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06話 裏切り者は誰だ

 ババァ主演の裏切者イベントだが、PSIドライブの横流しを行う事にした。

 世界の闇の背後で暗躍する謎の魔王に誘惑されたババァはコッソリ悪しき心を持つ者にPSIドライブやその設計図を渡し(本当は渡さない)、天照の内部情報も流出させる(本当は流出させない)。

 学生組は偶然にも流出したPSIドライブを発見し鏑木さんに報告するが、鏑木さんはババァに言いくるめられてしまい動かない。大人が頼りにならない事を示し危機感を煽る事で学生組に自発的に内部調査をさせる。

 雑に言えば探偵ごっこだ。調査すれば手掛かりが見つかっていき、魔王にそそのかされたババァ、という真実に辿り着けるようにする。

 あとは「正気に戻れババァ!」とぶん殴るなり、「犯人はお前だ!」と推理を披露するなり、学生組なりの解決策を披露してくれれば、ババァは正気を取り戻してめでたしめでたし。

 つまりババァの裏切りも世界の闇の出現も長引く不況も終わらない民族紛争も全部魔王のせいなのだ。おのれ魔王!

 結局は外圧により内圧が引き起こされている訳だがそこはそれ。純粋にババァがババァ自身の意思で裏切ったら本当に内部崩壊してしまう。せっかく魔王とかいう人の心を弄ぶゲス野郎がいるのだから、裏切りの理由も責任も全部押し付けてしまえば良かろうなのだ。


 さて、イベントの概要が決まったらいつもの如く下準備に入る。

 まず横流しをするからにはPSIドライブをある程度量産しなければならない。数個しかないPSIドライブを横流ししたら、バレないと思う方も見逃す方もマヌケ過ぎる。大量のPSIドライブがあり、その一部を横流し。管理不十分によって見逃してしまう……そんな自然な状況を作りたい。翔太くんも燈華ちゃんも馬鹿ではない。ユルッユルのイベントにするとマッチポンプだと見抜かれる恐れがある。

 また、PSIドライブを駆動させるための血液燃料精製のために、天照メンバーには三ヶ月に一度の200ml献血を推奨する事にした。このために俺は採血について二週間ほどかけて勉強し、地下秘密基地に採血室を設置。遠心分離機や攪拌器、業務用冷蔵庫を搬入し、採血から精製、保管まで一括管理できるようにした。


 PSIドライブ量産の表向きの理由としては、来るべき天照構成員増加に備えてと、故障時の予備、性能を上げるための試作を挙げる。

 量産は大雑把に100個程度を考えているのだが、ババァ一人でこなせる仕事量ではないので、全てのPSIに共通する基礎部品に関しては自動化した工作機械に作らせ、ババァが仕上げだけ行う形に落ち着いた。ババァは機械に任せられない個々のドライブに応じた特殊工作に専念する。

 一口にPSIドライブと言っても、どの燃料を使うかで効果も効率も異なる。例えば一番最初の試作品短剣は炎燃料に最適化されていて、耐熱性が高く、炎を指向性を持たせて放出できる。同じ短剣に凍結燃料をセットした場合一応駆動はするのだが、冷気を無差別に撒き散らすだけになる。時間燃料をセットすればやはり一応駆動するが、どうやら使用者まで完全停止するらしく、燃料だけ減って何も起きない。燃料の種類に合わせたPSIドライブでなければ十分な効果は見込めないのだ。

 試作品一号は最終的に念力燃料をセットしたら駆動と同時に爆発四散したため、バラバラ状態で缶に入れて記念品として倉庫にしまってある。破片を分析したところ内部から吹き飛んだ形跡があった。馬鹿げた高出力にフレームが耐えきれなかったらしい。強過ぎてすまんな。


 なお、念力燃料は十万倍に希釈してもフレームをガチガチに強化したPSIドライブをいとも容易く爆発四散させ、ババァを呆れさせた。俺の念力強過ぎ問題、と言うと自慢のようだが、ババァが一生懸命作ったドライブが簡単にバラバラに吹き飛び無に帰るのを見ると素直に喜べない。どう考えても強くなり過ぎてるんだよな。翔太くんや燈華ちゃんが超能力学園モノをやってるのに、俺だけ星をぶっ壊す宇宙戦争だぞ。

