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11話 七丈島頂上決戦


 状況を整理しよう。

 俺はこの半年間「天照のバトル相手の用意」「裏社会のロマンチスト救済」「東京の治安回復」を目的として闇の秘密結社を作るべく動いてきた。

 親分、見山、クリスの超能力は応用技の域に達し、天照と超能力バトルできるレベルになった。

 月守組のストレンジャーは苦労を重ね月夜見を旗頭に強く団結し、不法入国や不法滞在までしてしまうほどの溢れるロマンを大満足させている。

 谷岡組は警察に追い立てられ放置しても自然消滅する状況。近々謎の圧力により改正強制送還法案が可決される見通しも立ち、東京の治安は下げ止まり。今後回復していくだろう。

 つまり目的はほぼ全て達成している。あとは谷岡組を心がへし折れるまで完全に叩きのめし、月夜見の操り人形にするだけだ。


 混沌都市東京のゲス筆頭である谷岡組を壊滅させるだけでは意味がない。また新しいヤクザが台頭しのさばるだけだ。

 小学校に人を叩き馬鹿にして笑っている奴がいた。

 中学校に人の努力を笑い手を抜いて楽をしてる俺カッコイイと思い込んでいる奴がいた。

 高校にズル休みを繰り返し授業をサボり赤点だらけでやる気も無いが先生の慈悲で卒業させてもらった奴がいた。

 それがそのまま日本社会の人口比だ。人を殴って馬鹿にして脅し威張り散らす事しかできない人間は絶対に消えない。


 だからそういうクズとゲスの集団を消すのではなく心を折って乗っ取り、ちょっとマシなクズとゲスの集団に改造するのだ。月夜見が統率するマイルドな悪で東京の闇市場を占領しておく事で、極悪の流入を防ぐ。毒をもって毒を制す原理だ。

 そして月夜見が乗っ取るのは谷岡組だけではない。小規模ヤクザ、カルト教団、外国工作員、詐欺グループなど東京の治安を悪化させている集団も一網打尽にする。


 具体的にはまず東京の闇系の勢力にエージェントを通じ『裏社会連合の結成』の名目で声をかけて回る。警察の圧力が強まり、テロにより国民の防犯&危機意識が高まっている今、団結して生き残りを図ろうという呼びかけには一定の説得力があるはずだ。

 そして連合結成決起集会という建前で人里離れた場所に勢力を結集させ、そこをボコって従える(脳筋)。

 あとは警察に突き出す者は突き出し、母国がある者は母国に追い払い、実家があるなら押し付け、行く先の無い者は月夜見配下のマイルド・ダーク・グループに組み込み、俺はどさくさに紛れ記憶を取り戻したフリをして天照に戻る。月夜見の刺青は残るがそれもまた良し。イグに消してもらう気にもなれない。

 そう上手く事は運ばないだろうし問題は山積みだが、それを上手く行かせ問題の山を崩していくのが俺とババァの仕事である。


 という訳で暗躍の時間だ。仕込み作業はババァと分担する。

 谷岡組を連合に引き込むのはババァに任せる。いつぞやのロリコンヤクザを通じて連合を組む方向に誘導する。

 カルト教団もババァに任せる。ババァはその神秘的な容姿からカルティストにウケがいい。無邪気な子供のフリをして懐に潜り込むもよし、見た目と老練さのギャップで圧倒してもよし、だ。

 外国の工作員は俺が受け持つ。情報屋のリーに頼んで目星をつけた後は、念力式ストーキングで個人情報を丸裸にする。あとは握った弱みで脅し、ズルズル連合に引き込んでいく。

 後は詐欺グループ、小規模ヤクザなどをちょこちょこと。こちらも念力で探りを入れて弱みを握り脅す。俺はババァや鏑木さんのように人を篭絡する魅力も手練手管もないから、どうしても念力のゴリ押しになるんだよなぁ……ゴリ押せるなら十分だが。


 東京裏社会の主流が連合に賛同すれば、有象無象の小勢力も状況に流され尻馬に乗って勝手にくっついてくる。

 鏑木さんを待たせたくない一心で、一ヵ月という強行軍でなんとか仕込みは終了した。


 時は11月11日の深夜。

 東京沖にぽつりと浮かぶ無人島、七丈島で全てを決着させる(・・・)











