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03話 健全な月守組の健全なシノギ

「見回りはいつも夜だ。夜店は特に物騒で問題が起きやすいからな。おかげで夜型生活になっちまった」


 夜の繁華街を歩く月守親分はそう言って俺を振り返って皮肉げに笑い、薄茶色のサングラスの位置を指で直した。どこからどう見ても完全にヤクザだったが、どうやらヤクザではないらしい。少なくとも念力でちょちょっと侵入して覗いた警視庁保管の指定暴力団、非指定団体、準暴力団のリストに月守組の名前は入っていなかった。月守組は本当に単なる互助会なのだ。人は見た目じゃ分からんね。危険を冒し俺を助けてくれた親分の行動こそを信じるべきなのだ。


 俺は仮にも見山さんに任命された護衛役として親分の半歩後ろを歩きながら周囲を警戒するが、流石の犯罪都市東京のならず者達もタンクトップにGパンではちきれんばかりの筋肉を見せつけるヤクザ親分の風格の男に因縁をつけようとはしてこなかった。むしろ見た目は因縁をつける側なんだよなあ。俺、護衛やる意味あるか?


「ストレンジャーって店開けるんですか? その、法律的に」

「タメ口でいいぞ。名目上は俺が経営者でバイト雇ってる形にしてる」

「不法就労になるんじゃ」

「そんなもん知らなかったで押し通すんだよ。徹底的にゴネてやればサツも諦める。つーか今の警察にこまけぇ問題をつっつく余裕はねぇ」


 ズルい!

 しかし確かに事実で、有効で、必要な手だ。

 違法だろうがなんだろうがストレンジャーはまさに今食う寝るところに困っているのだ。政府の対応を待ったり、正規の手段を悠長に踏んだりしていれば待っているのは餓死や凍死、暴漢による襲撃だ。窃盗や強盗で金を工面するより、法に触れようが人に迷惑をかけにくい方法で稼ぐ方が良い。比較的。


「互助会運営費は湧いて出てる訳じゃねぇ。元手は俺の金だが月守組八百人の生活費をずっと出してはやれん。一ヵ月の食費だけで2400万だぞ? 自分で働いて、自立して、稼いでもらわにゃすぐ潰れる」

「はぁー、苦労してんだなあ」


 800人×一日1000円×30日。確かに食費だけで月2400万円になる。おっそろしい金額だ。

 ストレンジャーは元を辿れば無計画に東京にやってきて間抜けに飢えているアンポンタン達だ。幾らかはどうしようもない事情があったのかも知れないが、大多数はダメ人間だ。

 彼らは縁も所縁も無い異国の地で誰も頼れずどこからも庇護を受けられず、犯罪に走る以外生きる道はない。例え本国強制送還に同意しても、帰国待機列が長蛇の列を作り何十日も待たされるのだから。

 親分が道すがらしてくれた説明によれば、ストレンジャーの帰国問題はなかなか根深い。


 外国人観光客はビザ(滞在許可証)の有効期限を過ぎても日本に留まると、不法滞在となり、法務省の施設に収容される。

 しかし法務省が施設外での生活を認める「仮放免」の審査をよりにもよって今厳しくしたため、長期の収容を強いられた収容者の重度のストレスによる自殺や自殺未遂も起きている。そしてその問題に対策は何もされていない。

 不法滞在者の収容施設は全国18カ所で、収容人数は最大3万人。法務省発表の現時点での不法滞在者は約11万人であり、余裕で収容しきれていない。自発的に帰国しないが故の不法滞在者であるから、強制送還しないといつまで経っても不法滞在者は減らない。が、日本が行っている強制送還手続きには致命的問題がある。


 本人が同意すれば送還の手続きは進むのだが、帰国を拒否をしたり、母国が入国拒否したりすると途端に何もできなくなるのだ。

 過去に強制送還した男性が猿轡や結束バンドで拘束され長時間のフライトをした事が原因で死亡しており、法務省は強制送還に及び腰になっている。そしてその噂を聞きつけた収容者がますます強制送還を嫌がるという悪循環。

 収容者の母国としても、他国で不法滞在事案を起こすような厄介者は自国に戻ってきて欲しくないため、口で言うだけならタダと言わんばかりに全力で入国拒否をしてくる。日本で困ったちゃんなストレンジャーは、母国でも困ったちゃんなのだ。日本はゴミ箱じゃねぇんだぞ。

 極めつけは難民申請中は強制送還されないことだ。どう考えても難民ではなくても、難民申請はできる。とりあえず、生。というノリで難民申請をするのは最早収容者のたしなみである。