 仮にPSIドライブを十万個作っても俺の血液200mlで燃料供給を余裕で賄えると分かったのは吉報なのだろうが。


 治癒燃料に最適化したドライブがあれば回復薬として気軽に持ち歩けるし、上手く念力バリアを張るドライブを開発できれば戦闘時に周辺被害を防ぐ特殊フィールド展開装置として活用できる。使い道は無限大だ。今まで俺が人力(念力)で回していた風力発電もPSIドライブで代用できるだろう。そうすれば俺のリソースが空いて楽になる。

 そしてもちろん、PSIドライブの伝染攻撃機能は取り外してもらう。少なくとも俺が防御できるようになるまでは。世界の闇が攻撃されるたびにチクチクチクチクダメージが入ってくるのはかすり傷だとしても嫌だ。


 PSIドライブの伝染攻撃機能はパソコンにウイルスを送り込んでクラッシュさせるようなもので、パソコンをバリアで物理的に守っていても意味が無い。PSIドライブそのものは物理的に防げるが、余波的な物が防御を貫通してくるのだ。専用の防御訓練が必要だ。

 という訳で、ババァに伝染攻撃に特化したナイフ型PSIドライブを作ってもらい、夜な夜な天岩戸で訓練開始。五千億倍希釈念力燃料で駆動し、ナイフに不可視の力場を纏わせる。そしてバリアの上から自分の腕を……刺す! 痛い! 防御を集中して刺す! 痛い! ゆっくりと刺しながら念力で押し返す……押し返さない事もなくはないな! だが貫通! 痛い! んん、筋肉を引き締める要領でネンリキンに力を入れてみよう。刺す! 痛い! この防御法は違うっぽいな。バリアを振動させてみるとか? 刺す! 痛い! これも違うか。

 試行錯誤しながら自分の腕を刺しまくっていると、見学していた鏑木さんが顔を引きつらせ目を逸らした。


「佐護さん、怖いわ」

「ん? ああ、後でイグに、イテッ! 治して貰うから問題無い」

「……痛いのよね?」

「大丈夫だ。ちゃんと痛いイテッ!」


 話しながらも刺しまくっていると、鏑木さんは目を閉じて耳を塞いでしまった。この訓練そんなに目を覆うほどエグいか? いきなり強力なPSIドライブで刺したら致命傷かも知れんが、性能低めの初期生産品で刺しても死んだりはしないぞ。

 ……いやそういう問題ではないのか。自分の腕をナイフで滅多刺しにするなんて完全にヤベー奴のやる事だ。痛みに慣れ過ぎて気にならなくなってしまっていた。気をつけよう。


 鐘山テックの生産ラインの一部を借りてPSIドライブ量産体制を整え、量産。ババァによるチューニングまで終え、棍棒や盾、槍、時計、手甲など様々な形状のPSIドライブは専用ケースに収められ、秘密基地の武器庫にずらりと並ぶ。その頃には年が明け二月になっていた。

 翔太くんと燈華ちゃんの高校入試が終わったばかりの丁度良いタイミングだった。

 さあ、裏切り者イベントの開始だ。








 人の噂も75日目というが、超水球事件の噂は長く話題に残った方だろう。世界を揺るがした一大スクープも一年経つと流石に沈静化する。テレビでは「超水球事件から一年」という特集番組が組まれ、それでようやく人々は事件の事を思い出す。

 どんな大事件が起きても腹は減る。仕事がある。掃除するしトイレに行くし納税もする。日常は変わらない。超常を求め東京に溢れたエキセントリックな多国籍集団もいつしか日常と化し、揉め事を仲裁して回る警官の対応も手馴れたもの。通行人も派手な刺青をしていたり、萎びた根っこを首からぶら下げた人々をチラ見こそするものの、わざわざ立ち止まって見物したりはしない。

 超水球事件がもたらした異様さに、人々は適応していた。


 さて、慣れは感覚を鈍化させる。涙を流すほど感動した曲でも、何百回も聞いていればもう泣けない。一年を通してじわじわと進行した人々の慣れと忘却は超水球事件の恐怖を薄めた。