 東京近海は超水球事件の影響で夜間でも観光船がやたらと多い。裏社会連合結成決起集会に臨む三千人は数日かけて観光船に紛れ七丈島に集結している。

 俺達月夜見組もまた、連合結成の噂を聞きつけ、叩き潰すために今夜七丈島に向かう。船を出してくれるのはいつぞやの高校生、小林春木くんの親父さんだ。親父さんは春木くんを海の男にしたかったが、春木くんとよく話し合い、高校卒業まで毎日船に乗り、それでもまだ海が嫌いならもう進路に文句をつけない、という事で和解したそうだ。一人息子と仲直りするキッカケを作った親分に親父さんはとても感謝していて、礼をする機会を伺っていたため、今回俺の方から話を持っていった。


 片道五時間かけて夜の波間を行き、七丈島が見えてきたところでゴムボートを出してもらいそちらに乗り込み、船には帰ってもらった。

 ゴムボートに乗っているのはゴミ袋を被り墓石を担いだ親分と、忍者装束に折れた刀を腰に装備したクリス、カラーコーンを被りギターを抱えた見山、バリ島土産の仮面にTシャツジーンズの俺だ。

 ババァは留守番である。戦力にならないし、ババァの出番は決戦後に月守組に残り戦後処理をするところにある。今はゆっくりしておいて欲しい。なおこの半年でダークヒーローにハマってきたらしく、月守組残留はババァの方から言い出した。


 漁船が見えない位置まで離れたのを確認し、親分はクリスを担ぎ海面を走って七丈島へ。俺は見山と一緒にゴムボートを念力で動かし後に続いた。

 今夜のこの勝負が谷岡組との決着になるわけだが、全員特に意気込んだり決意表明をしたりはしない。至っていつも通りだ。既に負けが確定した谷岡組にトドメを刺すだけの勝負であるし修羅場はもう散々超えてきた。今更気合を入れる事はなく、油断する事もない。


 七丈島は大体直径1kmの円形の島で、中央にちょっとした山があり、大部分が木々に覆われている。昭和の終わり頃まで人が住んでいた名残として港の残骸は残っているが、建物は崩れて緑に侵食されていた。潮風と磯の臭いばかりで人の生活臭は無い。

 が、もちろん人はいる。崩れかけの建物の中から、月夜見の上陸と同時に人が顔を出した。スマホや懐中電灯の明かりで俺達を照らし、正体が分かるや大騒ぎが始まる。

 どーも、月夜見です。暴力デリバリーに来ました。もう逃げられんぞ貴様ら。人目を避けて無人島に集まったのが裏目に出たなぁ? いやここに集まるように仕向けたのは俺なんだけど。


 しりとりをしながら四人並んでだらだら待っていると、連合が森の中や建物の影からぞろぞろ出て集まってきた。ボートで逃げようとする奴だけ念力でぶっ飛ばす。

 やがて虚勢と恐怖の板挟みになり遠巻きにナイフや銃を構えて包囲を固めた連合の中から、着物姿の初老の男が出てきた。髪はすっかり白くなっているが、眼光鋭く体格も足腰もしっかりしている。歩くだけでも溢れる威風、変わる空気。こいつに直接お目にかかるのは初めてだ。


「儂が谷岡組大親分、谷岡浩二じゃ。遠路はるばるようここまでやってきた、歓迎しよう」


 谷岡は憶する事なく親分を真っすぐに見て言った。親分は担いでいた墓石を下ろし、顎の先で言葉を促す。


「若い者は君らを目の敵にしとるが、儂は高く買っとる。誰よりも高く買っとる。谷岡組が出来なんだ全国制覇を成し遂げられる器じゃと思っとる」


 大親分の言葉に包囲網がざわめいたが、一睨みで静かになった。


「どうじゃ、見よこの大連合を。錚々(そうそう)たる顔ぶれを。東京の、いやさ日本中の選りすぐりの筋者が集まっとる。男ならこいつのテッペンに立ちたいと思わんか? ここで月守組の復讐に走ったところで何になる。もっと大きな野望を持て。つまらん過去は水に流し儂らと手を組め。総大将は月夜見で構わん。月夜見の超能力と儂らの基盤が合わされば警察政府なにする物ぞ。任侠の理想をこの国に打ち立て、子々孫々まで語り継がれる伝説と――――」

