陽はまた昇る
親分との闘いの後、俺は結局どういう事だったのか教えてもらった。
親分が語ったところによると、俺の全てに気付いていた訳ではないらしい。
俺が実力を隠していた事は、戦う前に言っていた通り、キャロルちゃん奪還の時のドア鍵破壊や親分療養中の月守組の不思議な加護などを通して少しずつ気付いていったようだ。
記憶喪失に関しては全然喪失してる様子ないし悲壮感もないし記憶取り戻したい欲も見せなかったから、普通に気付かれた。記憶喪失について多少勉強はしていたが、演じ方がよく分からずなあなあになってしまったのだ。「記憶喪失ではない」という言質を取られないよう意識するだけでいっぱいいっぱいだった。
で、信用はしているものの怪しさMAXだったので一度調査しようという事になり、クリスが俺のYシャツから見つけた名刺から辿って天岩戸に行き、俺の元の住所や立場、本名を把握。俺の代わりに天岩戸のマスター業を務めて待っていてくれているクマさんとも話し、佐護杵光は帰るべき場所がある月夜見にいるべきでない人間だと確信。
そこから何のために月守組に留まっているのかという疑問に繋がり、普段の俺の行動や言動を良く見て、俺の超能力バトル欲求を推察したという。
マッチポンプの企みには気付けなかったが、代わりにもっと深いところにある根源的な部分を見抜いたのだ。親分は本当に人を見る目がある。俺には真似できない。
親分は俺が力を隠し月守組に全く不要な苦難を強いている事に憤慨したが、同時に深く感謝もしていて、それが「佐護杵光くんを送る会」を決意させた。
そしてそれにはババァの協力があった。
ババァはどうやら親分にもったいぶった謎ムーブをかまし、得体の知れない協力者ポジションを築いていたようだ。
『魔王に魔王をぶつけるため、魔王を造るのじゃ。それこそが我が一族の使命』とかなんとか思わせぶりな台詞を吐き、俺が大銃撃戦直後に親分への輸血のために抜いた血液と、同じくその時に密輸していた治癒PSIドライブから抜いたイグの血液を横流し。保存管理と成分調整を請け負った。
つまり、俺の誕生日に続いて半年ぶり二回目のサプライズを仕掛けていたのだ。
まただよ。ババァお前もう信じないからな! ババァは本当に魔王とか勇者とかそういうフレーズに弱くて困る。
種明かしの後、俺と親分はバリア越しにかなり遠方まで届いたらしい激闘の閃光を見て何事かと戻ってきた見山の船で東京に帰還。DDによる緊急手術を受け、俺は術後目覚めてすぐに病室を抜け出し月守組を後にした。
別れは告げなかった。親分が上手く言っておいてくれるという事だったし、刺青を右腕ごと失った俺はもう月夜見ではなく、月守組の名簿からも削除されている。別れを言うために留まれば部外者なのに部外者でいられなくなりそうだった。
後始末のために今しばらく月守組に残留するババァには話を通していて、その時にスマホを借りたので、過去最大級の死ぬほどキツく絶え間ないネンリキンの成長痛に耐える間、俺は適当な貸倉庫に忍び込み鏑木さんへの事情説明と帰還の打ち合わせをした。俺が右腕を失ったと知った鏑木さんは当然のように治癒ドライブを用意しておくと言ってくれたが、それは断った。俺は親分との戦いで無くした右腕を手に入れたのだ。手に入れた物を無くしたくない。この右腕は治したくない。
鏑木さんは治療拒否についていくら説明しても理解してくれなかったが、最後には理解できないものの受け入れてくれた。電話口で何度か鏑木さんが泣きかけている気配がして焦った。鏑木さんに泣き落としされたら落ちる自信あるぞ。
超常決戦から丸一日が経ち、鏑木さんが帰還の段取りを取っていてくれている間、俺は引き続き潜伏しながら未練がましく月守組の様子を伺った。
親分はベッドに寝たきりになっていた。DDの診断によると、超常的回復力で全身の怪我は右目以外完全に治っていて、何の問題も無く動けるはずだが、何故か病み上がりの病人のようにしか動けないらしい。原因は不明。
もしやと思い親分のムキムキンを触ってみると、ズタズタにしてツギハギに繋いだような、下手に触ればそれだけでバラバラになりそうな悲惨な状態になっていて、慌てて念力を引っ込めた。俺の盗撮を予測していたのだろう、ババァの机の中に鍵をかけてしまってあったメモを視たところ、どうやら親分には成長痛が来なかったらしい。