 すると何が起こるか。世界の闇の隆盛である。引っ込んだ恐怖の代わりに欲望が顔を出し、人々は口にこそ出さないが、「僕も、私も、あんな風に強そうな敵を思いっきりぶっ飛ばしてスカッとしたいな」と思うのだ。しかし目に付いた奴をぶん殴ったりしたら逮捕されてしまう。だから人は欲望を抑え込み、抑え込まれた暴力欲求は世界の闇となって出現する。

 という設定だ。


 そんな世界の闇と戦う秘密結社こそが「天照」であり、その構成員の一人である念仏系美少女蓮見燈華はこの日も世界の闇と戦っていた。

 明るい満月の晩、高層ビルに挟まれこじんまりとした鎮守の森の中にある神社の境内で燈華ちゃんは戦っていた。夜中に急いでチャリで来たため、パジャマの上にジャージを羽織っただけのシンプルな格好だ。

 試作三角錐型念力燃料PSIドライブで周囲に半球状の念力バリアを展開・封鎖しているため、炎の明かりや音が漏れる事はない。昼間に使えば真っ黒な怪しい半球ドームはめちゃくちゃ目立つが、夜中に使えばなかなか良い隠蔽効果を発揮する。超能力者と世界の闇だけのバトルフィールドだ。


 今回燈華ちゃんが戦っている人型世界の闇はひょろりとした長身で、真っ黒な体をユラユラ揺らし怪しげなステップを踏み、燈華ちゃんが縦横無尽に振り回す炎剣をことごとく回避している。4000℃の剣は熱量を凝縮され赤熱した日本刀のような輪郭のはっきりした形状を取っていた。外した剣尖と吹き上がる熱波が空気を歪め、境内に敷かれた砂利を抉り木の葉や小枝を焼き焦がしている。


「このっ!」


 燈華ちゃんはイライラして剣を最大射程である三メートルまで伸ばし、薙ぎ払う。が、世界の闇はグニャりと背後に上体を逸らして回避した。そしてすぐさま上体を戻し、その場でシャドーボクシングをする。今回の世界の闇は回避特化のボクサータイプだ。たぶん昨日のボクシング世界王者防衛戦生中継に触発された人々の暴力欲求が顕在化したとかそんなん。アレはアツい名勝負だった。


 肩を暖めたボクシングの闇が姿勢を低くして拳を構え突っ込んでくる。燈華ちゃんは剣を消し、全身から炎を吹き上げ滾らせそれを迎え撃った。


阿鼻地獄(アヴィーチ)ッ!」


 燈華ちゃんを中心に太い炎の竜巻が立ち昇る。そこに突っ込んだ世界の闇は体表の黒膜を一瞬で焼き切られ、哀れ蒸発して燃え尽きた。

 燈華ちゃんは炎を消し、焼け焦げて脆くなった石の核を踏み潰す。そして周囲を見回し残党がいない事を確認し、ようやく警戒を解いた。

 うむ。戦闘終了だ。最近翔太くんの影響で技名を叫び始めてしまった燈華ちゃんはやはり可愛い。


 石焼き芋ができそうなほど加熱されて焦げ臭い境内の荒れた砂利を燈華ちゃんはせっせと足でならし、ジャージのズボンのポケットから折りたたみ式の錫杖型PSIドライブを取り出し展開・起動。錫杖から放出された冷気で一帯を冷やし火事予防をする。

 来た時より美しく精神を発揮し後始末を終え、念力バリア装置を解除回収しさあ帰ろう、というところで俺はこの時のために雇ったアルバイト君に電話をかけワンコールで切ってGOサインを出す。


 境内の前に停めた自転車に乗ろうとする燈華ちゃんの前に、電柱の陰から現れた髪を金に染め耳にピアスをつけた派手な服装の若い男が立ち塞がった。三十分前から出待ちしていたせいで唇が青く、寒そうだ。しまった。厚着してこいと言っておけば良かった。

 しかし幸い燈華ちゃんは微妙な不自然さに気付かず、警戒して身構える。

 バイト君はニヤニヤと燈華ちゃんの胸や腰を舐め回すように見ながら言った。


「おっ可愛いじゃーん。こんな夜中にどうした? 危ないぜえ? 送ってこうか?」

「一人で帰れます」


 冷たく断る燈華ちゃんにバイト君は詰め寄った。


「あ゛? 人が親切にしてやってんのにそりゃないんじゃねぇの? いいから来いよ」

「寄らないで」


 燈華ちゃんは展開して持ったままだった錫杖を一閃し、威嚇する。

 バイト君は一歩下がり、苛立った様子で懐に手を入れた。よしよし、いい具合にチンピラ感出てる。流石大学で演劇サークルやってるだけの事はあるな君!


