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08話 谷岡組の逆襲


 親分の病床として急遽スペースを空けられた月守邸の一室は、夜中でも月守組の見舞客が途切れる事は無かった。むしろ夜型生活をしている親分に合わせ、夜の方が人が多い。

 見舞客はほとんど必ず差し入れを持ってくるため、部屋は見舞品で埋まりベッドまで侵略している。本、アクセサリ、押し花、果物、おもちゃ、カレンダーをはじめ、ババァが持ってきた立派な鉢植えもある。病気が「根付く」という連想から日本で見舞の品に鉢植えは失礼とされているのだが、そんな細かい風習までは知らなかったようだ。まあ日本どころか地球に来て二年も経っていないのだから仕方あるまい。

 そもそもストレンジャーは皆自国での定番見舞品を持ってくるからラインナップは無茶苦茶である。病人に安酒を渡す奴すらいる。常識が違うというより常識が無いだけの気もするが、まあ非常識を求めて日本にやってきたストレンジャーだしね。


 親分を治癒PSIドライブで瞬間完治すれば見舞攻勢も無かったのだが、ババァが密輸してきた治癒ドライブ……メタリックな銀色の猿の手の形をしたアーティファクトの使用を親分は拒絶した。曰く、そういうトンデモアイテムは致命傷を負った時のためにとっておくべき、との事だ。

 グウの音も出なかった。


 月夜見VS谷岡組の抗争は半マッチポンプだ。俺が丁度よさげな襲撃先を選定し、念力でこっそり補助して最悪の事態にならないように見ているが、そんな事など知らない親分、見山、クリスは毎回死を覚悟していて、ヤクザ共は本気で俺達をぶっ殺しに来ている。

 治癒PSIドライブの動力源はイグの血で、イグは手乗りサイズの猿であり採血できる量は少ない。更に採血した血は三ヵ月経つと劣化してPSIドライブの燃料として使えなくなってしまう。治癒PSIドライブは本当に貴重なのだ。

 従って、別に後遺症が残るわけでもなく、すぐに動かないといけない訳でもないのに、そんな貴重な回復アイテムを使うんじゃない、という指摘は全く正論だ。DDでなんとかなる負傷ならばDDになんとかさせるのがベスト。これからも抗争は続き、いつ生死の淵に立たされ奇跡が必要になるか分からないのだから。


 ところで、DDは医師免許こそ持っていないが腕は非常に良い。親分の手術ではそのDDをして予測不能な事態が起きた。

 輸血に伴う能力一時習得だ。

 親分は全身に銃弾を喰らった状態で月守邸に戻ったため、かなりの血液を失っていた。親分・俺・見山はB型で、クリスはA型、ババァは人間ではないから、見山と俺が輸血用に血液を抜いた。まず見山の血液が親分に輸血されていったのだが、そこで問題発生。親分が電波の入りが悪いラジオのような雑音を出し始めたのだ。

 DDはそりゃもうビビった。手術室にはラジオもテレビもない。にも拘わらず人間雑音ラジオと化した親分。怪現象である。


 しかしそこでDDの頭のおかしさが役立った。音が出るだけで他に何も起きない事に気付くと、すぐに冷静になった。手術を続行しながら、見山の血液の輸血が進むほど音が大きくなる事を解明。更に、輸血を止めると時間経過で段々音が小さくなっていく事も突き止め、輸血量に応じて一時的に親分はラジオになり、時間経過でラジオではなくなっていくという事実を導き出したのだ。出した結論は「医療行為に支障なし」。

 超常現象を目の当たりにしてなぜそこまでクソ冷静なのか。やっぱりストレンジャーには頭のネジ外れた奴しかいないな。


 見山は前々からDDに輸血用の血液を献血していたが、今まで見山の血液を輸血された患者が人間ラジオになった事はなかったという。

 今までの患者と親分の違いは、超能力者であったか、そうでなかったか。

 つまり超能力者に超能力者の血液を輸血すると、一時的に血に応じた超能力が身につくのだ。親分が壊れたラジオになっていたところから察するに、身につきはしても暴走気味になるようだが。親分の血をちょっと注射器で抜いて見山に打ったら、三分間ものすごく動けるデブになって最終的に大ジャンプして天井に突き刺さっていたし、一般人に打っても何も起きなかったから間違いない。一般人に超能力者の血液を輸血しても、パワーの受け皿的な物が無いからダメなのだろう。


