03話 メカニックおばあちゃん
ババァは語った。
自分は異世界からやってきた元女王である事。
御年905歳である事。
世界移動は片道一回限定で、地球世界と別世界は完全に閉鎖された事。
平穏に精神的に殺されかけたので、ロマンを求めこの世界にいる魔王を倒しにやってきた事。
翔太くんこそが魔王を倒す宿命を背負った勇者であると確信している事。
勇者に授ける魔王を倒す武器を作れる事。
ファンタジー小説のような話だったが、DNA検査でここまではっきりした証拠を示されては信じるしかない。
俺はまず驚愕し、次に嘆き、最後に罪悪感で死にそうになった。
この世界はうんざりするほど現実的で日常的だが、超能力は実在する。超能力があるのなら異世界があっても何もおかしくない。しかしまさか本当にこうして目の前に現れるとは思いもしなかった。
そしてババァは来るのが遅過ぎた。どうしてあと五年早く来てくれなかったのか。大学生の頃なら、まだ異世界エルフロリババァの存在を素直に喜べた。どうして完全に諦めた今になってやってきたのか。畜生、俺だってなあ! エルフに勇者認定されたかったわ! 一緒に魔王を倒しに行きたかった! なんで俺じゃないんだ! なんで今更、大人になって現実に打ちのめされ受け入れてしまった今になって!
……いや、本当に魔法が実在する異世界からやってきたと分かるも地球では魔法を使えないと分かり、魔女っ子になる夢を断たれショックで寝込んでしまった鏑木さんよりは俺はまだマシか。純正ファンタジー存在によってファンタジーな夢が完膚なきまでに破壊されるこの現実はやはりカス。
更に酷いのは、現実が厳しいのは異世界も同じという事だ。この地球世界の魔王は「星を破壊し尽くす強大な力を持ち、強力な配下を従え、罪無き人々を襲い、心を弄ぶ悪しき者」だというが、どう考えても俺の事である。「それに対抗する、決して折れぬ強き心を持った者」は状況からして翔太くんだろう。
魔王と勇者の真剣勝負を渇望して、故郷を捨て地位を捨て、二度と戻れない世界移動を決意したババァ。辿り着いた世界の魔王は呑気に青春マッチポンプをしている。
申し訳ないってレベルじゃない。わざとではないが、完全にやってしまった。ババァの一世一代の決意と大勝負を踏みにじってしまった。
どうするんだよこれ。
俺は喜ぶには遅すぎた。
鏑木さんは夢を潰され寝込んでしまった。
ババァは魔王を探しに来たのに魔王がいない初手宙ぶらりん。
願ってやまなかった待望の非日常が来たはずなのに、誰も幸せになってないぞ! 学生二人はテンション上げてるけど!
正直、扱いに困る。ババァはどうやら世界の闇を魔王が陰から操り世界に暴虐を振りまこうとしていると思っているらしい。中途半端に正解である。嬉々として魔王ぶっ殺し作戦を学生組と真剣に話し合っているババァには申し訳ないのだが、野放しにすると俺が命を狙われる事になるからなんとか阻止しなければならない。
こんな時こそ鏑木さんと相談したいのだが、鏑木さんのショックはあまりにも大きい。ベッドの上で半身を起こし、憔悴しきった顔に弱弱しい笑みを浮かべ「一週間だけ待って欲しいの。そうしたら戻れるわ」と言われてしまったらもう何も言えない。
今まで超能力を得てひとまず満足していたようだが、やはり呪文を唱えてマジカルステッキを振る魔法への憧れは強かったらしい。その憧れを外ならぬファンタジーの化身によって粉々に砕かれた鏑木さんには休養が必要だ。一週間と言わず二週間でも一か月でも休み、ゆっくり傷ついた心を癒して欲しい。
その間に、俺はババァ問題をなんとかしてなんとかする。
超スピードで日本語と日本文化を学んでいくアグレッシブババァは魔法こそ使えないが、培った技術と知識は健在だ。
