09話 スカイミッション
親分復活から三週間後。見山を除く月夜見メンバーは集団疎開する月守組の付き添いで国内線深夜便の飛行機に搭乗していた。座席のほとんどは月守組で埋まっている。
今の月守組に残っているストレンジャーは谷岡組と戦う覚悟を決めて戦っているのだが、覚悟はあっても実力が伴わない者も多い。子供、老人、貧弱くんなどなど。彼らはいくら士気が高いといってもあまりに一方的にやられてしまう。ぶっちゃけ、足手まといなのだ。
親分はそういった非戦闘員を後方に下げる事にした。宗教家時代のツテで北海道の広大な土地を割引で使わせて貰える事になり、そこに疎開がてら労働力として投入するのだ。元々がヤクザとの戦いに耐えられない奴らなのでキツい農作業は難しいが、役に立たないわけでは決してない。争いから離れてなんとか食っていければ上々だ。後継者不足で猫の手も借りたい農地の持ち主としても、最善とはとても言えないが悪くないらしい。
とはいえ就労ビザ持ってない奴らを雇用する時点で危ない橋だ。バレたら一発アウトである。知らぬ存ぜぬで押し通す事も不可能ではないのだろうが、不法労働者と知って目をつぶってくれるのは親分の人徳の為せるわざか。
親分は疎開する約百人を就職先(?)に引き渡すための礼儀として同行。
ババァはしばらく疎開組についていって北海道に逗留し通訳を担うため同じく同行。
クリスは札幌ラーメンを食べ歩くために同行。
俺は親分不在中の超絶ブラック労働の息抜きで同行だ。
一時とはいえ谷岡組戦線に穴を空けるわけにはいかないので、見山は東京で留守番。最近やっと爆音攻撃ができるようになった見山はちょっとしたマップ兵器と化している。デブで鈍重で機動力がないため単騎で攻勢をかけるのは難しいが、少しの間留守を預かるぐらいなら問題ないだろう。谷岡組は最近士気落ちてるし。
なにしろ谷岡組は親分の療養中、やる事成す事ことごとく裏目に出ていた。襲撃直前に突然の集団食中毒(?)、ガス漏れ事故、車のエンストパンク燃料漏れ、隕石落下、靴紐を踏んで転倒、黒猫集団に占拠される事務所、拳銃発砲時の故障率80%、目を離した隙に塩水に漬けられたかのように一晩で錆びるナイフ、酒を飲んだ記憶がないのに起きたら酒瓶抱えて富士山頂。
一つ一つを見れば「何か変だが珍しい事もあるもんだ」で済むが、それが尋常じゃないぐらい積み重なれば祟りと化す。親分重症を発端に始まった怪奇現象であるため、谷岡組では「墓男の呪いだ」という噂が広まり、及び腰になる組員が増え、じわじわと士気の低下を招いていた。逆に月守組は天恵だの祝福だので盛り上がっている。
この現実世界に呪いなんて荒唐無稽なシロモノがある訳ないだろいい加減にしろ!
そんなものがあったら今頃は世界の闇じゃなくて呪いと戦ってるわ!
その呪いの数々は全部手動だ馬鹿どもめ!
飛行機が離陸し、付箋を挟んだ観光雑誌を広げて北海道オススメスポットを改めて吟味していると、俺の右側窓よりの席に仲良く隣り合わせに座るクリスとババァがお菓子を交換してイチャつき始めた。なお親分は離れた席で、はしゃぐキッズ達を大人しくさせようとしている。
「ねーねー、おはぎ全部たべていい?」
「構わん、構わん。代わりにワシはどーぶつビスケットをもらうでの」
「あっタヌキとキツネは食べないで! アタシが食べる」
両隣で美味しい匂いをさせるので俺もチップスの袋を開けようとしたが、なぜかカバンに入っていない。
ふと横を見ると、いつの間に盗ったのか「夜久」とマジックで名前を書いた袋をクリスが勝手に空けて食べていた。
「おいクリス」
「あ、バレちゃった? 盗んでないよ! 略奪だからセーフセーフ!」
「アウトだろ。いやまあ一袋ぐらい別にいいけどな。まだチョコが……ないわ」
「チョコおいしい!」
こいつ……!
