程数百メートルの冷凍ビームを出せる。射程の長さは強さ。人類は投げ槍でマンモスを狩ったし、弓矢は何千年も戦場の主役だった。遠くから安全に一方的に攻撃できるならそれが一番なのだ。


 俺はトレーニングルームをマイナス200℃ほどの極寒の世界に変えながら熱心に訓練をしている翔太くんを、天岩戸のカウンターで台座に置いたワイングラスを磨きながら感慨深く遠隔視で眺めた。

 俺はここ半年ほど記憶と力の大部分を失ったフリをして天照を離脱していた。俺の力は世界の闇とリンクしているという設定だから、俺が弱体化している間は人間を襲う世界の闇は出現していない。だが、先日俺が復活し、世界の闇も復活した。再び世界の闇との戦いの日々が始まる。


 世界の闇が出ない間、天照学生組の翔太くんと燈華ちゃんは学力向上に努めていた。世界の闇との戦いは夜討ち朝駆け、けっこう忙しい。世界の闇と戦っていたから成績落ちて受験や就職に失敗しました、はシャレにならん。俺が天照に復帰した以上、またワクワクイベントを仕掛けていく。それに備えて少しサボっても大丈夫なように鏑木さんがあらかじめ二人の勉強を進めていてくれたのだ。こういうところをフォローしてくれる鏑木さんにはマジで頭が上がらん。

 勉強だけではなく、社会勉強もしていたらしい。翔太くんは品川火力発電所に職場見学に行ったし、燈華ちゃんはミャンマーの大仏建立ボランティアに行った。順調に学力と徳を高めているようで何より。俺が高一の頃は人生の目標も何も無いちゃらんぽらんだったぞ。

 しかし俺がいなくても世界は回るんだな、と少し寂しくもある。だから俺が戻ったからにはもっと楽しく世界を回してやるぜ。


 と、言う訳で。

 天照復帰早々のイベント一発目、導入シーン入りますッ!


 翔太くんがトレーニングを終え、難しい顔で手をグーパーしながら部屋から出たところに、タイミングを見計らって念力で摑まえてホールドしておいたイグを開放。イグは翔太くんの目の前をちょろちょと駆けて一目散に備品室の半開きのドアに入っていった。


「ちょ、おいおいおい」


 翔太くんが焦ってそれを追いかけ部屋に入る。備品室は銃火器やPSIドライブなどの危険物が保管してあるので、普段はドアを閉めている。誰の仕業か全くさっぱりわからないが、閉め忘れていたせいで悪戯好きのコモンマーモセットちゃんが入ってしまった。さあ大変だ。


「イグー! 出て来―い! チョコシガ一本あげるから! いい子だから!」


 備品室に並ぶ棚の間を覗きながら声をかける翔太くんは、部屋の隅の棚の下でもぞもぞしているイグを見つけた。


「何やってんだお前、放せ、はーなせっておい」


 翔太くんは小さな体を捕まえて引っ張るが、イグは棚の支柱を抱きかかえ意地でも離さない。翔太くんの嗅覚では分からずイグにだけ分かるように慎重に調合した特製の樹液ブレンドシロップを舐めているのだ。翔太くんには小動物が何かに意地になっている、という事しか分からない。


 俺はまたタイミングを見計らい、翔太くんの肘が棚にぶつかった瞬間にスイッチ音を鳴らし、棚を念力で動かした。棚の後ろには、なんと、更に奥に続く薄暗い部屋があるではないか……! これが地下酒場の更に地下の秘密基地の、図面に乗っていない秘密区画だ! 五日前から頑張って作った!