 超能力者の血液利用に詳しい有識者のBBA氏(仮名)をお招きして意見を伺ったところ「そういう事も起こり得るじゃろう」とのお言葉を頂いた。血液がPSIドライブの燃料として使えるのだから、輸血による一時的能力移植が起きても不思議ではない。

 PSIドライブのような複雑な機械無しで能力を他人に貸せる利便性がある一方で、血を飲んでも意味はなく注射器が必要、血液型次第では輸血できない、輸血しても数分から十数分で効果が消滅する、など、一概に上位互換とはいえない。


 輸血で超能力を覚醒させたり、多重能力者になれたりすれば楽しかったのだが、そううまくはいかないようだ。血液注射打って一時的に能力獲得ってなんか危ないクスリでもやってるみたいだ。素人がお注射すると感染症も怖いし。血管に空気入ると死ぬって聞いた事もある。

 やだぞ、惑星破壊級最強念力使いが血液を自分で注射して血管に空気入れて死んだ、とか。こわぁ……

 超能力の新しい一面を知ったのはいいが、あまり役には立たなさそうだ。鏑木さんに念力式通信で報告だけ上げておこう。


 さて、そんなこんなで親分が治るまでしばらく暇になった。親分抜きで谷岡組襲撃はキツすぎる。しばらくカチコミはオヤスミである。

 俺達が元気に谷岡組とドンパチした甲斐あって、ここ一ヵ月で月守組は息を吹き返した。

 谷岡組に今まで難癖つけて巻き上げられた金を分捕り返し、借金返済。ぶっ壊れていたテントは直り、節約のためダウングレードしていた配給食は通常のものに復帰。連続で襲撃を受け一方的にボコられメンツ丸潰れの谷岡組が下手人探しに血眼になっているおかげで、月守組傘下の店舗に嫌がらせをする余裕もなく、全体的に景気が上向いている。

 ババァ提案の新しい二種類のシノギも上手く行っているらしい。


 一つは大人のオモチャ販売だ。空き缶を加工し変形合体ロボを作成、一体三万円~という子供には手の出ない高価格で売りさばいている。

 原価はゼロ円。手先の器用な人員を集め、部品毎に分担して加工。ババァ監修。主に模型店に置かせてもらったところ、店主と客が取り合うほどの人気になっているらしい。なんでも異国情緒漂うSFデザインがグッと来るとか。SF世界出身のババァの感性が役立った。


 もう一つは密造酒。ハチミツに水を混ぜて1~2週間放置するだけでアラ不思議! ハチミツ酒ができているじゃありませんか! 脱法ハーブを加えババァが目利きした酵母を添加して作った黄金色の蜂蜜酒は正気が揺さぶられるほどの天上の美味で、公爵や社長伝いに高級レストランに売り込み一本五十万円というアホみたいな値段で捌かれているという。原価千円がたった十日ほったらかしにするだけで五十万に化けるのだから笑いが止まらない。バリバリの酒税法違反という事を除けば完璧だな!

 アルコール度数1%以上の酒を許可なく醸造した場合、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられると同時に、製造された酒類、酒母、もろみ、原料、副産物、機械、器具又は容器を強制没収だ。キツい。


 酒類製造免許を取得して正式に醸造すればいいのだが、ストレンジャーは違法滞在者だからそんな免許を取れるはずもなく、親分や見山などの日本国籍持ちが名目上取得しようとしても、二人とも前科持ちのため審査が通らない。密造するしかない。バレると死ぬが違法行為は今更だ。

 ちなみにババァは黄金色の蜂蜜酒を開発する途中で高価な薬草をそうとしらずむしゃむしゃ食べ、おしおきで押し入れに一日閉じ込められたらしい。ババァはたまに街路樹の葉っぱ食ってるもんな……口寂しいとつい食べてしまうのだ。草食動物め。











 親分のムキムキンは自己治癒能力も上がるらしい。完治まで二ヵ月というDDの見立てに反し、五日で動けるようになり、一週間で歩き回れるまでに回復していた。

 めでたい。

 そして谷岡組に親分が墓男だとバレた。いくら顔を隠し墓石で印象を塗りつぶしても、八回もカチコミかけた挙句激しい銃撃戦の後に谷岡組に反抗的で体格が似通ったマッチョマンが自宅療養に入り表に出無くなればバレもする。