「抵抗すんじゃねぇよ。そんな棒切れ捨て……なんで杖?」


 しかし彼の名演も燈華ちゃんが構える錫杖を直視した途端にヒビが入った。化けの皮が剥がれて素で困惑してしまっている。

 コンビニに買い物に出ました風の深夜のジャージ美少女。その手には銀色の錫杖。違和感の塊だ。気持ちは分かるがもうちょっと頑張れ!


「杖じゃない。錫杖」

「あ、そう? へー、シャクジョウっつーのか。なんかそういうヤツ漫画で見た事……じゃねぇや。どうでもいいんだよそんなこたぁ。素直に言う事聞かねえと痛い目みるぜ?」


 バイト君はなんとか軌道修正して懐からナイフ型PSIドライブを抜き、起動して炎を纏わせた。燈華ちゃんの目が見開かれる。

 そう。PSIドライブは門外不出。持っているのは天照の構成員か、百歩譲って鐘山テックの研究員まで。深夜徘徊するチンピラが持っているはずがない。

 バイト君は迫真のゲス顔を浮かべた。


「どうだおい、その可愛い顔を火傷させたかねぇだろ? シャクジョウ捨ててこっち来い」

「あなた、それをどこで手に入れたの」


 燈華ちゃんが脅しに微塵も動揺せず逆に問いかける。燃えるナイフを突きつけられているというのに、窮地に陥っているのはお前だ、と言わんばかりに堂々としている。

 異様だった。普通の女子学生なら悲鳴をあげるか、震えて動けないか、恐怖でホイホイ言う事を聞いてしまう。しかし世界の闇との戦いを通して鍛え上げられた胆力とプレッシャーがバイト君を圧倒する。


「う、うるっせぇ! 言う事聞け殺すぞ!」

「答えて。大事な事だから」

「黙れメスガキ! さっさとぼげぁ!?」


 完全に腰が引けているバイト君の鳩尾を、燈華ちゃんは錫杖の石突で躊躇なくド突いた。呻いて膝から崩れ落ちるバイト君の手から炎をあげるナイフをむしり取り、燈華ちゃんは街灯の灯りにかざして注意深く観察した。それは改造ガスボンベでもオシャレライターでもなく、紛れも無いPSIドライブだった。


「あなた、これを、どこで、手に入れたの?」


 燈華ちゃんはゆっくりと、物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、もう一度問い掛けた。


「し、しらねぇ!」

「知らないなんて事は無いでしょう? 嘘吐くと徳が下がるよ?」

「は? トク……?」

「答えて。それとも即身仏になりたい?」


 バイト君は意味は分からなかったようだが、凄い脅され方をされている事は理解したらしい。素なのか演技なのか、ガクガク震えながらゲロる。


「へ、変な奴から渡されたんだ。これでアンタを刺せって。すげー大金貰って」

「変な奴……どんな人だった?」

「それはーーーー」


 台詞の途中で俺はバイト君の携帯を鳴らした。二度目の合図にバイト君は急いで立ち上がり、逃げ出す。それを追おうとした燈華ちゃんは横から奇襲をかけてきた触手パンチをギリギリで察知して横っ跳びに回避した。


「!? なんでこんな時に……!」


 道路端の側溝から不定形のノーマル世界の闇くんがズルリと這い出しコンニチハする。燈華ちゃんは遠ざかるバイト君の背中と蠢く世界の闇を見比べ迷ったが、結局世界の闇に向き直った。今夜二戦目の開始だ。


 燈華ちゃんを振り切り息を切らせて待ち合わせ用に指定していたファミレスに駆け込んできたバイト君を、俺はつけ髭とサングラスで変装した姿で呼んだ。


「こっち、こっち。お疲れさん、パフェ頼んどいたからまあ食えよ。あ、飲み物はアイスコーヒーで良かったか?」


 バイト君は頷き、俺の対面に乱暴に座ってアイスコーヒーを一気飲みした。一息ついてパフェをつつきながら疲れた声で言う。


「仕事はきっちりやりましたよ。新型ライターは奪ってもらいましたし、背後の黒幕? も仄めかしときました。でもなんなんすかあの子、可愛い顔してめっちゃ怖かったんすけど。ワケ分かんない事言うし」