 法の穴をついて日本のスネを齧るか、犯罪に走って生きるか、正道を歩いて餓死するか。大多数のストレンジャーはざっくり言ってダメ人間だし、痛い目に遭うべきだと俺は思うが、「クズは死ね」と言わんばかりの現状はそれはそれで問題がある。

 俺が発端となり、頭パーな間抜け達とガバガバ対応日本政府が肥料と水をしこたま注ぎ込んで成長させた東京の問題。

 それを自宅を開放し、自腹切って大金をばらまいて、自分の足で街を駆けずり回って少しでも良くするためにもがいている。

 この人、聖人か何か?


「他人事みたいに言ってんじゃねぇぞ、お前もストレンジャーだろうが。泥まみれになっても稼がねーと飢えて死ぬぞ」

「あっはい」


 そうだった俺も家無し記憶無しのストレンジャーおにーさんだったわ。人の事言えない。反省。


「で、ほれ一件目だ。邪魔するぞ。もーかってるか、ドーラ」

「オヤブン! マイドオキーニ!」


 高層ビルに挟まれ潰されそうになっているような小さなオフィスビルのガラス扉を豪快に開けた親分は、端のテナントで棚に瓶を並べていた外国人女性に声をかけた。

 明るく応えたのはちぢれた亜麻色の髪の四十代のおばさんだ。日焼けした顔にはシミとそばかすが目立ち、歯が欠けている。耳にはデカい輪っかのイヤリングをぶらさげていた。

 天井から干し薬草や植木鉢をぶらさげ木の板を使いデザインされたテナントは、店主の容貌も合わさりさながら魔女の薬草店のようである。


「ルーマニア出身のディアンドラ・イオネスクだ。通称ドーラ。ドーラ、こいつは記憶喪失のストレンジャーだ」

「キョークソゥシュツ……?」

「あー、仲間だ、仲間。月守組だ」

「オー! ナカマ! マイドオキーニ!」

「どーも」


 紹介をうけたドーラおばさんは俺の手をとってぶんぶん振った。


「この店は? 薬草店?」


 棚に並んだよくわからんハチミツ色の液体が入った瓶や萎びた何かの根っこの束を見ながら聞くと、親分はラベルの貼っていない怪しい小瓶をドーラおばさんから渡されながら事も無げに答えた。


「脱法ハチミツ店だ」

「ひえっ」


 おいおいおいおい、月守組って本当にヤクザじゃないんだよな? シノギで麻薬やってるのは勘弁だぞ。

 恐れ慄き蒼褪める俺に親分は苦笑して小瓶を一つ投げ渡してくる。


「やるよ。脱法っつったろ、健全な天然素材しか使ってねぇ。成分はハチミツとラベンダー、ローズマリー、それと……なんだったか?」

「成分 ハ ラベンダー、ローズマリー、ステビア、レモングラス デ ゴザイ=マス」

「そう、それだ。DDが助手使って薬草栽培やっててな。ハーブはそこから卸してんだ」

「DD?」

「ドグサレ・ドクター。月守組の専属闇医者だ」

「やばそう」


 天照も大概濃いキャラ揃ってると自負していたが、月守組やばくないか。闇医者なんて単語リアルで聞いたの始めてだぞ。流石ストレンジャー組織、世界の変人奇人を集めて煮込んだ組織なだけある。

 好奇心に負けて貰ったハチミツを指ですくって舐めてみたが、今まで食べたどんなハチミツより旨く、ついつい五回六回と舐めてしまった。香りも抜群に良い。


「これは売れる。本当にヤバい成分入ってないのか? 旨過ぎだろ」

「ドーラは実家でハチミツ農家やってたんだとさ。実家秘伝の調合とかなんとか。おいドーラ、何か問題あるか? 店はもうかってるか?」

「モウカリマッカ! ハンジョー、ハンジョー。ハナシ=カワルケド、ハーブ、ホシイ。コレダケ」


 そう言ってドーラおばさんは手で山を作るジェスチャーをした。親分は快く頷く。


「分かった、追加のハーブたくさんだな。明日持ってきてやる」

「マイドオキーニ、オヤブン!」

「おう。あんま遅くまで働くなよ」


 親分はドーラおばさんと堅く握手し、手を振って別れた。俺は親分について再び夜の街に出る。ポケットに手を突っ込み堂々と歩く親分の背中が頼もしく見えてきた。

 良い上司だ。「遅くまで働くな」と言ってくれる上司がまさか現実に存在するなんて。上司という生き物は「オ前ノ責任ダ」「減給ダ」「今日中ニオワラセロ」って鳴き声しかできないと思ってた。