 やばい。

 盆と葬式が一度に来やがった。


 いつまでも隠し通せるとは思っていなかったが、想定よりも早かった。

 ヤクザは基本的に勉強ができず社会に馴染めなかった者が落ちる。ざっくり言うと、バカだ。あるヤクザの組の組長が襲撃されたと聞いた組員達が、血眼になって一昼夜顔も名前も所属も何一つ知らないカタキを探し回ったというバカにもほどがある実話があるほどバカだ。

 谷岡組が劣勢になった頃にようやくバレる見込みで、そこからならバレても一気に最後まで押し切れると考えていたのだが、バカの中にマシな奴らがいるらしい。

 まあ本当にバカしかいなかったら組織として立ち行かない。前回襲撃の時の格闘ヤクザといい、下っ端はとにかく幹部格はそこそこ頭が回るようだ。


 墓男の正体に気付いた谷岡組は、早速親分擁する月守組全体を敵と見なし、以前より更に酷い攻撃を始めた。嫌がらせではなく、報復が始まったのだ。

 流石に無差別に殺す事まではなかったが、誘拐、暴行は当たり前。店舗にガソリンを撒いて放火までしてきた。

 谷岡組の報復を受け、月守組は割れた。

 即ち、逃げるか、戦うか。


 ストレンジャーはそもそも違法滞在者であり、社会不適合者だ。厳しい表現をするなら犯罪者だ。その犯罪者に手を差し伸べ身銭を切り体を張って助けてくれた親分を、身の危険が迫るや否やあっさり裏切り見捨てて逃げる奴は全体の二割ほどだった。

 そりゃあ、誘拐は恐ろしいし、暴行も放火も怖いだろう。逃げたくもなるだろう。だが、そこで本当に逃げてしまった奴は人として失格だ。無計画な来日が原因の自業自得で飢えていた時にもらったスープの味を、体を張って暴力団員から守ってくれた親分の背中を我が身可愛さに都合よく忘れたのだ。

 月守組は互助組織である。一方的に助けてもらっておいて危険が迫った途端に逃げる奴は月守組ではない。親分は去った者は追うな、とだけ通達し、見山は雲隠れした構成員を名簿から削除した。


 一方で逃げなかった八割は谷岡組への徹底抗戦を決め、腹をくくった。生き残るにはそれしかなく、そしてそうするだけの恩義が親分にあった。


 月守組は寄る辺の無いストレンジャーの家だ。家出しても行く場所などない。ストレンジャーは計画性が無いが、行動力はある。

 戦う意志を固めた月守組は強かった。

 フライパンに植木鉢、酒瓶、持てる物をなんでも使って谷岡組の暴力に全力で抵抗した。何もなければ拳で。拳がダメなら足で、それもダメなら噛みついた。

 ストレンジャーを弱者とみなしていたぶる気満々だった谷岡組の下っ端達は思わぬ反撃に動揺した。不退転の覚悟を決め、第二の故郷を守るため死に物狂いの月守組と、ヤクザの代紋をかさに着て威張り散らす事に熱心な下っ端では士気が違う。民芸品を売っているハンナおばあさん(62歳)ですら、「てめぇぶん殴られてぇのか!」と恐喝する下っ端の顔面に拳を叩き込んで返事をしたぐらいだ。


 俺はというと、反撃のサポートで念力をフル稼働して死にそうだった。


 あっちで殴り合い、こっちで誘拐、そっちで銃撃。

 東京全域で谷岡組と月守組がぶつかるせいで、ブラック会社の社畜時代を上回るおっそろしい忙しさを味わう事になった。

 ババァと一緒に月守邸の一室にこもり、東京全域の地図を広げて駒を置く。情報屋のリーに大金を払って得た情報を元に、ババァがどこで何が起きているのか把握し、それに基づいて俺が念力で適宜救援を入れる。