「よくわからん。俺も友達から頼まれただけなんだよ。あいつは映画の撮影とか言ってたけどなんか胡散臭ぇよな」


 身震いするバイト君にすっとぼけてみせる。バイト君には今夜の仕事に関して世界の闇や天照、超能力について全て伏せ、当たり障りの無い説明しかしていない。演技力と口の堅さで選んだ今夜限りのアルバイトだ。

 アルバイトとはいえ彼の安全面にも留意した。翔太くんならいざ知らず、燈華ちゃんは不殺姿勢がはっきりしていて、過剰な暴力は振るわない。無闇に超能力も使わない。鳩尾を突かれたぐらいで痣にもなっていないあたり人選は正解だったようだ。

 長話をしてボロが出てもいけないので、俺はさっさと報酬を入れた封筒を手渡した。

 中身は現金だ。一時間で、五万。胡散臭さを加味しても割のいいバイトだ。口止め料も含んでいる。


 バイト君は万札の枚数を舌舐めずりしながら何度も確認し、ニマニマしてこんだけあれば良いモン買えるぜ、などと呟いている。

 何を買うのか気になり興味本位で聞いてみた。まさか違法薬物じゃないだろうな。


「ああ、明後日ママの誕生日なんで、自動食器洗い機プレゼントするんすよ。乾燥までやってくれる高いヤツ」

「おお、偉い」


 恥ずかしそうに言うバイト君に軽く感動する。めっちゃ良い奴じゃないか君。恥ずかしがる事はないぞ。堂々としてろ。

 そういえば前の仕事辞めてからしばらく実家帰ってないな。転職の報告をしてから電話もしていない。今度時間空いたら顔出すか。








 明けて、翌日。

 放課後に急いで天岩戸にやってきた燈華ちゃんは、鏑木さんに押収したPSIドライブを見せて昨夜の顛末を語った。なお翔太くんは家に帰って面接試験用に黒にしていた髪を染め直していて、イグはお昼寝している。


「それで、ババァさんの他にエルフが来てて悪者に武器を作って配ってるのかとも思ったんですけど、それだと私の燃料がセットされてる事を説明できないんですよね。だから盗難があったんだと思うんです」

「そうねぇ。保管庫は鍵をかけてあるし、入口はマスターが見張っているからあり得ないとは思うけど、その男性がこれを持っていたなら紛失した可能性が高いわよね」


 所見を述べる燈華ちゃんに鏑木さんは慎重に同意する。


「ですよね。みんなで防犯体制を見直した方が良いんじゃないかなって」

「んー……」


 カウンターでパンケーキを焼きながら話を聞いている俺はババァの危惧が正しい事を知った。話ぶりからして燈華ちゃんは内部犯を考えもしていない。完全に泥棒が入ったと思い込んでいる。それだけ天照のメンバーを信用しているという事なのだろうが、ちょっと危なっかしく見えるのも確かだ。実際ヤラセとは言えババァが裏切っている訳だし。

 疑わない信頼と、疑った上で信じる事を選ぶ信頼は別だぞ、燈華ちゃん。


 純粋無垢に泥棒対策を考えてくれているところを悪いが、それでは話が進まない。泥棒対策をする→無意味→更に対策を強化する→無意味、という虚しいループが発生してしまいそうだ。俺は二人に蜂蜜たっぷりのパンケーキを差し入れながら、コッソリ鏑木さんに「巻きで」のハンドサインを送った。鏑木さんは小さく頷いて話を進める。


「話は分かったわ。でも私はこれから用事があって忙しくなるの。防犯対策の前に燈華ちゃんが代わりに保管庫を確認しておいてくれるかしら? 変な所が無いか簡単に見るだけで良いから」

「了解です」

「お願いね」


 そう言って鏑木さんはパンケーキをしっかり食べてからいそいそ去って行った。

 燈華ちゃんもパンケーキを食べ、俺に「美味しかったです。ありがとう」とお礼を言って食器を返してくれる。仏頂面が緩みそうになる。この子天使か何か? おお、仏教天使よ。清らかな徳高き貴女の心を弄ぶ罪深き我を許したまえ。