「てめー全部略奪する気かおい」
「お菓子だけじゃないよ、兄貴のハートも略奪しちゃうぞっ☆」
クリスはあざといウインクとピースで露骨にカワイイアピールをしてきた。
はい可愛い。金髪ポニテ美少女可愛い。
可愛いのはいいんだが、声がデカい。略奪宣言は機内に大きく響いて、雑談が止み静まり返った。エンジン音と空調の音だけが場を支配していた。
クリスは固まり顔を赤くし俯いてしまった。
「ごめん兄貴今のなし忘れて」
「ふむ、略奪愛か。これは見物じゃのう」
「ババァも忘れて?」
ババァは答えず笑った。
昼ドラ展開を期待しているババァには悪いが、俺にはもう心に決めた人がいる。ん? いや、だから略奪愛になるのか。
やめて! 俺のために争わないで!
とかなんとかアホな事を考えていると、突然ババァが目を見開いて動きを止めた。
手招きしてくるので顔を近づけると、クリスに聞こえないぐらいの小声で耳打ちしてきた。
「コックピットで銃声がした。会話から察するに谷岡組の……いかんパイロットが撃たれた」
「は?」
なんて? 銃声? ここ飛行機の中だぞ?
「これはサイレンサー付きの消音弾じゃのう。周到な準備に基づいた犯行とみた。どうする?」
「どうするって……え?」
意味が分からない。密談を始めた俺達を不審そうに見るクリスはおいておき、とりあえずコックピットを念力で盗み見る。
コックピットには四人の男がいた。操縦士と思しき男性は足から血を流し、ガラの悪いサングラスの男に縛り上げられているところだ。操縦桿を握っている副操縦士らしき男性はガラの悪いハゲの男に拳銃を突きつけられ、蒼褪めて何やらがちゃがちゃ操作している。
「嘘だろおい」
全身から血の気が引いた。
谷岡組のハイジャックだこれ!
やばい! やばぁああああいッ!
いやハイジャックそのものはどうでもいいんだ。犯人共は最悪念力でぶっ飛ばせばいいしなんなら念力で北海道まで安全確実にフライトを完遂させられる。オール念化で犠牲者ゼロはほとんど確定事項。
問題は事件が起きてしまったという事実そのもの!
あーッ! 航空会社の信頼失墜! 株価暴落! 失業者自殺者! 地獄の再発防止会議現場への負担経営悪化倒産! どんな手を使ったのか拳銃の持ち込みを許した手荷物検査係のクビが飛ぶ! 外国の国際欄にも載る大ニュース! 日本への旅行客激減! 長期に渡る多数の航空便運航見合わせ! 連鎖爆発する負の経済効果! 事態の収拾再発防止で死ぬほど働いてる警察が更に働かされ過労死! 自殺! 入院! 更に人員減って負のスパイラル! 治安悪化! 国際社会の信頼低下!
ぐああああああああ死ぬぅうううううううう!
谷岡組ィ! てめーら何やってんだボケェ! 東京都内の抗争も大概ヤバいが、ハイジャックはヤバいなんてもんじゃねーぞ!
もう吐きそう。今からでも誤魔化せないか? いや無理だ。操縦士撃たれてるしフライトレコーダーが真実を自白してしまう。
「なになになに? 急にどーしたの? 死にそうな顔してるよ?」
「胃が死にそう。助けて」
「ん、よく分かんないけど分かった。アタシが助けてあげる!」
クリスは胸板を叩いて自信満々に言い切った。
気持ちは嬉しいが、過去に遡って歴史改変でもしないと事態の根本的解決はできないんだよなぁ。
力なく笑う俺に、クリスはでも、と続けた。
「今の兄貴はダメです。月夜見四カ条違反だから。罰としてアメちゃん没収です」
「はあ?」
「光は光に、悪であれ、殺すな。最後は?」
「……笑え」
言われて気付いた。
今の俺は、笑っていない。笑えていない。
「そのとーり。アタシは笑ってる兄貴の方が好きだよ!」
そう言ってクリスは太陽のように眩しく笑った。
やばい。
浄化されそう。
この娘太陽の化身か何か?