 呆気にとられた翔太くんの手から不自然に思われないように念力を作用させてイグを脱出させる。イグは樹液の香りを追って元気よく秘密区画に入って行ってしまう。


「んん……んんんんんんん……! いや……これ……仕方ないだろ。不可抗力だろ」


 翔太くんはぶつぶつ言い訳しながら、ワクワクと後ろめたさ半々の様子でイグを追って秘密区画に入っていく。まあね、気になるよね。入っちゃうよね。分かる。関係者以外立ち入り禁止の区画って入る言い訳さえあれば入りたくなるよね。これが燈華ちゃんだったらまず鏑木さんあたりに確認して入るか入らないか決める常識的対応をしてしまうから、イグをエサに翔太くんの好奇心を煽ったのは正解だった。


 薄暗い部屋は空調が無く、防音加工をした壁のせいで恐ろしく静かだ。備品室と同じように棚が並んでいるが、陳列されている物はスカスカだ。錆びて針の止まった懐中時計。美しい群青色の大皿。独特の模様が浮き彫りにされた欠けた壺。深紅の布の上に置かれた特大の黒真珠。色とりどりの大粒の宝石が嵌められた金のネックレス。粗削りな木彫りの笛。萎びた植物の蔓が巻き付いた杖。大理石の猫の像。総額七十万円の「なんかそれっぽい雰囲気の」品々である。

 別に何一つ特別な力も来歴も無いのだが、隠された秘密区画である事と異様な静けさが手伝って神秘的な雰囲気が出ている。そろそろ頃合いなので、俺はワイングラスを磨くのをやめ、酸素混合気化ガソリンを念力で包んで保持しながら足音を忍ばせ秘密区画へ向かった。


 翔太くんはすっかりイグを探すのを忘れ、口を半開きにして陳列されたそれっぽい品々に魅入っている。特に飾り紐が鈴なりについた抜き身の小刀は手に取ろうか取るまいか数分迷っていた。


 ……れ……取れ……手に取れ……触りたいだろ……触っちまえよ……


 扉の影に立って思念を送っていると、ついに翔太くんが小刀に触れた。その瞬間、俺は小刀を含む全ての偽アーティファクトと部屋の壁、イグと翔太くんをバリアで守り、酸素混合気化ガソリンを超圧縮、着火、解放。爆発を起こす。翔太くん視点では小刀が爆発したように見えるはずだ。

 轟く爆音と吹き荒れる爆風、上がる黒煙。部屋の棚は無茶苦茶に吹っ飛んだ。


 突然の出来事だったが、翔太くんの反応は素晴らしかった。俺がバリアを張るまでも無く、絶対凍壁エターナルガードブリザードを高速展開して爆発から完璧に身を守っていたのだ。真面目に超能力の即応応用訓練を積んでいないとこうはいかない。

 考えてみれば、翔太くんが超能力に目覚めてもう二年と三ヵ月だ。人間なんて飯食って寝てるだけで体は勝手に育っていくが、こういうところは鍛えないと育たない。ちゃんと一人前になろうとしているみたいでおじさん嬉しいぞ。あの平凡だった翔太くんがこんなに立派になって。


 爆発の余韻も冷めない中、俺は念力で煙を散らし、入り口に姿を現す。


「立ち入り禁止にするべきだったな」

「げ。マスター」


 威厳のある声を作って言うと、翔太くんは防御を解いて気まずそうに頭を掻いた。


「す、すまんマスター。なんか壊し……? 爆発? 爆発させちまった。ちょっと触っただけなんだ、なんも変な事はしてない」

「…………」

「べ、弁償するからさ。許してくれよ」

「必要ない」

「は? ……は?」


 俺が棚の残骸に紛れた無傷のアーティファクトの数々を指さすと、翔太くんは目を剥いた。どう見てもぶっ壊れる規模の爆発だったからな。そりゃビビる。懐中時計とかはとにかく、元々欠けてた壺なんて爆発どころか落としただけで割れるぞ。それなのに多少ススはついているものの無傷というところが異様だ。


「あ、念力で守ったのか」

「……違う。説明しよう。上へ」


 図星だったのでドキッとしたが、短く否定し、びっくりして放心状態のイグを念力で回収し踵を返して上の階へ向かう。爆発オチ導入イベントはこれで終わりだ。後は酒場スペースにそろそろ燈華ちゃんを連れて到着する鏑木さんに説明を投げて完了である。俺は離脱前より口数増えた設定だが、急にペラペラ喋り始めたらキャラ壊れちゃうからね仕方ないね。