 東に刺されて倒れた奴がいれば念力で傷口を縛り止血して救急車を呼び。

 西に誘拐されている奴がいれば車のハンドルを「故障」させ警察署の前まで念力式自動走行させ。

 南に士気旺盛過ぎて一人で事務所に殴り込みをしようとしている奴がいれば突然の隕石を目の前に落とし逃げ帰らせ。

 北に捕まって拷問されそうになっている奴がいれば拷問役の指を全部折って縄を解いてやり。

 月守邸に親分の命を狙いに来るヒットマンが来ればたぶん緊張とストレスとかそんな感じの何かが原因の胃を内側からつねられたような痛みを味あわせ追い返し。


 コーヒーがぶ飲みで、トイレに行きながら念力、食べながら念力、やっと寝る時間ができたと思えばババァの急報で叩き起こされる。風呂に入る暇なんてない。

 超能力もなく喧嘩の経験もないのに、暴力団員に絶対に屈しないというその心構えは本当に素晴らしい。が、俺が過労死しそうで本当にやめて欲しいとも思ってしまうジレンマ。

 外道ヤクザに立ち向かう任侠ヤクザ(?)! 映画か小説のような題目だ。字面だけなら心躍る。

 だが、現実には俺のサポートが無ければ死傷者多数かつ山のような惨劇が起きてバッドエンド一直線だ。一日平均放火2件・銃撃3件・刺傷8件・誘拐12件+αとかマジやめて。警察も働け! と思うが、警察は警察で谷岡・月守抗争以外の事件でいっぱいいっぱい。先だっての大銃撃抗争に特別捜査本部が設置され人員が割かれていたりするので何も言えない。


 とにかく。

 谷岡組構成員は二万人。

 月守組構成員は脱落者が出たため六百人弱。

 戦力差三十倍以上。勝てない。事務所を八つ潰していてもまだ勝負にならない。だから秘密結社月夜見を結成して闇討ちを繰り返していたというのに。


 唯一の救いはここまで月夜見に散々おちょくられボコられてメンツを潰された谷岡組が「ケジメをつける」事に拘っている事だ。

 谷岡組の手で親分を始末し、月守組を潰す事を堅く決めているため、警察に親分=墓男の情報をリークされていない。もっとも情報が漏れたところで警察が信じるかといえば怪しいところ。秘密結社月夜見は依然秘密結社のままだ。秘密といっても公然の秘密だが。


 表向きには俺はただの記憶喪失おじさんで、裏向きには人を一人か二人持ち上げるのが精いっぱいの念力使い。主戦力である親分の復活を待たないと反撃に転じる事はできない。もうめんどくせーから念力で全部薙ぎ払っちまえよという悪魔の囁きが消えない。ここまできてそんな唐突な結末はない。

 親分!

 頼むから早く復活してくれ!

 俺が過労死する前に!













「俺、小林春木です! 高三です! オス! 俺を舎弟にして下さい! おなしゃす!」

「帰れ」


 俺は目の前で頭を下げる茶髪の青年に心の底から言った。

 親分快復祝いパーティー直前の事だった。髪をシメジのように茶色に染めた青年が緊張した様子で月守邸の敷居をまたいでやってきて、買い出しに行っている見山の代わりに飾り付けを取り仕切って指示を出していた俺に頭を下げてきたのだ。


「ウチはヤクザじゃない。ストレンジャー互助会だ。舎弟はとってない」

「でも谷岡組に一歩も引いてねぇって聞いてます! 俺の憧れっす! お願いしますなんでもしますから!」


 きみ話聞いてた? 「ストレンジャー」互助会なんだって。ヤクザでもないんだって。日本の高校生が来るとこじゃないんだよ帰れ。というか高校生も知ってるぐらい谷岡・月守抗争は有名になってるのか。

 親分が完治してやっと二週間の地獄のサポート苦行に一区切りついたところなんだから厄介ごと持ち込まないでくれ。良い子だから。今から久々の息抜きなんだよ。頭を休ませてくれ。頼むから。


「なんでもするなら帰ってくれ。疲れてるんだよ」

「あっ、ひょっとして抗争帰りとかすか!?」

「ちげぇよ。いいから帰って寝ろ。今何時だと思ってんだ」


 抗争「帰り」じゃなくて現在進行形なんだよ。今やってるんだ。五秒前に新宿の谷岡組事務所でガス漏れ騒ぎを起こして月守邸襲撃計画を中断させたところだ。疲れる。

 ……まあ、仮にも非日常に首を突っ込みに来たその姿勢は買う。なかなかの行動力だ。だが今は構っている余裕がない。

 追い返そうとする俺と食い下がる小林くんで問答していると、邸宅から庭に出てきた親分が盛大なクラッカーで出迎えられた。俺も慌てて持っていたクラッカーの紐を引き、ワンテンポ遅れた音を出す。