「計画を聞こう、夜久夜久」
「何? 悪だくみ? 楽しいやつ?」
「ああ、楽しくするやつだ」
ババァが愉快そうに尋ね、クリスがわくわくしながら身を乗り出し、俺は不敵に笑って答えた。
そうだ。
学校を襲うテロリストを、テレビ局を占拠した犯罪組織を、飛行機を恐怖に陥れるハイジャック犯を。華麗にぶちのめす。
一体今まで何度そんな妄想をして一人ニヤついただろう。
御丁寧に谷岡組は妄想を現実にする機会をくれたのだ。
ハイジャックがどうした。
俺は月夜見だ。
こんなもん笑い話に変えてやるぜ!
ババァの耳が今機内で進行している事態を察知したという体でクリスに説明を任せ、ついでに連絡も頼み、俺は急いで調査し計画を練った。
現在、飛行機は進路を変え東京都上空を大きく旋回している。コックピットの谷岡組員の武装は一人がナイフ一本、もう一人が拳銃一丁と懐に菓子に偽装した爆発物らしきもの。あとは操縦席の前のごちゃごちゃした機械群に紛れるように爆弾っぽいものが取り付けられている。
高度7500mの閉鎖空間では十二分に脅威的武装ではあるが、月夜見向けに封印状態の念力スペックでも対処可能な範囲。しかし戦闘を行うには一般乗客が多すぎる。跳弾流れ弾で死者を出す訳にはいかない。
えー、だからやるべきは一般乗客をバリアで覆うのと、操縦士の止血も必要か。あとは親分に事態を知らせて……
「ぅおっと待った」
俺は思考を中断し、後ろの席から立ちあがり前の方に行こうとしたひょろっとした男性の服を掴んで止めた。
あぶねぇ。今からコックピットに近い前の方で筋肉モリモリマッチョマンによる鉄拳制裁劇を始めるんだ。危険ですのでお下がり下さい。
「なんですか?」
「すみません、これからちょっと危ない事が起きるんですよ。席に戻って座ってた方がいいと思います」
忠告を聞いたひょろ男さんはサッと顔色を悪くした。酸欠の魚のように口をぱくぱくさせ――――
――――俺の胸倉を掴んで立たせ流れるように後ろから締め上げ首にナイフを突きつけてきた。
「おっわ!?」
「大人しくしろ! 殺すぞクソが!」
豹変して耳元でわめきちらすひょろ男さん改め三人目のハイジャック犯。
びっっっっっっくりした! 全然気づかなかった。
しかしそうか、なるほど。実行犯の他に見張り役を用意していたのか。俺の忠告でハイジャックがバレてると気付いて俺を人質にしたわけだ。賢い。よりにもよって俺を人質にしてしまったという最悪の過ちを除けば最善手だ。
あと大人しくするのはお前の方だからな?
急にナイフを突きつけてくるから危うく咄嗟に念力で吹き飛ばすところだった。目の前に突然突っ込んで来た虫を反射的に振り払うようなものだ。
お前アレだぞ、俺がギリギリで自制してなかったら今頃機体の壁を突き破って粉々通り越して血煙になりながら成層圏の彼方だからな。犯人に優しい人質で良かったな!
