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10話 東京ムカ着火ファイヤー

 ハイジャック事件の失敗を以て、谷岡組の没落は決定づけられた。というかハイジャックをしてしまった時点で決定した。


 そもそもハイジャックはテロだ。テロリストと交渉しないのは国際常識だ。テロの暴力に屈し要求を呑んでしまうと、テロリストはつけあがる。脅してやれば望みが叶うのだ、と思う。テロで稼いだ資金で更に苛烈なテロを起こし、成功例に勢いづき真似してテロを計画するグループが続出する。最悪だ。

 だからテロは国家の威信をかけて完膚無きまでに叩き潰さなければならない。人質をとって要求を呑まないと殺すぞ、と脅されたのなら、要求を拒否しつつ人質を救出しなければならない。テロリストの要求を呑む事だけはありえないのだ。


 ハイジャックは馬鹿には起こせない。セキュリティを突破できないから。

 ハイジャックは賢い人は起こさない。テロの不毛さを知っているから。

 だからハイジャックは早々起きないのだが、谷岡組には賢い馬鹿がいたため起きてしまった。インテリヤクザが谷岡組の面子を守るため、月守組親分にして月夜見リーダー、月守剛を殺しにかかったのである。


 まず、谷岡組は情報屋のリーから親分の情報を買った。

 リーは親分に恩があり、月守組に割安で情報を売ってくれているが、月守組の味方かといえば全くそんな事はない。情報屋は、情報屋。金で動く中立の立場だ。

 親分の行動を把握した谷岡組は襲撃計画を練った。親分は北海道行きの飛行機の席を出発一ヵ月前の早割で安く買ったため、それを知った谷岡組は一ヵ月の準備期間を確保できた。銃を分解&偽装し、爆発物は食べ物に見えるよう加工し、匂いも念入りに除去。それを手荷物に紛れ込ませX線検査を突破。銃は機内のトイレで組み立てた。実行犯二人の他に、もしもの時のために乗客に紛れ込ませた伏兵も用意した。


 そしてそこまでして、失敗した。


 親分は目論み通り飛行機から落ちた。しかし死ななかった。瓦割りのようにビルの階層を景気よくぶちぬいて着地し、元気いっぱいにガチャガチャを回して普通に帰っていった。 

 これによって谷岡組は親分を不死身の怪物だと完全に誤解した。実際は片足が骨折して、脂汗を垂らしながら平気なフリをしてガチャガチャをやり治癒集中強化でなんとか歩けるようになるまでの回復時間を稼いでいたのだが、傍目には余裕ぶっこいているように見えた。面子をかけた殺害計画を正面から悠々と突破されたと思い込んだ。

 ちなみに荒川に不時着した飛行機に乗っていたストレンジャー達は、夜中の大事件にてんやわんやの警察がなんとか人手をかき集め駆けつける前に遁走。警察を避けるのはストレンジャーの本能だ。


 東京都心ハイジャック事件では怒涛の報道合戦が繰り広げられた。

 都心に突っ込んできた飛行機。

 それを救出し大惨事を防いだ超水球事件以来の出現となる超能力者達。

 飛行機がハイジャックによって墜落したとすっぱ抜かれ。

 犯行が谷岡組によるものだとリークされる。

 乗客の大半が偽名義の上、事故直後に逃走という珍事。

 連日連夜のスクープに、足立STビルを破壊した怪人の噂も霞もうというものだ。


 超能力者集団=天照がハイジャック事件を通して完全に東京を護る正義の秘密結社として認識されたのは嬉しい誤算だった。

 マスコミも民衆も盛んに超能力者集団を持て囃し、反対に航空会社と谷岡組をメタクソに叩いた。

 政府も今回の件でようやく重い腰を上げた。これまでは「超水球事件以来イザコザ増えたけど観光客激増で経済がうなぎ登りで景気いいからOK!」という雑な放任で、現場が死ぬほど苦労してなんとか辻褄を合わせていたのだが、テロはいくらなんでも見過ごせない。大回転する経済に冷や水をぶっかけた谷岡組を叩き潰すべく警察に圧力がかかり、再発防止のため航空便に関する新法案が検討される事になった。

 圧力をかけるだけかけて谷岡組の対処は警察に丸投げなのと、新法案についてこの期に及んで与野党で揉めまくって一向に何も決まらないのは、まあ知ってた。物分かり良く現場を考えてくれる上司とか、政治家が危機を前に対立をやめて手を取り合うとか、そんなフィクションは存在しない。ここは現実だぞ、現実!