 燈華ちゃんはワインボトルのギミックをいじって棚を動かし、地下の秘密基地へと降りていった。まっすぐ保管庫に向かった燈華ちゃんは棚に白いプラスチックケースが並んでいるのを確認し、壁にぶら下げてあるリストとケースに刻印されたナンバーを照合していく。

 保管庫のPSIドライブは緊急時に素早く持ち出せるよう燃料を付けっぱなしにしてある。その燃料の劣化を防ぐため、保管庫の室温は0℃に設定してある。全身に温い炎を纏って暖を取りながら、燈華ちゃんはチェックを進めていった。中身はなかなか見てくれない。

 確かに鏑木さんはざっと見るだけで良いと言っていたが、アレは鏑木さんの持ち去られているワケがないという油断、あるいは中身を見て欲しくないのでは? という疑心暗鬼を誘うための台詞であって、鵜呑みにされたら困る。ケースを開けて中身をチェックするんだ燈華ちゃん。流石にケースを丸ごと持ち去るほどババァはアホじゃないぞ。

 しかし祈りも虚しく燈華ちゃんはケースの紛失だけチェックし、何も無くなっていないと判断してしまったようだった。首を捻りながら保管庫から出て行こうとしたので、仕方なく念力でケースを一つ動かし、空調の音に紛れるかどうかという微かな物音を立てる。

 燈華ちゃんは耳聡くそれを捉え、不審そうに振り返った。周囲を見回し、這いつくばって棚の下を覗き込んだりする。ネズミか虫が入り込んだとでも思ったのか。

 しばらく不思議そうにしていた燈華ちゃんだが、おもむろにケースの一つに手を伸ばした。ロックを外し、開け、何気無く中を見る。そしてふいっと目を逸らし、ハッとして二度見した。


 中に入っていたのはPSIドライブではなく、赤い魚だった。厳密には赤く塗った魚。低温のおかげで腐敗はなく、表面が凍っている。

 愕然として数秒固まった燈華ちゃんは次々とケースを開け始めた。

 結果、中身を赤い魚にすり替えられていたのは105箱中20箱。ケースを外から見ただけでは分からないし、持ち上げても魚の重さで誤魔化される。開ければ一発なのだが。

 顔を青ざめさせた燈華ちゃんはスマホを出し鏑木さんに電話しようとしたが、寸前で思いとどまった。

 たっぷり1分は固まり、電話をせず、スマホで魚の写真を数枚撮ってからしまう。それから乱雑に開けられたケースを閉めて丁寧に元の場所に戻し、数度深呼吸すると、平静を装って保管庫を出た。

 よしよし。内部犯の可能性に気付いたようだ。

 天岩戸に戻ってきた燈華ちゃんは、俺と目を合わせないようにしてそそくさと帰宅していった。

 もちろん、それを念力監視で追跡する。


 自宅に帰った燈華ちゃんはスマホの写真を見ながらネット上に公開されている魚図鑑を調べ始めた。内部犯を探す前に現場に残された手掛かりを検証しようと考えたようだ。

 ……鏑木さん考案のトラップに見事に引っかかっておられる。俺だって裏側を知らなければ「なんで魚?」と思って調べるだろう。しかしそれ自体が罠なのだ。


 すり替えについて隠しておく事にしたらしい燈華ちゃんは二日かけて魚について調べ、ケースに入っていた魚が赤い魚ではなく赤く塗られた魚である事、そしてその魚の名前がニシンである事を知った。

 何故わざわざ赤く塗ったのか疑問に思ったようで、何か重要な意味があるのだと考えたのだろう、すぐに「赤 ニシン」で検索をかける。


 そして出てきた検索結果を見て燈華ちゃんは頭をかきむしり、マウスを床に叩きつけて叫んだ。


「馬鹿にして……! 誰だか知らないけど、目にもの見せてあげる!」


 怒れる燈華ちゃんの裏切り者探しが始まった。

★赤ニシン(燻製ニシンの虚偽)

 思わせぶりな手掛かりを示す事で注意を逸らしたり、真実を誤認させたりするトリック。ミスディレクション。

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