ハイジャック犯の存在に乗客と搭乗員達が気付き、悲鳴が上がった。
ババァもそれに合わせて自然な悲鳴を上げているが、絶対内心爆笑してるだろ。
瞬時に伏せてハイジャック犯から見えない角度に入ったクリスはそろそろ中忍認定してもいいかも知れない。
状況は立て続けに動いた。
親分が険しい顔で立ち上がり、コックピットから見張りを一人残し操縦士を縛り終えた拳銃ヤクザが戻ってくる。
親分が人質に取られた俺を見て一瞬驚いた後、呆れ顔をする。俺は「拳銃は防げるがライフルは無理」程度の強度のバリアを張れる事になっている。命の危険に晒されているのはむしろ俺を人質に取っているひょろヤクザの方だという事を親分はすぐに把握した。
その親分も背後で鳴った銃声には驚いた。
「静かにしろ! この飛行機は乗っ取ったッ! 黙らねぇと殺すぞ!」
怒声を上げるハイジャック犯だが、全く静かにならず、むしろ銃声で悲鳴と動揺は大きくなった。泣きだす子供や半立ちになって逃げればいいか伏せればいいか迷う者も多い。犯人の言葉を無視しているわけではない。日本語がよく分からないだけだ。
月守組は外国出身ストレンジャー集団という事をお忘れらしい。活舌良く簡単な言葉で分かりやすくゆっくり喋らないと伝わらないぞ。
殺すと脅しているのになぜ大騒ぎするのか理解できず苛立つ犯人が二発目を撃つ前に、ババァが席の上に立ち多言語で叫んだ。十数通りの翻訳が行われるたび、機内は段々静かになっていく。やがて機内は静まり返り、ババァは犯人に向けて「無能め!」と言わんばかりに舌打ちをして座った。あんまり挑発してやるなよ。
拳銃男は咳払いして銃口を親分に向け、何事も無かったかのように宣言した。
「よぉ墓男。動くな、動くなよ。コックピットは制圧した。何かしようとすれば後ろの男は死ぬ。飛行機も都心部に真っ逆さまだ」
現在位置は飛行機の先頭から、
コックピットに縛られた操縦士・脅迫されている副操縦士・ナイフ使い。
客室先頭付近に拳銃使い・親分。
客室後部の座席にババァ・その座席の陰にジャケットを着たまま中の黒Tシャツを脱いで覆面に換装中のクリス。
客室後部の通路に俺・俺の後ろから首にナイフを当てているナイフ使い②。
俺はどうにでもなるが、コックピットを制圧されているのはまずい。
念力は見えている場所にしか使えない事になっている。今の位置からはコックピット内に視界が通らず、副操縦士は助けられない。
俺が微妙に首を横に振ると、親分はしかめっ面で微かに頷いた。
「貴様らは谷岡組だな。目的はなんだ」
「ハッ! テメーをぶっ殺すために決まってんだろ。おい! ギターデブ! 忍者! 念力野郎! いるなら聞け! 変な動きがあれば即! この飛行機を爆破するッ! 大人しくしてろよ! テメーらは降参すりゃあ俺達が使ってやる!」
ははぁ。さてはまだ親分以外の正体は掴めていないな?
拳銃と爆発物の持ち込み、コックピット制圧、客席に置いた見張り役と臨機応変な対応。かなり練られた計画的犯行ではあるが、完璧という訳でもないらしい。
親分は両手を上に上げ、降参のポーズをとった。
「話は分かった。俺の命が目的ならさっさと撃ち殺せ。その代わり他の乗客に手を出すな」
「はん! ふざけろ、てめーがしこたまタマ喰らっても死なねぇ怪物なのは分かってるぜ」
拳銃男に鼻で笑われ、親分は顔を歪めた。バレてる。
大銃撃戦から元気に走って逃亡し、高速復帰すればバレもするか。
銃撃戦をやった時も既に弾丸ダメージを軽減する強靭さを得ていた親分だが、療養中のムキムキン応用訓練により、強化率を集中する事ができるようになっている。筋力を据え置きにする代わりに回復力を更に上げたり。回復力を犠牲にして筋力を更に上げたり。強靭性強化に特化すれば拳銃は余裕で完全無効化できるほどだ。シンプルに強い。
「だからこうする」
そのあたりの経緯と理屈を谷岡組は知らないだろうが、解決策は正しかった。
親分に拳銃を向けたまま機内の横の壁に菓子に偽装した爆弾を設置。タイマーを設定して距離を取り、座席にしがみつきながら爆破した。
轟く爆音と吹き荒れる強風でパニックが再発する。猛烈な勢いで座席から吹っ飛び風穴に吸い込まれ放り出されそうになった乗客を念力で捕まえ席に戻していると、不吉なアラートと共に座席の天上ががしゃんと開き酸素マスクが降りてきた。すげぇ、こういうの映画で観た事ある! はしゃぎたいところだがそんな場合じゃない。