たぶん、無茶をし過ぎたのだ。一時的とはいえ俺の念力をその身に宿し、親分は深刻な超常的後遺症を負った。ムキムキンはボロボロになり、成長するどころか崩壊寸前。肉体にまで影響を及ぼした。
だが、親分には全く悲壮感がなく、困惑しオロオロしているクリスにやんわりとボカした事情を説明しながら、気楽に「これからは眼帯と車椅子が要るな」、と笑っていた。
無理しているようには見えず、むしろ全てにカタをつけたようなスッキリとした清々しさがあったが、俺は猛烈に申し訳なくなった。右腕と右目どころではなかった。俺より親分の方が遥かに深刻だ。
親分のムキムキンは1.04倍成長だが、半年経ってもまだ基礎訓練による成長が続いていた。半年とはいえ成長に全く限界が見えなかった。俺が超能力を分けた誰もが二、三ヵ月で頭打ちになる中で、親分だけは成長し続けていた。
もしかしたら、俺と同じ無限成長だったのかも知れない。
俺が自分の訓練を中止して待っていれば、いずれ訓練を重ね俺と同じ場所に実力で立つほどに成長できていたのかも知れない。
その可能性の芽は潰れた。俺のために親分は可能性を潰した。
親分に謝りたかった。俺のためにこれだけしてくれた人が、俺のせいでこんな目に遭っている。全てを打ち明けて許しを乞いたかった。
だがダメだ。
あの全力の戦いで、親分と俺の間の決着は全てついたのだ。掘り返して謝れば、親分への贖罪をすれば、それは親分への最悪の侮辱になる事を俺は知っている。
そんな俺の内心を見透かしたように、親分は時折「謝るな。人生を楽しめ」と虚空に向けて呟いていた。
親分は俺の千里眼を知っている。俺の性格を知っている。誰に向けた言葉かは明白だった。
俺は謝らず、人生を楽しむ事にした。
親分がしてくれた事、親分にしてしまった事を忘れはしない。しかしシケた面して親分への贖罪ばかり考え暗く生きるのは間違っている。俺も親分もそんな事は望んでいない。
「悪であれ」「笑え」だ。
人生楽しまないとな。
俺は暗く沈みそうになる気持ちを切り替え、楽しい事を考えた。
そう、明日は半年ぶりの天岩戸への帰還だ。もう何年も経っている気がする。
天照に戻ろう。血みどろ凄惨なシリアスはもうお腹いっぱいだ。明るい日の下に戻ろう。
夜は終わった。陽はまた昇るのだ。
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東京でアルバイト戦士をやっていると、時々異常に楽で時給の高い仕事にありつける事がある。
そういう仕事の裏は大体三通りある。
一つ、緊急で人が必要になって高い金で目を引こうとしている。これは美味しくて安全だ。
二つ、高い金に釣られた馬鹿を犯罪に加担させようとしている。これは結局給料が支払われなかったり、最悪死ぬ。
三つ、裏が本当に分からない意味不明な仕事。いくつかの注文通りに奇妙な行動するだけで、ぶっ飛んだ給料が懐に飛び込んでくる。
今回俺が受けたのは三つ目、一番珍しいパターンだった。拘束時間は多く見積もっても半日で、前金四万成功報酬六万の仕事だ。
気前が良いにもほどがある。クソほど怪しかったが、顔を隠し変声機を使いフードとマントで顔と体型を隠した魔女か魔術師かという風体のクソほど怪しい依頼人が説明した仕事内容から、俺はこの仕事は安全だと嗅ぎ取った。依頼人の指示は以下の通り。
・明朝6:30~7:00の間、千葉県館山市平砂浦海岸の目抜岩周辺を散策する事。
・海岸に漂着している男性がいた場合、話しかけ、何も詮索せず「東京へ行きたければ送るがどうか」とだけ尋ねる事。
・了承した場合、車に乗せ、東京都足立区の地下酒場「天岩戸」まで送り届ける事。
・漂着者がいなければ定刻で散策を切り上げて帰宅してよい。
・ガソリン代は別途支給するので距離メーターをスマホで撮影しておき、ガソリンスタンドの領収書と併せて指定のアドレスへ送信する事。
・成功報酬とガソリン代はまとめて口座へ振り込むか現金書留で郵送するので好きな方を選択する事。
意味不明だ。特に前半。
意味不明だからこそ、逆に安全だと信じられる。
仕事内容に不釣り合いな高額報酬とポンと出てくる気前の良い前金。
どういう意味があるのかさっぱり分からないが、確実に何かの意味があると分かる謎めいた指示。
伏せられた詳細、語って貰えない依頼理由。
身元を隠していても滲み出る、依頼人の奇妙な風格。