 腰を上げるだけ上げて実質何もしない政府はとにかく、現場の航空会社と警察の熱意は高かった。

 航空会社はハイジャック再発防止のためにできる限りの対策を取ると同時に、世間で大人気の超能力者との関係を匂わせた。実際には関係など何もなくても、関係を邪推できる材料はある。ステマは一定の効果を上げ、経営状態は悪化したものの政府の補助金もあり倒産は免れそうだ。

 警察は威信をかけて谷岡組の撲滅に動いた。谷岡組は末端を尻尾切りして責任を押し付け逃れようとしたが、血眼の警察の追及からは逃げられなかった。ただでさえ月夜見の度重なる襲撃で士気が落ち、犯罪の証拠と恥をバラ撒かれ、尻尾切りを繰り返し組内に不信感が広まっていたのだから、そこにトドメを刺す形となった。


 谷岡組はもう月守組どころではない。警察の対処に精一杯で、放置していても遠からず消滅するだろう。忍者が頻繁に出没して警察の突入に合わせて金庫開け放ったり印刷した犯罪の証拠を丁寧にテーブルの上に置いたりしてるしな。クリスのサイコメトリーは過去60日の読み取りで成長が止まってしまったが、それでも情報を引っこ抜くには十分過ぎる。

 谷岡組と月守組の戦いの大局は決したと言っていい。あとはどう決着させるか、だ。











 ハイジャック事件から一ヵ月後。

 夜の月守邸の縁側に座り込んで見山からギターを習っていると、割烹着姿のババァがひょっこり顔を出した。


「夜久よ、呼び出しじゃ」

「親分?」

「いや。鏑木不動産のオーナーが、入居書類の不備について話があるという事じゃ。夜久が担当じゃろう? 早い方が良いと聞いたが今からは行けるかの」

「……お、おう。分かった、今行く」


 入居の書類は担当していないが、キーワードと話の流れで分かる。これは鏑木さんの呼び出しだ。

 行くとは答えたものの足が動かない。冷や汗が流れる。


 やっっっっべぇ……

 ハイジャックよりやべぇ……

 これ絶対叱られるやつじゃん……

 念力あってもどうにもならないやつじゃん……


 飛行機都心に突っ込ませて、ビルぶっ壊して、天照に緊急出動かけて、秘密結社のはずの月夜見をチラ出ししちゃってるもんな。派手にやりすぎた。仮にも秘密結社なのに。

 事態の収拾に動いてくれた鏑木さんの負担はめちゃめちゃデカかったはずだ。一ヵ月経ってからの呼び出しというのがまた恐ろしい。この一ヵ月、呼び出す暇も無かったという事だから。

 俺が闇の秘密結社を作り終えるまで、俺と鏑木さんの関係性を隠すため極力接触しないと決めていた。それを覆して呼び出しって相当だぞ。

 おこなの? 鏑木さんおこなの? 怖い……


 俺が恐怖に震えていると、クリスが縁側の天井の板を外し逆さまに顔を出した。


「話は聞かせてもらったよ! はいこれスーツ。鏑木不動産ってウチの組員に家ばんばん貸してくれてるとこでしょ? ばっちりキメていかないとね」


 そう言ってクリスはアイロンがけされノリの効いたYシャツとスーツを俺の膝に落としてくる。

 おいこら準備を進めるんじゃない。俺は行きたくないぞ。叱られたくない。


「あとYシャツに入ってたこの名刺なに? てんいわと? 何のお店?」

「十一歳のサル(おんなのこ)が全裸で抱きついてくるえっちなお店だ。クリス向きじゃないな」


 適当に誤魔化すとクリスは完全に勘違いしてドン引きの顔をした。闇と光の秘密結社の二度目の邂逅はこっちで調整する。今はまだダメだ。待て、しかして期待せよ。

 それより問題は呼び出しだ。


「そうだ、谷岡組が親分殺すために殺し屋雇ったって話はどうなった? 不動産よりそっちの対処が先だろ。確かエスプレッソとカプチーノって通り名の通称コーヒー兄弟で、」

「あ、それは気にしなくていいよ。そいつら今水遁の練習させてるから」

「は? ……なんで?」

「一時間ぐらい前にアタシが探して捕まえて江戸城の堀に沈めてきたから。見回りの人に見つけてもらうまで竹筒で必死に息してるんじゃない?」


 あらー……

 親分に手を出す前に忍者に始末される殺し屋かわいそう。忍者に沈められて水遁の強制練習してる殺し屋とかもうわかんねぇなこれ。

 見山は感心してギターでファンファーレをかき鳴らした。


「やるじゃねーかクリス。もう上忍なんじゃねぇか」

「やー、まだまだ。なんか月夜見も裏社会で有名になってるみたいでさー。あいつら月夜見の刺青見せつけただけで腰引けてたよね。殺し屋なのに」

「そりゃ怖いだろ。忍者だぞ、忍者」

「そう? そうだよね! 忍者だもんね、ふへへっ! どろん!」


 クリスは嬉しそうに笑い、天井裏に引っ込んでいった。

 月夜見メンバーに彫られた「蓮と月」の刺青はもう谷岡組の代紋よりも恐れられてる説あるな。谷岡組が恐れられていた分だけ、その谷岡組を叩きのめした月夜見に対する畏怖は強くなる。あの谷岡組に雑魚扱いされ片手間に潰されそうだった俺達が強くなったもんだ。