大騒ぎの乗客を威嚇射撃で黙らせ、拳銃ヤクザは風穴を顎でしゃくって示し言った。
「飛び降りろ。てめーだけ死ぬか、飛行機まるごと市街地に突っ込んで何百人か巻き添えにして死ぬか。好きな方を選ばせてやる」
ひゅーっ! エグいエグい。アメとムチならぬ、ムチとムチだ。嫌な二択を突きつけてきやがる。
高度7500mからパラシュートもなくフリーフォールしたらそりゃミンチになる。射殺や毒殺よりずっと確実だ。親分が見せつけてきた超人性が、谷岡組をしてここまでしなければ殺せないと思わせたのだろう。
ふむ。
ごちゃごちゃやっている間に飛行機全体の走査完了。
武器を持っている乗客、つまり谷岡組は今動いている三人のみ。
残りの爆弾はコックピットのものだけ。
三人を制圧して爆弾を処理すればこのハイジャック事件は解決できる。
スタイリッシュ解決法を考えていると、足元で覆面をつけ終わったクリスが俺の足元にチョコのカケラを投げて合図してきた。手鏡を見せ、しきりに投げるそぶりをする。
なるほど? OK、それでいこう。クリスがコックピットへ手鏡を投げ、手鏡を中継して視界を通し副操縦士を救出&爆弾を処理。鏡の角度や飛距離の微調整は念力でできる。あとは親分が無双して終了だ。
よし、ではタイミングを見て――――
「分かった飛び降りよう」
ん?
「素直だな……何企んでやがる」
親分、なんで穴に向かって歩いてるんです?
「何も。ただ、一人で落ちるのは御免こうむる。せめて一人巻き添えが欲しい」
待って? 死ぬよ?
「そうかよ。勝手にしろ」
「ああ勝手にする。だからお前も道連れだ。後は任せた!」
「ぉえっ? 俺!? おまっ、ああああああぁぁぁぁぁぁ……!」
親分は拳銃男の襟首を掴み、夜空へフリーフォールを敢行した。拳銃男の悲鳴がドップラー効果を起こしながら消えていく。
お、おやぶーん! なにやってんの! なにやってんの!
「死んだな。馬鹿な野郎だぜ」
「クソッ! 本当だよ畜生。仕方ない、俺達も馬鹿になろうぜ」
俺は首元のナイフを手で掴んでへし折り、何やら勝ち誇ってほざいている背後のナイフ男を背負って大穴へダッシュする。
今、会いに行きます。
「は? おいちょっ待て待て待て待てあああああああああああああ!」
「後は任せた!」
俺も親分に倣って大空へ後追いフリーフォールを敢行した。
お手てを繋いで、アイ、キャン、フライ!
「ああああああああああああああああああああああああ!」
「おお、星空がすごい!」
「死ぬぅううううううううううううううううううううう!」
「見て見て、雲が下にあるわ! すごーい! 月がきれー! ロマンチックー! ……お前もそう思うだろ! なあ! そうだろ!!!」
「嫌だぁあああああああああああああああぁぁ……ぁ……」
「ほらスカイダイビング楽しいって言え! ……ん? あっ! こいつ気絶しやがった!」
貧弱ヤクザは白目を剥いて気絶してしまった。
はーやれやれ。パラシュート無し7500mフリーフォール程度で気絶するとは情けない。
お前らが乗客に強要しようとしていたのはこういう事なんだぞ。死ぬほど怖いし実際死ぬ。
体感して、反省しろ。
スカイダイビングは風と風の音が猛烈に強かった。気絶したナイフ男は風圧で顔が歪んで芸人の変顔みたいになっている。あと落下速度が思ったより速い。何もしなければ二、三分で都心の高層ビル群のどれかに衝突して赤いシミになりそうだ。
落下しているはずなのに感覚的には下から吹き上げてくる風に乗っているようで、俺は念力で補助しつつ風に乗って少し離れた下方にいる親分&拳銃男のチームに近づいた。
近づいて分かったが、拳銃男はなかなか肝が据わった奴らしく、唐突のスカイダイビングを強制されてもまだ拳銃で親分を狙って発砲していた。
だが当たる訳もなく、マグレ当たりしたらしい一発も親分の二の腕に弾かれ火花を散らしノーダメージ。つよい。強靭強化つよい。
拳銃ヤクザを靴を投げつけ怯ませた隙に近づき締め堕とした親分。その横に俺がつけると、親分は目を見開いて風の音に負けないよう怒鳴った。
「おいなぜ来た! 後は任せるっつったろうが!」
「クリスとババァが残ってる! もう大丈夫だ、親分は死なせない!」
「何言ってんだお前! 元から死ぬつもりなんざない!」
「えっ」
あ、そうなんです?