ババァはまず魔王を殺す武器を作り、勇者認定した翔太くんに授けるつもりだと語った。その後は武器のメンテナンス役となって魔王探しと討伐の旅に同行するという。
話が大きくなりそうだったので、俺はババァを天岩戸地下の秘密基地の談話スペースに呼び出し、個別面談をする事にした。机を挟んでソファに向かい合って座る。
天照に入ってもらう事は確定として、問題は踊る側か躍らせる側か。本人の希望としては踊りたいのだろう。その気持ちはよく分かるし、楽しく躍らせてあげたいが、場合によっては踊り狂った挙句に俺が死ぬかも知れない。ババァは具体的に何ができ、何をするつもりなのか。把握しておく必要がある。
隠し扉の先の地下室にババァは見るからにワクワクして耳を忙しなく動かし周りを見回している。異世界にはこういうの無いんだろうか。
無いんだろうな。あったらわざわざ地球まで来なかっただろうし。ファンタジー世界なのにファンタジーが無かったって悲しい。
面談するにあたり寡黙キャラを貫くのはキツいので、普通に喋る事にした。このババァは賢いババァだ。口止めしておけば学生組に「奴が寡黙なのはただのキャラ作り」なんてバラす事はないだろう。
「鏑木さんが寝込んでいるから俺が代わりに面談をする。質問に答えてくれ」
「……びっくり。君はしゃべらないと、おもってた。なぜしゃべるのですか」
「必要だからだ。俺が喋った事は言いふらさないでくれ」
ババァは特に深く突っ込まずに頷いた。物分かりの良いババァは好きだぞ。早速質問をはじめる。
「なぜ世界の闇の裏に魔王がいると思った? 魔王なんて本当にいるのか?」
「ま王はいる。世かいけんさくで見つかったから、ぜったいにいる。世かいのやみのうらにいるとおもったのは、カン。ま王の力は世かいによってちがうが、手下をあやつってつよくする力は、ま王がよくもっている力だからです」
「なるほど」
つまりアレか。魔王が現れて魔物が狂暴化したとか、魔王が魔物を生んでるとか、その流れだと勘違いされたのか。いやあながち勘違いでも無いな。
「魔王を倒す武器というのは? 魔法の剣とか?」
「まほうは使えない。きかいの剣を作る」
「機械の剣を作る」
おい。
SFじゃねえか。
機械の剣なら確かに魔法は関係ないが、ファンタジーが迷子になってるぞ。銃とかミサイルとか言い出さないだけまだ良かったのか?
「アルヴの女王は代々ま王をたおすきかいの剣を作るわざをもつ。アルヴは手がとてもきよう」
ババァは自慢げに手と指をうねうね動かして見せた。手首が滑らかに360度回転したり、五本の指を全て手の甲にくっつけたりしている。気持ち悪ッ! 訓練でどうにかなる域を超えている。見た目が人間っぽくてもやっぱり人間じゃないんだな。DNAが一致しないわけだ。
「剣の材料は? ミスリルとかオリハルコンが必要なんて言われても出せんぞ」
地球に存在しない素材で作られた剣というのは胸がきゅんきゅんする素晴らしいロマンだが、問題はまさにその「地球には存在しない」という部分な訳で。女王でありながら工匠でもあるらしいババァの知識と技を地球で活かせるかは疑問だ。どんなに素晴らしい刀鍛冶でも、鉄が無ければ何もできない。『みどりの玉』とかいうらしいババァの出身世界と同じ剣の素材は果たして地球にあるのだろうか。
ババァの答えは単純明快だった。
「どんな世かいにもぜったいにある材料がある。それを使う」
「ほほう!」
思わず身を乗り出した。面白そうな話じゃないか。どんな世界にも必ず存在する物質、という事だよな。そんな物があるのか。物理学者が興味をそそられそうだ。鏑木さんの妄想論文に書かれていそうでもある。
「それはなんて材料なんだ? 金? 水とか?」
「lunpamti。あー、ここではなんと言うのか。世かいの、一ばんシンプルな材料の、図かんを、あなたはもっていますか」