「おい」


 演説をぶち上げる大親分を親分が面倒臭そうに遮った。


「その話まだかかるか? 刑務所の中だと話せないか?」

「ここまで来て仲良しこよしなんてあるわけねーだろざけんな。面白くねーしもうめんどくせーよ。寒いしよぉ。さっさとやろうぜ」

「俺はもうちょい何をほざくか聞いてたかった気もするがまあいいか。ほら忍者」


 ギターのチューニングを終えて手持ち無沙汰の見山も同意したので、俺も追従しておく。まあね。11月で海風強烈な港でしかも真夜中だからね。ジジイの戯言を長々聞いていたくない気持ちは分かる。校長先生かてめーは。良い事言ってるのかどうか知らんが、聞き手の関心を惹きつけられなかった時点で演説失敗だな。


「あ、やっちゃう? はい開戦」


 俺が促すとクリスは懐からネズミ花火を取り出しばらまき、銃声のような乾いた音と共にぬるっと最終決戦が始まった。

 親分が手始めに地面が陥没するほどの踏み込みで瞬時に大親分の目前に移動し、足を掴んで海に放り投げる。高々と放物線を描く大親分を見山のBGMが彩った。

 今夜の戦闘曲は見山にしては真面目なクラシックだ。その曲調は物静かながらもどこか楽しげな異国情緒漂う――――いやいやいやいやいや待て待て待て待て!

 これは曲名が不味い!


「何やってんだこのハゲ! 誰もお前のケツなんか舐めたくねーんだよ!」

「お、モーツァルト先輩ディスってんのか?」

「ちがっ、お前っ、あ゛ー!」


 ほら! 親分もクリスもヤクザ倒しながら笑っちゃってるじゃねーか! 最終決戦の空気じゃねーよこれ!

 月夜見はこんな時までこんなんか! 好き!!!


 流石に空気を破壊するのは最初だけにしたらしく、途中でロックミュージックに切り替わえ、見山は大音響でヤケクソ気味に襲い掛かってくる連合を次々となぎ倒していった。音の爆弾が炸裂するたびに十数人がまとめて失神し、数十人がよろめき呻いて耳を押さえる。本人がクソデブだから機動力こそ無いが、連発もできるため制圧力が尋常じゃない。ロックのリズムに乗せてばたばたとヤクザが倒れていく。


 しかし敵もさるもの。ギター野郎は裏社会で有名だ。耳栓、防音メットで対策している奴らもいる。

 そういう連中はクリスが猫のように素早く戦場を駆けまわり、口にそのへんにいたフナムシをねじ込んだりヘルメットを蹴り飛ばしたり火吹き芸で火をつけたりして始末していった。ナイフや拳銃で襲われても後ろに目がついているように簡単に避ける。訓練の結果「先読み」応用技を身に着けたクリスに攻撃を当てるのは至難の業だ。

 クリスのリーディングルコサミンを触った感覚は鏑木さんのストップロテインに近い。そこで俺は気付くべきだった。クリスは記憶を読んでいたのではなく、過去を読んでいたのだ。時間系能力の一種といえる。

 過去が読めるなら、未来も読める。二ヵ月前まで読める過去と違い未来を読むのは九秒後までが限界で、しかも一回行使するだけで死ぬほど疲れ何もできなくなるのだが、そこは見山の音楽で疲労を打ち消し解決。これによってクリスは常に九秒先までの未来を把握した状態で戦える。銃弾は全て避けるし奇襲しようとした奴を逆に奇襲するし投げられたナイフはクナイで撃ち落とす。ヤクザにクリスに攻撃を当てる術はない。

 未来を読んでもどうしようもない攻撃をすれば当たるから無敵ではないのだが、クリスの超回避の仕組みを知らないヤクザは思いつかないだろうし、思いついても実行できないだろう。核爆弾で周囲一帯を薙ぎ払うとか、念力で摑まえるとか、早々できる事ではない。


 そして、見山にもクリスにもどうしようもできない敵は親分が始末する。

 逃げ惑う連合メンバーを捕まえては海に投げ込んでいた親分は、森の中からエンジンを吹かし現れた重装甲戦車に一瞬固まった。流石に驚いたようだ。

 外国工作員を通じて用意させた某国の型落ち中古戦車くん、二両である。せっかくの決戦なんだ、これぐらいはやらないとなぁ? 一ヵ月の準備期間の内の二週間はこれの入手に費やしたんだぞ。飛行機からのフリーフォールを素で生き残った墓男に対する連合の切り札だ。