 親分が巡回する店は全てストレンジャーが働いていて、大抵はビルのテナントに小さな店が入っていたが、中には小規模レストランでアルバイトをしていたり、用心棒付きで大通りから一歩入った路上で出店を(無許可で)開いている者もいた。親分曰く、月守組傘下のストレンジャーは稼ぎ場を探し東京中に散らばり店を開いているという。

 稼ぎ方は多種多様だ。

 色々な国籍のストレンジャーを集め、各国の家庭料理を出す多国籍郷土料理店。

 地元の民謡や踊りを披露したり、伝統的な小物を作って販売する芸能・物販店。

 ベランダや屋上にプランターを持ち込み野菜を育てる新鮮さがウリの都市農業。

 器用なところでは上記の店のオンラインショップ・オンライン決済管理を担当していたり。

 カタコト日本語ができれば工事現場で肉体労働ができるし、月守邸での炊き出し係や洗濯係も仕事としてカウントされ親分の懐から賃金が支払われる。俺も親分に雇ってもらっている形だ。


 そして八百人もの月守構成員は全て月守邸で暮らしているわけではなく、郊外の借地にテントを張っていたり、安い物件を借りて住んでいたりもする。基本的にストレンジャーは社会的信用がなく、物件を借りる事は難しいのだが、例外もあるのだ。特に鏑木不動産というどこかで聞いたような人がやっている不動産屋はストレンジャーに優しいので狙い目らしい。


 ほとんどの不動産屋はストレンジャーというだけで住居やテナントを貸すのを拒否する。ストレンジャーは保証人がいないし、備品を勝手に持ち出すし(備え付けコンロどころかカーテンレールをもぎ取って売り払っていた事例もあるらしい)、騒音が酷かったり汚したりするし、すぐ喧嘩や厄介ごとを起こすし、部屋の中で変死したりするし、家賃滞納は日常茶飯事の上、簡単に夜逃げするからだ。全てのストレンジャーがそうではないが、大多数がそうであるため、悪質な客というレッテルを張られたストレンジャーが物件を借りるのはまず不可能だ。

 その点、鏑木不動産は美人な上にカタコトとはいえ多言語を操るオーナーが直接面接して借用申請者を見極め、支払い能力アリと判断すれば例えストレンジャーでも快く物件を貸してくれるという。ワンルームの物件に勝手に仕切りを作って二部屋・三部屋に改造しても見ないフリをしてくれる寛容さ。


 鏑木さんがそんな事をしていたとは知らなかった。いや、そういえば海外の代理人を噛ませてビルを所有していたような。

 まあ記憶喪失だから鏑木さんが誰なのかもさっぱり分からないのだが。きっと凄く美人で綺麗で可愛くて努力家で賢くてお茶目なところがあって、お姫様願望を拗らせて爵位買って築城計画練っちゃうような人なんだろうなあ!


 月守組のストレンジャー達はほぼ全員カタコト日本語しか使えなかったが、ジェスチャーを交えればギリギリ意思疎通ができた。正確には、月守組では親分の指示で仕事に必要な単語を覚えるのが推奨されており、覚えた奴から特技を生かした店を開かせているという。とはいえカタコトには違いなく複雑な意思疎通は難しいため、二、三件の店舗では俺の英検準1級が火を噴き店主が抱えていた問題の解決に貢献。親分に有難がられた。光栄です。


 そんなこんなでニュース越しや遠目にしか知らなかったストレンジャーの実態を肌身で感じつつ順調に巡回を続けていたのだが、事件は高純度カレー粉の取引現場で起きた。

 プラカッシュ・クマール氏は脱サラして心の目を開くためにウワサのパワースポット・トーキョーシティに来日し、ヤクザに騙され全財産を失ったインド出身の青年である。蓄えられたアゴヒゲと小麦色の肌がインド人っぽい。

 彼は香辛料知識ゼロで、カレー粉は使う専門で作った事もないのだが、親分の指示で「本場高純度カレー粉」と銘打ち市販のカレー粉にハーブを混ぜた物を街角で看板を持って立ち売りしている。如何にもなインド人顔でインド人っぽい恰好をしてそれらしい物を売っていれば、「なんか凄そう!」と買っていく人はそれなりにいるらしい。詐欺っぽいがアウト寄りのセーフだろう。売ってる物はちゃんと食べられるカレー粉な訳だし。ちなみに同業にアッパー系コーヒー豆を売り歩いているブラジル人女性もいるらしい。