「世界の一番シンプルな……? ああ、元素の事か?」
スマホで「元素 図鑑」で検索して出てきた画像を見せる。ババァは画面を数度スクロールし、一つの画像を指さした。
「これです」
「プラチナか」
白金。
原子番号78の元素で、元素記号はPt。
銀によく似た見た目の稀少な貴金属で、触媒や宝飾品に使われる。お値段はたった1gで3300円という高級物質だ。
総プラチナ製の日本刀(4.5kg)なんて作ったらざっと計算して1500万円はかかる。高い。金策していて良かった。鐘山テックと共同で海底レアメタル事業をしていて良かった。お陰で金にも材料にも困らない。
しかしプラチナで剣なんて作れるのか? 確か他の金属と混ぜて合金にしないと指輪にもできないぐらいの強度しかなかったはずだ。機械構造にすれば更に強度は下がる。
プラチナ製の機械なんて聞いた事もないしなあ。弱そう。
疑いが顔に出たのか、ババァが補足した。
「プラチナのきかい剣は翔太の血をねんりょうにして、つよい力を出せる」
「は? なんだそれ。翔太は勇者の血筋か何かなのか?」
奴は正真正銘一般人の家系のはずだぞ。先祖に英雄がいるとか、実は異世界人の祖先とかそういう背景はないはずだ。
……ないよな?
「プラチナはその世かいのとくべつな力となかよしの材料だから」
「あー、つまり?」
「とうかの血なら火の力。翔太の血なら氷の力。イグの血ならいたいのいたいのとんでけの力」
ははあ。理解した。この世界には魔法は無いが、超能力がある。プラチナは魔法世界では魔法と相性が良く、超能力世界なら超能力と相性が良い物質な訳だ。
俺の血使ったらヤバそう。俺の血を燃料にしたプラチナ機械剣を振ったら星ぶっ壊れるんじゃねぇかな。魔王の前に星を倒してしまう。
でもまあ、翔太くんの血なら早々ヤバい事にもならなさそうだ。
「あと、世かいのやみをきれば、たぶんそれをあやつるま王もいたくできる」
「は? ……なんで?」
「つながってるから。足のこゆびをぶつければ、すごくいたくてくるしい。それでま王をたおすのはむつかしいけど」
訂正。ヤバい事になるかも。
ネンリキンを千切りまくったおかげで痛みにはかなり耐性あるつもりだが、プラチナ剣で斬られる痛みがどんなものか分からない。殴られる痛みに慣れても刺される痛みには耐えられなかったりするものだ。念力越しにダメージが来る可能性があるプラチナ剣ってヤバいやつなのでは。
ババァの計画では、まずプラチナ機械剣を作らなければ何も始まらない。プラチナ機械剣を作るために必要だという工作機械、材料のプラチナは鐘山テックに行けば確保できるだろう。GOサインを出せばすぐに話を進められる。
問題は傷心の鏑木さんを置いて話を進めていいものか、という事と、話を進めたら俺がめっちゃ痛い思いをするか最悪死ぬかも知れないという事。
俺は面接を一度終了し、一日悩み、GOサインを出した。
静養から復活した鏑木さんをびっくりどっきりメカでびっくりさせてあげたい。
そして何より、絶対に、面白い。
超能力者の血を燃料にして動くメカ。これで燃えなきゃ男じゃない。
変身ベルト! 変形! 合体! 男の夢の形の一つがここにある。やりようによっては鏑木さんが喜ぶ魔法の杖っぽいものも作れそうだ。
なあに、俺が本当に死ぬような武器ができそうだったらそこで止めればいい。
ババァを鐘山テックに連れて行き、社内工場を見学させてもらったところ、地球世界とババァ世界では技術レベルが違うためいきなりプラチナ機械剣は作れないとの事。まずは幾つか試作品を作る事になった。
鐘山テックと共同のPSIドライブ(仮)開発研究の始まりだ。
成功してくれ! 絶対面白い!
でもちょっと失敗してくれという気持ちもある! 痛覚耐性があっても痛いものは痛いし嫌だからな!