俺はてっきり自分が犠牲になって乗客を助けようとしたのかと。
「強度集中させれば足一本潰すぐらいで着地できるはずだ!」
「はず!? 7500mだぞ! 無茶だ!」
「無茶でもやるしかねぇだろ! 飛行機爆破されるよりマシだ!」
んん!
それは、まあ。
密かに動いていたクリスが見えていなかった親分は手詰まりに感じていたのだろう。機内でバンバン発砲しやがるから、時間をかけると誰かが殺される可能性もあった。
しかし親分は硬化で助かっても、道連れにしたヤクザくんはどれだけ上手く背負っても着地の衝撃が伝播して死んだ気がする。いやそこは突っ込まないでおこう。
「やっちまったモンは仕方ない! そのまま動かないでくれ、全員まとめて念力で減速して軟着陸する! そうすりゃ足も潰れねぇ!」
「お前は一人かいいとこ二人までしか支えられないだろ! 四人だぞ!」
あっ……!
しまった、そういう設定だった。めんどくせぇ! 誰だこんな面倒臭い縛りかけた奴は! 俺だ!
「……さっき隠された力に目覚めてパワー上がったから大丈夫だ!」
「馬鹿野郎そんな都合の良い話があるか! できない事は素直にできないと言え!」
「あっはいごめんなさい」
そうですよねー!
凄い説得力! 反論できない!
ピンチで秘められた力に目覚めるなんて都合の良い展開が許されるのはフィクションの中だけですよ。
現実では訓練通りの力しか出せない。
誰だよ夜久がもう成長限界来てて訓練しても意味ないってクソ設定作った奴は! 俺だ! 馬鹿ッ!
「俺はコイツと自分をなんとかする! 夜久は自分とそいつの事だけ考えて着水――――」
親分の言葉の途中で、急降下中の飛行機の機体の頭、コックピットのあたりが火を噴いたのが見えた。
ほげぇえええええ!
クリスお前ーッ!
爆弾処理失敗してんじゃねーか!
念力で確認してみると、副操縦士は助けられ残った最後のヤクザは釣り糸で拘束されていたが、コックピットに二個目の風穴ができていた。
親分も煙を上げて落ちていく飛行機に気が付いた。顔を蒼褪めさせる。
「いかん! 夜久、向こうが優先だ! 助けて来い! こっちはこっちでなんとかする! 行け!」
「ちょっ」
俺は親分に突き飛ばされ、飛行機に向けて飛んでいく。俺は咄嗟に気絶したヤクザ二人も念力で引っ張った。
いや、親分さっき自分で「夜久は人を一人か二人支えるだけで精一杯」って言ってただろ。夜久夜久に墜落する飛行機をどうこうする力はないぞ。流石の親分も大惨事の前触れに焦ったようだ。
……いや、大丈夫なんだけどね。
大惨事は前触れだけで終わりです。
なんのためにババァに連絡しておいてもらったかという話で。
ハイジャックを笑い話で終わらせる、というのは嘘じゃない。
流石に笑い話にはできないかも知れないが、惨劇だけはあり得ない。
なぜならば。
この街には!
世界の闇と戦う秘密結社がいるからだ!!!