まるで……そう、まるで何か大きな秘密の作戦があって、そこに事情を知らされず協力している一般人になったようだ。
鍛え上げたアルバイトセンサーが「この仕事受けとけ。楽しいから。絶対楽しいから」と囁いていたので、俺は依頼を受ける事にした。
依頼の翌日の日の出前に、俺は海岸線を軽自動車で飛ばしていた。世間はちょうど丸二日前に起きた七丈島消滅? 真っ二つ? 事件? とかなんとかで大騒ぎで、ラジオをかけていてもずっと臨時ニュースの連続。超水球事件を思い出すオカルト臭い情報の混乱っぷりだ。
とりあえず一昨日の夜明け頃に七丈島で立て続けに大爆発が起き、島が割れたのは間違いないらしい。島が割れるってヤバ過ぎない? そんなん聞いた事ねーよ。漫画やゲームじゃねーんだぞ。
核実験説、火山噴火説、隕石落下説、プラズマ説、超水球と超能力者の戦い説、色々説は飛び交っているがどれもはっきりとした証拠がない。事が起きたのは絶海の孤島で、しかも夜明け前で薄暗かったため、人工衛星はまともな映像を取れず、報道陣がヘリで駆けつける頃には既に何かが起きて終わった後だったのだ。
窓を開けて晩秋の潮風を楽しみながら、俺は今回の依頼と二日前の事件を結び付けようとする。忘れかけていた中二マインドがうずくぜ。
そうだな、依頼人は超水球と戦う秘密結社の予知能力者で、七丈島で超水球と激戦して漂流する仲間の漂着地点を予知した、とか?
ありそうだ。いや無いか? ……分かんねーな。
超水球事件からこっち、現実とフィクションの境界がぼんやりしてる。飛行機墜落事件が起きてからはフィクションが現実に侵食を始めた気すらする。それまでなら「ありえん(笑)」の一言で終わっていた妄想が一言で終わらなくなっている。
いや、すごい時代が来たもんだ。街中で超能力者とか魔術師って名乗ると九割笑われるけど、一割は真顔で「本当?」って聞かれるんだもんな。ほんの二年前なら十割笑われた。
妄想なのか推理なのか自分でもよくわからない想像を膨らませている内に、指示された場所に来た。
東京の沿岸は今野次馬でごった返しているようだが、千葉の砂浜は静かなものだ。
車を降り、指示通り磯臭い砂浜をぶらつく。
これで漂着者見つからなかったらアホみたいだな。いや砂浜で漂着者見つけるのも相当アレだが。前金四万の仕事で千葉まで来て砂浜でお散歩している時点でもうだいぶ面白い。
ぐだぐだ数分歩いていた俺は、それを見つけ思わず足を止めた。
「マジか」
いた。
漂着者いたよ。
見つけてしまった。
波打ち際にうつ伏せに一人の男が倒れ、弱々しく乾いた陸へ這っていこうとしている。
本当に依頼通りの状況になったが、いざなってみると焦る。
え、ヤバくね? 普通にヤバくね? 人が漂着してるんだぞ、漂着。しかもすげー弱ってるっぽい。警察か救急車呼んだ方がいいやつじゃねコレ。
しかし依頼がある。依頼だとあの人に「東京行きたい?」と聞かないといけない。
漂着した人にかける第一声が「東京行きたい?」ってヤバ過ぎだろ。頭おかしいんじゃねぇか。
あー! でもその頭おかしい対価が成功報酬六万! ちょっと頭おかしくなれば六万円!
俺は迷った末に男性に駆け寄り、膝をついて言った。
「あの、すみません、本当変な質問なんですけど、あー、東京行きたければ送りますけどどうします? 大丈夫ですか? 救急車呼びますか?」
「……送ってくれ。救急車はいらん」
「え? あ、はい送ります」
びっくりした、マジで東京に行きたがったぞこの人。
どういう事なんだ。まるでワケが分からんぞ。
これは本当に依頼人予知能力者説あるな。
男性は二十代中盤ぐらいで、ボロボロで汚れた白のYシャツと紺のズボンを身に着けていた。そして右腕がなく、千切れた空っぽの袖が垂れている。自力では立つのも難しそうなので背負うと、氷のように体が冷え切っていた。
海水を吸った服のせいでクソ重い男性をなんとか車まで運び、後部座席に乗せる。ぐしょ濡れの服は脱がせて絞り、助手席にかけた。服の代わりに俺のコートとひざ掛けを貸し、窓を閉め切り暖房をガンガンに効かせぬるくなったコーヒーを渡して東京へ出発する。
道中、男性は疲れているだろうに眠りもせず、じっと窓の外を眺めていた。
一体何者なのか? 本当に病院に行かなくていいのか? なぜ漂着していたのか? なぜ東京に行きたいのか? 依頼人との関係は? 服が微妙に赤黒いのは血の跡なのか?