「佐護さんは世界の闇と戦うために世界中を回ってた訳だけど」


 天岩戸のテーブル席に座った十二ひとえ姿の鏑木さんは、神妙に対面に座る燈華ちゃんと翔太くんにそう話し始めた。イグはちょっと焦げ臭くなってしまった俺と翔太くんから離れ、隅の観葉植物に登ってもぞもぞしている。


「その中でアーティファクトを探して回収もしていたのよ。それを保管していたのが備品室の奥の特別管理区画よ」

「アーティファクト?」


 燈華ちゃんの合いの手に鏑木さんは頷く。


「ええ。ババァさんは佐護さんが最古の超能力者と言っていたけど、それは正確ではないの。文献によると太古の昔から超能力者は何度も現れては消えていたわ。歴史には超能力者がいる時代と、いない時代があるのよ。原因は不明、でも一つだけ確かな事があるわ。超能力者が世に現れる時は、どの時代でも必ず念力使いが一番最初に覚醒するの。そういう意味では佐護さんが最古という表現も間違いではないわね。そしてアーティファクトというのは、昔の超能力者が遺した超能力が込められた遺物の事よ」

「そうだったのか。知らなかった」


 そうだったのか。知らなかった……いや嘘なんだよなこれ? なんか本当っぽくて俺まで信じそう。アーティファクト、いいよね。実在すれば良かったのに。無いから捏造するしかない。悲しいなぁ。


「で、そんなシロモノがなんで爆発したんすか。火の真理のカケラが入ってたとか?」

「秘められた不安定な力の暴走ね。アーティファクトは迂闊に触ると危険よ。だから隔離してあったの」

「迂闊に触ると危険?」


 翔太くんの訝し気な視線の先では、イグがいつの間にかくすねていたらしい錆びた懐中時計の鎖を引っ張って遊んでいた。迂闊なんてもんじゃない触りっぷりだ。

 猿ゥ! 設定を説明した直後に設定崩壊させるんじゃない!


「……危険じゃない物もあるわ。秘められた力が安定している物は安全よ」


 ナイスカバー!


「危険な物ばかりって事ですよね。翔太はいつも軽率なんだから。隠されてた区画って事は隠すだけの理由があるって事でしょ。普通入らないよ。入るとしてもちゃんと許可もらって、」

「あーあーあー説教は聞きたくねぇ」

「そう? 般若波」

「念仏はもっと聞きたくねぇ。おいなんで不満そうなんだ。ああそうだ、話変わるけど、いや変わらないか? アレか、要するにマスターは七丈島にアーティファクト回収しに行って大爆発させて島ぶっ飛ばしたって事か。なるほどなぁ、そりゃ確かにヤベーわ。隔離もするわ」


 腕を組んで頷き納得する翔太くん。違うんだよなぁ。でも否定も肯定もしないでおこう。全力で殴り合ったらなんか爆発したとかそっちの方がヤベーって話で。

 思わぬ勘違いに心の中で苦笑していると、鏑木さんが話をまとめにかかった。


「アーティファクトの力は色々あって、私が『時間を作って』解析を進めているのだけど、理論上は世界の闇を消し去るアーティファクトもどこかにあるはずなの。永遠に世界の闇と戦い続ける訳にもいかないでしょう? どこかで根本的な解決を図る必要があるわ。佐護さんと私はその解決策をアーティファクトに見たのよ。だからアーティファクトを探しているのだけど」

「危険過ぎるから任せられなかった?」

「俺達だって成長してるんだぜ? ドジ踏んだばっかだけどな。危険がなんだ、宝探しぐらい手伝わせてくれよ。そんぐらいの力はもうある」


 燈華ちゃんが言葉を引き継ぎ、翔太くんが続ける。俺と鏑木さんは顔を見合わせ、微笑んだ。話が早い。


「それなら次のアーティファクト探しは任せようかしら」

「やらせて下さい」

「任せろ」


 二人は力強く頷いた。

 良し。

 言ったな?

 よっしゃ、イベント参加表明は受け取ったぞ。アーティファクトが眠る古代遺跡の捏造を始めよう!


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新たな冒険(マッチポンプ)の始まりだ!
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