 歓喜のオヤブンコールに親分は笑顔で手を振って応え、そしてそこに小林くんがガチガチに緊張しながら手と足を同時に出して歩いて行き、土下座した。


「親分! 俺を舎弟にして下さい! 男、小林春木! 一生の頼みです!」


 小林くんの一世一代の土下座は親分以外に特に注目もされなかった。クラッカーから始まる飲めや歌えの大騒ぎに完全に呑まれてしまっている。

 親分はきゃあきゃあ笑ってまとわりついてくるキッズ達を肩車してやりながら、小林くんの前に膝をついて座り、顔を上げさせ厳つい顔と裏腹に優しさがにじみ出る声で言った。


「男が一生の頼みをこんなところで使うもんじゃない。なんで月守組に入りたいんだ? ワケを話してみろ」


 親分が頼みを否定せず尋ねると、小林くんは事情を語った。

 要約すると、親が家業を継げとしつこいので、嫌になって家出して、大人物で男気溢れると噂の月守組の親分を頼ってきたという。

 家出して行く先が友達の家でも親戚の家でもなくヤクザ(ヤクザではない)の本宅ってすげーなこいつ。なかなか度胸がある。

 俺は感心したが、親分は不愉快そうにした。


「お前、なんでこんなところにいるんだ。さっさと家に帰れ」

「え」

「家で親御さんが待ってるぞ。帰る場所があるんだろうが。帰れるんだろうが。帰れ」

「は、え、いや、でも、あんなとこ家じゃないっす。ここに置いてください!」

「ダメだ。お前は親御さんに出て行け、と言われたのか?」

「言われてません。でも、」

「言われてないなら帰れ。帰って、もう一度親御さんと話してみろ。本音で、本気でな。それで家を追い出され帰る場所が無くなったんなら、その時はここがお前の、小林春木の家だ」

「…………」

「分かったなら、いけ」

「……はい」


 親分の大きな手に頭を撫でられた小林くんは、涙声で頷き、立ち上がって深々と礼をして去って行った。

 それを見送った親分は俺に肘打ちを入れてきた。


「おい夜久、ああいうのはさっさと追い返せ。日常に戻れる奴は日常に戻してやらにゃならん。こんなダメ人間共の集まりに落としてやるな」


 しみじみと言った親分は子供を肩車したままどんちゃん騒ぎの中に入っていった。

 俺は衝撃に打たれ、その背中を見送った。

 月夜見四カ条「光は光に、闇は闇に」。なんとなくカッコイイ条文だとしか思っていなかったそれを突きつけられたようだった。


 俺は日常に退屈する奴を非日常に導くのを信条にしてきた。

 親分は、日常を日常のままにして、日常に戻れる奴を日常に戻すのが信条なのだ。それは堕ちて苦しむ非日常の住人の負の側面をずっと見てきたからこその信念なのだろう。

 日常に苦しみ非日常を求める俺と、非日常に苦しみ日常を求める親分と。

 俺達は根本的に違うのだ。


 俺は親分を尊敬して、仲間だと思っている。俺の勘違いでなければ、親分も俺に敬意を払い仲間だと思ってくれているはずだ。

 だが、今は同じ敵を持ち、同じ道を歩めていても、いつか袂を分かつ時が来る。

 そんな予感がした。


 …………。

 ……いや、不吉な予感がすると現実になりそうだな。

 やっぱなし。

 別れの予感なんてなかった。

 みんな楽しくキャッキャウフフする不吉な予感がする!

 不吉な!

 予感が!!

 する!!!

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― 新着の感想 ―
一章でもあったけど、非日常に染まればそれが日常になるし、日常の繰り返しには飽きや停滞感が生まれて、非日常に憧れる。の繰り返しになっちゃうからね。それを五箇条に自ら据えた主人公自身がそこで今更揺らいでい…
[良い点] 盆と葬式が一度に来やがった。
[良い点] これは家もヤクザで破門されてくるパターンかな
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