「夜久はいつまでボーっとしてんだ。さっさと着替えて行って来い。鏑木不動産には世話になってんだから待たせんな」

「あっはい」


 そして逃げ道を潰され、ババァに見張られながら着替える俺。

 畜生。


 ババァに案内された待ち合わせ場所はデパートの屋上だった。ステージと客席が設置され、何やらナイトショーが行われている。客席は半分ほど子供と保護者で埋まっていた。


「魔女っ娘♡キャロルちゃんショー?」


 看板にはポップな文字で演目と魔女の女の子の絵が描いてある。女児向けっぽい。キャロルちゃんと言えば以前俺達が谷岡組の事務所から救出した女の子だ。母親に似て可愛らしい女の子だと思っていたが、いつの間にやら子役の座を獲得していたらしい。

 しかしこういう子供向けショーは日が落ちたばかりとはいえ夜にやるものじゃないだろ、と思ってよく読んでみると、昼間は俺でも知っているような有名どころの演目で埋まっていた。なるほどね。夜間は二流三流のショーなのか。


 鏑木さんはちびっ子達に混ざり、最前列に陣取っていた。これ本物よりクオリティ高いんじゃないか、というほど見事な魔女っ娘コスプレをして、ちびっ子達と目を輝かせて楽しそうにお喋りしている。長くウェーブのかかった髪を引っ張られても怒らない。魔女っ娘ステッキで軽く頭をつついて「めっ」するだけだ。それで奔放なちびっ子達が素直に悪戯をやめるのが鏑木さんの凄いところである。本当に魔法少女好きだよな。

 やがて魔女っ娘キャロルちゃんショーが開幕し、鏑木さんは司会のおねえさんの「キャロルちゃんを応援しよう! せーの!」の後に続いてちびっ子全員を合わせたより大きな声を張り上げていたり、キャロルちゃんが怪人ヤクザドブネズミに負けそうになるとガチめの悲鳴を上げていたり、保護者達の白い目を気にも留めず誰よりもショーに熱中していた。


 ショーが終わり握手列に並んだ後、物販コーナーでグレイブステッキ限定版とシール&ペンダントセットを買って満足した鏑木さんが、屋上端で待機していた俺の方にやってくる。笑顔のままだったが、戦利品の紙袋が握りしめられぐちゃぐちゃになっている。

 いや怖い怖い怖い怖い! 半ギレどころじゃない、全ギレだこれ!


「ねぇ、私この一ヵ月ずっと四時間睡眠だったのよ」


 俺の正面間近まで来た鏑木さんは、開口一番挨拶もすっ飛ばし淡々と言った。

 逃げようとしたが、ババァに服を掴まれ失敗する。いや逃げちゃダメなのは分かってるんだ。でも逃げたい。

 泣きそう。


「朝の走り込みする暇もなかったし、シャワー浴びれない日もあったし、天岩戸にもほとんど顔を出せなかったわ。クマはできるし肌は荒れるし、中途半端な化粧で外に出ないといけなかった私の気持ち、分かるかしら」

「あ、あの……いやほんとに……その……」

「ねぇ、私は怒ってるのよ? 事後処理で総資金が九割減ったのはこの際いいわ。コネもカネも使うためにあるんだもの。確かに接触は避けると決めていたけど、ここまでやったなら連絡ぐらいして頂戴。前にもこんな事あったでしょう?」

「はい」

「謝って」

「ごめんなさい」

「許さないわ」


 ヒエッ……

 とうとう真顔になった鏑木さんに恐れ慄いていると、ババァが背伸びして耳打ちしてきた。


「ここは一つ思いっきりチューしてやったらどうじゃ。ファーストキスの衝撃でメロメロにしてウヤムヤに」

「ならないわ。私が今まで何回佐護さんのそばで時間を止めたと思ってるの?」


 しかし耳聡く聞きつけた鏑木さんにバッサリ切って捨てられた。はわわわわ!

 頭が真っ白になってもう何も考えられない。お願いだからお怒りを鎮めて下さい。鏑木さんには笑っていて欲しい。でも怒らせたのは俺なんだよなぁ! 馬鹿野郎!

 

「あの、どうしたら許して貰えますか」

「……早く帰ってきて。寂しいわ」


 鏑木さんの要求はストレートだった。

 鏑木さんは滅多に恥ずかしがらない。いつだって思った事をはっきり口に出してくれる。

 その鏑木さんが、ちょっと目を逸らして頬を染めて、「早く帰ってきて」と、「寂しい」と、言った。

 あっ、あああああああああああああ!


「ババァ確認してくれ。俺の心臓止まってない? 生きてる? 大丈夫?」

「心拍数が危険域にあるが、止まってはおらぬ。大丈夫ではないのう」


 良かった。それなら死なない内に予定変更だ。もう少しじっくりやるつもりだったが巻き進行!

 急いで谷岡組VS月夜見最終決戦セッティングに取り掛かろう。

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― 新着の感想 ―
さりげなく自白してて草 まあ時間止められるならやっちゃうか
[気になる点] ん?マジの時間よ止まれしてチュッチュしてたって事?
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