聞きたい事は山ほどあったが、詮索するなと言われている以上何も聞けない。何か聞いたら成功報酬六万がパァになりかねない。
しかしこの湧きあがる好奇心を満足させるためなら六万ぐらい……いや六万はデカいわ。食費二か月分、10連ガチャ30回分だぞ。やめとこ。
ルームミラーでチラチラ男性の様子を伺いながら結局何も聞かず、俺は三時間かけて指示通り足立区に移動。地下酒場から徒歩三十秒ぐらいの距離で車を停める。ここからは道が狭く、車は入れない。俺は男性に生乾きの服に着替えておりてもらった。あれほど弱っていたのに、足取りに危なっかしさはない。
とはいえ心配だ。なんか一度ヤバい感じになった人は大丈夫になっても実は潜在的にヤバくていきなり倒れたりするからヤバいと聞いた事がある。三十秒の道のりだが付き添いをしよう。地下酒場前までではなく、地下酒場まで送り届けるのが仕事だし。
肩を貸して看板の無い地下酒場に入店すると、中にいた人達が一拍置いて一斉に立ち上がって駆け寄ってきた。
「マスター! おかえりなさい!」
「よく帰った。待っていたぞ」
「マスター、無事でよかっいやおい待て腕なくね? 腕なくね? どーしたそれおい! はぁ? 誰にやられた!?」
「チチチチチイチチチ!」
制服姿の美少女JKと、クマみたいなゴッツイ体のバーテンと、赤髪のチャラチャラした不良と……サル? なんでサル?
疑問に思った次の瞬間には、俺は不良に胸倉を掴まれ壁に叩きつけられていた。同時に底冷えするような悪寒が全身を襲う。
「ひぐっ!?」
「テメーか! テメーがマスターやったのか!」
「え、え、え、いややってないやってないやってない! 知らん! 何も知らない! 俺はこの人を砂浜で拾っただけだ! なんか東京行きたいって言ったから連れてきて、それで、あー、それだけだ!」
「……マスター?」
「合ってる。離してやってくれ。すまんな、助けてくれたのに」
サルにしがみつかれたマスター? が言うと、不良は気まずそうに手を離した。
なんだこの不良怖すぎぃ! 殺気なんて生まれてはじめて浴びたわ。殺気って冷たく感じるもんなんだな。知りたくなかった。
一騒動の間に人垣は少し離れ、酒場の奥にいた最後の一人が前に出てきた。
それは息が止まるほど美しい女神だった。失礼だと思っても目が惹きつけられ離せない。
何だこの美女!? ドレスで、胸が、はぁーっ! え? 美人! やべぇ! これはヤバい! こんな美女いるのか!? ヤバい!
美女は何か言おうとしたが、喋る前にマスターは抱きしめ黙らせた。女性を引っ掻こうとしたサルがクマみたいなおっさんに引き離される。
マスターは抱きしめたまま女性の額にキスをした。不良は口笛を吹き、JKは恥ずかしそうに顔を手で覆う。マスターは心底申し訳なさそうに言った。
「迷惑をかけた。すまなかった」
「……私はこんなので誤魔化される簡単な女じゃないわ。でも貸し百で許してあげる」
女性はそう言ってマスターを見つめ、微笑んだ。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
……なんかこれ、感動のシーンらしい。置いてけぼりなのは俺だけで、他の面々は涙ぐんでいる。
何このアウェー感。俺もなんでこんな感動の再会っぽい場面に居合わせてるのかよくわかんねーよ。スーパー気まずい。
「あー、俺帰ります。お疲れっした、お大事に」
俺は小声で言って退散した。お仕事、完了。
後日何度か地下酒場の様子を見に行ったが、いつ行ってもCLOSEDの看板がかかっていたし、店名で検索しても神話しか出てこない。口コミ情報もない。閉店してしまったのかもしれない。ちょっと非日常っぽくて不思議な仕事だった。
なお成功報酬はガソリン代込みでしっかり振り込まれた。よく分からない仕事だったが、ハッピーエンドだな! 美味しい! 半日で十万円美味しい! 怪しいアルバイト万歳!
めでたしめでたしッ!