 親分はそこそこ日本語が使えるプラカッシュさんと談笑し、ドーラおばさんの脱法ハチミツと高純度カレー粉を交換する。

 それを見守りながら、こいつらいちいち面白過ぎだろ、もう月守組を基盤に闇の秘密結社を作っていいんじゃないか、いやまだ一日目だぞもう少し様子を見るべきか、とそわそわする俺の前に現れたのは、黒スーツに黒サングラスのヤクザっぽい男だった。男はポケットに手を突っ込んで前かがみになり凄んできた。


「おう兄ちゃんたち、景気良さそうやないの」


 おおっ、すごい。台詞がヤクザっぽい! すごくヤクザっぽい! 親分と比べると全然怖くないが。


「ここは谷岡組のシマやぞ。てめぇ誰に許可もらって商売しとんじゃ! ああ!?」

「ああどうもすみませんね、すぐに移動しますんで」

「しかしもカカシもあるかい! 払うもん払わんか!」


 怯えるプラカッシュさんを庇って立ち、下手に出て頭を下げる親分。筋肉モリモリマッチョマンに頭を下げさせ、ヤクザは気分が良さそうに調子に乗っている。

 てめーウチの親分に何頭下げさせてんだコラ。お前が落とし前つけろや。

 仮にも護衛としてこれは見過ごせない。確かに俺達は違法な商売をしていたのかも知れないが、カツアゲされる理由はない。消えるのはお前だ。

 俺は親分の前に立った。親分が「おい、荒立てるな」と囁いてきたので頷いておく。親分がそういうなら穏便にいこう。


「なんやお前、お呼びやないぞ消えろや」

「ま、ま、落ち着いて。ハチミツでも舐めて……あ、靴紐切れましたよ。不吉ですね! 帰った方がいいんじゃないですか」

「ああ? 靴紐ぐらい気にせんわ。ハチミツて、なんなんやお前」


 ヤクザは足元をチラ見したが、苛立つだけで帰る様子はない。

 ダメかー。

 仕方ないな。それなら不吉レベル2だ。

 高圧的にまくしたてるヤクザの腰のあたりで、ぶちぃ、と音がする。

 すると、ヤクザの腰から千切れたベルトが垂れ下がった。


「あ、ベルト切れましたよ」

「ああ? ベルトぐらい気にせ……ベルト? ベルト!?」


 ヤクザはぶらんぶらんしているベルトを二度見して目を剥いた。うむ、いい反応だ。


「不吉ですね。そう思いませんか? ねえ?」


 言葉を失うヤクザに詰めよる。ヤクザは得体の知れない化け物に迫られたように顔を引きつらせ後ずさった。

 俺は耳元に顔を寄せ、囁いた。


「次は何が切れるんでしょうかねぇ。今日はもう帰った方が、いいんじゃないですかねぇ」

「きゅっ、急用思い出したわ! 今日のところは許したる! ありがたく思えや!」


 ヤクザは逃げ出した!

 俺は念力でヤクザの財布から五万五千円をスリとった! けっこう持ってるなこいつ!


「なんか知らんが上手くやったな。助かったぞ」

「マイドオキーニ! マイドオキーニ!」


 親分とプラカッシュさんから感謝され、ちょっと照れる。ちょろいイベントだぜ。裏社会、楽しい。

 プラカッシュさんのところが本日の巡回のラストだったため、俺と親分は月守邸への帰途についた。

 しかしヤクザは上手く対処したと思ったのだが、帰り道の親分の顔が険しい。何かミスったのだろうか。穏便に病院送りにした方が良かったか?


「親分、何か心配事でも」


 俺が尋ねると、親分は俺をじっと見て、少し迷ってから言った。


「お前は昨日入ったばかりだが、言っておこう。あのヤクザは谷岡組っていっただろ。谷岡組はこの一年で勢力を伸ばしてきた東京最大のヤクザでな」

「はあ」

「月守組の店の営業妨害がひでぇんだ。昨日お前達を襲ってたのも谷岡組だ。こうやって見回りやっても手が回らん。そのせいでな……あー、すまんが、このままだと月守組はあと三ヵ月もたん」

「マジか」

 

 秘密結社の基盤にしようとした組織が早速崩壊しかけてやがる。

 どうしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 穏便に病院送り好きすぎるw [気になる点] あれ? 月守組三原則って「盗むな・働け・楽しめ」 じゃなかったっけ? スリとったぞこやつw
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