 戦車という分かりやすい強力な兵器が登場した事で、連合の士気は僅かに上がった。親分が墓石で殴りに行き、墓石の方が砕け散ったのを見て更に盛り上がる。いくら怪力でも戦車の装甲を墓石で砕くのは無茶だ。


「墓男! 正面突破は無理だ! ハッチをこじ開けて中の操縦手を――――」


 念力でバリアを張ってギターをかき鳴らす見山を守りつつ、考えておいた攻略法を叫ぶ。が、親分は予想外の手段に打って出た。

 戦車の砲身を掴み、車両丸ごと持ち上げ、墓石代わりに振り回し始めたのだ。

 嘘だろおい。


「戦車を使いこなすのなんざ簡単だ! はっはー!」


 右手に掴んだ戦車で装甲トラックをホームランしたかと思えば、左手の戦車で固定砲台をペシャンコにする。最後は砲身を地面に突き刺し直立させ、物騒な墓石に変えてしまった。キャタピラが虚しく空転し、もう動く事もできない。

 せ、戦車ぁあああああああ!

 俺の二週間と三千五百万円が十秒で潰されたー!

 でも面白かったから良しッ!

 二刀流ならぬ二戦車流なんて初めて見た。親分が楽しそうで何よりです。


 繰り返すが、結果の見えた勝負だった。

 連合の切り札その二である致死性の毒ガスは中身をただの催涙ガスにすり替えておいたし、ダイナマイトだと思って投げているのは威力の低い火薬爆弾。やり過ぎやられ過ぎで命が危ない奴らは念力で応急処置をしている。

 戦闘は三十分で終わり、後の数時間は逃げようとする奴を捕まえる事と投降した奴を縛る事に費やした。

 これで決着だ。


 負け犬共は係留されていた連合の船にすし詰めにして本土に輸送する。親分が個人的に雇った迎えの船団にも乗せ、なんとか全員乗船させられた。昼前には警察に自首する悪党が鬼のように溢れる事だろう。道中の見張り役はクリスと見山に任せ、俺と親分は残って七丈島の最後の点検だ。誰か取り残しているといけない。この点検が終わったら、俺は海に落ちるか何かのショックで記憶を取り戻す予定である。


 暗い夜の森の中を懐中電灯で照らして歩いていると、先導する親分が立ち止まって言った。


「なあ夜久、これからの話なんだが」

「ん?」

「谷岡組の大親分の話、アレは悪くなかった」

「……ん?」


 親分は振り返った。懐から頑丈そうなケースを取り出し、中から二本の注射器を取り出す。

 え? 何か不穏な空気が。


「奴らを使い東京だけではなく全国を制覇する。いずれは世界もだ。裏社会の全てを牛耳り月夜見の流儀を徹底させる。悪くない」

「は? いやいや、それは過剰防衛というかいや今更過剰防衛も何もないけどなんと言うか度を越してるというか勝手過ぎるというか、そもそも俺達だけじゃ手が回らないし」

「手は回る。佐護(・・)が手ェ抜いてる事ぐらいとっくに気付いてる。記憶喪失でもないだろ。お前が本気を出せばできない事は何もない」


 はっきりした断定に、絶句した。

 親分は注射を二本一気に腕に打った。


「ドアの鍵を壊したのも、逃げるヤクザを見もせずに見つけたのも、俺の治療中に東京中の月守組を守っていたのも、全てお前だ。隠していたようだが、疑ってかかってみれば全てが繋がった。記憶喪失にしては悲壮感も悩みも無さ過ぎる。余裕があり過ぎた」

「う……ぐ……いや……くそ、待ってくれ。分かった、騙してたのは認める。ただ親分とか月守組を陥れようなんて事は誓っ」

「御託はいい。話は簡単だ、今から俺と勝負しろ。俺に勝てば全て許す、好きにしろ。俺が勝てば俺に従い世界制覇を手伝え」


 打った血が馴染み、親分の全身が白く柔らかな光に包まれ、同時にあまりにもなじみ深い不可視の力が急激に膨れ上がる。体の中で爆発が起きているかのように皮膚が割け血が流れては、治癒で塞がり、また血が噴き出す。

 立っているだけで満身創痍。

 立っているだけで天下無敵。


「俺の本当の手下になれ、佐護杵光! 本気で来いッ!」


 癒しと念力の血を打って俺と対等の場所に立った親分は、叫び声と共に星を消し飛ばす拳を放ってきた。

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[一言] これはアツい。複数能力のドーピングとは
[一言] 血液の伏線がここで...
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