俺がヤクザ二人と一緒に荒川に着水し空を見上げると、夜の東京都心に向けて突っ込んでいく飛行機の機体の下に、突如白く長くカーブするレールが現れた。そのレールは飛行機の直滑降機動を徐々に緩やかに変えていく。機体の下には忽然と現れた一人の青年が取り付き、銀色の腕甲から冷凍ビームを放出し見事にレールとそれを支える支柱を描き作っていた。
機体の機首には同じく前触れもなく現れた一人の少女が取り付き、背中の銀色の翼からロケット噴射のような強烈な炎を、全身からはそれより二回りほど小さな姿勢制御の炎を放出し落下速度を殺している。完璧に制御された炎は大穴の空いたコックピットで唖然としている覆面忍者に熱気を全く届かせない。
やがて白いレールが完成し、荒川に着水するコースが出来上がる。そして、川面に浮かぶ数隻の屋形船が次々と瞬間移動して安全な位置に接岸されていく。屋形船の上には、スタイルの良い一人の女性が夜風と月光を浴び銀色の杖を持って立っていた。
彼らは全員、漆黒の戦闘スーツとフード、仮面で正体を隠していた。
すごいぞ、ぼくらの秘密結社!
匿名の通報を受け、東京の危機に駆けつけてくれたんだッ!
それは時間にして数分の活躍劇だった。ほぼ完全に勢いを殺された機体はレールに沿って荒川に無事着水。機体を固定するように水面が凍り、岸へ氷の橋が伸びる。それを見届けると、謎の黒服集団は現れた時と同じように前兆もなく掻き消えてしまった。
数拍起き、機内では歓声が爆発した。未曾有の大惨事になるかと思われた事件は、一人の死者も出さずに終わったのだ。
(完全人工の)奇跡はここにあった……!
念力で視ていたが、単身落着した親分も無事だ。有言実行、流石である。
あとは警察が来て不法滞在者集団密航がバレる前に逃げるだけだな!
♯
足立STビル一階フロアのフランチャイズ店「ラーメン ダルメシ庵」に勤める柴田(32)氏の口述記録を記す。
質問者の台詞は省略する。
「ちょうどね、夜のピークを過ぎて客がハケてきたとこでしたね。あの日はバイトがバックレやがったもんでずっとワンオペしててもうすんごい忙しくて。ようやく一息つけるってんで食器下げてたんですよ」
「そしたらなんか外が騒がしいじゃないですか。なんだなんだ事件か、でも店空けて見物しに行く訳にもいかんわなあ、なんて思ってたらですね、その……」
「ええ、ドーンとね。落ちてきました。人が」
「最初は土煙がすごくてよく分からんかったんですが、ヒーローみたいなポーズで着地キメた後、慌てて服脱いで、それ巻いて顔隠してましたよ。見られちゃまずい顔してたんでしょうね。分かりますよ」
「あー、えーと、服脱いだでしょ? 当然上半身見えるわけですよ。全身のすごい傷までくっきりね。詳しくないですけど、クマに襲われたってああはなりませんよ。ありゃもう間違いなくカタナ傷と銃創ですよ」
「なんなんだこの人って思いますよね。本当に人か? って。私も思いました。で、上見たらビルの一階なのに夜空見えるじゃないですか。まっすぐ空まで穴空いてるんですよ。あ、この人、屋上から七階全部ぶちぬいて落ちてきたんだな、やばいな、って」
「それでこっからがもっとヤバいんですよ。その人がその後なにしたのか」
「なんとね、スッと立ち上がってね、店の前に置いてた恐竜のガチャガチャやって普通に歩いて帰ってったんですよ!」
「あの瞬間、得体の知れない怪物人間から一気にガチャガチャおじさんになりましたもん。ずるいですよあんなの」
「ま、よくわかんないですけど、ガチャガチャやりたくて急いでたんじゃないですか? できれば入り口から入ってきて欲しかったですけどね」
「いえ文句はないですよ。匿名で店二回建て直せるぐらいの義援金貰いましたしね。篤志家っているもんですね」
以上。
情報屋 Sound on Lee




